匿名性

昨日は、ウイルス対策と研究で、コラムを書く余裕がありませんでした。困りますね。

ウイルスは、匿名(とくめい)の悪意なので、犯人はほとんどの場合、特定できない。

匿名であるということは、ある意味では自由を保障するものだ。言い換えれば
名前というものは、不自由さの象徴なのかもしれない。

地方の小さな都市に生まれ育った人なら、都会に出てその匿名性からくる自由を
味わったことがあるのではないだろうか。

名前というのは、いろいろなデータが含まれている。
往々にして、差別の元凶となったりする。

名前からも、年齢からも、性別からも自由になれる空間がネット上なのだという
気持ちになるのは、わからないでもないが、この不自由さに適当に折り合いを
つけたり、時には戦ったりするのが、まあ、人生というものではないだろうか
とうことに早く気がついたほうがいいと思うのだが。


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