1999年05月


 
05 / 06

ミシュランは、フランス料理のレストランの評価をする本で、日本でも 売られている。日本でも、同じような本は無数(むすう)にある。

江戸時代の後期、特に18世紀の後半は、グルメの本が多く出版された。 このころに屋台(やたい)も始まった。今の焼き鳥のようなものから、天ぷら まで、庶民でも、ときどきは、食べることができる安さだったそうだ。

19世紀には、豚肉や牛肉を使った店もあらわれたそうだ。 いろいろな店の味を比較した本もあり、ランキングがつけられた。 順位は、すぐに広まった。江戸(東京)の順位は、京都でも評判になる といった具合(ぐあい)だった。

もちろん、獣肉(じゅうにく)を食べるなんて、日本人は、野蛮(やばん)になって しまったと、これらを批判(ひはん)する本も出版された。

 


 
05 / 07

また、銀行のトップが自殺(じさつ)した。

検察(けんさつ)の取り調べの最中(さいちゅう)だったそうだ。 神経質 (しんけいしつ)そうで、気が弱そうな顔の人であった。

ここ1.2年で、銀行のスキャンダルが次々と明(あき)らかになり、 逮捕があいついでいる。 これまで、銀行は、日本の経済発展の中心であり、政府の保護(ほご)も 手厚かった。名の知れた銀行が潰れることは、考えられなかった。銀行に就職
(しゅうしょく)するのは、難しく、超(ちょう)エリートコースであった。

これまで、会社のスキャンダルで逮捕(たいほ)されたり、報道(ほうどう) がきっかけで、降格(こうかく)となった社員は、沈黙(ちんもく)を 守ってきた。事件をきっかけに、内部告発(ないぶこくはつ)が行われる ことは、ほとんど、なかった。

沈黙のいきつくところは、自殺である。いやな事件だ。

 


 
05 / 10

日本では、新聞は、家に配達されてくるものだ。 ほとんどの家庭(かてい)では、1つか2つ、新聞をとっている。

新聞には、必ず、死亡欄(しぼうらん)というものがあり、毎日、5人程度 が掲載
(けいさい)されている。ほとんどが会社の社長やそのその親族 (しんぞく)だ。

会社の秘書(ひしょ)の重要な仕事のひとつは、この死亡欄をチェックして、 関係のある人やその親族が死亡した記事をみつけ、電報(でんぽう)を うったり、香典(こうでん)を届けたりすることだと言われている。

もちろん有名な人の死亡記事ものっている。特に芸術家や政治家などの 有名人が死亡した場合は、写真が入ったり、スペースが増えたりといった ことになる。

死亡に関しての有名人のコメントが載ることもある。 この死亡欄を楽しみにしている人がいるそうだ。死亡した年令や名前、 出身地などから、いろいろと想像するのが楽しいのだそうだ。

もちろん、この楽しみは、知らない人が亡くなった時に限られるという。

 


 
05 /11

最近、ある日本画(にほんが)の巨匠(きょしょう)が亡くなった。 老衰(ろうすい)ということであった。

こういう人の死亡記事は、新聞社によって違いはあるものの、小さな写真と 短い紹介記事。関係者のコメントがひとつ。といったところだ。 この巨匠のように、だれもが名前を知っているが、広く熱烈(ねつれつ)なフアンがいる わけではないという場合は、難しいようだ。

後日、新聞社の文化部の記者など 当人と接触(せっしょく)があった人が、その人柄について短い文章を書いたり することもある。

去年から今年にかけても、多くの芸術家が亡くなったが、その死亡記事には、 あまり、愛情が感じられなかった。代表作を羅列(られつ)して、海外での賞 などを、書き連ねても、その人を知らない人には、どんな人だったかは 伝わらない。

日本画の巨匠の人柄に関する記事は、いくつか目についたが、その作品に せまった文章を、ついに見ることはできなかった。 こういう「流れ作業」で書いたような記事が最近の新聞には、多くなった。

新聞社は、人件費(じんけんひ)の高騰(こうとう)が原因で、慢性的 (まんせいてき)な人手不足だということだ。

 


 
05 /12

ルワンダで1960年代、働いた銀行員の本を読んだ。

当時、ルワンダで唯一の日本人であった服部正也(はっとりまさや)氏は、 大統領の信頼を得て、銀行改革を進める。 戦後、日本銀行で、経済成長を支えてきたという自信を武器に服部氏は、 ほとんど一人で、ルワンダの経済の設計図をひいた。

独立したばかりの、若い大統領と、その周辺の人物の誠実な人柄も感動的だ。

その後のルワンダは、必ずしも、順調に発展を続けたとは言えない。 しかし、一時的にせよ、独立国として、輝かしい若さを持つことができた この国は、必ず、再生するに違いない。

今、日本の金融業界(きんゆうぎょうかい)は、岐路(きろ)に立っている。 戦後の発展を築いてきた服部氏のような手法(しゅほう)は、もう古いとされている。 しかし、服部氏のような勇気と決断力を持った指導者が今の日本に、 日本銀行にいるだろうか?

本は、中央公論新社からでている新書(しんしょ)です。 タイトルは、「ルワンダ中央銀行総裁日記」 銀行業務やマクロ経済に詳しい人ならは、中級者でも十分に読めます。

 


 
05 / 13

70年代に入ってルワンダは、混乱の時代に入った。

クーデター。ゲリラ組織(そしき)の暗躍(あんやく)、 内戦(ないせん)、民族対立(みんぞくたいりつ)、そして虐殺(ぎゃくさつ)だ。 最近では、エイズによる被害も報告されている。

60年代にルワンダで働いた一人の日本人のことは、忘れられているの だろうか。

中部アフリカでは、依然、混乱が続いている。 アフリカにとっての不幸は、70年代以降、本来、指導的立場であるはずの ヨーロッパ全体の地盤沈下(じばんちんか)であった。

 


 
05 /14

最近は、「ガーデニング」といって、ベランダなどで、花を育てるのが 流行っている。 庭を持てない人が多いので、ベランダを飾ることになる。 普通のスーパーにも、ガーデニングコーナーがある。 そういう店での会話 客と店員

「これ、水、あげないとだめなの」
「ええ、これは、毎日じゃなくてもいいんですけど、1週間に一回くらいは」
「あ、それだけで、いいの」
「ええ、夏場は、三日に一回くらいです」
「ああ、そう」

店のアルバイトの女性と店長

「こういう花、輸入してるんですか」
「ああ、最近は、アジアから輸入したり」
「そうですか」
「大きな会社も、やってるよ。ビール会社とか」
「へえ、採算(さいさん)とれるのかな。これは、いくらでしたっけ」
「ひと鉢(はち)、1200円」
「ふうん、そうか、結構、これ、売れるものね」

客の夫婦

「トマトだって。ほんとに大きくなるのかな」
「ベランダじゃ無理だろ」
「でも、この写真では、きちんと大きくなってるよ」
「ばか、写真だからだよ」
「そっか。ハーブならいいんじゃない」
「なんに使うの」
「パスタとか」
「そっか、じゃ、これ、植えてみようか」

 


 
05 /17

コンピューター業界は、景気がいい。特に、周辺機器(しゅうへんきき)が 売れているらしい。 安くなったラップトップも人気がある。

日本のコンピューター会社は、 2000年問題をクリアした来年は、もっとハードが売れるのではと ひそかに予測しているらしい。 日本ではAppleは、人気があり、iMacも売れた。初めてパソコンを使う ユーザーの多くが(特に女性が)iMacを買っていった。

一方で、コンピューターを買う人の期待もウインドウズ95のブームの時とは 違ってあいまいなものではなく「メールをやりたい」などとはっきり したものが多い。

ウインドウズ95の時は、「これからは、パソコン!」といった脅迫 (きょうはく)のようなコマーシャルが多かったせいか、購入したのは 男性が多かった。
そのパソコンの多くは、現在、子供のおもちゃとなっているらしい。 今、売れているパソコンは、どのような運命をたどるのか?

もちろん、三年後はゴミになるだけですけどね。

 


 
05 /18

今から63年前の今日、男性器(だんせいき)を切り取られた死体(したい)が 発見された。 犯人は、被害者(ひがいししゃ)の家で女中(じょちゅう)として働いていた 阿部定(あべ さだ)だった。

これは、戦前、戦後を通じて、あべさだ事件として有名となった。 裁判(さいばん)が進めば進むほど阿部定の人格に問題はなかったということが はっきりしてきたからである。裁判で、彼女は、減刑(げんけい)を望む どころか被害者への愛情を切々(せつせつ)と語った。

小説家は、好んでこの事件の話題をとりあげ、ひとつの愛情の帰結(きけつ) だと、はやし立てた。 映画にもなっている。つい最近もリメイクされた。

5年程前だろうか、アメリカで同じような事件が起こった時、日本のメディアは 「アメリカ版アベサダ」と伝えた。 しかし、こちらは、なんだか殺伐(さつばつ)とした事件だったようだ。 被害者(ひがいしゃ)の男性も、その後、ポルノスターとして活躍しているらしい

 


 
05 /19

盆栽(ぼんさい)は、日本での愛好家(あいこうか)は減ってしまった。

もはや完全に外国人のほうが愛好者が多いと考えられる。

しかし、日本には、発祥地(はっしょうち)としてまだまだ、見のがせない ところがある。 埼玉県の盆栽村(ぼんさいむら。現在は町)は、そのひとつだ。
東京の中心地である新宿(しんじゅく)から電車で1時間ほどのところにあり 多くの盆栽が飾られている庭園(ていえん)がいくつか密集(みっしゅう) している。

町の各所には、英語の看板があり、レストランも英語が書いてある。 それほど、外国人の観光客が多いのだ。

この盆栽村には、日本の歴代総理などが所有していた盆栽が、現在も丁寧に 保存されている。静かな住宅地で、一般の住宅もあるのだが、みな、庭は、 丁寧に管理されているようだ。 残念なのは、新しい家が多く、そのほとんどが洋風建築であることだ。 ちなみに、知人に「盆栽町が埼玉にあるって、知ってる?」と聞いたら、 知っているのは、盆栽町の近くにすむ女性、一人だけだった。

 


 
05 /20

ジョンコルトレーンがデュークエリントンと共演したレコードでの In a sentimental moodは、いつ聴いても、若い音楽家の偉大な音楽家に対する 尊敬が、演奏から、ひしひしと伝わってくる名演(めいえん)だ。

自分を抑えながらも、しっかりと主張するコルトレーンの音色は、 みずみずしく、静寂(せいじゃく)にあふれている。
演奏のやり直しを申し出たコルトレーンに対し、「もういちどやっても、 けっしてよい演奏にならない」と、エリントンが制(せい)したそうだ。

日本では西洋音楽の歴史は古く、特に弦楽器(げんがっき)の演奏者は、世界的に 供給過剰(きょうきゅう かじょう)とさえ言われている。 日本の若い音楽家が、その技術の高さに比べて、表現力の貧しさが指摘される ことが多いという。

表現力というのは、考え方が難しい。 ある日本の天才少女バイオリニストは、まるで巨匠(きょしょう)のような 表現力と、天才的なテクニックで演奏する。
目をつぶって聴くと、男性的で 脂ぎったその演奏からは、少女の姿は想像しにくい。 実は、この少女は、実在したある巨匠の演奏にそっくりなのだ。 彼女はまだ、14才だ。

コルトレーンは音楽に蝕(むしば)まれるようにして死んでいった。 エリントンは惜しまれつつ70年代になくなった。 この二人は、確実に音楽を生きた。

日本の天才少女、少年達は、音楽を愛しているだろうか?

 


 
05 / 20

日本語教師や日本語の研究者には、「世界の中で最も日本語は繊細(せんさい)で表現力に富む美しい言葉である」という神話(しんわ)を信じている人が多い。 そういう人に限って、外国語は話せないのだが、いったい、どの言葉と、 どうやって較べたのだろうか?

今日はほめる言葉。 これは、結婚式(けっこんしき)の帰りだったようだ。

「今日の智恵(ちえ)見た? 髪型(かみがた)変だったよね」
「あれね、ちょっと、がんばりすぎたよね」
「恵美(えみ)は、すごくきれいだったね」
「私、あんなにきれいな人、見たことないってかんじ」
「私も。これまでで、ベストスリーに入るね」

次は、ラーメンのはなし。テニスの帰り。

「あそこの みそラーメン、うまいよ。激(げき)うま」
「ああ、でも、ちょっと、あっさりしすぎだよ」
「そこが、いいんだよ。練習の後、食うと、しんじられないくらいうまいんだよ」
「あの隣の喫茶店のシュークリームのほうがうまいけど」
「運動(うんどう)の後、甘いもの、食うの?」
「疲れがとれるよ。日本一、うまいんじゃない」
「シュークリームなら、高島屋(たかしまや)の地下のやつがうまいよ」
「あの喫茶店のほうが段違(だんちが)いにうまいよ」

 


 
05 /24

チャーリーパーカーは、34才に亡くなった。

クリントイーストウッドによって その生涯(しょうがい)は映画化されたが、イーストウッドにしては、あまり よい出来ではなかった。

日本では幸い、ジャズは人気があり、パーカーのレコードは、ほとんどCD化 されている。 しかし、東京の中古レコード屋には、まだまだ、おもしろいものが残っている。 例えば、私は、50年前のクリスマスの夜にラジオで放送されたWhite Christmas の演奏が入ったレコードを持っている。

実はパーカーは、あまり日本では愛されなかった。サックスではテナーサックス のほうが人気があるし、楽器ではピアノのものが一番売れるという。

しかし、油断はできない。8年前、九州のある漁村(ぎょそん)を散歩していると、 突然(とつぜん)パーカーのサマータイムが流れてきた。 それをBGMに、ゲームをしている老人のグループがいたのだ。

 


 
05 /25

あまり知られていないことだが、東京は、中古レコードの宝庫(ほうこ)だ。

ジャズでは、お茶の水が有名だ。中古レコード店が多くある。 ここでは今でも、CDよりレコードのほうが主力だ。 日本人好みのジャズミュージシャンである、 ソニークラーク、アートペッパーなどのレコードがたくさんある。 ピアノでは、クラークのようなシングルトーンで、メロディアスな演奏が好まれ、 アートペッパーの演奏は「間(ま)がある」などといわれ、愛されている。

ロックでは、新宿の西口が有名だ。 ここは、ストーンズなど60-70年代のロックのレコード。特に海賊盤 (かいぞくばん)と呼ばれるものが多い。いつ、どこで録音されたか、 はっきりしないものだ。 中にはあきらかに、個人で録音したライブをレコードにしたようなものも ある。音質はひどい。

しかし、これを買いに、アイスランドから来た人に先週、会ったばかりだ。

 


 

 
05 / 28

野球場での会話 関西弁(かんさいべん)の3人

A「あのレフト、変やで、全然、走らんもん」
B「さっきから、変やな。素人(しろうと)ちゃうか」
A「佐々木って、誰や」
C「さあ、知らん。おーい! おまえ、誰や!!」

確かにレフトを守っていた選手は、下手だった。 次は携帯電話で、待ち合わせの相手に、自分の居場所(いばしょ)を教えている女性

A「その通路をまっすぐ行ったら、あると思うよ。Fっていう入り口だから」
A「そうそう、そのうどんを売っている店を通り越して、もうちょっと歩くの」
A「Fから、入った? そこから、右に行って、下の方。14列目」
A「え、あ、恵美(えみ)、早いね。久しぶり!!!」

携帯電話は、こういう使い方をされているんですね。

場内アナウンスと観客の声
「バッターの交代(こうたい)をお知らせします。7番、古橋(ふるはし) に変わりまして、佐藤。7番、センター佐藤。背番号(せばんごう)34」

「さとおおおおお、たのむぞおおおおお」

佐藤選手は、セカンドフライだった。

 


 
05 /31

日本の観光地は大変なことになっているようだ。

不景気(ふけいき)で人がこない。特に団体の客がこないので、大手の旅館 は、次々に潰れている。 こういう団体の客が買っていくようなおみやげも売れない。主に大量生産品 (たいりょう せいさんひん)だ。

そう、つまり、これは、よいことだと私は考えている。 大手の旅館は、サービスも悪く、個人の客に対しては冷たい。料理は、コストを 押さえるため、たいていは、まずい。地元の名産物などは、何も食べられない。 インスタントのハンバーグなんかがでてきたりする。

しかし、今や宿は個人の客を大事にしないと生き残れなくなってきた。 日本国内の観光はお金がかかる。旅館は、いろんな種類があるが、一般的に 30000円程度の高級旅館は、部屋数も少なく、サービスも 行き届いている。しかし、これは高いですね。

8000円前後の民宿は、トイレなども古く、部屋も、ふすまで仕切られている。 プライバシーが守られない、などの不便はあるが、サービスはよいし、 料理も美味しいことが多い。魚が好きな人は、漁村(ぎょそん)の民宿に泊まることをお勧めする。

今、潰れているのは、この二つの間の15000~20000円クラスの旅館だ。 高いし、サービスも悪い。やはり、本当の競争がないと、サービス業は、 だめなんですね。

 


 

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1999年04月


 
04 / 02

猫に関する言葉はたくさんある。

猫に小判(こばん) ー小判は、昔のお金のこと。価値がわからない。という意味。
          「彼にコンピューターをあげても、猫に小判ですよ」

猫の手もかりたい ー忙しいという例え。
         「今週は、猫の手も借りたいくらい忙しい」

猫の額(ひたい) ー狭い。という意味。庭(にわ)の話しをするときに使う。
         「うちの庭なんて、猫の額ていどですよ」

やはり、あまりいい意味では使われませんね。猫の「ずるい」「自分勝手」 というイメージは、世界共通なのでしょうか?

文学上の猫では、夏目漱石の「我輩(わがはい)は猫である」が最も有名だが、 漱石の弟子であった内田ひゃっけん の「ノラや」も面白い。

*「ひゃっけん」の漢字は、変換(へんかん)できませんでした。

 


 
04 / 05

蛍(ほたる)が見られるのは、8月から9月にかけてで、水のきれいなところに 限られる。 蛍は水がきれいでないと産卵(さんらん)しないそうだ。

したがって、蛍の名所(めいしょ)というのは存在しにくい。人が集まると 環境が悪くなることは避けられないからだ。

私が知っている場所は、地元の人がぽつりぽつりと見に集まる場所で、有名 ではない。何年かに一度、空に無数の蛍があらわれることがある。 これを、蛍川(ほたるがわ)とか、源平合戦(げんぺいがっせん)などという。
源平合戦というのは、日本の歴史上最も有名な戦争のこと。源氏(げんじ)と平氏(へいし)という 勢力が戦った。

地方によって呼び方は違うけれども、この幸運(こううん)に出会った 人は少ない。見ることができるのは、神に選ばれた人たちだけだ。などと 言われる。祖母は見たらしい。 私は子供の頃、毎年、ここに蛍を見に行ったが、結局、見ることができなかった。

昨日、そこを訪れた知人からメールがあった。

螢どころではなく、すぐ近くに大きなショッピングセンターが できていたそうだ。

 


 
04 / 06

その街には、一軒しか居酒屋はなかったが、夢のような店だった。

居酒屋の主人は、7年前に亡くなり、今はおかみさんが独りできりもりしている。

テーブルに座って、「お銚子(ちょうし)三本ちょうだい」 というと
「うちは、冷やしかできんのよ」と言って、一升瓶(いっしょうびん) とコップをドンとテーブルに置く。
「お支払いの時に、何杯飲んだか、言ってくれればよかけんね。(いいから)」 ということだった。まわりを見ると、どのテーブルにも、一升瓶がのっている。 すでに酔っぱらっている人も多い。その酒は、辛口で大変、美味しい。

この街は、大きな鉄鋼会社があり、街の人のほとんどはそこで勤めている。 鉄鋼不況で、街全体が沈んだ時は、飲んだお酒の申告(しんこく)は、ちょっと 少なめになる。店の経営も苦しくなる。 だが、店の主人は、だまっていた。

その後、街は、活気を取り戻した時は、皆が、飲んだ量より、多めに申告し お金を払っていったそうである。そして、その多めの申告は、主人が亡くなった 後も続いた。今は、そのことを知る常連(じょうれん)のほとんどは、店に 来なくなった。

「みんな、もう、歳やけん(歳をとったから)、医者に止められとおとよ(とめられているんだ)」 とのこと。

店の主人は、客とはその勘定の話はしなかったそうだが、妻である 今のおかみさんには、晩酌(ばんしゃく)の時に、よく話していたそうだ。

「酒飲みっていうのは、酒の恩(おん)は忘れんもんたい」 というのが主人の口癖 (くちぐせ)だったそうだ。 その店には、3時間ほどいた。

隣の客に、飲んだ分は、テーブルに置いてある マッチ棒で、数えるというやり方も教わった。
2人だったので、マッチ棒は、8本になった。つまみは、どれも美味しかった。

「じゃあ8杯とおつまみが7品(ひん)」 というと、おかみさんは、
「まあ、3500円ってとこやね」
「え、ひとり?」と言うと
「全部でに決まっとろおもん」(全部で、に決まっているでしょう) と言われた。

わかりにくいかもしれないが、これは信じられないほど安い。

 


 
04 / 07

日本の雑誌やテレビのコマーシャルには、多くの外国人が出演している。 私の知人のイタリア人は、なぜか、インスタントのカレーのコマーシャルに 出ている。

バラエティ番組などにも、いろんな国の人が出演するようになった。 以前は、欧米人が主流だったが、アジアやアフリカ、ラテンアメリカの人たち が増えた。

しかし、最近、最も目立つのは、欧米の経済関係者。証券(しょうけん) ディーラーや為替(かわせ)ブローカーなど。彼等は、完璧(かんぺき)な日本語を話す。

10年前にくらべると、テレビで見かける外国人の日本語能力は飛躍的 (ひやくてき)にあがっている。 しかし、まだ、日本人は、一般的に、外国人に日本語の能力を期待しない。 外国人に話しかけられるということは、「英語で」話し掛けられることだった。

今でも、欧米人に日本語で、「すみません、郵便局へは、右ですか」などと 聞かれても「アイムソリー」と行って、逃げられるか、流暢(りゅうちょう) な英語で、答えられるかのどちらかだ。日本語で答える人は少ない。

 


 
04 / 08

今週の日曜日は、都知事選挙が行われる。

有名人がたくさん立候補(りっこうほ)しているため、一見(いっけん)盛り上がっているように見えるが、 実は、私の知人(ちじん)には、「まったく興味がない」という人が多い。 私も同意見(どういけん)だ。

今回の候補者(こうほしゃ)は、公約(こうやく)をほとんどしていない。
これは、前の知事が、選挙の時の公約をほとんど守らなかったため、一気に 人気がなくなったことが影響(えいきょう)している。 各候補は、「いかに、具体的な公約をしないか」ということを気を配っている ようだ。

都議会(とぎかい)の与党(よとう)は、自民党(じみんとう)と公明党 (こうめいとう)だが、これらの政党が、応援(おうえん)する候補者は、 当選(とうせん)の確率は低い。

今回の選挙は、「得をする」というのがキーワードだ。 「どういうタイミングで、何を言ったら、やったら得なのか?」ということを、 各候補が知恵(ちえ)をしぼっているように見える。

ある候補などは、選挙ポスターに多くの資金(しきん)を使い、場所ごとに、 何種類かの違ったアングルの写真を用意している。

国際派(こくさいは)を強調したいある候補は、演説(えんぜつ)をするときに なぜか、金髪(きんぱつ)の外国人女性を、横に立たせていた。

ある候補のスローガンは、「東京ロマン革命(かくめい)」であった。 今、一番、外国人に受けるジョークとなっている。

まったく、悲惨(ひさん)な選挙だが、これからは、こういった選挙が増える のだろうか?

 


 
04 / 09

田中みどりさんの息子さんは、最近、転職(てんしょく)した。 みどりさんの話し

「こんな時期にね、転職は難しいから、少し我慢(がまん)して、今の ところに
  いなさいって、言ったのよ」
「そうですか」
「でも、何か、部長と合わなくて、遠いところに転勤(てんきん)させられた から もう、いやだ、って言ってね」
「そういうこと、ありますよね」
「半年くらいぶらぶらしてたんだけど、前の同僚(どうりょう)が紹介して くれた
  ところに面接に言ったら、うまくいったみたいでね」
「よかったですね」
「でも、パソコンと英語ができなくちゃだめらしくて、今、勉強してるの」
「今、どこでも、パソコンと英語ですねえ」
「できるの?」
「はあ、ちょっとだけできますけど、なぜか、あまり儲(もう)かり ませんねえ」

 


 
04 / 12

「モノには適正価格(てきせいかかく)はあるのか」 というのは、難しい問題のようである。

例えば、コンピューターの値段は、基本的なソフトをそろえることを 考えると、今、20万円ぐらいだ。競争(きょうそう)の激しい世界でもあり 価格の違いは、機能(きのう)の違いとなってあらわれる。

たまごの値段は、世界的に物価(ぶっか)を計るのに使われていた。
今、 日本では、一個15円くらいである。しかし、戦後、たまごの価格はほとんど 変わっていない「物価の優等生(ゆうとうせい)」と呼ばれている。
しかしながら、味は落ちた。「日本の卵は味がない」というのは、外国人の 間では有名だ。

現在はマクドナルドのハンバーガーが基準となると考える経済学者も多いそうだ。 ただ、マクドナルドの戦略は、今やひとつの会社の戦略というよりは、アメリカ の経済戦略の先兵(せんぺい)といったおもむきがある。 国によって、かなり戦略的な価格設定がされているような気がする。

ちなみに今、日本では、ハンバーガーの値段は120円前後だ。

 


 
04 / 13

日本の漆器(しっき)は、ひとつの器(うつわ)の原価は木の部分が1000円 から1500円。

それに塗る漆(うるし)は3000円から5000円だそうだ。
これに装飾(そうしょく)をほどこす人が別にいる。

木を切ってから、器になるまで、1年から2年かかり、3人から5人の職人
(しょくにん)が関わっている。
これが店で10000円から15000円で売られている。

やはり、これは安いですね。

大事に使えば、30年から40年は使えるし、修理にだせば、何百年も大丈夫だ。 1000年前の漆器は、多く発見されている。バブル経済というのは、だいたい85年から90年までの5年間がピークだったが この時期にもあまり値段が変わらなかったということだ。

ちなみに、陶器(とうき)や磁器(じき)の値段は、バブルの時に、10倍から 100倍にもなり、偽物(にせもの)もたくさん、出回(でまわ)った。

 


 
04 / 14

昔、日本の経済人、政治家にとって、漢文の知識は重要なことだと考えられていた

先日の自民党の総裁選挙でも、いくつかのキーワードがある。
よく、組織のリーダーに例えられるのが「三国志」である。

中国の2世紀から3世紀にかけて3つの国に分裂(ぶんれつ)した中国の覇権
(はけん)を争った3人のリーダーの歴史物語。
日本では、特に中高年(ちゅうこうねん)に愛読者(あいどくしゃ) が多い。

最終的な勝者である曹操(そうそう)は、強いリーダーシップを持ち。自信家。

孫権(そんけん)は堅実で、まじめな人物。

劉備(りゅうび)は、自分で判断することはせず。自らを愚かな人間だと 公言する。しかし、不思議に部下を引き付ける魅力を持つ。

この劉備と、その部下の天才的な戦略家(せんりゃくか)、孔明(こうめい)がこの物語の中心である。

この物語の中で、劉備は、孔明にどうか一緒に戦ってほしいと3度 その家を訪れたことになっている。
小渕氏が宮沢さんに対し、「三顧(さんこ)の礼」と表現していたのは、これである。
ある、英字新聞では、「三個の例」と訳してあるところもあった。

ただし、この小説はあまりにも有名であり、長い物語でもあるので、きちんと読んだ人は少ない。
シェイクスピアもフローベールもフォークナーも、誰もが知っているが (また、読んだかのように話すが) 実は、みんなが読んだわけではないのと同じだ。

 


 
04 / 15

今日は、象牙供養(ぞうげ くよう)の日だそうである。
象牙を使う業界 が決めたそうだ。

先日、象牙を取る目的での狩猟(しゅりょう)が、一部、解禁(かいきん) された。それまでは、長い間、禁止されていた。

日本には、象牙やべっ甲(こう)など、動物の骨などを利用したものは多い。

鯨(くじら) もよく使われる。 日本の伝統的な楽器の代表格である三味線(しゃみせん)は、ほとんど動物でできているといってもいいし、他の 伝統芸能に使われる楽器には、くじらの「ひげ」が欠かせないといった こともある。他にも、蛇の皮、猫の皮、亀の甲羅(こうら)などなど。

もちろん、これらのものは、プラスティックなど人工的な素材で代用できる ものだ。 ただ、芸術(げいじゅつ)に関わる人々にとっては、大事な問題だ。

例えば、サクソフォーンなどの管楽器は、口に当てる部分に木が使われている。 リードと呼ぶこの部分は、今では希少(きしょう)となった植物からとれる ものが多く、東南アジアなどでは、良質のリードを数枚作るために何本もの 木が切られるということを聞いたことがある。 現在、プラスティックなど、他の素材で作られたリードも売られているが、 人気があるとはいいがたい。

一般的に、人工的に作られた素材は、音が固く、 しなやかさに欠けるので、コントロールしにくい。 そして、素材の微妙(びみょう)な違いは、音質(おんしつ)に、あらわれる。 音楽家にとって、音質は、命(いのち)だ。

例えば、サクソフォーンが、すべて同じ音色だったら、退屈だと思いませんか?

 


 
04 / 16

私は、電話番号や住所を本当に必要な時しか書かないことにしている。 それでも、どこで調べたのかは、わからないが、セールスの電話が 月に1回は、かかってくる。

「もしもし、わたくし、株式会社ジーエルともうしますが」
「はい、、、」
「ごしゅじんさまですか」
「はい、、」
「あ、わたくし、株式会社ジーエルともうします。こんかいは、おたくの
  リフォームのごあんないなんですが、、」
「うち、アパートなんで、けっこうです。しつれいします」
「あっ、、、」

こういう電話は多い。こういった電話は、若い人の声であることが多い。 ほとんどが、アルバイトだ。時給(じきゅう)が高いので人気がある。 家のリフォームは最近、流行っているが、あまりよいうわさは、聞かない。
次は、英会話のテープのセールス

「もしもし、**様のおたくですか」
「はい、そうですが、」
「##さま、いらっしゃいますか」
「はい、わたくしですが、ごようけんは」
「わたくし、イーエルエル英会話学院(がくいん)のせがわと申します」
「はい」
「今回は、私どもの会社のほうで、おためし期間(きかん)ということで、 特別に
  一ヶ月、、、」
「すみません、けっこうです」

「けっこうです」という日本語には、「いりません」という意味と、 「いいですねえ」という意味がある。まったく反対だ。
こういうセールスの場面などでは 「けっこうです」といって断ると、法律的には、「断ったことになる」そうなので、 使っても大丈夫だそうだ。

 


 
04 / 19

大蔵省(おおくらしょう)の名前が変わるそうだ。

大蔵というのは、室町(むろまち)時代から ある名前だそうだ。蔵は、一般的には、大事なものを入れる倉庫(そうこ)の ことをいう。湿度や気温の変化が少なく、食料の保存にも適している。 「おおくら」は、大きい蔵ではなく、「御(おん)くら」でないかと思うが、 詳しいことは、わからなかった。

蔵は、 壁があつく、時には、1m にもなる。入り口も厳重(げんじゅう)な鍵(かぎ) で守られ、侵入するのは、ほとんど不可能だ。

江戸時代も後期になると、庶民(しょみん) でも、蔵を持つ家は増えた。特に、貿易で栄えた港町など、裕福(ゆうふく)な 商人がいた村には、蔵があった。

蔵作りというスタイルの建物が多く残っている街は、日本の各地に残っている。
現在でも蔵作りの街(まち)と呼び、人気を集めている。 大蔵省という言葉の印象(いんしょう)は、「国中の富(とみ)をいったん、 集めるところ」といったところだろうか。
これは、まさに、日本の税制を象徴している。

日本では、税金だけでなく、 郵便貯金の一部も、一旦は、大蔵省の管理下に置かれる。 いわゆる目的税(もくてきぜい)は、少なく、一旦集められたお金を、分配する 権限は大蔵省にある。日本の官僚(かんりょう)の中でも、大蔵官僚の 力は、抜(ぬ)きん出ている。

日本で最大、最高のエリートコースが、東京大学を卒業して、大蔵省に入ること である理由はここにある。そういったエリートがお金の分配に関わるというのはあまりよい伝統とは思えないのだが。

 


 
04 / 20

檜(ひのき)という木は、日本を代表する木といってもいい。 香りが強く、防虫効果もあるそうだ。 現在は少なくなっている。質のよい檜は、福島など、一部の地域に限られる。

檜は、しなやかで、年を経ても変化が少なく、丈夫なこともあって、建材や、たんすなどの家具作りに使われる。 他に、楢(なら)やぶな、くり、など広葉樹(こうようじゅ)が材料として 作られることが多かった。 ただし、これらの広葉樹のほとんどは、成育が遅く、現代では、コストに 見合わなくなってしまった。

今、日本の山林に植林(しょくりん)される木は、 ほとんど、杉などの成育の早い針葉樹(しんようじゅ)だ。
田舎に行くと、マッチ棒(ぼう)のように、木が整然と、植えられた風景に 出会うことになる。 これらの針葉樹は、早くから、完全に管理され育つために、保水力(ほすい りょく)が弱く、川が簡単に増水(ぞうすい)するようになったりと、あまり よいことがないらしい。

今、日本の山林に、ログハウスを作るのが流行っているが、材料は、すべて、 カナダや、ニュージーランドから輸入するそうだ。

国内のいい木は、高すぎるそうだ。

 


 
04 / 21

古来(こらい)日本の山は、地元の人々によって、厳しく、管理されてきた。

それぞれの土地には、必ず、山に詳しい、老人がいて、毎年、決まった時期に 山に入る。山道を作り、不要な木は、伐採(ばっさい)した。 もちろん、周囲の環境を維持するため、木を切り過ぎることはなかった。

1970年ごろ、そのような人々の後継者(こうけいしゃ)不足が、叫ばれていた。

もちろん、そのような問題に関しては、現在にいたるまでよいニュースは なにもない。特に、80年代後半のバブル経済は、決定的な出来事だった。 山林は、ゴルフ場になり、リゾートマンションが建った。90年代にはバブル経済の破たんに伴って開発が途中で終わりゴーストタウンとなった村が 日本各地に生まれることになった。

今、私は、マタギと呼ばれた、猟師(りょうし)に関する本を読んでいる。 ほとんどは、60年から70年に書かれたもので、すべてが、これら、山に 精通した人々が減りはじめていることに警鐘(けいしょう)を鳴らす思いで 書かれたものだ。
出てくる人物は、60年の時点で70才から80才。学校は卒業してないが 山を一目みて、翌日の天気をあてる。木の幹(みき)の色で、木の状態が わかる。かすかな匂いで、近くに動物がいるかどうかがわかる。まさに山と 共に生きてきた人々だ。

この人たちは、もう確実にこの世にはいないのである。

 


 
04 / 22

地歌舞伎(じかぶき)というのを御存じですか?

これは、田舎で行われる歌舞伎のことで、地元で歌舞伎好きの人たちが 伝統的に伝えてきた歌舞伎のこと。 江戸の後期(こうき)に盛んに行われた。現在でも、行われているのは 少なく、朽(く)ち果てた舞台が保護されずに残っていることも多い。 また、能(のう)は、京都や東京だけでなく、地方にも、いろんなスタイルの能があり、 多くの能舞台がある。

例えば、新潟県の佐渡(さど)は、小さな島だが100近くの能舞台があるそうだ。
ここの舞台も半数以上は、現在使われなくなって おり、傷みが激しいそうだ。

また、「芝居小屋(しばいごや)」と呼ばれる劇場も地方に多くある。

この芝居小屋では、地元の劇団や、旅回わりの劇団の公演などがある。 小屋によっては、現在でも歌舞伎公演が年に2.3度、行われることもあるが、 ほとんどは、経営に苦しんでいる。 景気が悪くなると、これらの文化的遺産が、静かに、取り壊され、マンションが建つことになる。

 


 
04 / 25

地方の芝居小屋で見ることができるのは、旅回わりの劇団の公演などだ。 最初に、手品。漫才(まんざい)などがあり、その後は、1-2時間ほどの 演劇となる。 内容は、昔からあるお決まりの脚本(きゃくほん)だ。

親子の情(じょう)などが、話の 中心になる。笑ったり、泣いたり。

公演が終わると、ほとんどの場合、役者による、歌謡(かよう)ショーだ。 今、演じた役者がこんどは、にこにこと笑いながら、歌を歌う。

客は、「おひねり」を、舞台に投げたり、時には、舞台にあがって、直接、 渡したりする。これは、お札で作った首飾(くびかざ)りなどを渡す人に だけ許される特権(とっけん)だ。

「おひねり」とは、お金のこと。チップですね。

 


 
04 / 26

旅まわりの劇団は、基本的には、行く場所が決まっている。

最近は、旅費(りょひ)もたいへんなので、あまり遠くへは、いけないようだ。 昔とちがって、子供は、学校へ行かねばならない。 芝居小屋の維持費(いじひ)もたいへんだ。

伝統的な芝居小屋は、ほとんどが 木製で、補修(ほしゅう)にお金がかかる。舞台が回ったり、下から、 舞台にあらわれたりといった仕掛けは、50年以上も前のモーターで作られて いたりする。昔は、人の力だけでやったらしい。 若い客が少ないことも心配のたねだ。

旅役者といえば、小津(おず)の「浮草(うきくさ)」という映画がすばらしい。 これは、ある夏の日の旅回わりの劇団を描いたものだ。

 

 
04 / 27

石川県に金沢という街があり、そこに兼六園(けんろくえん)という庭が ある。

そこで働く庭師(にわし)のドキュメンタリーを見た。驚くべき仕事であった。

兼六園で、管理されている木は、いづれも、銘木(めいぼく)と言われるもので その数は、数百本だ。特に重要な松(まつ)だけでも、100本以上あるという。 それを五人で管理している。 この管理がたいへんな作業だった。ひとつひとつの木の状態を毎日、見て歩く。
ベテランになると、葉を口にくわえることで、木の状態がわかるそうだ。

最も忙しい時期が、冬。

金沢は、毎年、50cm近く雪がふる日が、一月以上続く。 雪の重みで、年老いた木は、裂けたり、折れたりする。それを防ぐために 一本一本の木を、棒で揺らし、雪を落とす。 木を揺らすために、木にギプスのようなものをはめる。

松は、曲がる木だ。 その曲線(きょくせん)を楽しむ。 まがった場所が弱くなると、松葉杖(まつばつえ)をあてる。

 


 

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1999年03月


 
03 / 01

漆(うるし)と蒔絵(まきえ)で飾られたノートパソコンを見た。

蒔絵をほどこした漆器(しっき)は、いいものなら10万円くらい。もちろん、古くてよいものは、100万円以上のものもある。 10万円には、理由がある。 材質(ざいしつ)がいい、よい漆を使う。そして、もちろん、そういうものを作れる人は、もはや、 日本にわずかしか、存在しないというのが最大の理由だ。

後継者(こうけいしゃ)も少なく、いつ、作れなくなるかわからない。 これらの職人(しょくにん)と呼ばれる人々は、高い報酬(ほうしゅう)をもらっている わけではなく、ほとんどは、質素な生活をしている。

ひとつのものを作るのに、大変な時間がかかるのだ。 しかし、よい漆器(しっき)は、ていねいに使えば、100年くらいは、使えるのだ。 200年ほど前のものでも、きれいに保存されているものは多い。

さて、ノートパソコンは、今、15万円から30万円くらい。3年も使えば、スクラップ だ。妙な組み合わせだと思わざるを得ない。

 


 
03 / 02

伝統工芸展を見て、思うのは、作られた物の美しさもさることながら、 それを作る道具の美しさだ。

くみひもや、かすりを作る織(お)り機は、いずれも木製 (もくせい)だ。 これらの作業は、ほとんど、女性の仕事だったので、座る場所もせまく、 小さい。

この音がいいんですね。機織りのさかんな地域では、木が重なり打たれる乾いた音が、町中に 響くこともあったそうだ。たしか、芭蕉(ばしょう)の「奥の細道」にも そんな文章があったように覚えている。

この道具は、もちろん工場では作れないので、専門の職人がいる。 しかし、この人たちも、数が少なくなっているそうで、「かすりが盛んな地域に 一人いれば、いいほう」ということだ。 一般的に職人の道具を作る人は、もはや全国で3人といった状況であるらしい。

会場では、外国人の姿が目立った。この会場では、買うこともできた。 手製(てせい)の小さなたんすなどが、50万円ほど。 近くの家具屋(かぐや)では、同じサイズの家具は、5万円ぐらいだ。 ただし、これは、工場で作るもので、10年もたてば、古くなってしまう。

多くの日本人は、50万円のたんすを高いと感じたようだ。 その証拠に、私は、2時間ほど会場にいたが、その間に買っているのは、ほとんど 外国人だった。

 


 
03 / 03

今日は、ちょっと難しい話題(わだい)です。

今、日本国内では、初めての脳死判定(のうし はんてい)後の臓器(ぞうき) 移植(いしょく)が、話題の中心だ。

脳死は、「死」であるか。というのは、もう20年も国内では議論されている。 現在でも、有名な、進歩的(しんぽてき)と考えられている知識人 (ちしきじん)の多くは、「死」ではない。という立場だ。 彼等は、脳死の段階(だんかい)での移植に否定的(ひていてき)だ。

例えば、海外で、飛行機事故があった場合、日本人は、必ず現地に向かう。 遺体(いたい)を回収することにかけて、日本人の熱意(ねつい)は 突出(とっしゅつ)しているらしい。

日本の宗教的な土壌(どじょう)は、いったい何なのか?というのは、 私にはわからないが、いわゆるキリスト教的な、死生観(しせいかん)とは、 一線(いっせん)を画(かく)すようだ。

ちなみに、日本では、通常、遺体は、火葬(かそう)にされる。 6年前に調べた数字では、90%以上が火葬にされるそうだ。 遺体の回収にかける熱意と、90%以上が火葬であることとは、どういった 関連があるのだろうか?

 


 
03 / 04

日本の犬で最も有名なのは秋田犬らしい。秋田は、東北の県(けん)のひとつ。

他にも、紀州犬(きしゅうけん)柴犬(しばいぬ)など、いろいろな種類が ある。共通しているのは、大人しく、飼(か)い主(ぬし)に忠実(ちゅうじつ) で、やさしい目をしていること。

こういった「ブランド犬」は、高値で取り引きされ、大事にされる。

「野良犬」は黒沢映画のタイトルにもなった。 「反権力的で、暴力的、常に飢えている」というイメージだ。やはり、犬は、 基本的に、猫とは対照的(たいしょうてき)に「男性」の印象が強いようだ。

東京でも犬を買う人は多いが、大変なのは散歩をする場所だ。 都心(としん)では、大きな犬を飼うのは難しい。

犬に関する日本語の表現では、 「夫婦喧嘩(ふうふ けんか)は犬も食わない。」 というのは、面白いですね。

また、忠実(ちゅうじつ)という印象から、 「田中は、会社の犬だな」などと言うこともある。 これは、会社の決定(けってい)には、いつも逆らわずに従うことを、否定的に 言ったもの。

かなり強烈(きょうれつ)な悪口(わるくち)だ。

 


 
03 / 05

吉田さんは、32才。男性。独身(どくしん)で一人暮らし。
毎日、晩御飯(ばんごはん)は自分でつくる。

女性「ええっ! 毎日、自炊(じすい)してるの? すごいわね」
吉田「でも、絶対、自分で作ったほうが、うまいんだよ」
女性「そう?」
吉田「もう、コンビニの弁当にもあきたし」
女性「そうねえ。私は、残業(ざんぎょう)が当たり前だから、たいてい外食ね」
吉田「一回、いくらぐらい?」
女性「2000円くらいかな。ビール飲んだりすると3000円」
吉田「すごいねえ」
女性「そう、これでも節約(せつやく)してるんだけど。吉田さんは?」
吉田「ばんごはんで、1000円なら、まあまあ。2000円なら、ごちそうが作れる
    よ」
女性「ああ、そうかもね。私もそうしようかな。でも、スーパーとか、開いて
    ないのよね」
吉田「最近は、8時ごろまでやってるし、途中下車すれば、どこかに夜まで やってる   スーパーがあるよ。」
女性A「そうね。やってみよう。」

 


 
03 / 08

日本の面積(めんせき)は、377.000キロ平方(へいほう)メートル。 ドイツ、パラグアイ、ベトナムとだいたい同じ。 細長いので、面積にすると、意外と広い。しかし、山林(さんりん)が 多く、人が住めるのは、3分の1の区域(くいき)に過ぎない。

47の地域(ちいき)に分かれる。これを県(けん)と呼ぶ。 もっとも有名な県である東京の面積は約2.000キロ平方メートル。 埼玉、千葉、神奈川と東京をあわせて首都圏(しゅとけん)と呼ぶことが多い。この地域に住む人々の勤務地がほぼ東京であることが多いからだ。

面積は、13.500キロ平方メートル。この面積は全国の3%。 この首都圏に3.200万人が住んでいる。これは、日本の人口の26%にあたる。 この3.200万人の多くは、東京に通勤(つうきん)する人々だ。

数字(すうじ)が多いと、分かりにくいですね。

つまり、すごく人が多いということです!!!

 


 
03 / 09

東京大学の建築学の教授である藤森氏によると、現在の東京には、純粋に 江戸時代からの民家というものは、一件も残っていないそうだ。

大正時代の大きな地震(じしん)と第二次世界大戦(だいにじせかいたいせん) の際の東京 大空襲(だいくうしゅう)という2度のダメージも大きかった。

最近の話でいうと、80年代のバブル経済による土地の高騰(こうとう)で失われた 建築物は数えきれないそうだ。

21世紀(せいき)の東京の開発(かいはつ)の目玉(めだま)は、臨海 副都心 (りんかい ふくとしん)の開発だ 。オフィスビルが立ち並ぶことになるらしい。

 


 
03 / 10

90年代に入ってから、国内旅行に変化があらわれた。

ひとつは、国際線の飛行機代が劇的に下がったので、国内旅行が海外旅行より高くなったこと。

国内旅行では、ホテルは、一人15000円から。 移動に鉄道を使っても5.6万はかかる。結局、家族で、3泊4日の旅行をすると、15万円くらいかかってしまう。

もうひとつは、女性に対する扱(あつか)いだ。 電車の切符(きっぷ)も、ホテルの料金も、女性には、割り引きが用意されている。 温泉のお風呂も大きいほうが女性用だ。 昔は、男性が景色もよく、大きいほうを使っていたが、逆転した。

そう、男性は、あまり旅行をしなくなったんですね。

女性に人気のない旅館はつぶれることになる。また、家族で旅行する場合も、目的地(もくてきち)や、ホテルを決めるのは、 妻(つま)のほうであることが多い。

 


 
03 / 11

2月から3月にかけて、東京には、地方から受験(じゅけん)のため、 上京(じょうきょう)した若い人が多く見られる。

受験生は、専用のパック旅行などで東京に来るのだ。
ホテルに、長期滞在(ちょうきたいざい)する。
いいお客さんなので、 ホテル側もいろいろなサービスをする。
緊張(きんちょう)して、眠れない子のために、カウンセラー を常駐(じょうちゅう)させているホテルもある。

この時期、「落ちる」「すべる」などの言葉は、受験生の前では、使っては いけないことになっている。「試験(しけん)に落ちる、すべる」というのは、 共に失敗(しっぱい)する。という意味だからだ。 しかし、最近は、気にしているのは、大人だけだという意見もある。

地方から東京に受験に行った高校生のほとんどは、帰りにディズニーランドに
寄って帰るそうだ。

 


 
03 / 12

団子(だんご)の歌が流行っていて、団子が急に売れ出した。 20代前半の4人。
会社の食堂で、団子を食べながら話していた。

けんじ  「団子(だんご)って、何から作るの」
りょうこ 「米じゃないの」
しゅん  「小麦粉でしょう。だから、豆だよ」
りゅうじ 「どっちでもいいよ」
けんいち 「いろいろ種類があるみたいだよ」
けんじ  「体には、いいのかなあ」
りょうこ 「砂糖(さとう)が入っているし、甘いからねえ」
けんいち 「みそ味のもあるしね」
りゅうじ 「たべた記憶(きおく)がないなあ」
けんじ  「たいやきとか、まんじゅうとか、最近、たべたことないね」
けんいち 「もう、10年以上ないよ」
りょうこ 「女の子は、けっこう、食べるよ」
りゅうじ 「ああ、よく喰ってるよね」

 


 
03 / 16

東京で外国人の方に、「どこか、小(しょう)旅行にいい場所はありますか」 と聞かれると、本当に困(こま)る。

都内に通勤するサラリーマンにとって、90分の通勤時間はふつうのことだ。
中には、2時間かけて通勤する人もいる。 これは、つまり、都心から90分かけても、静かで、歴史的な遺跡(いせき)が 残っているところは少ないということだ。生活圏なのだ。

関東近辺では、日光、箱根(はこね)、鎌倉(かまくら)は人気ベストスリーだ。
これらは、東京から2時間以内で行け、外国人も多いことから、ガイドブック にも載っていることが多い。

最近、私は、首都圏(しゅとけん)の観光地を調べている。
読んだ本は、30册以上。

「片道3時間、かければ、よいところに行ける」というのが結論だ。

しかし、この「3時間」を理解してもらえるだろうか?
おそらく、世界中のどの都市でも、2時間かければ、美しい、自然の風景に 出会えるからだ。

東京というのは、いろんな意味で、例外的な都市なのだ。

 


 
03 / 17

日本では、かつて教師は、「聖職(せいしょく)」と言われ、要求される ことが多かった。今でも、性犯罪などで、教師が逮捕(たいほ)されると、 大々的に報道されることが多い。

昨今、日本では、大学の教師の社会的地位が高いのに対し、高校や中学の教師は、 公務員(こうむいん)といった扱いで、あまり高いとはいえないし、人気がない。 中学や高校の教師の給料は、一般的な会社員の70%ほど。

この安い給料と、社会的なプレッシャーを考えると、人気がないのもうなずける。

これに対し、予備校の教師は、完全に欧米型(おうべいがた)の競争社会だ。 予備校とは、大学に入るための高校生のための学校。 全国的に人気がある講師(こうし)は、年収3000万円を超える。力のない講師は 容赦(ようしゃ)なく首になる。

しかし予備校も、下り坂になっている。 現在、日本の出生率は下がり続けている。これから、しばらくは、生徒は 減る一方なのだ。

 


 
03 / 18

日本の伝統的なお菓子には「おかき」と呼ぶ米から作られたものがある。 これは、米のチップスというべきもので、しょうゆ味や塩味のものが多い。

もうひとつ、日本のお菓子に欠かせないものに「あんこ」がある。

大豆を甘く煮たあんこは、外国人には人気がないが、これが食べられないと、日本に滞在する 場合、大いに損(そん)をする。
あんこが食べられないと、ほとんどの和菓子は、食べられないことになるからだ。 和菓子(わがし)と呼ばれるものは、餅(もち)とあんこで作られていること が多い。

バターなどを使わないので、カロリーは少なく、ダイエットをしている人には、ありがたい。
しかし、糖分(とうぶん)は多いので、注意が必要だ。

 


 
03 / 19

今年は、桜は、1週間ほど、早く咲くそうだ。

A「会社で花見、やるの?」
B「うちは、やらない。」
C「うちは、やるんだよ。」
A「へえ、今どき、珍しいね。」
C「うん。」
B「最近、少ないよね」
C「でも、ほら、うちは、財閥(ざいばつ)系でしょ?  伝統だ、とかいって
  やるんだよ」
A「ああ、そう。やっぱり。場所をとったりするの」
C「そうそう。新入社員の仕事ね」
A「なるほど、絵に書いたような風景ね」
C「でも、役所なんかでも、やるらしいよ」
A「そうか、もしかすると、今どき花見をやるところは、倒産(とうさん)
  しそうもない ところかもね」
B「それは言えてるなあ」
A「そうなると、花見もできないなんて、ちょっと寂しいかもね」
ABC「ううん……..」

本当は、景気(けいき)が悪いからといって、花見をする会社は、減るわけではない。 むしろ増えることもあるそうだ。ただし、自己負担(じこふたん)で やるようになったところが多いらしい。

来週は、桜のお話を。

 


 
03 / 21

日本では、1000年くらい前から、花というのは、桜のことだった。

現在の日本には、染井吉野(そめいよしの)という種類の桜が多い。 これは、比較的(ひかくてき)、新しい品種(ひんしゅ)で、育てやすく、 大きな花を咲かせるので、あっという間に日本中に広がった。

もともと日本にあった品種は、今は、山桜と呼んでいるもので、数は少ない。 染井吉野が、広がるまでは、桜は、難しい花であったらしい。

最近、そういった珍しい品種の桜の老木を見に行くのが、流行っている。 桜の銘木(めいぼく)と呼ばれるものは、日本各地にあり、500年を超える ものもあるという。

 


 
03 / 23

桜のことを書いた詩人や作家は多い。

古くは西行。この人は、生涯(しょうがい)さくらのことばかり和歌に詠んで いたような印象がある。

現代文学でも桜がでてくる小説は多い。梶井基次郎(かじいもとじろう)
坂口安吾(さかぐちあんご)、三島由紀夫(みしまゆきお)、 宇野千代
(うのちよ)、水上勉(みなかみつとむ)など。

たしか、坂口安吾の「桜の森の満開の下」は、英語、イタリア語などにも翻訳 (ほんやく)されているはずである。

戦時中は、桜が、「日本精神(せいしん)」の象徴(しょうちょう)として 扱われることが多かったせいか、戦後の作家は、桜に関しては、屈折(くっせつ) した感情を抱いていることが多い。

今は、桜に対して素直(すなお)に、美しいと言える世代が主流(しゅりゅう)に なったと考えてもいいだろう。

 


 
03 / 24

花見を会社単位でやることは、少なくなった。サラリーマンも、花見は、 友人達とやることが多いという。

都内の桜の名所は、酔っぱらって、カラオケを歌う人であふれる。 老人達が、手製のおべんとうなどを、持ち寄って、手拍子(てびょうし)で 歌う様子などは、いいものだ。
あいかわらずゴミに関するマナーは悪いが。

桜の通(つう)を自認(じにん)する人は、あまり人に知られていない桜を 見に行くことを楽しみにしている。

私の友人は、毎年、山の中に咲く一本の 桜を3時間かけて見に行く。 その桜は、近くに住む、老夫婦が大事に育てている。 3月の下旬になると、「祥子(しょうこ)さん、来週あたりだよ」 と電話があるそうだ。

彼女は、いつものように東京の土産をもって、出かけることになる。

 


 
03 / 25

薄墨(うすずみ)の桜というのは、最も有名な桜で、岐阜(ぎふ)けんにある。

宇野千代さんという小説家によって紹介され、多くの人が訪れるようになった。
薄墨というのは、薄い黒のことで、桜も何百年も経って、老木となると、 散り際には、桃色が、うっすらと黒ずんでくる。

私は、他の桜で、この薄墨色の桜を見たことがある。ただ、これは、実際に 見るしかありませんね。ちょっと言葉では、表現できません。

桜の老木というのは、恐ろしいような、ぞっとするような美しさを持っている。 このページで紹介するために、いろんな桜の写真を見たけれども、まったく いいものがなかった。 桜の老木には、写真には、写らない「何か」が、あるようだ。

今は、桜の老木は、どれも、有名になって、観光地となっているが、 昔、旅の途中に偶然(ぐうぜん)出会った時の感動は、現在とは比べ物にならないに違いない。

桜は、1年で、一週間しか、咲かない。

 


 
03 / 25

今日は、偶然(ぐうぜん)、スーパーマーケットが開店セールをやっている ところを通りかかった。 ここ半月ほど、開店をテレビで宣伝していたスーパーだ。入ってみた。

客「ねえ、子供用のくつは、どこ」
店員「地下になります。」
客「ちょっと、この列は、どこが一番うしろなの」
店員「こちらは、クレジットカード専用レジなんですが」
客「あら、そうなの」
店員「(マイクで)2ばん、5ばん、7ばん、は、現金専用のレジでございまあす。」
客「ねえねえ、広告のファックスは、どこ」
店員「家電ですから、ええと、、右手の奥でございます」
客「ええ、こんなに込んでるんだから、あそこまで、いけないわよちょっと、
   あなた、もってきてよ、広告にでてた、サンヨーのやつ」
店員「えっ、いや、もうしわけございません。ちょっと」
客「じゃ、いいわよ、自分で行くから」

私は、250円のサンダルと、390円のふとんカバーを買った。
定価(ていか)の7割引(わりびき)である。 こういった、安いものは、少しあるだけで、他は、それほど安いわけ ではない。しかし、店内は、一種の興奮状態(こうふん じょうたい)で、 炊飯器(すいはんき)などが、飛ぶように売れている。 日本は、本当に、不景気(ふけいき)なのだろうか?

 


 
03 / 29

フリーマーケットが定着したのは、ここ10年くらいのことだ。 それまでは、中古品(ちゅうこひん)は、あまり歓迎されなかった。

一般の家庭では、中古品を使うことは少なかった。 今や、大きな都市では、毎週のようにフリーマーケットが開かれ、中古品を 扱うリサイクルショップも多く見られるようになった。

しかし、まだ、日本人の消費行動(しょうひこうどう)には、無駄が多いと 言われている。東京に住む若い外国人には、ゴミ捨て場で家具を揃(そろ)える 人も多い。 まだまだ使えるものを捨てることは多いのだ。

 


 
03 / 30

桜の時期がせまったが、急に寒くなった。 桜が咲き始めると、寒くなることが多く、花冷えとか、花曇(はなぐも)りなどと言う。

都知事選挙が本格的にはじまった。現在までに19人が立候補(りっこうほ) した。有力な候補者は、5名程度で、あとは、可能性はゼロに近い。

こういった候補を泡沫(ほうまつ)候補と呼ぶ。 人々は、ポスターを見て笑ったり、政見放送(せいけんほうそう)をみて、 話題にしたりと、泡沫候補には、泡沫候補なりの存在意義がある。

彼等にとっては、政見放送に出る権利が得られることが最大のメリットだ。 ゲイの解放や、ロシアの脅威(きょうい)を説いたり、環境問題を語ったり と主張もいろいろである。中には、選挙のたびに立候補し「酢が健康にいい」 ことを主張しつづける人もいる。

立候補する費用は、300万円ほどらしい。あなたもいかがですか?

 


 
03 / 31

日本とユーゴスラビアの接点(せってん)は少ない。

現在、日本で最も有名なユーゴスラビア人は、ドラガン.ストイコビッチ。
サッカーファンの方は御存じでしょう。現代のサッカー選手で、最も 芸術的なパスを出せる人の一人だ。彼は日本でトヨタのチームでプレイ している。
彼は先日のゲームでゴールを決め、ユーゴ攻撃(こうげき)への抗議(こうぎ)の メッセージを書いたTシャツを見せてアピールした。

日本では、先日までは、北朝鮮のスパイ船が発見されたが、捕獲(ほかく) できなかったことがトップニュースだった。 日本では、国際ニュースがトップニュースになることは少ない。 新聞でも国際面(こくさいめん)は、2ページほどで、全体の10%程度だ。 しかも経済ニュースか、通信社(つうしんしゃ)からのニュースがほとんどだ。

海外での日本のメディアの人たちの評判は悪い。機材などは一流だが、 取材能力は三流だと言われている。また、取材場所で、お金を派手に使う ので、「日本の記者(きしゃ)が訪れたあとは、相場が2倍になっている」 というのは、有名な話だそうだ。

 



1999年02月


 
02/ 01

海外に滞在している日本人家族に、日本からおみやげを持っていく時に 喜ばれるものは何か?

子供がいる家族には、お菓子。これが意外と喜ばれる。

少しでも日本で 過ごしたことのある子供は、日本のお菓子のバリエーションの豊富さが 忘れられないという。 チョコレートやスナック菓子(がし)は、種類も豊富だ。 例えば、近くの店(バトミントンのコート程度の広さ)に行くと、 100円のチョコレートは、17種類あった。 ポテトチップスは、のり味、梅味、ガーリックしょうゆ味など、14種類あった。 ジュースは、42種類あった!!

これは、全国ほとんどの地域で同じものが手に入ると考えていい。

お菓子会社は、大手だけでも、10社近くあり、それぞれが、年に2度から3度 新しいチョコレートやチップスを発売する。 ちなみに、日本は世界で最も、子供の虫歯(むしば)が多いという調査結果がある。

 


 
02 / 02

今日から少し寒くなり、東北や日本海側では、雪がふるそうだ。

今日は節分(せつぶん)。 節分は、日本のハロウィンだ。

とは言っても、子供にとっては、それほど楽しい行事(ぎょうじ)ではない。
大豆などの豆を、「鬼(おに)はそと!」といって、外に向かって投げ、 「福(ふく)はうち!」といって、家の中に向かって投げる。 その後、自分の年令と同じ数だけの豆を食べる。 この豆があまり、おいしくないんですね。

それはともかく、鬼というのは、古くから日本のはなしにでてくる悪役 (あくやく)で、童話(どうわ)には、必ず登場(とうじょう)する。 共通するイメージは、赤い顔で、背が高く、日本語は話せない。体に毛が多く 肉食(にくしょく)で女好き。腕力(わんりょく)も強い。

最近の研究では、 日本の近くの島に流れ着いたロシア系の外国人のことではないか。という 説(せつ)がある。

ロシアの方には、失礼な話だが、もちろん、いい鬼の話もたくさん残って いるので、お許(ゆる)しを。

 


 
02/ 04

さて、ここのコラムは、なるべく、海外でも聞くことができる日本のニュース
を意識(いしき)しながら書いている。

経済ニュース以外では、日本発のニュースは少ないのが現状だ。

最近の国内の新聞やテレビニュースでトップ報道されることが多いのは、
4月に行われる東京都知事(ちじ)の候補者(こうほしゃ)のニュースや、
長野オリンピックの疑惑(ぎわく)に関するレポートなど。

知事の選挙は、実は、あまり盛り上がっていないようだ。
長野オリンピックの疑惑も、スキャンダルになるようなスクープはない。
今のところ、日本では「常識の範囲内(はんいない)」であると、いった
レベルだ。

1泊5万円の旅館や、お酌(しゃく)をする芸者の接待(せったい)程度では、
一般的な感覚では、賄賂(わいろ)にはあたらないと考える人が多いようだ。

これらのニュースが海外に配信されるときに、誤解をうけやすいのが、
芸者の接待だろうか?
現代の日本では、芸者というのは、接客業(せっきゃくぎょう)のひとつと
考えられている。
売春(ばいしゅん)行為(こうい)はない。

ただ、かつての売春行為を含めた芸者というのは、現代でも少なからずあるようだ。

 


 
02 / 05

東京郊外の小さな町の居酒屋。夜11時を過ぎて、地元の人だけになった。
ふだんは、無口な主人の舌もなめらかになり、客と話している。

主人「なにしろ先生は貧乏だった。よくいっしょに来た編集者 (へんしゅうしゃ)
   が、困ってたよ。仕事してくれないって」

先生というのは、この町に30年住んでいた詩人のこと。 町の人に愛され、尊敬されていた。亡くなってから5年になる。

主人「金のための仕事はぜええんぶ、断るんだからねえ。 それから、 酒は強かった
   なあ。毎日、夕方ごろに、来てさ、店が終わるまで飲んでるんだ。」

店の中が静かになってきた。常連客(じょうれんきゃく)も、「先生」の ことを話したくてたまらない様子(ようす)だ。

客A「先生の家は、吉田さんが建てたようなもんなんだよ」
客B「吉田さんが建てたの?」
吉田「いや、違うんだよ。あの家は、もう古くてさあ、たびたび、修理を頼まれて
   行くんだけどさあ、ついでに、サービス で、ちょこちょこ、他のところも
    直してくんのよ。」
客A「結局、ほとんど吉田さんが、ただで、建て直したようなもんだ」
客B「よっぱらって、おやじさん(この店の主人のこと)とこに、よく 泊まった
   らしいね」
主人「そうそう、うちも狭いからね、息子の部屋にふとんひいてね。 すると、次の朝にさ、息子の学校の教科書なんか、読んでんのよ 。でね『やっぱり、中原中也って、いいなあ』なんて言ってるんだよ」

中原中也(なかはらちゅうや)は、Kさんの先輩の詩人。

この後、「先生が生きてたら、てれくさくて、こんな話、できないけどさ」 といって、Kさんの、あの詩がいい。とか、あの詩のあの風景(ふうけい)は、 あそこに違いないなどと、詩の話がはじまった。

 


 
02 / 08

あなたは猫派(ねこは)? それとも犬派? という質問はおなじみですね。

さて、私は、プライベートレッスン専門の日本語教師なので、家に行くことが 多い。そして、部屋に入ると、猫のポスターがはってあったりする。 猫の写真を持ち歩いている人もいる。なぜか、犬が好きな人は少ない。 つまり、日本語を勉強するのが好きな人は、猫派が多い。(ような気がする) そこで、今日は、猫に関する日本語を。

猫背(ねこぜ)ー背中がまがっているひと。
「テニスプレーヤーには、猫背が多い。」

猫をかぶるーほんとうは、うるさいのに、おとなしいふりをすること。
「彼女、たかはしくんの前では、猫、かぶっているみたいよ」

猫かわいがりーすごく、だいじにすること。人や動物につかう。
「50才の時に女の子がうまれたので、猫かわいがりしている」

猫舌ーあついものがたべられないこと。
「私は猫舌なので、あついものは、すぐに食べられないんです」

猫なで声ーやさしいふりをした声。
「新宿には猫なで声で、『安いよ』という人がたくさんいます。
  気をつけてください」

猫ばばーひろったものなどを自分のものにすること。
「ひろった財布は、ねこばばしないで、交番に持っていきなさい」

 


 
02 / 08

雨男(あめおとこ)と雨女(あめおんな)という言葉がある。

これは、「その人がくると必ず雨になる」という意味で、 ハイキングに行く時など、「田中は雨男だから、さそわない方がいい」なんて ことを言ったりする。

私の友人の田中さんは、雨男だった。正確(せいかく)に言うと、30才になる 年の7月まで、雨男だと思っていた。

去年の7月に、テニスをすることになった。
まだ、梅雨(つゆ)の時期(じき) なので、雨の確率(かくりつ)は高い。 田中さんは、最初からあきらめていた。電話で行かないことを友人に告げると、 友人は「多分、雨だろうけど、おれの友だちのアレックスっていうのが 晴男(はれおとこ)らしいんだよ。必ず晴れるって、自信 満々 (じしん まんまん)だよ」 と言ったそうだ。

田中さんは、自分が雨男だと言えなかった。 結果、当日は快晴(かいせい)。その日を境(さかい)に、田中さんの雨男 としての歴史は終わったそうである。

田中さんは 「あの日から、雨が降らなくなったんだよ。雨男というのは、あまりいいことは ないので、うれしいけど、なんだかアレックスに負けたような気もする。 ちょっとくやしいなあ」 と話していた。

私は、 「日本の雨男より、スコットランドの晴男のほうが強いのは、仕方ないよ。」 と言って慰(なぐさ)めた。

 


 
02 / 10

「心中(しんじゅう)」というものは、なかなか理解(りかい)されにくい。

江戸時代に身分の違う男女が、将来(しょうらい)を悲観(ひかん)して、 いっしょに自殺(じさつ)することを「心中」とよび、当時の文学者は、 競(きそ)って題材(だいざい)にした。 心中は、近代(きんだい)文学の出発点(しゅっぱつてん)であったと 言ってもいい。

戦後は、家族全員が自殺する「一家(いっか)心中」が多かった。
小さな子供や、老いた両親(りょうしん)などと一緒に自殺(じさつ)する 「無理(むり)心中」というのもある。
理由は、ほとんど、失業(しつぎょう)や、借金(しゃっきん)など、「生活に困って」というのが多い。

さて、最近、驚(おどろく)くべき心中があった。

若い夫が、 夫婦生活がうまくいかないのを苦(く)にして、妻を殺害(さつがい)し、 残った夫は、飼(か)い犬とともに、アパートから飛び下りた。

もちろん、これまでにも、ペットと一緒に自殺した例は、多くあった に違いない。ただ、これほど、はっきりしたものは、めずらしい。
報道では、犬の安否(あんぴ)は、伝えられなかった。

 


 
02 / 12

今日は建国記念日。 建国の根拠(こんきょ)は、日本で最も古い文献(ぶんけん)である 日本書紀(にほんしょき)に書かれた神武天皇(じんむてんのう)が即位
(そくい)した日がBC660 2月11日とあることから。

戦前は、紀元節(きげんせつ)と呼んでいた。BC660年を、皇紀(こうき)0年 と数える方法もある。 現在では、日本書紀の記述(きじゅつ)は、資料というより神話(しんわ)として とらえられている。

 


 
02 / 15

俳句(はいく)は、日本の詩(し)の形式で、3つのパートに分れ、5、7、5の字数で書かれる。 季節(きせつ)をあらわす言葉を季語(きご)と呼び、これが、ひとつ入って いなければいけない。

季語を調べるには、歳時記(さいじき)という専用の辞書がある。日本では、 小さな書店(しょてん)でも売っている。 また、俳句は、「書く」のではなく、「詠(よ)む」、または 「作る」という言葉を使う。

明治時代から、俳句の紹介、翻訳(ほんやく)が始まり、これまでに海外に 紹介された俳句は、1万を越えるといわれている。 そのほとんどが英語。次にフランス語。 アジアで俳句が認められたのは遅かった。

俳句を作る詩人を俳人(はいじん)と呼ぶ。最も有名な俳人は、松尾 芭蕉 (まつお ばしょう)。江戸時代の俳人だ。 彼の作った

■ 古池や 蛙とびこむ 水の音 (ふるいけや かわずとびこむ みずのおと)

という句は、現在、世界で最も知られることになった。

何カ国語にも翻訳されている。英語ではいろんな翻訳がある。 最も有名なものは、

An old quiet pond… A frog jumps into the pond, Splash! Silence again.

で ハリーベーンという人が訳したもの。
アメリカの小学校の教科書にも 載っているらしい。 最初に外国人によって訳されたものは、ラフカディオハーンによるもので、

Old pond-frogs jumping in – sounds of water

という短いもの。ここでは、飛び込んだ蛙(かえる)は、複数(ふくすう)に なっている。 中国語への翻訳は、もっと短くて、

古池堤 青蛙入水 水声響

というもの。李芒 氏の翻訳。

*「堤」という漢字は、実は、古い漢字なので、変換できませんでした

 


 
02 / 16

戦後、次々と翻訳(ほんやく)された俳句は、海外の詩人にも影響を 与えることになった。

Ginsberg 、Kerouac、Snyderなどの有名な詩人による俳句集も出ている。

中でもリチャードライト(Richard Wright)という作家は、晩年、パリで、 4千から5千の俳句を書いたと言われている。 彼の句は、こんなかんじ。

Just enough of rain To bring the smell of silk From umbrella

主に英語の俳句ばかりだが、フランス語やドイツ語で書かれたものも多い。 現在では、多くの言語で書かれているようだ。 俳句には、共通の国際的なルールは、存在せず。それぞれの言葉にあわせて作られている。もちろん、季語も違うことから、それほど、季節に対して 厳密(げんみつ)ではないらしい。

日本語でもいつも575ではなく、字が多すぎた時は「字あまり」 少ない時は「字たらず」などと、俳句の横に書いたりする。

日本の俳句でも自由律(じゆうりつ)俳句などといって575ではないものもある。 代表的なものは種田山頭火(たねだ さんとうか)。

3つ紹介します。

■ 月のあかるい水汲んでおく

■ 山から白い花を机に

■ おちつけないふとんおもたく寝る

おもしろいでしょう?

 


 
02 / 17

アメリカやカナダでは、10代の子供に俳句を作らせることがあるそうだ。

現在では、ヨーロッパや東南アジアでも、子供の教材(きょうざい)として 俳句が使われることが多いそうだ。 子供の俳句は楽しい。

俳句は、文学のひとつの形式(けいしき)であるが、個人のアイデアや ユーモアを、いかに、上手に表現するか。という楽しみもある。

季語がなく、ユーモアを盛り込んだ俳句は、川柳(せんりゅう)と呼び、 ふつうは、俳句と区別して考えられている。 しかし、江戸時代に作られた俳句には、楽しく、 ユーモアにあふれたものがたくさんある。 逆に、川柳の中にも、季語はないが、美しい句がいくつもある。

英語の俳句には、季語があったり、なかったりするけれども、それぞれが 言葉の組み合わせを楽しんでいれば、それは、すでに詩的な行為(こうい)と 考えられる。 子供の俳句をいくつか紹介する。

これは、カナダのスーザンハイアンさん。12才。の作品。

The friendly snowman Enjoying the sun’s heat Feeling the mistake

おもしろいですねえ。 次は同じくカナダのジェニファーマリノスキーさん。
12才の作品。

I have no idea Of Haiku this afternoon Maybe tomorrow

最後は日本の少年が作った俳句。英語訳されている

■ もみじの葉泳げば魚飛べば鳥

Red maple leaves when they float they are fish when they fly,birds

スウエーデンなどでも学校で俳句を作ることがあるらしい。

私も作った記憶(きおく)がある。日本では、多分、今でも、小学校で 必ず作らされると思う。

 


 
02 / 18

辞世(じせい)の句という言葉がある。 これは、死期(しき)を悟ったときに、作る句のこと。 季語のあるなしも、厳しく問われることはない。 有名な辞世の句をいくつか書きます。興味のある方は、調べましょう。

■ うらを見せおもてを見せてちるもみち   良寛(りょうかん)

■ 仏には桜の花を奉(たてまつ)れ我が後の世を人とぶらはば                               西行(さいぎょう)

■ 浮世の月見過ごしにけり末二年      井原 西鶴(いはら さいかく)

■ 白梅に明る夜ばかりとなりにけり     与謝 蕪村(よさ ぶそん)

■ 御仏(みほとけ)は淋しき盆とおぼすらん 小林 一茶(こばやし いっさ)

■ 僧のくれし此饅頭の丸きかな       夏目 漱石

■ 春惜しむ風の一日や船の上        永井 荷風

■ 春の山からころころ石ころ        種田 山頭火

■ 散るをいふ世にも人にもさきがけて散るこそ花と咲く小夜嵐  三島 由紀夫

■ こぶし咲く昨日の今日となりしかな    山本 健吉

■ 後の月雨に終わるや足まくら       角川 源義

私は辞世の句というのは、あまりいいものはないと思う。 しかしなんといっても、松尾芭蕉の最後の句

■ 旅に病(や)んで夢は枯野(かれの)をかけ廻(めぐ)る

と正岡子規(まさおか しき)の糸瓜の三つの句

■ 痰一斗糸瓜の水も間にあわず
■ をととひの糸瓜の水も取らざりき
■ 糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな

はそれぞれ芭蕉、子規の代表作といってもよいものだと思う。

『最後にー俳句に興味をもたれた方へー』

*今週の俳句に関するコラムは、たくさんの本を参考にして書きました。 主なものは、

「海を越えた俳句」佐藤和夫
「子供の俳句コンテスト」日航財団編
「辞世の句」木村虹雨
「英語でHAIKU」ニューズウイーク編集部

今回は、現代俳句は紹介しませんでした。興味のある方は
「現代俳句ニューウエイブ」立風書房(たちかぜ しょぼう)
が参考になると思います。 もちろんYahooなどで「Haiku」で検索(けんさく)するとたくさんサイトが あります。

 


 
02 / 19

金曜日は会話の日

話し好きのタクシードライバーというのは、どこの国にもいる。

ドは、ドライバーという意味。客は、40代後半の女性。

ド「マヨネーズがね、だめなんですよ。」
客「えっ?」
ド「マヨネーズです。最近は、なんでもマヨネーズつけるでしょ。」
客「ああ、そうですね。」
ド「パンにつけるのは、まだ、いいんですけどね。最近は飯(めし) といっしょ
  だからねえ」
客「ああ、ありますね。」
ド「なんだか、おにぎりにも、入っているでしょ、やだねえ」
客「ぜんぜん、だめなんですか」
ド「ええ、わたしは、もう、ぜんぶ、だめ。」
客「シーチキンなんかも?」
ド「たべないですねえ」
客「先週の日曜に、孫(まご)のうちにいったら、ごはんにマヨネーズ かけてて
  びっくりしましたよ」
ド「それは、ちょっと、ねえ。」
客「そうでしょ。でも、今は、それが、普通なんですよ」
ド「はあ」
客「それでね、、、、」

 


 
02 / 22

東京都知事の候補がほぼ出そろった。

まず、自民党からは、明石(あかし)さん。
国連で、カンボジア選挙の実現に 尽力(じんりょく)した人。 どうも、自民党は、東京都知事選挙では、「国際性」を重視する傾向がある ようだ。いつも失敗しているが。 しかし、外国の要人(ようじん)とパーティーをするときなどは、いいかも しれませんね。

野党第一党の民主党からは、鳩山(はとやま)さん。「日本のケネディ」 なんて言う人もいる。 共通点(きょうつうてん)は、お金持ちであることと、有名な政治家の 子供であるということぐらいですけどね。

もうひとりは、共産党の候補。共産党の候補というのは、いつも、共産党の 主張(しゅちょう)しか言わないので、個性(こせい)がなく、どんな人 なのかは、いつも分からずじまいだ。今回も同じ。

この3人の戦(たたかい)いになるのでは言われている。 他に、2人ほど有名な政治家が立候補(りっこうほ)するようだ。 ひとりは、国際政治学者の舛添(ますぞえ)さん。 テレビで活躍(かつやく)していた。

もうひとりは、無所属(むしょぞく)で、税金の専門家の野末(のずえ)さん。 まあ、ちょっと当選(とうせん)は、難しいでしょう。

最後に、柿沢さん。元々、自民党の候補(こうほ)だったが、自民党は、 公明党の支援(しえん)が得られないと、いったん、引っ込めた。 これに腹をたてた柿沢さんが一人で立候補(りっこうほ)。

メディアでは、明石さんと鳩山さんの戦い。などと言っているが、ここ5年、 選挙(せんきょ)に関しては、メディアの予想はあたったためしがない。

 


 
02 / 23

一夜(ひとよ)一夜に人見(ひとみ)ごろ。 これはなんでしょうか?

ひとよひとよにひとみごろ

1(ひと).4(よ)1(ひと)4(よ)2(に)1(ひと)3(み)5(ご)6(ろ)
つまり 1.41421356  円周率(えんしゅうりつ)です。

こうやって、数字に言葉をあてはめることを 語呂(ごろあわせ)といって、店の宣伝に、電話番号などでよく、使われる。

1は ひ、ひと、い、いち、
2は、ふ、ふたつ、に
3は、み、みつ、みっつ、さ、さん
4は、よ、し、
5は、い、ご、
6は、む、ろく
7は、なな、しち
8は、や、は、やっつ
9は、きゅう、く
0は、れい、ぜろ、 など。

特に電話番号などは、お店の宣伝(せんでん)のため、いろいろな語呂あわせ が見られる。 4126(よいふろ)は有名な温泉旅館の電話番号だ。
他に、歴史の年号(ねんごう)などを覚える時にも使った。

ただ、苦しいのもある。 1492年 コロンブス、新大陸(しんたいりく)発見(はっけん)は、 「いよー、くに 見つけたコロンブス」 であった。分かります?

 


 
02 / 25

東京には、映画の専門学校がたくさんある。矢島(やじま)くんは、そこに 通う20才の男性。もうすぐ、卒業する。 岡(おか)さんは、高校の先輩(せんぱい)で40才。

岡「監督になりたいの? キャメラ?」
矢島「いちお監督になりたいんですよ。」
岡「へえ。どんな映画を作りたいの?」
矢島「そうですねえ。。。。」
岡「じゃあ、どんな映画が好きなの?」
矢島「タイタニックが一番、好きです。」
岡「そう。。。他には?」
矢島「スピルバーグが好きなんですよ。」
岡「そう、スピルバーグでは、何が好き?」
矢島「ET、好きなんですよ。岡さんは? 」
岡「そうねえ。スピルバーグでは、『激突(げきとつ)』かなあ。」
矢島「へ? それ、いつの映画ですか?」
岡「初期の作品。ジョーズもよかったよ。昔の映画は見るの?」
矢島「見ますよ。ヘップバーン、きれいですよね?」
岡「どっち、キャサリン、オードリー?」
矢島「キャサリンって、誰ですか? オードリーヘップバーンですよ。」
岡「あ、そう。昔の監督ではだれが好きなの?」
矢島「監督の名前、あまり知らないから。。。黒沢、好きですよ。黒沢。」
岡「へえ、何が好き?」
矢島「あまり見てないんですけど。七人の侍(さむらい)、最高ですよ。」
岡「そうねえ。あの雨のシーンすごかったねえ。」
矢島「え、雨? 雨、降ってましたっヶ?」
岡「えっ! ほとんど、土砂降(どしゃぶ)りだったじゃない!」
矢島「ああ、そうでした。そうでした。降ってたようか気がします。」

彼は、黒沢は、七人の侍しか、みたことがなかった。古い映画は、ビデオで 何本か見たらしい。

岡「矢島くん。」
矢島「はい。」
岡「本当に、監督になるつもり?」
矢島「もちろんですよ。日本じゃなくて、ハリウッドで成功するんです。」
岡「ああ、そう。」

今、日本で、20才くらいの人の映画体験がまずしいのは、仕方がない。 昔の映画を上映する映画館は、地方には、皆無(かいむ)。 東京でさえ、2つほどしかないのだ。 それにしても、映画の専門学校というのは、いい商売だ。

 



1999年01月


 
1/11

スポーツ選手、それも、オリンピックで活躍した選手が政治家に転身 (てんしん)するのは、日本に限ったことではないようだ。

どこの国でも同じようなものかもしれないが、日本の元スポーツ選手の政治家は、その知名度(ちめいど)だけで 選挙を戦う。私は、未だに、あの人たちの政治に関する考え方を知らない。 ちょっと難しい質問をされると、「これから勉強してまいります」というばかりなのだ。

当然、昔、私が好きだったスポーツ選手が、政治家になると、がっかりすることになる。 セバスチャンコーという陸上選手は、今、イギリスで政治家になっているそうで あまり評判はよくないようだ。 好きな選手だったのだが。

時々、テレビで、往年(おうねん)の名選手が、子供達に教えている場面に出会うことが ある。一流の選手の授業は、例外なく個性的で、楽しい。

なぜか? 彼等は自分がやってきたスポーツに誇りを持ち、その楽しみ を十分に知っている。そうでなければ、一流の選手には、なれないのだ。 子供達の目が輝いているのは、決して、先生が有名人だからなのではなく、 楽しさがウイルスのように伝染(でんせん)しているのだ。

有名なスポーツ選手が、引退後、家業を継ぎ、近所の子供達に 週に一回教えている。なんていう話を聞くと、嬉しくなってしまう。

ただし、残念なことに、そういったニュースの多くは訃報(ふほう)と供に伝えられる。 しかし、それでもなお、その元選手の豊かな一生を想像し、しばらくの間、幸せな気分にひたれるのだ。

 


 
1/ 12

日本では、ほぼ毎日、テレビでも映画を放送している。 そのほとんどがアメリカ映画だ。

テレビの映画では、字幕(じまく)ではなく、吹き替え(ふきかえ)である ことが多い。ほとんどが2時間なので、コマーシャルの時間を引くと、 映画の時間は、90分ほどしかない。したがって、長い映画は、カットされる。

登場人物(とうじょうじんぶつ)の性格を表すのに、非常に便利な方法がある。 日本には、自分をあらわす言葉はたくさんある。 「わたし」「わたくし」「ぼく」「おれ」「あたし」 。
これらは、俳優のイメージや役柄(やくがら)に合わせて使い分けられる。

さて、映画の中の女性は、どういうふうに吹き替えられているか。

「わたくし」 非常にフォーマルな印象がある。Roman holidayのオードリーヘップバーンなど 古いタイプの育ちのいい女性というイメージ。

「わたし」 都会的、上品というイメージがある。一般的には、フォーマルな場面では、 これを使わなければならない。もちろん、男性でも使える。 ジョディーフォスターなどは、仕事中は「わたし」。その他の場面では、「あたし」と吹き替えでも使い分けられていたことがある。

「あたし」 子供、ティーンエージャー。元気で、活動的な女性。普段は「わたし」を 使う人でも、けんかをする時は「あたし」になったりする。
ちなみに、私のまわりの女性は、ほとんど、この「あたし」を使う。 今、最も、一般的かもしれない。

「あたい」 田舎からでてきた、ちょっと頭の足りない、たくましい女性。時に、都会的な 悪女(あくじょ)も、この「あたい」を使うことがある。 ゴールディーホーンは、いつも、「あたい」であるような気がする。

男性は明日。

 


 
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「わたし」 紳士的、ビジネスマン。ジェームススチュアートなど往年(おうねん)の ハリウッドスターは、これですね。

「ぼく」 若い男性、または、ちょっと弱い印象がある大人の男性。マザーコンプレックス を感じさせる。 レオナルドデカプリオ、ウディアレンはたいていこれだ。

「おれ」 個性的で、ちょっと保守的。ジョンウエイン、ブラッドピット 。

「おら」 これは、必ず、田舎の人を表現するときに使われた。日本では、東北地方で よく聞かれる。

最近は、男優には、「おれ」を使うことが多くなったような気がする。
強い男が少なくなった今、現実とは反対になる傾向があるのかもしれない。

 


 
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「安物買いの銭(ぜに)失い」という言葉があって、これは、安いものを書くと、 その時は、得(とく)をしたような気がするが、長い目で見ると、損(そん)を する。という意味だ。

昔、日本製といえば、粗悪品(そあくひん)というイメージだったそうだ。 30代の私は、その時代を知らない。 現在では、その反対となっているが、将来は、分からない。

不況(ふきょう)によるコストの削減(さくげん)は、最初に人件費(じんけんんひ)から始まった。 専門的な技術が必要な仕事は、機械がそれにとってかわり、特別な技術は 必要無くなった。

特に80年代のバブル経済で、土地の高騰(こうとう)に伴って、家の建築への 関心が薄れた。 家は「うわもの」と呼ばれた。 これは、「上にある物」という意味で、この時期、人々が家への興味を失った ことがこの言葉によく現れている。

80年代から90年代にかけて、家の建築は、徹底的(てっていてき)に 簡略化(かんりゃくか)された。 多くの職人肌(しょくにんはだ)の大工が、バブル時代に職を失ったと 言われている。

今、日本では、欠陥住宅(けっかん じゅうたく)が問題になっている。

一度、バトンを落としてしまうと、リレーは、つながらないということもあるのではないかと思う。

 


 
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日本の国会(こっかい)には、衆議院(しゅうぎいん)と参議院(さんぎいん) の2つがある。 参議院には、実質的(じっしつてき)な権限はほとんどなく、政治的な勢力は 衆議院を中心に語られることが多い。

今日から、その衆議院でインターネット中継(ちゅうけい)がはじまった。 ビデオでいつでも、見ることができる。 ただし、日本語を勉強している人は、聞かないほうがいい。 日本でもまじめに聞いている人は、担当(たんとう)のジャーナリストぐらいなものだ。 政治家の秘書でさえ、「たいくつで聞いていられない」と話している のを聞いた。 おまけに、政治家の日本語は難しい。

これは、実際にあった話しだが
「要(かなめ)の人に苦労をかけては、いけない」というコメントが
「その人を、首にする」という意味だったりする。

聞く時に注意しなければならないのは、あそこで使われる日本語は、 「話し言葉より、書き言葉に近い」ということだ。 日本では、国会というのは、議論(ぎろん)する場ではなく、「発表」 する場なのである。

 


 
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友人(男性)の話。

恋人と北海道へ旅行へ出かけた。彼は、28才。恋人は、27才。 山奥(やまおく)にある温泉宿に泊まった。小さく、家庭的な宿で、夕食は宿の御主人の 家族と一緒に食べる。

その付近では、鹿が時々、あらわれる。なかでも一番大きく、右足だけ が白い鹿は、「神主(かむぬし)」と呼ばれ、殺してはいけないことに なっていることを聞いた。 普通は、「神主」は「かんぬし」と読み、神社を守る人という意味だが、 アイヌ語の影響で、「神」は、「かむ」と読むそうだ。

翌日、早起きして、二人で散歩した途中、彼等は、偶然、その鹿に出会った。 彼は驚いて、言葉が出なかった。写真を撮ろうと、カメラを構えると、 すぐに逃げてしまった。

しばらくして、 「やっぱり、きれいな鹿だったねえ」と彼女に言うと
「何か、話し掛けてはいけないカンジね」と彼女。
「うん、カメラなんか、出したのは、まずかったかな」と彼。

しばらく歩いて
「紹介しておいたわよ」
「何を」
「神様なんでしょ。だから、あなたを、いちお、紹介しておいたのよ」

ということがあったそうである。

友人は、そこまで、話したあと。深いため息をつき、 「そういうころもあったんだよ」 と言った。

そう、彼は、その恋人との離婚(りこん)の報告に来たのだ。
「まあまあ」と我々は、お酒を勧めた。

 


 
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昨日は、1月17日。 神戸で地震があった日だ。死者は、6000人を 越えた。

今、神戸は、どうだろうか。 神戸の町には、まだ、地震の損害を受けたビルは、見られるものの、 ほぼ復興(ふっこう)した。震災(しんさい)で、家を失った人々にも仮設住宅(かせつじゅうたく)と呼ばれる一時的な住居が与えられている。

しかし、問題もある。 多くの人々が仕事を失った。地震の被害(ひがい)は、小さな工場が多くあった 所だった。仕事は、次第に少なくなり、設備(せつび)を買いなおした借金(しゃっきん) は、まだ、返せないでいる。
運の悪いことに、地震から今に至るまで、不況(ふきょう)が続いている。

一部の人々は、精神的なショック状態が今も続いていると言われている。 地震を機に、若くして仕事を続ける意欲を失い、生活保護(せいかつほご)に 頼ることになったという人もいる。

目の前で親を失った子供達への精神的なケアも、不足していると伝えられている。

神戸の地震は早朝だった。あと、10分で、始発(しはつ)の電車が出るところだった。 当時、私の生徒は、一人、ショックで自分の国に帰ってしまった。

地震直後、外国語での 情報提供(じょうほう ていきょう)が、ほとんどなく、行方不明になった 外国人が多く出た。しかし、幸運にも 神戸は、歴史的にも外国人が多く住む土地であった。その後、英語でのボランティアのラジオ放送が始まった。
他の地方であったらどうなったかはわからない。

 


 
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さて、日本では、「ノストラダムスの予言」というのは、有名である。 御存じですか? これは、1999年に、地球(ちきゅう)が崩壊(ほうかい) するという予言書のことで、多くの翻訳(ほんやく)がでている。 今年は、会って最初に、この話をすることが多い。

A:「やあ、どうも、おめでとうございます」
B:「おめでとうございます」
A:「1999年だねえ。なんか降ってくるんでしょ」
B:「ああ、ノストラダムスね。7月だっけ?」
A:「そうそう、あれ、何が降ってくるの」
B:「『恐怖(きょうふ)の大王(だいおう)』って、書いてあるんだって」
A:「『降ってくる』ってことは、たくさんだよね。生物かな」
B:「そうかもねえ」

ここから、話は、ばかばかしくなります。

C:「それ、意外と、うまかったりして」
AB:「ハハハハハ」
C:「世界中に降ってくるからさあ、京都なんかでは、『一度、湯にくぐらせて から   ポン酢で、いただきます』とか、言ったりして」
A:「ハハハ、いいねえ。『東京のほうは、どないか、知りまへんけど』なんて
   言いそうだね」
B:「東北の人は、煮込(にこ)むね。『恐怖の大王の煮込み』」
A:「女子高生なんか、すぐ、短くするね。『キョーダイ、超うまいよね』」
CB:「ハハハハ」
C:「フランスなんかでは、骨(ほね)からソースかなんか、とりそうね」
A:「そうそう、『ニホンジンハ、スグ、ナマデ、タベマース、ダメデス』とか
   言ってね」
B:「『恐怖の大王用のスプーン』なんか、すぐ、作るのね。」
C:「トルコでは、恐怖の大王を串刺しにして、ダイオウケバブー」
B:「300円くらいで、スライスしてくれるのね」
C:「そうなると、生で食べそうなのは、日本人か、イヌイットぐらいかなあ」
B:「そうそう、それで、下痢(げり)するんじゃないの。だから、 『恐怖』
   なんだよ」
AC:「ハハハハ」

たまには、くだらない話しも書いたほうがいいのでは、と思いました。
「ハハハ」というのは、笑っているということです。

 


 
01 / 26

最近になって、この香港(ほんこん)A型というインフルエンザを取り上げる ニュース番組が増えてきた。 呼吸器(こきゅうき)系の病気を併発(へいはつ)すれば、60才以上の 人にとっては、死に至る病(やまい)となる。
40度前後の高熱も、この型の 特徴で、脱水症状などもあらわれる。

さて、私は、このインフルエンザから回復したばかりだ。 アドバイスを少々。

解熱剤(げねつざい)は、39度前後の時は、がまんする。ピークを過ぎた ころに、飲み、しばらくして、熱が下がったら、ついでに、さっと、風呂に入る。 すぐに、寝る。
翌日、下がった熱は、もう、上がらない。(と信じるのだ)

解熱剤を飲むのは、1回にしましょう。 でも、40度近くになったときや、高熱で苦しい時などは、躊躇(ちゅうちょ) せずに、飲む方がいいそうです。

お見舞いには、ミネラルウオーターがありがたい。 要するに病気中は、水ばかり飲んでるんですね。日本の水道水は、 安全だがまずい。 市販されているものの中では、軟水(なんすい)より硬水(こうすい)のほうが、うまく感じた。氷も、いいのを買いましょう。

なあに、食事代は、かからないんだから。水くらい、ぜいたくしましょうよ。

 


 
01/ 27

辞書の中で、日本で最も権威があるとされ、よく引用されるのは、岩波書店 (いわなみ しょてん)の「広辞苑(こうじえん)」 約22万語が、収録(しゅうろく)されている。

新聞や雑誌などでも、「『広辞苑』によると」という表現は、よく使われる。

広辞苑は、中型の辞典で、これより大きいものは、OEDの日本語版ともいえる 「日本国語大辞典」があるが、20册以上になり、これは、個人で持っている人は少ない。

広辞苑は、言葉の語源(ごげん)や歴史的な背景の説明などが詳しい。 同じサイズの辞書では、他には「大辞林」がある。こちらは、言葉の使い方 に詳しく、現代の用法(ようほう)や、似た言葉の使い分けに関しても 丁寧な説明がある。

広辞苑は最近、五版になった。 テレビなどでは、「今度の広辞苑には、『インターネット』も載っています」 などと、宣伝している。 しかし、買うなら、第三版くらいでいいという 人が多い。「古い日本語が減って、外来語が増えるだけだ」と言う人もいる。

さて、私は先日、広辞苑の第二版を、古本屋で300円で買った。

この第二版には 三版の改訂(かいてい)で、削除(さくじょ)された、差別語(さべつご)や植物の和名(わめい) などが、残っているらしい。

 


 
01/ 28

さびしさにたへたる人のまたもあれな庵ならべむ冬の山里 – 西行

たへたるーたえている
またもあれなーほかにもいるなら
庵(いおり) 山里(やまざと)

わたしのように寂しい生活をしている人がいれば、となりあって住みたいなあ という意味。

寒い時期に、人の少ないところに住む寂しさは、今も昔も変わらないもの であるらしい。しかし、都会に住む人間にとって、冬の間に、雪深いところで ひと冬過ごしてみたいという欲求があるのも事実だ。

春になり、街への道の雪も解け、郵便屋がたまった手紙を運んでくる。
雪掻(ゆきか)きをしながら、仕事について、ぼんやりと考えはじめる。
というのは、理想ですね。

しかし、今は、電話もインターネットもあるので、西行のような詩を詠む 余裕はないかもしれません。

 


 
01 / 29

ファーストフードで世界的に有名なのは、マクドナルドとKFCだろうか。
日本では、KFCは、苦戦している。あのチキンはクリスマスには、人気が あるが、ふだんは、食べたいという味ではないからだ。

A「こんど、ケンタッキーで、丼がでるらしいよ」
B「ああ、ついに、ケンタッキーも和風(わふう)ねえ。」
A「どんぶりセットで600円くらいだって。」
B「へえ、ケンタッキーって高いのよね。」
A「そうそう。飲み物を頼むとすぐ1000円くらいになるし」
B「やたら脂っこいしね」
A「おいしいんだけどね」
B「そう、おいしいことは、おいしいのよ。時々、夜、急にあのチキンを 食べたいと
  思うことあるもの」

ここで話題は変わります。

A「夜、突然、やりたくなることってあるよね」
B「例えば?」
A「ぼくは、さ、換気扇(かんきせん)とか、掃除したくなるね」
B「じゃあ、うちに来てよ」
A「いつもじゃないんだ。急にだからさ」
B「換気扇の掃除ねえ。私は、お風呂に入りたくなったりすることはあるけど」
A「それは、ふつうじゃないか」
B「それもそうね。で、換気扇の掃除するの?」
A「うん。最初は、簡単にやろうと、思うんだけど、そういう時に限って、
 掃除用の洗剤が、きれていて、コンビニに買いに行ったりする」
B「コンビニ、近くにあるのよね」
A「うん、それで、つい、強力な、最新のものを買ったりする。」
B「そんなにいろいろあったかしら」
A「それがあるんだよ。値段も違う。道具もそろって、興奮(こうふん)している  から、朝まで、換気扇の掃除は続く」
B「バカみたい」