好みの問題

ロイターによると、タデ科の植物イタドリの害に困ったイギリスは
日本からタデをエサにしている虫を輸入することに決めたそうです。

やっぱりこれで思い浮かぶのは
「蓼(たで)食う虫もすきずき」ということわざですね。
すでにイギリスでも紹介されているかもしれません。

あんなタデみたいなモノでも好きな虫がいるくらいだから
人の好みというものは、一概には言えないものだよ
という意味です。

これで思い出した10年前くらいの、ある日の日本人男性と、イギリス人女性の会話(実話)

■ どうも、最近、日本に来る男の英語教師の傾向があるんだよ。
□ ああ、私、それ、知ってる!
■ まあ、はっきり言うと、あんまりもてそうにないタイプっていうのか。。。
□ そうでしょ! そうなのよ!
■ この前ね、用事があって、あるアメリカ人男性のアパートに行ったらね
  一人で、キッチンの床に座って、ニンジンを生でガリガリ食べててね。
□ Oh,,,
■ 好きなんですか?って聞いたら、ヘヘヘ、って笑っててね。
  料理をしたことないから、って言ってたんだよ。
□ ああ、ダメな男。。。
■ その人、こう言っちゃ悪いけど、モテそうな要素がまったくない。
□ ああ、目に浮かぶわ。
■ でもね、レンタルDVDショップなんかで、よくナンパされるらしいんだよ。
□ そうなのよ。。。
■ 「英語の勉強したいんです」って言われた!こんなこと初めてだ!って、興奮してた。
□ ガイジンアドバンテージね。
■ そう、そのガイジンアドバンテージはね、もう彼の国ではもういろんな伝説があるらしい。
□ もうね、ビックリするようなヒドイ男が、ビックリするようなきれいで知的な
  日本人女性と結婚しているケースが、腐るほどあるわよ。
■ どこかに、日本人の男がモテモテの国はないかな、、、
□ 。。。ゴメン、ないかも。。。



まくら

まくら、というのは、寝るときに頭の下に敷く「枕」というのもありますが
これは、もうひとつの別の「まくら」のお話し。

落語は、ステージの真ん中に座布団とマイクがあり、そこに噺家(はなしか)とか
落語家(らくごか)と呼ばれる人が着物を着て座り主に江戸時代の話を聞かせる芸で
東京や大阪には、専用のホールもある。
だいたい20分から45分くらいの長さの話が多い。笑わせたり、泣かせたり。

この話しの前の導入部分を「まくら」と呼ぶ。

今日の天気の話しから、最近の出来事、オリンピックとか政治とか景気の話題に
移り、「まあ、同じようなことは、昔もあったんです」と、いよいよ
本筋に入っていく。

で、今日考えていたことを、このまくら風に書いてみます。

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えー、ワタクシなんぞは、師匠がいて、兄弟弟子がいるといっても
言ってみれば、個人事業主でして、まあ、今風に言うとフリーランスですな。
全部、自分でやんなくちゃいけない。

そこへいくと、カイシャ、というところには、ブカっていうのがいるらしいですな。
聞くところによると、もう、うじゃうじゃいる。
みんなが、ほとんど誰かのブカ、ということだそうで。

一人シャチョーって人がいて、あとは、全部ブカなんだね、これが。
噂によると、このシャチョーってのも、誰かのブカなんだそうですけどね。

なんだ、カイシャってのは、ブカの集まりみたいなところですね。

ま、それはともかく、このブカってのは、便利なもんで、自分がやりたくないこと
なんかは、「オイ!」なんて、呼びつけてね、「これ、やっとけ!」なんて
言ってもいいらしいんですな。

おまけに、間違ったりすると、叱り付けたりしてもいいらしい。
バカヤローなんて、怒鳴ってもいい。

でね、知り合いに、このカイシャで働いている人がいて、言ったんですよ

「おまえは、ブカっているのか」

そしたら

「ああ、これでも、10人くらいはいるよ」

って言うんだ。びっくりしましたね。同じ歳ですよ。ワタクシと。40歳。
でね、ワタシ、言ったんですよ

「いいなあー、おまえ、オレも、そのブカってのが欲しいよ3人くらいでいいから」

って、そしたら、そいつがね

「おまえのカイシャがみんなブカだ、というのは正しいよ、でもカイシャにはジョウシってのもいるんだ」
「なんだそれ」
「ようするに、おまえに、アレやれ、コレやれ、って命令するやつさ」
「あ、そうか、それはたくさんいるのか」
「そうだな、ブカより少ないけど、おれのカイシャには300人くらいいるな」
「じゃあ、300人がおまえに命令してくるのか?」
「そうだよ」


まあ、うまいハナシってのは、なかなかありませんな。
こういうボンヤリしたヤツってのは、昔もいましてね、、、



ビッグウェイブ

さて、今日は、ツイッター風コラムです。

ひと段落して、短期的、中長期的に、何をやらないといけないかと少し考える。。。
やはりどう考えても、少なくとも、これから数年は、オニのように働くしかないようだ。
とてつもない波が来ています。

でも、この波は、頭で感じるものではなく、腹の底から響いてくるカンジなんですね。
これは、多分、90年代の初めからネットの中で仕事をしている人にしか聞こえない
モスキート音のようなものかもしれません。

ITジャーナリストのハナシは、まあ、ハッタリかちょうちん持ち、が多く、ハナシ半分じゃなく
ハナシ5%ぐらいで十分だとは、思っています。
口八丁手八丁で、ふくらまして、案の定、尻すぼみになったものは、セカンドライフ
だけじゃないですからね。

でも、今年は、いろんな技術が、同時に、ドーンと普及しようとしている。
どれもが、圧倒的に安く、使いやすい。
しかも、競合するアナログライバルの体力が揃いも揃って、弱り、限界ギリギリまで落ちている
タイミングで出てきました。
やっぱりそういうもんですね。

どれもこれも、15年前から、「デジタル化で、こうなるだろう」と言われてきたことばかりなので
新鮮味はありませんが、ホンモノが出てきたことは間違いない。
例えば、チリの地震は、CNNより、ustreamのほうが、速報性で勝ってましたから、もう勝負はついた。

15年前に、これからフリーランスでやっていくには、ネット上でポジションを確保するしかない
と考えて、一人で、ホームページを作り始めましたが、同じようなことを、またやらねばならない。
でも、こっちは、15歳、歳をとっているんでね。なかなか厳しいですよ。。。

15年後は、どうなっているんでしょうね。


多分、日本の車の会社は、2つぐらいになり
家電メーカーは、1つ。銀行は2つ。
パソコン作ってる会社は0。

あの「黒幕」も、大物政治家も、すでに、この世にはいない。

スティービーワンダーは、75歳。
タランティーノは、62歳。

もし、「日本語を教えるホームレスがいる」という評判をきいたら
それは、私かもしれません。



CD

CDは驚くほど売れなくなってきている。

今、音楽を聴く人は、携帯電話にダウンロードするか、1日200円程度で
レンタルCDを借りて、MP3プレーヤーで聴くやり方が主流だ。
よほどのことがないかぎりCDを買わない。

CDの印税は、歌手が1~3%程度。曲と詞を提供しても5%前後。
歌と作り、詞を書き、演奏して歌っても、合計で7、8%程度。
2000円で、150円。1万枚売れて150万円。
一年に3万枚売って、やっとサラリーマンの平均年収と同じくらい。
10万枚売って、やっと、1500万円。一流企業の出世したサラリーマンと同じくらいだ。
今、CDを年間10万枚売ることができる人は、今の日本には、もう数えるほどしかいないのだ。
例えば、30人としても、常に売れる人が5人くらい。残りの25席の出入りは激しい。

ただ、現実はもっと厳しい。

普通は、歌うだけということが多い日本のミュージシャンの取り分は
1%なのだ。

自分で作った、ということになっているけれど、実は、、、ということも多い。
となると、10万枚売れても、自分の手元に入るのは、200万円。
まあ、日本語教師よりはマシかもしれませんが。

1枚のCDでの会社の利益は、40%程度といわれているので、2000円で1万枚売れれば
800万円。ほとんど宣伝をしなければ、これでなんとか、会社としては、プラスマイナスゼロらしい。

CDは、ヒットチャートの1位と2位は、数十万枚の大ヒット。
3位以下あたりから、急に一桁下がる。10位以下は、もうファン以外は、誰も知らない曲ばかり。
格差はどんどん広がっている。

実は、CDのセールスだけで言えば、トップ30に入らないミュージシャンは、本来、もうスーパーで
折りたたみ椅子に座る客を前に歌うしかないのだが、ここで音楽以外のセールスが重要になってくる。
テレビ番組やドラマに出演する。写真集を出す。ファンクラブで高い会費を取り、時々、高額のイベントをする。
写真が入ったグッズを売る。時計から、サングラス。最近は、カイロやカキ氷まで売るらしい。

さらには、握手会というのがある。これが、スゴイ。
CD1枚で1回。2枚で一緒に写真、なんてことになっているらしく、マニアは、何十枚も買い
何度も握手をし、いろんなポーズで写真を撮るらしい。
10枚に1本、「アタリカード」が入っていて、そのカードは、招待客だけのコンサートのチケットに
なっている。というのもあるらしい。好きな人は、10枚買うわけです。同じCDを。

CDは、もう、どんなものが売れるのか、わからなくなってきて各社迷走している。
プロデューサーの力は低下し、会社が、直接、ヒット曲を出したミュージシャンに
懇願して次のCDを作ってもらうしかない状況らしい。

あるいは、安定した人気の歌手の過去の曲を集めたCDを出してもらう。
昔のヒット曲そっくりの「新曲」を出す。
もちろん、こういうことを続けていると、だんだん、ブランド力も磨り減ってくる。
じょじょに売れなくなってきて、ある日、パタリと売れなくなる。
ミュージシャン本人も会社もそのことはわかったうえで、やっているのだ。。。

未来は厳しい。CDを500円で売るか、全面的に撤退するしかないかもしれない。
しかし500円だと、東京都心の大きな本社ビルの維持は、どう考えても無理。

じゃあ、世界をマーケットにすればいい?

確かに、そうかもしれません。アニメソングは、各国で売れているし、可能性はないこともない。
でも、世界のCDセールスもヒドイものです。
新しいWe are the worldで歌っている人、何人知ってますか?

地方都市では、CDショップは、大きなショッピングモールにやっと一軒あるだけだ。
そう、中学生や高校生が、自転車で行けるところには、実は、もうCDショップはないんですね。



送信派? 受信派?

犬か猫か、海か山か、そばかうどんか、人は人を2種類に分けて楽しんできました。

さて、私は、新たに、送信派か、受信派か、というのを提唱したい。

送るのが好きか、受けるのがすきか、とのとはちょっと違う。

どうも、ふたつに分かれるのではないか、という気がしたもので。


私は、受信したメールは、ほとんど1度しか読みませんが、送る場合は
書きおわって一度、送る前に一度、送った後に一度、最低3度は読みます。
ちょっと長いメールだと、送った翌日に、もういちど読んだりする。
送ったメールに返信が来ると、また、どんな文面で送ったか確認したりする。
ここまでで、もう5回。

ところが、「送ってしまったメールなんて読んでも仕方ないじゃない」
という人がいる。そりゃそうだ。でも、気になるじゃないですか。

これに対して、受信箱のメールを半日くらい読んで過ごす人がいるらしい。
これは、受信派、と呼びましょう。

恋人からのメールなら、すこしはわかりますが、ただ、なんとなく受信した
メールを全部読むそうだ。

そのために、メールソフトの仕分けで、「後で読むのに値するメール」
というフォルダを作っているとのことだ。送信者で振り分けるんですね。

こういう人は、自分が送信したメールは、参考程度に目を通すだけらしい。
でも、送信派が、受信したメールに注ぐ愛情よりは深いかもしれない。

受信派のほうが、メールを愛している、ということは言えますね。


だいたい、どちらかに偏るようですが、受信も送信も関係なく読み返すのが
すきなのだ、という人もいる。
こういう人は、しょっちゅう、メールソフトを立ち上げては、受信したメールと
送信したメールを読み返すそうだ。

日付を確認したりしながら、「ああ、このメールに、こういう返事が来たっけ、、、」
などと思い出に浸るらしい。

心理学者なんかは、子供のころに愛情を受けたかどうかで、、、
などと分析しそうですが、なかなか興味深いと思います。