引継ぎ

倒産する会社が増えてきた。

合併や統合などで、今のポジションをひとまず去り、次のポジションが
決まるまで、今の仕事の引継ぎをしなければならない。

無くなるかもしれないセクションの引継ぎ書類を作る気持ちは
複雑なものに違いない。

Aさんは、入社半年で、会社の社長と対立。

業務の混乱の元は、社長夫人である副社長の仕事の交通整理ができていないからだ
という指摘をしたのが決定打となり、会社を去ることになった。

半年後に、会社を辞めると決めてから、数ヵ月後、女性の新人が入ってきた。
引継ぎをしなければならない。

全員で5人ほどの会社だから、伝えておかねばならないことは山のようにある。

同じころに、同じセクションの女性も、私と同じ時期に転職すると知った。
つまり、新人は、三ヵ月後には、二人分の仕事をやらねばならない。
これは、大変だ。短い期間だけれど、しっかり伝えるべきことは伝え
鍛えなければならない。

辞めることにした以上、会社の愚痴をこぼしたり、悪口を言うのは、Aさんの美学に反する。
問題点の指摘は、やんわりとしつつ、引継ぎの作業をする。
会社を紹介してもらった人には、辞める理由は言えない。
ただただ「申し訳ありません、やりたいことがありまして」と言うだけだ。

Aさんは、引継ぎの仕事の傍ら、辞めた後に問題となりそうなところをノートに書き出し
対処法をまとめていった。

そのノートでは、率直に、現在の会社の問題点を指摘せざるを得ない。
ノートの噂を聞きつけた社長は面白くない様子だ。

「一般的な業務の引継ぎだけでいいから」といわれたが、適当に返事をし
ノートを作っていく。

副社長からは、「Aさんは、アルバイトのかわいい女の子にはやさしいのに
新人の子には厳しいのねえ」なんてことを言われる。

とうとう、新人の女性まで、「Aさん、ひどいんです」なんてことを言い始める。

辞める直前に、人のよさそうな男性の新人が入ってくる。
社長は、露骨に「変なことを吹き込むなよ」という態度なので、彼に引継ぎをするのは
あきらめた。その男性は、社長とよく飲みに行くと言っていた。

やめる前に、「いちお大事なことは、ノートに書いておいたから」と告げるだけで
いいかな、ということにする。

辞める当日まで、ノートへの整理は続いた。
最後まで、ベストを尽くす、というとカッコイイが、意地になっていた
というのが本当のところだろう。
しかし、最後の日の午後は、いろんな思いが去来し、さすがに、もう頭の中が
真っ白になった。
近くの公園のベンチにただ座って数時間過ごし、夕方になり、「お世話になりました」と
あいさつをして、退社した。

おそらく、あのノートは、私がやめた後、捨てられるか、隠されるかするだろう。
いっそのこと、持って帰ろうかと思ったが、やめた。


半年後、偶然、男性の新人と会い、「やあ、元気」と声をかけた。
「ごぶさたしてます、やっぱり、ボクもやめちゃいました」と恥ずかしそうに笑っていた。
やっぱり、と思い、あの後、どうだったのか、訊こうかと思ったが
「ああ、そう、残念だね、でもまだ若いから」
「はい」
で別れることにした。


数年後、聞いた話では、女性の新人のほうは、会社に三年在籍したそうだ。
会社は、まだ、なんとか潰れずに続いているようだ。



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