2000年08月


 
08 / 01

夏になると、公営(こうえい)や私営(しえい)のプールに行く人は 多い。

公営は300円くらい。私営は1000円ぐらいだろうか。 その他、ひと夏に2.3回は海に出かけるようだ。ほとんど日帰りだ。

海岸には 「海の家」と俗(ぞく)に呼ばれる休憩所(きゅうけいじょ)があり 食べ物などを売っている。1500円くらいが東京近辺の相場(そうば) だそうだ。
そこで有料のシャワーを借りる。子供はつめたいものを 食べる。
結構な出費となる。
結局、海に行くほうが高くつく。しかし、7月20日から8月いっぱい まで学校は夏休みなので子供たちでいっぱいだ。

8月も中旬になると、くらげが多くなり、海の中に入る人は減る。 去年までは、日焼けした肌は人気があったが、今年はそうでも ないらしい。

環境汚染(かんきょうおせん)が進み、川や湖で泳ぐことができる 地方は、今は少なくなった。 自然のままの川は、夏は水が暖かい。流れが早いところがあったり 深いところがあったりと川には子供が喜ぶものがたくさんある。 木陰(こかげ)も多く海と違って「川の家」は必要ない。近所の駄菓子屋 (だがしや)などで50円のアイスクリームを買ってくる。

川で泳げる地方に住んでいる子供たちは幸せだ。

 


 
08 / 02

夏の食べ物というのは、冷やし中華(ちゅうか)、かき氷だろうか。

冷やし中華というのは、中華の麺(めん)を水にさらして、ごまの たれなどで食べるもの。 かき氷は、氷を削(けず)って上に砂糖水をかけたもの。
二つに共通しているのは、7月になると、ラーメン屋や、レストラン などで、「冷やし中華はじめました」というはり紙が出されることだ。

これもひとつの夏の風物詩(ふうぶつし)だ。

 


 
08 / 03

観光地などで15000円ほど払うと和風ホテルとか旅館といった ところに泊まることができる。 旅館やホテルの中で、和風を売り物にするところは、懐石 (かいせき)料理を出すことがおおい。

懐石料理というのは盛り付けにも工夫をした料理のこと。 お茶の席などで出された。今では単に和食で盛り付けが凝っている というだけになってしまったが。
外国人のビジネスマンが日本を訪れて、まず招待されるのが 懐石料理のレストランだ。

ところで、最近は旅館の懐石料理は、インスタントが多いそうだ。 レトルト方式(ほうしき)になっていて、パックのままお湯に入れれば できる。味は、あまりかわらないという人もいる。 もちろん、これはトップシークレットだ。

インスタント食品を購入 している旅館は、「これはうちの料理人が作ったものです」 と言って客にだす。 インスタント食品を作っている会社は、旅館に発送するときは わからないように箱にはなにも書かずにひっそりと搬入(はんにゅう)する。

旅行先で、インスタント食品を食べさせられるのは、イヤですねえ。

 


 
08 / 04

20代、30代の独身(どくしん)の男性は、かつて「独身貴族 (きぞく)」などと呼ばれたことがある。

「あのさ、最近、オレ、株やってるんだよ」
「へえ、どこあたり、買ってるの」
「あれ、木村(きむら)も、やってるんだ」
「へへへ、実はね。出版社とか手堅いやつをね」
「え、出版社? 大丈夫なの」
「そう、テレビ局とか高くて買えないから、地味なやつね」
「へえ、オレは、やっぱりインターネット関連とか外資系だな」
「博打(ばくち)だね」
「そうそう、まあ、遊びだからさ。宝くじよりいいよ」
「株、買うと、生活が変わるよな」
「そう、株式のサイトばっかり見てるよ」
「やっぱり。オレの会社、株式サイトのアクセスが禁止になったよ」
「え、うちもそろそろダメになるかもな」

かつては、車の話ばかりしていた独身男性達の話題は変わった。 今の所、株は、基本的に競馬(けいば)などのギャンブルの一種と 考えられているようだ。

 


 
08 / 08

村松(むらまつ)くんがテニスを始めたのは中学校の1年生の時 14才。 学校には教えてくれる人はいなかったので、テレビで見た ジミーコナーズやジョンマッケンローのまねをした。

1年後、テニスのコーチが来て、有名な選手のマネはやめろと 言われたが、もちろん、やめなかった。
サービスの時は、コナーズのように 「アッ!」と声を出した。
仲間達も、ボルグやベッカーのマネをした。
コーチや、地元のテニス関係者は渋い顔をしたが、村松くんの チームは強かった。

3年後、村松くんのチームは地元では敵なしとなっていた。 とうとうコーチの指導
(しどう)は受けなかったが、面白いことに 元コナーズやベッカー達のフォームは面影(おもかげ)はあるものの、 16才に見合った自然な無理のないものになっていた。

それぞれのスポーツに理想的なフォームとか教科書的なフォームと 言われるものがあるが、それを手に入れるためには、いろいろな 方法がある。
最初から、理想的なフォームを教えるのが近道(ちかみち)とは 限らない。

 


 
08 / 09

外資系の会社の受付嬢(うけつけじょう)をしている奥田(おくだ) さんは土曜日の朝を楽しみにしている。

彼女は、土曜日と日曜日の朝だけは、すきなだけ納豆を食べることが できるからだ。 仕事柄(しごとがら)外国人と接する機会が多い彼女は、普段は においが残るものを極力(きょくりょく)食べないようにしている。
納豆はもちろん、たくわん、「くさや」と呼ばれる魚の干物 (ひもの)も。

運の悪いことに、下町で育った彼女には大好物(だいこうぶつ) のものばかりだ。

 


 
08 / 10

昨日、8月9日は、九州(きゅうしゅう)の長崎(ながさき)に 原子爆弾(げんしばくだん)が落とされた日。

意外と知られていないが、広島に原子爆弾が落とされた3日後に 長崎にも落とされた。長崎は、16世紀以降、ずっと西洋文化の 玄関口(げんかんぐち)であった。

広島でも長崎でも、非戦闘員(ひせんとういん)が、何十万人と いった単位で亡くなった。これは、客観的に考えると、やはり 重大な戦争犯罪だと思うが、アメリカでは、そういった議論は ほとんどないらしい。ほんとうに耳の痛い話は、聞きたくない ということなのだろうか。

日本でもそういった主張をする人々は少ない。 国民性(こくみんせい)なのだろうか、それとも、戦争で、加害者 でも被害者でもあった国というのは、複雑だということか、 「こういういことがあったよ」 と静かに語られていく、ということのようだ。

被爆(ひばく)した都市は復興(ふっこう)したが、原爆症 (げんばくしょう)の後遺症(こういしょう)で苦しむ人は多い。 現在、Jリーグで活躍している選手にも後遺症で頭の毛が抜けて しまった人がいる。まだ20代。遺伝に関してはまだあまり あきらかになっていないそうだ。

 


 
08 / 11

言葉の本来の意味とはかけはなれているものが、時々ある。

「あまえの会社、相談役(そうだんやく)って、いる」
「昔はいたみたいだけど、今はいないんじゃないかな」
「あれさ、ヒラが本当に相談したら、のってくれたらいいね」
「はは、文字通りの相談役ね」
「最近、痔(じ)が。。。とか」
「娘の成績が。。。とかね」
「むちゃくちゃ忙しいな」

「それから、法律でさ、厳重(げんじゅう)注意ってあるじゃん」
「ああ、官僚(かんりょう)とか公務員の罰則(ばっそく)ね」
「あれもさ、国会に体育 教官室(きょうかんしつ)みたいなのがあってさ」
「ああ、いいね。空手3段くらいのやつが竹刀(しない)持ってて」
「『森! 先生はおまえが憎くて怒ってるんじゃない』とかって言われるのね」
「公務員になる人ってのは、怒られ慣れてないから効くね」
「実際は、昇進(しょうしん)に響くんでしょ」
「それだけらしいね」

相談役というのは、引退した社長などに与えられるポストで、 実質的には仕事はしない、いわば、名誉職(めいよしょく)。

厳重注意というのは、公務員(こうむいん)などに与えられる 比較的軽い処分(しょぶん)で、クビになるわけではない。 書類上の処分だが、「経歴にキズがつく」ということのようだ。 官僚の場合、昇進はほぼ絶望的(ぜつぼうてき)になるそうだ。

それから、中学校などで悪いことをすると、体育教官室に呼ばれて 怒られることは、よくあることだ。

 


 
08 / 22

ロシアの原子力潜水艦(げんしりょくせんすいかん)のニュースは 日本でもトップニュース扱いだ。

海は恐ろしい。
わずか100メートルであってもまだ人間の自由には ならないということのようだ。

「息苦(いきぐる)しい」というのは、文字どおり、息を するのが難しく、苦しいという意味もあるが、緊張(きんちょう) の持続(じぞく)を強(し)いられるような状況をいうこともある。 人間関係のわずらわしさに使うことも多い。

正確な情報が届かない息苦しさ。 軍事機密(ぐんじ きみつ)の犠牲(ぎせい)になったのではないかという 国際関係における不信感からくる息苦しさ。 救助艇(きゅうじょてい)は全部売ってしまってないという 無理をしている国の息苦しさ。

まだ、世界は息苦しいのだということを思い知らされた。

 


 
08 / 23

「2匹目のどじょう」という表現は、一度、人気がでたものは 似たようなものを出しても2つめまでは、大丈夫だという意味 で使われる。

「あの会社は、iMacの2匹目のどじょうを狙って新しいパソコンを発売した」 などと使う。
これの応用で「柳の下には3匹までどじょうがいる」という言い方も される。
つまり、同じような製品を出しても3つ目くらいまではそこそこには 売れる。
という現実的な分析だ。

日本のポップミュージックでは、露骨(ろこつ)な2匹目、3匹目の どじょう達がいる。 パソコンでも車でも同じことだ。特に日本では、製品のデザインに 関してその傾向が強い。

 


 
08 / 24

夏の宝石というのは、カブト虫とクワガタのことだ。

かぶとむしはbeetle。くわがたは、a stag beetle。 日本では学校の夏休みは、7月下旬から8月いっぱいまでなので この間は、昆虫採集(こんちゅうさいしゅう)に追われることになる。 都会では難しいが、田舎では、必ず昆虫が多い山や森があり、その中に くわがたやカブト虫が多い木というのがある。
また、そういうことに詳しい子供が必ずいるものだ。

現代では、これらの昆虫がブームだという。大きいものは、一匹 何百万円で取り引きされることもあるそうだ。
つい最近、外国産のカブト虫やくわがたの輸入が解禁され、昆虫マニア は大喜びだそうだ。 しかし、一部の学者の間では、これらの輸入昆虫が日本の生態系 (せいたいけい)に及ぼす影響を心配するむきもある。

戦後、外国から輸入した魚や植物がすっかり日本の風景を変えて しまったということがある。 逆に日本から持ち出された鯉(こい)などの魚が外国で繁殖 (はんしょく)しすぎて困るといったこともあるそうだ。

 


 
08 / 25

中年男性の会話。会社で

「お盆(ぼん)、どうだった」
「うち、田舎が福島だから、帰ったよ」
「ああ、そうか、山崎(やまざき)は子供、生まれたばかりだからな」
「そう、女房(にょうぼう)は、広島だから、そっちも行かなくちゃならなくて 大変なんだよ」
「え、両方、行くの」
「そう、どっちかが多くてもだめなんだ。きっちり3日づつ」
「うわあ。すごいな。海外旅行とか行けないね」
「まあ、子供小さいからどっちにしても行けないけどね」
「じゃあ、東京には2日いただけ?」
「そう。最後の2日は、疲れて、夫婦の会話なんてないよ」
「子供は、まだ手がかかるしね」
「うん。最後の2日は子供を預(あず)けて休んだんだけど 結局、うちでゴロゴロ
  してたな」
「おつかれさま」
「おまえは、何してたの」
「いやあ、山崎の話を聞いちゃうと、言いにくいよ」
「海外?」
「うん。パックだけどオーストリアに一週間」
「いいなあ。子供作るの、もう少し先にすればよかったな」

 


 
08 / 29

長いことアメリカでは大統領(だいとうりょう)の涙(なみだ) はタブーだったそうだ。 日本ではそれほどでもないと思われるが、戦後まもなくの 政治家達の顔を見ていると涙はにつかわしくない。

「男は泣くものではない」という考え方は日本にもある。

しかし、近年、それも薄れつつあるようだ。 一方、女性の場合、職場で涙を見せることは、リタイヤしたも同然 (どうぜん)だという話を聞いたことがある。 つまり、「私はこの会社では、男性と同等にやっていく意志はない」 ということだそうだ。

 


 
08 / 30

アジアのさる国で、アパートから物を捨てたら、アパートを 部屋ごと没収(ぼっしゅう)するという法律ができたそうだ。

日本の都市には、高層住宅(こうそうじゅうたく)が多く、人気も 高い。 高度成長期に多くの公営住宅が建てられ、庶民(しょみん)の夢と なったそうだ。ほとんどは4階から5階立てで、ひと世帯に、2つか3つの部屋があるだけだ。

当初(とうしょ)は、高層住宅に慣れない人々の間で、よく事故も 起こったということだ。
これらの建物は今でも残っている。
ほとんどエレベーターはなく、老朽化(ろうきゅうか)しているが 家賃が安いため、住み続けたいという人は多い。 知人の両親は、60年以上、普通の家に住んでいたが、つい最近 8階立てのマンションに引っ越した。 いまのところ事故はないようだ。

 


 
08 / 31

「疲れている」って顔に書いてありますよ。 という表現がある。

ピーターグリナウエイの映画 枕草子(まくらのそうし)では、からだに字を書くイメージが 使われたが、日本にはおなじみの刺青(いれずみ)がある。 刺青は、入れ墨と書くこともある。現代の若者にはファッションの ひとつとして広がっている。

しかし、日本で刺青を入れるのには勇気がいる。長いこと、刺青には 犯罪者(はんざいしゃ)のイメージがあったからだ。 江戸時代から、罪を犯したものは顔など服でかくせない部分に 刺青を入れさせられた。

明治に入り、一時、国によって禁止されたが、当時、来日した イギリス人達に評判となったりして、ひっそりと刺青の文化は 続いていった。

昭和(しょうわ)になってからは、暴力団(ぼうりょくだん) などのトレードマークとなり、刺青を入れた人は、銭湯(せんとう) に入れなかったりすることもあった。 普通の会社への就職は難しく、結婚にも障害があったであろうと 思われる。

今でもそういう傾向はある。 刺青を入れる人は、彫師(ほりし)と呼ばれ、技術の高い人は 芸術家としてもてはやされた。 現代は、図柄(ずがら)も現代的なものとなり、複雑な模様(もよう) が減った。日本独特の文化という印象は薄くなった。

南米やアフリカの奥地などでも同じ習慣を持った人々がいる。
現在、刺青を入れる墨は主にオーストラリアなどからの輸入で 機械も輸入ものが多いという。

 


 

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