マネキン

オリンピックやサッカーのワールドカップは、テレビの視聴率も高く
大会前には、テレビの売り上げが伸びるそうだ。

ちょうど今は、ブラウン管のテレビから、薄型テレビへの買い替えの時期で
生き残りをかけて、各メーカー、必死の競争が行われている。

大手のメーカーも、ブラウン管のテレビの生産を辞めたところがほとんどで、薄型テレビ
が売れるかどうかは、会社の存亡がかかっている。
薄型テレビを作っているメーカは、国内の大手だけでも7,8社ある。
ただし、ほとんどが他社と合同で部品を開発したり、海外で生産したりしているので
価格も品質もほとんど変わりがない。

基本的に、日本の家電メーカーの製品の質は高い、従って、例えばAの会社の洗濯機と
Bの会社の洗濯機の基本的な性能に、大きな違いがあるということは、起こらない。

後は、ムリにでも、細かな違いを作り出し、いかに上手くアピールするかが大事な
ことになる。各メーカーは、その機能に独自の名前を付け、いかに画期的な機能で
あるかを宣伝することになり、結果として、日本の電化製品は多機能になってしまう。

今、うちのあるテレビのリモコンのボタンは80もある。

今は、郊外に次々と大型電気店が出来ていて、そこでの売り上げが勝負になるそうだ。

各メーカーは、黙って売れるのを待っているわけではない。
売り上げの大きな店には、無料で販売員を派遣する。
つまり、電気屋の制服を着ているが、実は、彼ら、彼女らが売りたいのは自社の
製品という、スパイが店員に紛れているのだ。
この仕事は、なぜか「マネキン」と呼ばれている。
もちろん、客に、そのことを悟られてはならない。それに、例え、A社の契約販売社員で
あっても、露骨にA社の商品ばかりセールスするのは店側に嫌われるし
ライバルのB社からも、販売員が派遣されていることがあるからだ。

売り場では、非常に微妙で、奇妙なバランスが保たれている。

お客さんが来るとさりげなく近寄って、「テレビをお探しですか」と尋ねる
客の答え方で、接客の方法を決める。中には、話しかけられるのをいやがる客も
いるからだ。

これに「ええ、薄型テレビは高いねー」なんて返事をしてくれる人は脈がある。
「ああ、これ、テレビで宣伝しているヤツね?」なんて他社の製品を熱心に
眺めていても、ニッコリと相槌をうち、「ええ、人気がありますよ」と答える。

「じゃあ、これ」とアッサリ買って行くこともあるが、たいていは、他のタイプも
見てみようかな、となるものだ。ここで、少し、揺さぶりをかけてみる。

「サイズはどのくらいがご希望ですか?」客は、必ず、「そりゃ大きいほうが
いいけどね。。。」と言う。
試しに、少し離れたところにある、2つのテレビを指して「こちらの製品は、サイズのわりにお安くなってますよ。これも」
この場合、「こちらの製品」も他社のものだが、次に示した「これ」は、自社の製品。

「あら、そうね、どうしてこんなに違うの」
「そうですねー、今は、画質はほとんど変わらないので、ま、ブランドのイメージと
いいますかねー」
「ちょっと、でも、見ただけじゃわからないわね。変わらないじゃない」
「そうですねー、この安いほうの2つだったら、こちらのほうがちょっと黒が
 鮮やかですね」もちろん、鮮やかなのは、自社の製品。

やっと、ここで、自社の製品をアピールし始めて、そこからは、さりげなさを
装いながらも、A社の契約社員として全力で、説明するのだ。
こうやって、巧みに、自社の製品へと誘導していくのである。

———————————————————————–店

店の中では、最初に声をかけた人が、その客の担当、というルールになっていることが
多い。かといって、お客が入ってくるなり、声をかけるのはルール違反で
ライバル社同士は、さりげなく距離を保って、一度声をかけたら、次はライバルに
譲るというような暗黙の了解がある。

もちろん、時には客を奪い合い、静かな火花がちることもある。
会社帰りのOLなんかは、特に人気がある。若い女性だからではなく、こちらの言うことを
素直に聞いてくれる客、すなわち「カモ」であることが多いからだ。

この競争に打ち勝ち、みごと、お客を誘導し、自分が説明した客が、買うことになると
商品を持って、レジに行く、すると、レジの人は、「A社から派遣の**さんが売った」と
密かにデータを打ち込むのである。

もちろん、その売り上げから数%、給料に加算される。

私は学生のころ、アルバイトで、P社のステレオの販売をしていたのでこの業界は
ちょっとだけ詳しいのである。
冷蔵庫だけを30年売り続けていた人、家電の進化についていくのが大変だと愚痴ばかり
言っていた人、売り場では饒舌なのに、プライベートでは無口な人。
飄々(ひょうひょう)としていて、接客に熱心ではないけど、何故か最後には
自社の製品を買わせてしまう職人肌のおじさん。

いろんな人がいたが、不思議とイヤな人はいなかった。

もう、みんな年金生活をしているはずだ。薄型テレビは買っただろうか。


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