2000年01月


 
01 /13

去年の暮(く)れから、学校に侵入(しんにゅう)した人物が子供を傷つける事件が2件起きた。

「学校の安全神話(しんわ)の崩壊(ほうかい) 」などと言われている。
10年ほど前から文部省(もんぶしょう)の指導(しどう)もあって
学校の施設(しせつ)の一般解放(かいほう)が進められてきた。

私も5年ほど前にサッカーをしたことがある。管理人(かんりにん)
の人にジロリと見られた。

今回は、このジロリが無かったのだと思いたい。

 


 
01 / 14

スーパーマーケットの前で主婦の会話

「水とかどうする」
「ああ、地震(じしん)用のとっておこうかと思ってる」
「そうねえ。でも買いすぎちゃったのよねえ」
「鍋でもすれば?」
「そうね」
「水とか、食料を半額(はんがく)で買い取るところがあるらしいよ」
「へえ、何にするのかしら」
「防災セットを作って売るんですって」
「半額ねえ。それなら寄付(きふ)したほうがいいかもねえ」

Y2Kで買い溜(だ)めしたもので、いろいろ困っているようだ。
水をためるポンプやアウトドア用品を売っている店では売り上げが延びボーナスが出たそうだ。

 


 
01 / 17

神戸(こうべ)の地震(じしん)から5年がたった。

テレビなどでも特集(とくしゅう)が組まれることが多かった。

私はもちろん五年前も日本語を教えていた。
「こんな地震は東京にも 起きる可能性(かのうせい)があるのか?」と
毎日のように 質問された。
1週間くらいはレッスンは落ち着かなかった。

神戸で被災(ひさい)した人々の半数が、現在、防災用品の買いだめは していないという調査結果がでた。 私のような被害を受けなかった人間にとっては、五年前の映像(えいぞう) は映画を見ているようだ。

過去の大地震を忘れることや(神戸の地震の年の前後にも地震や津波で 多くの人が亡くなっている)、自分のところには起きないと考えることは、 それほど悪いことではないと思う。

これも、地震が日常の国の人間にとっての大事な処世術(しょせいじゅつ) なのだ。

 


 
01 /21

薬屋で

「すみません、お腹(なか)が痛いんですけど」
「ああ、最近の風邪(かぜ)は、お腹に来るんだってね」
「いや風邪じゃなくて、何かにあたったんだと思うんですけど」
「ああ、そう、そういうときは、ごはんを食べずにゆっくりしたほうがいいよ」
「あ、そうですか。胃薬かなにかありますか」
「あるけど、胃薬は食あたりには、あまり効かないよ」
「そうですか、少しよくなったら、飲みますよ」
「そう。じゃあ、漢方(かんぽう)がいいわね。これ食後ね」
「はい」

店員(てんいん)の最高のサービスは「買わなくいい」とアドバイスすることかもしれない。

 


 
01 / 25

「長生(なが)きできるなら死んでもいい」という冗談(じょうだん)がある。

日本語では「死ぬ」という表現をよく使う。

日常的に「死ぬほど お腹がすいた」などと言うし、「死ぬほど愛している」という台詞(せりふ) は、ひと昔前、テレビドラマなどでもよく聞かれた。

去年からの土地開発(かいはつ)のすさまじさを見ていると、 「景気(けいき)がよくなるなら死んでもいい」という呟(つぶや)きが 聞こえてきそうだ。

 


 
01 / 27

育児(いくじ)に関しては、ジェネレーションギャップが激しい ようである。

今の母親の世代は20代の後半から30代前半が主である。
彼女達の母親は50才前後。高度成長期に育児をした世代だ。
父親はいない前提(ぜんてい)で物事を考える。
もちろん衛生(えいせい)に対する考え方もより厳しくなった。

赤ちゃんの扱い方で昔と今との違いがずいぶんあるそうだ。

子供が生まれた時は、新しく母と子の対話が生まれる時でもあるが、 けんかも多くなる。 お互いにがまんの時期でもあるようだ。

 


 
01 / 31

さて、先日から私のページの掲示板(けいじばん)とBBSに、同じ種類の メッセージが書かれた。 (sample01 / sample02)

23日頃から日本の政府関連のサイトには、南京(なんきん)の虐殺 (ぎゃくさつ)に関する記述(きじゅつ)の内容に書き換えられるという 事件が起き、本格的なハッカー事件として話題になっている。 この事件とかかわりがあるようだ。

いきさつは、次のとおり。 第二次世界大戦中に日本軍が中国大陸で非戦闘員(ひせんとういん)を 大量に殺害したり、レイプしたりといったことがあった。 これは、歴史の事実であり、現在でも、当時、中国に駐留(ちゅうりゅう) していた関東軍(かんとうぐん)は、過去に日本軍が起こした恥ずべき 行為のひとつとして、(もちろん日本国内でも)語られている。

現在でも「まるで関東軍のようだ」という表現は、抑制(よくせい)と 理性(りせい)を失った集団を指す表現となっている。 関東軍というのは戦時中に中国大陸に留まった軍のこと。 この事実は、日本政府も公式に認めている。

さて、日本の一部の勢力にこの虐殺(ぎゃくさつ)は存在しなかったという 人々がいる。この勢力は、南京の虐殺のデータの根拠のあやふやさを指摘 している。彼らは、最近、公開され話題になった「レイプオブナンキン」 という映画の公開に危機感を強め、集会などを行っている。

私はこの映画は見ていないが、映画で使われているデータなどは、虐殺の 数字も、残虐(ざんぎゃく)さも、最大限に描かれているとのことだ。

私は、この種のことは、仕方ないことだと思う。歴史というのは そういうものだ。正確なデータなどは結局、でないのではないか?
少なくとも50年程度で、わかるものではないだろう。

残念なのは、ハッカーというのは、名前がないということだ。

一方で、南京虐殺を認めないグループというのも、その勢力に加担 (かたん)する政治家もはっきりとは特定できない。 なにしろ、彼らは日本国内で活動するだけで、自らの主張を国際的に 主張するつもりは最初からないようだ。 ここに彼らの腰の弱さがあるとも言える。

匿名(とくめい)の悪意(あくい)が、電話線のあいだをさまよっている。

私は、掲示板とBBSに書かれたメッセージは、削除しない。 ここは、本来、日本語を勉強する世界中の人々のために作っているもので 政治的な主張をする場ではないが、「くだらない国の言葉を勉強するのは ばかばかしい」という主張もあっていいと考える。

主張の仕方はやや、子供っぽいけれども、少なくとも、これまでに削除 してきた「自分の会社のソフトを買え」といった種類のメッセージよりは意味があるのではないかと考える。

これらのメッセージを書き込んだaaaという人物が、時間がたって、 削除されないこれらのメッセージをもし見ることがあれば、その時に 何か、考えるかもしれない。メッセージから読み取れる「若さ」に 期待したい。

 



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