2002年09月


 
09/10

日本では、同族経営(どうぞく けいえい)は、少なくなった。 特に国際的にビジネスを展開している企業では、事実上、不可能だ と言われている。

戦後に成長した企業は、創業者はすでに引退している年齢となり 今は2代目の時代。すぐに2代目の社長となった人もいれば、間に 数人の社長を挟んで、遅く社長となった人もいる。

初代の社長というのは、引退後も影響力がある。出世した人間は この社長が見い出した人々であるし、彼らは創業者が死ぬまで 忠誠を尽くす。
創業者が死ぬと、手のひらを返すように、2代目をないがしろにする ということもあるそうだが、たいていは、3代目へと受け継がれていく。

しかし、一度でも会社が傾くと、取り引き銀行の支配が強くなり 経営者一族は排除されることがある。

日本の企業は大きくなるほど 銀行の影響力は強くなっていくので、次第に同族経営は少なくなっていく ということもあったようだ。

 


 
09/11

今週に入ってから新聞でもテレビ局でも去年のテロ事件の特集を やっている。

ビルが破壊されるシーンは何度も映される。あまり気持ちのいいものでは ない。
久しぶりにテレビ局ははしゃいでいるのではないかとさえ思える。
各局のニュースキャスター達は、揃ってニューヨークの現場に立ち 代わり映えのしない原稿を読んでいる。

9月の時点で、最も客観的で控えめな数字でも、すでにアフガニスタンの 一般市民の犠牲者は4000人前後。 幸運にも爆撃を避けられたとしても、冬を間近に控えて、餓死(がし) するために生まれてくるような子供が数え切れないほどいるそうだ。 こういうことは、残念なことに、テロ事件から報道されるようになった。

戦争の概念が変わったようだ。

長々と続き、いくつもの物語を生んだ「過剰な コミュニケーション」でもあった戦争はもはや過去の遺物となり テロにせよ報復にせよ、一瞬のうちに、どちらかが一方的に攻撃をする という事態がただ繰り返されるというのが21世紀の新たな戦争ということのようだ。

 


 
09/12

婉曲(えんきょく)な表現、曖昧(あいまい)な表現というものは たいていは、どこの国でも、上品で、慎ましやかなものと映るようだ。

代表的なものは、トイレ。

日本では、便所(べんじょ)が、それにあたる。しかし、今や「便所」 を使う人は少なくなった。特に都会では、女性は、ほぼ使わないと いっていいだろう。

次にトイレ。これは英語の訳だが、広く使われている。女性は「おトイレ」 と言ったりする。

「お手洗い」は、最も使い勝手のいい言葉で、男女ともに、そこそこに 品があって、過剰に上品でもない(つまりは上品ぶっていない)という ことになっている。

昔は、便所の婉曲な表現として「御不浄(ごふじょう)」といったことも あった。
その他、皇室などで使われる言葉、地方で使われるものなど、トイレを 表わす言葉は数限り無くある。

私は、「おトイレ」は何度聞いても、変だな と感じる。
「おタバコ」「おビール」と同じく、取って付けたような 丁寧語という感じがするからだ。
教える時は、「お手洗い」が最も 一般的だと説明する。

 


 
09/13

「9月になってね。近くのスーパーの品揃えが変わったんだよ」
「あ、そう。まだ、暑いけどね」
「うん、アイスコーヒーが少なくなったし、アイスクリームのコーナーが
  小さくなった」
「1日から」
「そう、たしか、去年も同じだった。決まってるんだろうな」
「へえ、随分、機械的だねえ」
「そう、近くに2つスーパーがあるんだけど、そこも同じ」
「なんだか、『もう夏は終り』って、命令されてるみたいだな」
「そう。オレは、冬にアイスクリーム食べるの好きなんだけどな」
「ああ、そうね。ビールも暖房の中で飲むと意外とうまいもんだよ」
「コンビニはあるんだよね」
「ああ、そうそう。仕入れ先が違うのかな」
「いやあ、最近は、スーパーもコンビニも親会社は同じでしょ」
「マーケティングの問題か」
「そうそう、私達もマーケティングされちゃってるって、ことよ」
「『冬にアイス食べるようなやつはコンビニで買う』ってね」
「そうね、それに、『あの地域に住んでいる奴らは、冬にアイス食わない』
  とかね」
「ああ、地域によっても違うよね。絶対に」
「そう、常にマイノリティは無視される」
「何だか、気に食わないなあ」
「そうだね」

 


 
09/17

昨日は敬老(けいろう)の日。老人を敬いましょうという日だ。

この日は昼からいくつもの特別番組が放送される。 100才を超えて元気なお年寄りが多く、畑仕事をしたり、晩酌 (ばんしゃく)を欠かさないなどという老人達が紹介される。

長生きの秘訣(ひけつ)としてよく語られるのが、ストレスを溜めない ことで、マイペースであることが強調(きょうちょう)される。
サラリーマンの美徳である「協調性」はここではマイナス要因として 扱われる。

最年長は、115才の女性で、世界最高齢でもあるそうだ。 この人は2日眠り、2日起きているという生活をしている。 もはや、ほとんどの日本人にとって歴史上の人物である西郷隆盛 (さいごうたかもり)のファンで、西郷さんがいかに素晴らしいか という歌を楽しそうに歌う。

敬老の日前後は、地元の政治家や市長などがこの女性を訪問したが あいにく「寝ている日」で、本人には会えなかったそうだ。

長生きするには、煩わしい行事はサボるにかぎる。

 


 
09/18

小泉首相の北朝鮮(きたちょうせん)訪問(ほうもん)は、外交的には 成功(せいこう)と言えるだろう。

アメリカの軍事的な圧力を背景に、最良のタイミングで訪朝(ほうちょう) したのが幸いして、拉致(らち)問題などで、「謝罪(しゃざい)」 を引き出した。
すべてはあいまいで、これからの交渉次第だが、謝罪をスタートライン にできるのは大きな成果だ。

2つ、心配な点がある。 ひとつは、日本の北朝鮮に対する戦後補償が、経済協力という形で 行われるようになったこと。この日本の戦後補償に対する考え方は 政権が変われば、否定されることが多い。

もうひとつは、日本はブッシュ政権の強硬な姿勢を利用してしまった ことだ。イラクに対してアメリカが単独攻撃を始めても、もはや 批判することは、現政権では難しい。

いろいろと政治家がコメントしていたが、この2点には誰も 触れない。
そのことにも、ちょっと驚いている。

 


 
09/19

秋葉原(あきはばら)という町は東京の東にある。

かつては、「家電(かでん)は、秋葉原で」というほどの電気街だったが 今では、安い店が郊外にたくさんあるので、わざわざ冷蔵庫を買いに ここに出かける人も少なくなった。

今や、秋葉原は、コンピューターの街となった。
それも、かなりマニア でないと、ここで買い物をするのは難しい。

コンピューターの部品だけでなく、怪し気な電気製品も多く売られている。 そのひとつが盗聴器(とうちょうき)。 受話器の中に入れるもの、コンセントの中に組み込むもの、など 素人でも、簡単に取り付けられるようになっている。

企業のスパイ活動だけでなく、恋人同士や、社員の監視に使われることも あるそうだ。
無線(むせん)を傍受(ぼうじゅ)するタイプを使って、車で街を 流し、他人の電話を聞くのを楽しむ人もいるらしい。 市販されている電話も簡単に盗聴されてしまう。
これらの器械が数千円から数万円で売られている。

 


 
09/20

パソコンのインストラクターの女性と男性の会話

「今、お年寄りに教えてるんでしょ」
「うん、大変なのよ」
「ああ、やっぱり」
「ストレスが溜っちゃって」
「でも、ベテランじゃないとお年寄りは教えられないんでしょ」
「そうねえ、あるていどの経験がないとね」
「コツはあるの」
「いや、特別なことじゃないけど、生徒の知識とか能力をなるべく早く
  見抜いて、個別に教え方を変えるの。お年寄りに教える場合は、特に
  この能力を問われるの」
「ああ、そういうのは、経験がものをいうね」
「そうね」
「どういうストレスが溜るの?」
「とにかく私生活で教えるのがイヤになる」
「何でも?」
「そう、例えば、『教える』とか『説明する』ってことが苦痛になる」
「ああ、仕事で使う脳が自動的に動き出すってカンジね」
「そうそう、ゴミのルールが変わったことを夫に説明するだけで疲れちゃう」
「ははは、そういうことでも、「教える脳」が作動するのか」
「そうよ。ふつうの人なら、大雑把に言うだろうなという時でも つい
  『相手に合わせたベストの説明』を考えちゃう」
「疲れそうだな」
「そう、疲れてる時に『この料理うまいね、どうやって作るの?』 とかって
  聞かれると、倒れそうになる」

 


 
09/24

CDは、定価で3000円程度。輸入盤(ゆにゅうばん)は、2000円から。

中古レコード店も大きな街には必ずある。値段は100円からで、廃盤 (はいばん)のものなど貴重なものは5000円もする。

中古の値段は、国内盤のヒットしたものが安い。日本の人気バンドは ほとんどが2年ほどで人気がなくなってしまうため、中古CDの値段の 値下がりが激しいのだ。

洋楽(ようがく)の値段は安定している。中古で1000円前後。 レコードの時代は、傷が入っていたり、反ったりで、値段が違ったものだが CDでは、それほど状態によって左右されない。

最近は、レコードの人気も高い。クラブのDJが音源として使うためだ。 そうなるとレコードを買うことが「かっこいい」ということになって 人気が出た。

私はチャーリパーカーがホワイトクリスマスを演奏しているレコードや デュークエリントンがラプソディーインブルーをやっているレコード を持っているが、密かに、「もしかしたら数万円かも」と考えることがある。

 


 
09/25

DVDの出現で、レーザーディスクは、完全に過去のものになってしまった。

店頭でも、ビデオほどではないが、そこそこに売れていた。
殺し文句は 「ビデオテープと違って、ディスクは半永久的に持ちますよ」 というものであった。当時、画質のよさもあって、映画好きには人気が 高かった。

確かにディスクは半永久的に持つけれども、レーザーディスクの時代が 持たなかった。

私は当時、レザーディスクプレーヤーを売るアルバイトをしていたので ちょっとした罪悪感を抱いている。

 


 
09/26

早くも中古DVDは、大量に出回っている。

安いのは、比較的、新しめのハリウッド大作で、もう1000円ほどに なっている。
おそらく、出荷された数が多いのでこうなったのだろう。 中でも『マトリックス』は、DVDのハードを買う時にセットのように 買っていく人が多かったらしい。しかし、2度、3度と見たい映画ではない。

レーザーディスクで失敗した人々も、DVDの普及のペースを見て、安心して 新たなコレクションを始めたようだ。すでに廃盤や貴重盤を集めた店も 出現しており、コレクター達は、新たなイバラの道を進むのだろう。

CDと同じように、過去の名作と言われるものはDVD化されているが ずいぶん落ちているものも多い。ビデオの出現で街の名画座が減って しまった現在、これらの一般的な評価は高くないけれども、素晴らしい 映画、を見る機会が減ってしまうのではないかという不安もある。

しかるべき機関が、予算を組んでDVD化して、保存するべきでないかと 思うのだが。
やってくれるだろうか?

 


 
09/27

男性と女性、共に20代。女性は新婚

「あー疲れた。私、今日は、『メシ』ってカンジのものしか作れないかも」
「田崎(たざき)さんが『メシ』なら、オレは『えさ』だな」
「ははは、亮介(りょうすけ)くん、一人暮らしだっけ、自分で作るの」
「はい、コンビニの弁当に飽きちゃって。」
「『えさ』って、どういうの?」
「いや、いつも、肉を焼くだけ」
「それだけ? 野菜はなし?」
「野菜ジュースを飲んでます。毎朝」
「ああ、でも、大丈夫?」
「う~ん。多分。土日は、凝ったものも作るんですけどね。レシピ見て」
「ああ、典型的な独身男性ってわけね」
「そうそう、妙にイタリア料理には詳しかったりするんですよ」
「イタリア料理って、意外と簡単だからね」

ここからちょっと話題が変わります。

「でも、本場のイタリア料理にはかなわないんだよなあ」
「そうねえ。やっぱり素材じゃないの? 野菜とか」
「そうらしいですね」
「中華とかイタリア料理って、似たような料理はできるのよ」
「ええ」
「でも、結局、日本の材料だと、限界があるのよね」
「野菜とか、肉とかの、基本的な味が違うって、日本にいる外国人が よく
  言いますよね」
「そうそう、なんかね、味が薄いカンジ」

これは、ホントの話。日本でも時々、田舎で手作りの野菜などを食べると スーパーマーケットの野菜とはまったく味が違うのに驚くことがある。

 



2002年08月


 
08/07

「方向オンチ」というのは、道が覚えられない人というだけではなくて 空間を把握する能力が劣っているということだそうだ。

例えば、自分が今、立っている場所と駅と自宅との距離感が掴めない。

「駅を背にして、まっすぐ歩いて2番目の交差点を右に曲がって、、、」 という簡単な説明をしても、駅を出たとたんに、右に曲がり始めたりする。

京都には、方向オンチの人が少ないという話がある。

京都は、人口的に作られた都で、道は、町中を碁盤(ごばん)の目 のように走っている。
道には名前があり、方角もはっきりしている。 もちろん、京都の人が他の町へ行くと、迷うことがあるけれども その分、しっかりと準備をしていくそうだ。

逆に、他の地方の人間が京都を訪れると、混乱する。 どうしても道というのは、曲がっているものだと考えてしまうからだ。

 


 
08/08

7月下旬から8月にかけて、毎週のように週末、花火大会が行われる。

都心では、少し高いビルから眺めると、2.3箇所で花火があがっている のが見える。
冬の花火もいいものだけれども、やはり花火は夏のものだという人は 多い。

打ち上げ花火だけではなく、小さな花火も人気がある。 線香(せんこう)花火は、エンピツほどの長さの細い棒の先に 火薬が塗ってあり、1分ほどの間、チリチリと小さな火花を出す。
数種類の火花があって、最後には、綿棒の先くらいの大きさの 火の玉ができ、これがボトリと落ちて、終り。

軸(じく)の部分は、和紙で作ったものと、藁(わら)で作ったもの があるそうだ。
国産の線香花火は、質もいいが、高い。一本40円ほど。 中国産は50円で30本買えるので、勝負にならない。

今、日本の 店で売っている花火は国産はほとんどない。

 


 
08/13

日中は35度以上、夜も25度以上という日が続いている。

大変なのは動物も同じ。動物園でもぐったりとしている動物は多い。

ペットも同じ。 猫などは、日陰を見つけるのがうまく、居心地のいい場所を選びながら 移動している。 犬の中でも室内犬(しつないけん)と呼ばれる小さな犬は散歩もたいへん らしい。

都心では地面はアスファルトかコンクリートなので歩くと 犬も火傷のような症状になることもある。 仕方なく、車で土の地面のところまで連れていく飼主(かいぬし)も 多いようだ。
犬を抱いて車まで歩いているのを見かけることがある。

 


 
08/14

道路も郵便も「民営化」するという流れのようだ。

20年ほど前から民営化の議論が始まり、鉄道や電話会社、たばこなど 次々と民営化で赤字を解消することになった。

最近は区役所などにも、民間のサンドイッチ屋や銀行のATMなどが ある。
一部、スーパーマーケットには、役所の出張所がある。

アメリカでは、刑務所も民営化している。

日本では、企業グループの力は大きいので、刑務所を民営化しても 必要なものは、すべてひとつのグループ内でまかなうことが可能だ。
施設、警備(けいび)、洋服、食べ物、飲み物、事務用品、スポーツ用品 芝や植木、もちろんコンピュータ、車、必要ならリゾート施設まで ひとつのグループ企業で刑務所で必要なものは十分間に合う。

いっそのこと、「日本」を民営化するのはどうだろうか。
この実験で、世界は、民主主義の進化した形は民営化だったと 気付くかもしれない。

 


 
08/15

政治家の野心というのは、いろいろと種類があるようだが、比較的 まともな野心の中で、最も大きなものは「歴史に名を残したい」 ということのようだ。

これの最も陳腐(ちんぷ)で、単純な例が「銅像(どうぞう)」

日本には各地に石碑(せきひ)や銅像がある。その土地で活躍した 歴史的な人物、その地で俳句詠んだ俳人(はいじん)とその句。 少々、増え過ぎという気もするが、こういうものは、いろいろな 発見があり楽しい。
その土地で農業の近代化に尽力した人物の石碑などがあると、つい 読んでしまうし、その土地の古い名前とその由来などが書かれている ものは、楽しいものだ。

これらに加えて、いや、今や、これらのものを遥かに凌ぐ量の政治家の 銅像、石碑がある。理由は橋をかけたり、ダムを作ったりと、地域に 貢献したというものだが、もちろん政治家にとって、それは仕事の 一部にすぎない。

まして、その見返り(例えば建設会社からリベートをもらったり 選挙で応援してもらったり)も受け取っているので、銅像を建てたり 石碑に名前を刻んだりする必要はまったくない。 しかし、政治家は銅像好きなようで、中には自費で建てる人も多い。
そういう事情で、日本には、今や、悪相の銅像が次々と増えている。

銅像は最近はコンピューターで設計して作るので、安く出来る。 結構、儲かるそうだ。

私のアイデアは、銅像を作ることを法律で規制して、この会社を 国営化する。どうしても作りたいという人が現れた場合は、自費に 限り、許可するが、調査し貢献度に応じて、材料を使い分ける。

橋をかけた程度の政治家の銅像は、自費でないと作れない。
しかし、5年程度で溶けてしまう「自然にやさしい銅像」

 


 
08/16

日本人男性とベルギー人女性の会話。共に30代

「イレイネは、米の味、わかる?」
「ああ、あまりわかりません。日本の米とヨーロッパの米はちょっと違います」
「ああ、食べたことあるよ。黒いのとか、細長いのとか」
「ええ、日本の米は柔らかくて、美味しいけど、味はわからない」
「味が無いってこと」
「そうです」
「でも、何度か噛むと、甘いような気がしない?」
「う~ん。少しネ」
「コンビニのおにぎりは、好きなんでしょ」
「はい、マヨネーズのは美味しいですね」
「あ、ツナね。あのお米は少し味が付いているでしょ」
「あ、そうね」
「あれは、少し味を付けてあるらしいよ」
「ああ、そう?」
「やっぱり、今ひとつ、わからないみたいね」
「うん」

小さなスーパーマーケットには、最低でも5種類くらいの米が 置いてある。
標準的なもので、5キロ2000円前後。高いものは 3000円。
3人家族で月に10キロぐらい消費する。

 


 
08/20

蝉(せみ)の鳴声を、うるさい、と感じる人がいる。

日本では、夏も終りに近付くと、蝉がいっせいに鳴き出す。 この音は、夏には欠かせない「風景」のひとつだ。

山や海などの自然の音をうるさいと 考えると、日本で最も静かなところはひょっとすると地方都市のオフィス街かもしれない。
では、こういう所には音はないのかというと、風で 看板が揺れる音、ビルの地下の電気システムのモーター音、ゴミ箱の 中の空缶が揺れる音など、いろいろな音がある。

何がうるさいのかは、人によって違うし、生活環境にも左右される。
海の傍で育った人、機織りの町で育った人、大きな道路の近くに家が あった人、田んぼの近くでカエルの鳴声の中で育った人。

目や鼻といった器官の中で耳はどちらかというと保守的で 新しい情報に慣れるまで最も時間がかかるそうだ。 日本で田舎に住むことになったら、まず、カエルと虫の鳴声に 慣れなければならない。

でも、慣れると、なかなか楽しいんですよ。

 


 
08/21

日本には、「両村上」などと言われる二人の小説家がいる。

ひとりは村上春樹(はるき)で、もう一人は村上龍(りゅう)。 二人とも50代で、数年に一度、ベストセラーを出す。 海外での翻訳も多い。

村上龍は韓国やイタリアで人気があり 村上春樹はアメリカで人気があるそうだ。 作風(さくふう)はまったく違う。その違いを説明するのは 難しいが、村上春樹は小説というジャンルの中で最良の書き手であり 村上龍は書いたものがそのまま小説になる。というところだろうか。

日本の文学を海外に「輸出」しようというプロジェクトがある。

日本国内では、文学作品は、より芸術の範疇(はんちゅう)に属している と言われる「純文学(じゅんぶんがく)」と楽しく読めるように書かれた 「読み物」とに分けられ、時には差別されていたりするが、この、なかなか 翻訳されにくい「読み物」にも焦点をあてて翻訳を基金(ききん)で まかなうというもの。

ゲームでは、ファイナルファンタジーなど、世界で売れるソフトが あるが、文学では、世界的なベストセラーの現代文学はまだない。 この両村上以降、吉本ばななという作家も非常に海外で人気のある 作家だが、このような作家の数は少ない。

聞いたところによると、やはりアジアの文学は今だ、エキゾチズムに 支配されていて、現代文学は売れないとのことだ。

 


 
08/22

車にいろんなステッカーを貼る人がいる。

先日、「天使が乗っています」というステッカーを貼っている 車があった。霊柩車(れいきゅうしゃ)ではない。普通の車だ。 これは、子供が乗っているので、注意してくれ。という意味らしい。 これにはいろんな反応があるだろう。

Aさん
「天使、子供のことね。子供と一緒だといろいろ大変だからねえ。 まだ、小さいのかな?最近は振動(しんどう)が赤ちゃんに与える  影響に注意しないといけない、って言うしね。わかる、わかる」

Bさん
「天使?そりゃ、あんたにとっては天使でも、他人にとっちゃ  単なるクソガキよ。ぬけぬけとよく言うよ。最近、そういうの  流行ってるねえ。え? つまり『ぬけぬけと言う』ってのがね  前も手前の奥さん紹介する時に『ワイフです。イタリア料理が  上手くてね』って言うやつがいたよ。けっ!  ハリウッド映画じゃあるまいし。だいたいなんで『ワイフ』っていうのかね」

Aさんのほうが善人だと感じる人が多いかもしれないが、個人的に付き合うなら Bさんのほうが面白いと思う。

 


 
08/23

日本の高速道路はほとんど有料で1キロあたり約25円。
これをどうするかが今、最大の議論となっている。

「ねえ、高速道路ってどうなるの」
「ああ、将来、無料にするから、新しい道路を作らせろっていう派と」
「うん」
「新しい道路は止めにして、民営化して、安くするっていう派がある」
「はあ」
「まあ、いろいろと細かい議論はあるんだけど、この二つに分かれてる」
「でも、最近は、どっちも民営化するっていう案なんでしょ」
「うん。でも無料のほうは、半分だけ民営化ね。計画は政府がやる」
「ああ。政治家ってのは、自分の権利は手放さないものね」
「まあ、そうゆうことだねえ」
「道路を作ったら、まず死ぬまで政治家でいられるらしいよ」
「なるほど、選挙で有利ってことね。分かりやすいものね」
「そう」
「ほんとに無料になるの」
「計算では50年くらい、って言ってるけど、まず無理。奇跡的に経済が 安定していて、新しく道路を作らなければ、100年ぐらいで無料になるらしいよ」

私は、高速道路よりも普通の道路をきちんと作るほうが大事だと 思うんですけどね。

 


 
08/27

日本ではテレビで一日中、あざらしのことを報道している。

このあざらしは、先週、東京の多摩川(たまがわ)に迷い込んだ。 「たまちゃん」という愛称を得て、大人気となっている。 一旦、海に出たが、今週は隣の鶴見川(つるみがわ)をさかのぼり 日に一度か二度姿を表わすようになった。

夏休みということもあって、日本全国から家族連れがやってくる。

あざらしは、動物園に行けば見られるが、「野生の」あざらしを 見たいという心理が働いているのか、迷い込んだということに 同情しているのかは、わからないが、この人気に、国は、「しばらく 様子を見る」ことにしたようだ。

この「たまちゃん」は、日本で最も汚染された地域を迷っている。
なるべく早くきれいなところに返してあげたい気がする。

「かわいい、かわいい」と見殺しにしたり、国が「しばらく様子を見ている」 内に取りかえしのつかないことになることは、この国ではよくある ことだからだ。

私は、この多摩川も鶴見川もよく知っているが、泳ぐなんてとんでもない。
指を川に浸けるのもイヤだ。

 


 
08/28

ラジオで聞いた面白い話。

ひさしぶりに、生まれ育った所に行ってみた。すっかり 景色は変わっていたが、ある地点で身体が急に違う方向に向いた 驚いて、辺りを見回すと、その地点はかつて、何度も通った道で 子供のころ、いつもそこで道を曲がっていた。その道は無くなって いたが、身体が覚えていた。

子供のころと比べると歩幅(ほはば)も違うし、距離感が狂っているかも しれないのに、不思議と身体が覚えている。 こういうことは思い当たることがありますね。

私も同じ経験がある。 小学校の通学路を15年ぶりに歩いた時に、辺りの景色はまったく 変わっていたにも関わらず、足が覚えていた。

通学路の途中にある神社の賽銭箱(さいせんばこ)の横を蹴ると 小銭がこぼれるとか、少し外れたところに本屋があり、そこにHな本の 自動販売機があった、とか、しっかり覚えているものだ。

 



2002年07月


 
07/02

6月は梅雨のイメージが強いが、実は7月も雨は多い。梅雨が終るのは 7月の中旬である。

しかし、7月はなぜ、楽しいのだろうか。

やはり、夏休みが始まる月であることが大きい。 海開きのシーズンでもあり、「ああ、そうだ。海という楽しみがあった」と思い出す。
薄着(うすぎ)になるのも、楽でいい。身軽になったような気がする。

Tシャツを、クチャクチャと洗って干して置けば翌日には着られる というのも楽でいい。

梅雨時のように、朝、長袖のシャツか、半袖か悩まなくてもいい。 もう「暑い」というのは、わかっているのだから対処が簡単だ。

ガーシュインは、名曲 Summer time で「夏だ。暮らしが楽になる」 と歌った。生活に必要なものが、少なくなり、さっぱりとする。 暖かい地方に住む人々は、どこか楽観的で、穏やかだ。

少しでもそういう気分を味わおうじゃありませんか?

 


 
07/09

日本では新聞は6カ月単位で契約し、家まで配達してもらうことが多い。
一ヶ月3000-4000円程度だ。
新聞は朝刊が6時ごろに、夕刊が4時ごろに配達される。

新聞には数々の 広告が挿まれている。週の始めはスーパーのちらし、週末には不動産と 車のものが多い。

土日は、特に不動産のちらしが多く、都心だと中古の一戸建てとマンション が中心で2000万円から5000万円まで。家の周辺の物件(ぶっけん)が 多い。 不動産のちらしは、地域によって、当然、価格も違う。

地価が高いところは、ちらしのほとんどは、1億円前後だそうだ。

 


 
07/10

六本木に住んでいる友人によると、6月は、早朝、道ばたに大勢の アイルランド人が寝ていてそれを避けながら駅までの道を急いだそうだ。

ワールドカップも終り、町は平静に戻った。
日本政府は、日本を訪れた 外国人がきちんと帰国するかどうか、神経質になっているらしい。
というのも、日本でスポーツのアジア大会などがある度に、選手や スタッフが行方不明になる事件が続いたことがあったからだ。 それらの多くは日本に住む知人を頼り、そのまま不法滞在となるケースが 多い。

今回は、選手だけでなく多くの観客がいる。 これらの観客を狙って、スリや強盗のグループも大挙して日本を目指した そうだ。彼らがそのまま日本に滞在しては困るということらしい。

親戚の家などを訪れると帰る時が難しい。当然、相手は引き止めるが まあ、親戚なら、せいぜい半日、用事がある時でも1日が限度だ。

「では、そろそろ失礼いたします」
「まあ、もう少し、ごゆっくりしていってくださいな」
などというやり取りは、ひとつのセレモニーであるが

「そうですか、じゃあ、あと1日、お世話になります」
などと言うと、一生、あつかましい親類として語り継がれることになるのだ。

 


 
07/11

朝市(あさいち)を巡る旅がちょっとした人気だそうだ。

朝市というのは、朝、収穫した野菜や魚などを地元の人たちが安く売る 青空市。夜明けと同時に始まり午前中には終ってしまうが 地元の料理屋などが材料を買いに集まってくる。 新鮮で安いので、人気が高まった。

しかし、朝早く、保存も必要なので、観光客には、ちょっと条件が 厳しかった。

ところが、最近はこれらの朝市を巡る観光バスなどが ツアーを組むこともあり、時間は少々遅くなり、買ったものは、その場で 冷凍保存し宅急便で送れるようになった。

こうなってくると、朝市は規模が大きくなり、店を構えるようになる。 品物が不足するので、朝、収穫したものを売るだけでは間に合わなくなり 今では、遠くの町まで仕入れに出かける朝市専門店もあるとのことだ。

 


 
07/11

男女の会話。20代。車の中

「あれ?今日は違う道で行くの?」
「うん。今、ラジオで、いつもの道が混んでるって言ってたから」
「あ、そう。私、運転しないから、渋滞の情報っていつも聞き流してた」
「自分に関係ないことって、『存在しない』ってことがあるよね」
「そうそう、私、車のこととか何にも知らない」
「オレは、不動産のことは知らないなあ、あ、日本の音楽も」
「三味線(しゃみせん)とか?」
「いや、日本のポップスとか」
「ああ、でも、何でも、一応、会話が成り立つ程度に知ってないと
  いけないような雰囲気ってあるでしょ」
「ああ、そうねえ。『あ、それ、知らない』とか『興味ない』って言うの
  難しいね」
「そうなのよ」
「特に日本ではね」
「そうそう」
「その場で、雰囲気とかムードを読んで、それを壊さないようにする」
「そうね」
「リサも海外生活長いからさ、日本に帰ってきて戸惑ったでしょ」
「そう、今でも苦手。特に日本の女の子はそういうプレッシャーが強いよ」

 


 
07/16

「ビール戦争」というのは、国内のビール会社のシェア争いのこと。

アメリカの大学でもマーケティングのテキストとして有名だそうだ。

ビールの最大大手はキリンビール。長年、業界トップだったが ライバルのアサヒビールがつい最近、追いこした。アルコールは 原材料や度数によって、税金が違ってくるため、ビールに似た味の アルコール飲料を作り、安く売る戦略が当たった。

元々、日本のビールは大量に飲むために作られたため、味が薄かった。 この味に慣れていた消費者は、少々、味が変わっても安い商品に 飛びついた。

最近は、日本のビールは海外でも評判がいい。 軽くてクセがなく飲みやすいとのことだ。

 

 


 
07/17

「ワンマン」というのは和製英語(わせいえいご)で、「ひとりで」 という意味。
昔はワンマンバスというものがあった。これは運転手だけで営業している バスのこと。そのころは、車内にもうひとり車掌がいるのが普通だった。

最近も使われるのがワンマン経営、ワンマン社長、という言葉だ。 これは、一人で経営しているという意味だけではなく、権限がその 人物に集中しているという意味。 中小企業(ちゅうしょうきぎょう)は、ワンマンであることが多いが 大企業にもいる。

ワンマン社長と呼ばれるような社長というのは、例えばこういうカンジ

・社長室が大きく、自分の趣味の絵画(せいぜいシャガール)などが
  飾られている。
・自分で作った標語(ひょうご)などを毎朝、社員に大声で復唱(ふくしょう)
  させる
・女性社員の入社の面接などには必ず出席する。
・会社の経費を湯水のように使う。
・自分の趣味(競馬、ゴルフ場が近い別荘、中国の強壮剤など)を 買う際も
  当然のように会社の経費で。
・自分が感動した本(退屈なベストセラー本)などを社員に配り
  「感想文を一週間後に提出せよ」などという社長命令が時々ある。
・社内報(しゃないほう)に載せる対談の相手に好きな女優を呼ぶ。
・さらに、週刊誌の広告スペースでその女優との対談を掲載する。

その対談というのは、ほとんど同じ内容。
「ところで社長は環境にもたいへん関心がおありの御様子ですね」
「ええ、ウチでもゴミ出しは私の仕事。うるさく言うんで女房に 嫌がられています(笑)」
なんて会話があり、会社が社会的な事業に関心があることをアピール する。

 


 
07/19

30代の男性、2人。この2人は3年ぶりに会った。
しかし、すぐに、バカバカしい話を始めた。

「オリンピックってさ」
「うん」
「夏と冬があるでしょ。春とか秋はないよね」
「『春のオリンピック』って、面白くなさそうだな」
「どんな競技が考えられるかね」
「『花見』とか」
「はははは、バカバカしい」
「いや『花見の場所取り』だな」
「ははは、それなら競技になりそうだな」
「『昆虫採集(こんちゅうさいしゅう)』は」
「ははは、そりゃ、夏だよ」
「いや、蝶(ちょう)のね」
「それならOK」
「『バスハイク』は」
「いいねえ。春だねえ」
「よく考えてみると、春がない国もあるよな」
「熱帯(ねったい)の国とかね」
「そういう国は入場行進の時も人が少ないのね」
「そうそう、花見の席取りの練習生として、三菱銀行で働いてる」
「ああ、いいねえ」
「銀メダルとか、取ってさ。正社員としてその後、活躍する」

2人はこういう話しをしながらずっと笑っていた。

 


 
07/23

テレビで寿司屋で修業する若者のドキュメンタリーをやっていた。

ある日、修業に耐えられなくなった18才の若者が行方不明になる。
東北から出てきたその少年は、どうやら東京に出てくる口実にその 寿司屋に就職したらしい。しかし、その寮から、突然、姿を消した。 一時的に実家に戻った後、彼は、東京でアパートを借り、アルバイト をしながら、「本当にやりたいこと」を見つけるという。

少年には恋人がいた。同じ東北出身者で同じ歳。
お互いに東京に 出てきたばかりだったのだろう。 少年は、寿司屋から逃げ出した時に、彼女に別れの手紙を書いていた。 彼女は真意を確かめるために、少年に連絡をとり、公園に呼び出した。

2人の間には沈黙。少年は昨日、寝ていないと語る。
ポツリポツリと、これから自分のやりたいことを探すんだと話す。

しばらく沈黙があり、彼女は、「ちゃんと、ごはん食べてる?」 と言った。
少年は「うん」とだけ答えた。
「それだけ心配だったから、それじゃ」 と彼女は、元気にベンチを後にして、歩き始めた。

 


 
07/24

「ホカ弁(べん)」というのは、お弁当屋のこと。

最初のお弁当屋のチェーン店の名前が「ほっかほっか亭(てい)」 ということから、ホカ弁が、そういう店で買うお弁当という意味になった。 ごはんが炊きたてであることがセールスポイント。 いつもホカホカなので、ほっかほっか亭。

お弁当屋のチェーン店は増えた。オフィスビルが多いところには 必ずあるといってもいい。メニューはだいたい似ていて、魚や肉を 揚げたものがおかずになっていることが多い。 値段は300円から600円。
コンビニなどのお弁当に比べるとお米が 暖かく、美味しいので、根強い人気がある。 チェーン店はどこも似たような味だが、個人でやっている店には 美味しいところと、そうでもないところがある。

馴染みの客になると 「今日は予算があるからおかず1000円分でお願いします」 ということもできるそうだ。

「はい、吉田さんは、唐揚げが好きだったわね、多めに入れとくよ」

給料後のささやかな贅沢だ。

 


 
07/25

イカは欧米では人気がないそうだ。 日本では、イカは大人気だ。

さしみでも、煮ても、焼いても食べる。干して保存食としても活躍する。 スーパーやコンビニ、駅の売店にもイカを乾燥させたスナックは 必ず置いてあるといってもいいだろう。

電車で遠出をする時には、ビールと一緒にイカの薫製(くんせい)を 買う人は多い。

東北の青森(あおもり)には、車内にストーブがある電車があった。 冬には、このストーブの上に干したイカを置いて、焙(あぶる)る。 焙ったイカは、少しかたいが、チューインガムのように口の中で 噛んでいると、味がジワリと広がる。

それをつまみに日本酒を冷やで飲む。外は雪景色。
車内はイカの匂いでいっぱになる。

苦手な人は困るかもしれないが 好きな人には、たまらないそうだ。

 


 
07/26

相撲(すもう)では、朝青龍(あさしょうりゅう)が大関(おおぜき) に昇進(しょうしん)し、モンゴル出身力士の出世頭(しゅっせがしら) になった。

40代の男女の会話

「朝青龍の両親、かっこよかったね」
「ああ、来てたね。お父さんがかっこよかった」
「服装がさ、すごくよかった」
「お父さんの帽子と服の色がすてきだったわねえ」
「そうそう、お母さんの服もゴージャスだった」
「ああいうのは、お金で買えるゴージャスじゃないしね」
「あの刺繍はね。人柄がいいせいか、すごく上品に見える」
「二人とも大人しいけど、なんか地に足が着いてるってカンジ」
「お父さんの顔は、『戦う男』って顔だった」
「そうねえ。それにしても、あの色は染めたのかなあ」
「いい色だったねえ」

朝青龍の御両親が来日していた。モンゴルというのは、日本では 不思議と人気がある国だ。

 



2002年06月


 
06/04

フラッシュカードというのは、語学の勉強でよく使われる教材だ。

絵やことばが書いてあるカードを次々にめくっていき、それぞれの カードに反応することによって学習する。 この言わば、脳に「すり込む」やり方は、効率のよい教育方法として 認知されはじめている。

フラッシュ暗算(あんざん)というのを御存じだろうか?

コンピューターのモニターに3桁(けた)から7桁くらいの数字が 順番に映される。それを計算する。というものだ。 最近は大きな大会が開かれている。
3秒から4秒の間に3桁の数字が15コ順番に映される。 さいごの数字が映された1秒後には、ほぼ全員が正解を出している。 普通の人には、数字を読むだけで精一杯だ。

参加者は中学生、高校生が中心で、20才を過ぎると反応速度が遅くなる とのこと。

「処理能力(しょり のうりょく)を上げるばかりが能じゃない。それで何をするかが問題だ」 とはコンピューターに関してよく語られることだが、人間もコンピューター も処理能力を上げようとするのは、必要からというよりも、もっと根源的な 自然な欲求から来るのかもしれない。

 


 
06/05

サッカーのイングランドチームが選んだ淡路島(あわじしま)は 興味深い所だ。

淡路島は、大阪の近くにある過疎化(かそか)が進む小さな島だが 日本で最も古い歴史書と言われ8世紀ごろに書かれたと言われている 古事記(こじき)、日本書紀(にほんしょき)では、淡路島は最初に 創られたことになっている由緒(ゆいしょ)ある島だ。

現在では、そうめんの産地として知られている程度だが、300以上あると 言われている日本の島の中では、大阪などの大都市がある本州と橋が つながっていることもあって、生活に不便はなさそうだ。

戦後、日本を訪れた文化人類学者は、すでに欧米式の生活が日本中を 被っていたことを嘆きつつも、島に活路(かつろ)を見い出し、そこにまだ残る生活習慣や 残された伝統芸能などを調査したそうだ。

 


 
06/06

六本木(ろっぽんぎ)も有名になったものである。

関東近辺でサッカーを見た外国人は試合後はほとんど六本木に 繰り出したようである。 六本木は、デザイナーやマスコミ関係のオフィスが多いところで 昔からおしゃれな店が多かったが、昼間は、普通の街だ。

しかし夜は近くに大使館が密集する地域から近いこともあって 外国人が集まる盛り場となった。 といってもそれほど広くはない。中心地である交差点から四方に100m ほど。

その間に多くのバーやレストラン(イタリアンレストランが多い) 風俗店(ふうぞくてん)などが密集しているだけだ。

 


 
06/06

「株やってるとさ」
「うん」
「『NTT』っていう名前に敏感(びんかん)になるんだよ」
「ああ、超安定銘柄(ちょうあんていめいがら)ね」
「そう、高値安定でね」
「やっぱり、そうなの」
「いや、以外と安くなったり高くなったりだけど」
「ああ、一時高かったね」
「うん、最近は安定してるよ」
「買うの?」
「いや、高すぎて買えないけど、関連会社とかはね、気になる」
「『NTTなんとか』ってたくさんありそうだね」
「そう。NTTって書いてあるだけで、いいものに見えちゃう」
「全然関係なくてもね」
「三菱(みつびし)の『菱』の字と同じだね」
「ああ、たくさんあるらしいね。関係ない会社もね」
「そうそう。NTTも同じような名前の会社があるんだよ」

 


 
06/11

サッカーを見ていると 「もし、次の試合で2対3の場合は、勝点(かちてん)が4で 得失点差 (とくしってんさ)が-1になるから。。。」 などと、いろいろな計算が必要になる。

たしか、コンピューターというのは、計算機のはずであるが、皆、それを 忘れている。
私も計算をしたことがない。

インターネット専用の接続端末(せつぞくたんまつ)は、あるにはあるが あまり売れていない。現在は、おそらく、ほとんどの人が、インターネット だけを目的に、超高性能の計算機を買うはめになっているのが現状だ。

専用端末は、モニターが必要となり、価格も抑えなければならないので 儲けが少ない。 メーカーは、「いろんなことができますよ」とコンピューターを 売ったほうが、利益となるので、なかなか専用端末は作りたがらない という話しもある。

 


 
06/12

かつて愛した人と再会する。

たしか4年前に再会した時に失った愛情を確認したばかりだったが また会うことになった。
今度は日本で。 さらに4年経って、彼女は、いっそう美しくなった。
隙のない美しさは、恐いほどで、誰もが振り返る。というのは 陳腐(ちんぷ)な表現だが、本当のことだ。

しかし、私は、そのことを素直に喜べない。 その美しさを発見したのは私だよ、という思いがあるのも確かだ。
洗練された気品に、昔とは違う、微妙な距離を感じながらも、時折 見せる笑顔が、「私、ぜんぜん変わってないのよ」と語りかけている ような気がするのは、錯角だろうか。

私は、彼女が得たものに困惑しているのだろうか、それとも 失ったものに郷愁を感じているのだろうか。 そうだ。私にも、よくわからないのだ。彼女は何を失ったというのだ?

あるいは、私はこう言いたいのかもしれない。 『磨かなくてもよい原石もあるのではないか?』

これは、サッカーの話し。 今回の結果で、彼女(フランスサッカー)は、どうなるだろうか。

 


 
06/13

「来てうれし 帰ってうれし 孫の顔」 正確ではないかもしれないが、この川柳(せんりゅう)は、その後 あっという間に、人々の知るところとなった。

「いやあ、『孫は来てうれし、帰ってうれしい』って言うでしょ?」 と、少々、疲れた顔で、満足そうに呟く老人、というのは、ひとつの 風景として定着していると言ってもいいだろう。

孫を持つ年齢になると、小さな子供の相手をするには、少々、体力が足りない しかし、育てる責任もなく、ただ可愛がればいいという立場は、楽しい ものであるらしい。
若い母親に、いろいろと教える楽しみもある。
頼りにされるというのは、うれしいものだ。
興奮しているせいか、無理をしていることに気がつかない。

2.3日して、孫達が帰った後は、ぐったり。ということになる。
夕食は店屋物で間に合わせて、いつもより早く床に就くことにする。

こういう時に、ふと呟くのだ 「いやあ、孫というものは、、、」

 


 
06/13

サウジアラビアは、今回のワールドカップは散々だった。

FIFAの会長は、ドイツに惨敗(ざんぱい)した後、実力不足を 指摘していたが、彼は事務能力だけでなく、サッカーの知識もあまり ないようだ。

中東(ちゅうとう)の国々は、予選はアジアで戦う。 日本のサッカーファンには、攻撃的で力強いイランや、テクニックに 優れるイラク、勝負強いクエート、いつも中盤に魅力的な選手をそろえる UAE、そして、中でも、常にレベルの高いサウジアラビアという印象がある。

サウジは、かつて決勝トーナメントに進出したこともある。 特にゴールキーパーのディアイエは、94年の大会では明らかに最も優れた 選手だった。サッカー好きなら、このことは、うなずけるはずだ。 残念ながら、ヨーロッパのキーパーがベストGKに選ばれたが。

チームとしては、ピークを過ぎた時に初戦で強豪チームに当たれば 惨敗は、どこの国にもありえる。今回のサウジは運が悪かっただけだ。

今日、サウジは帰国したそうだ。 またアジア予選で会おう!

 


 
06/18

ワールドカップの熱狂(ねっきょう)は続いている。

日本の試合のテレビの視聴率(しちょうりつ)は、常に50%を超えているし その他の試合も同じ時間帯では、ほとんどトップを走っている。
ただ、韓国と比べると、サッカーそのものに熱狂しているというよりは お祭り騒ぎを楽しんでいるだけだ、という指摘もある。

試合が終った後は、大きな街に若者が集まり、大騒ぎをしているが どうやら、「人が集まっているから、人が集まる」という群集心理が 働いているようだ。

日本のチームカラーである青い色のTシャツは飛ぶように売れ、ピザの 出前は、大忙しだそうだ。

 


 
06/20

ワールドカップで日本が負けて、少し一息ついたというところだ。

サッカー大国のように大きな喪失感(そうしつかん)に国全体が 包まれるというムードはなく、予想外によくがんばった。という 反応がほとんどである。

大物政治家の逮捕のニュースがトップニュースになり、ああ、そういえば 日本にも国会というものがあった、という気分だろうか。

これとは対照的に、ワールドカップの開催中、アフガニスタンでは 長い会議が開かれている。 カルザイ氏は支持を取り付けたようだ。おそらく、諸外国の信頼も厚く 洗練された立ち居振る舞いの氏は適任かもしれないが、同じように国際社会 から支持されたゴルバチョフ氏もあっという間に失脚(しっきゃく) してしまったこともある。

これからどうなるだろうか。

 


 
06/21

「『アーチストかアニマルか』って知ってる?」
「何?」
「サッカー選手の分類の話し。例えばロナウドはアーチストだけどビエリは
  アニマル」
「ははは、なるほど」
「アニマルって言っても悪い意味じゃないんだ。例えば日本では アニマルの
  ようなFWは育たない」
「なるほど、そんな気がするな」
「FWはアニマルが多いような気がするね。バティもアニマル」
「そうだな」
「オコチャとかラウルはアーチストで、ロベルトカルロスは、、」
「アニマルね。でもアニマルでも肉食と草食の違いがあるね」
「ああ、なるほど」
「トッティは、草食というカンジ」
「ビエリは肉食だな」
「昔のドイツの選手はみんな肉食だったけど、野性味が薄れたかな」
「ベッカムは?」
「う~ん。ものすごく器用な『人間』って所かな」
「そうか、だからあまり面白くないのかな」
「そんなこといったらファンに殺されるよ」

 


 
06/24

日程のせいで一息つくこともあって、ベスト8というのは、改めて 顔ぶれを眺めて、「今回はここが残ったのか」と考えさせるものがある。 8チームは、ワールドカップの「正式な会員」という印象がある。

このベスト8に何回顔を出すかで「常連(じょうれん)国」と呼ばれるか どうかが決まる。 この正式会員同士の激突が始まり、4チームに絞られた。

韓国チームの運動量は、脅威だった。 たしかに疑問が残る判定はいくつかあった。しかし、この程度の ミスジャッジやホームに有利な判定は、サッカーにはつき物だということは、ヨーロッパのサッカーファンが一番、よく知っていることだろう。
おそらく、この韓国の驚異的な運動量はテレビでは伝わりにくいはずだ。 グランンドで見た人は、韓国の勝利に納得しているのではないだろうか。

セネガルは残念だったが、サッカーには、まだ「驚き」というものが 残されていることを証明した。 攻撃だけでなく、アフリカスタイルの守備も楽しかった。

トルコは日本戦よりも動きがよく、ほとんど完璧なサッカーだった。 チームとしてのクオリティは、4チームの中で最も高いのではないだろうか。 個人技も高い。そして、トルコの監督はただ者ではない。

トルコも韓国もそれぞれの特徴を考えると、最も苦手とする相手が 準決勝の相手となった。ドイツは韓国と同じくらいタフだし、ブラジル には、完璧な組織を突破する個人技がある。

順当に考えれば、ドイツ、ブラジルの決勝だが、今回は順当な予想が 当たらない大会なのである。

 


 
06/26

「ふるさとは遠きにありて思ふもの」 というのは、有名な詩の一節(いっせつ)。

自分が生まれた土地という ものは、そこを離れた時に初めて特別な感情が生まれる。 というような意味。

一方で、こういう解釈もある。 なかなか見たり会ったりする機会に恵まれない人や風景が、想像の中で 大きく、美しく育てられる。 故郷を想う気持ちはふくらみ、ついには、その亡霊(ぼうれい)に 囚われてしまう。

こういうのもある。 「ふるさとへ廻る六部は気の弱り」 六部というのは、巡礼者のことで、巡礼者である人でさえも、つい ふるさとに足が向くことがある。これは、少々、精神的に疲れていて 気が弱っているのだろう。という意味。

 


 
06/27

今日は朝から雨がしとしとと降っていた。
降ったり、止んだりしながら、空は灰色のまま。
空気は一定の湿り気を帯びているけれども、寒いわけでもなく 蒸し暑いと言うほどでもない。
しかし、身体は重く、外の景色も 暗く感じる。

梅雨の天気とはこういうものだ。

今日は日本でワールドカップの準決勝が行われた。 場所は私の家から車で30分ほどのところなので、当然、この梅雨の 下でゲームは行われた。

天候の話題というのは、国を問わず、最も無難なものであるはずだが 日本の梅雨の季節は、実際に住んでみないとわからない という外国人は多い。

若い英語教師などは、年明けに、翌年の契約をする。 学校が始まるのは4月からだからだ。その時に、梅雨の前に 帰国しようと決意する人が結構いるという。

8年前のアメリカ大会は暑かったが、空気は乾燥していた。 今回のワールドカップは、8年前よりは気温は低く30度前後だが 選手の動きは明らかに悪い。

 


 

30代の男女の会話

「別荘って、欲しいと思ったことある?」
「いやあ、ないなあ」
「私も。でも、少しづつ売れはじめてるらしいよ」
「ああ、そうなの? 軽井沢(かるいざわ)とか?」
「そう、バブルの時の物件(ぶっけん)が中古で格安なんだって」
「ああ、聞いたことがある。10分の1くらいなんでしょ」
「うん、それでも2000万円ぐらいするんだけど」
「あ、そう。一時流行ったリゾートマンションは?」
「ああ、あれは、中古はもう500万くらいらしいよ」
「へえ、買う人いるのかな」
「いや、売れないから、どんどん値段が下がっていく」
「別荘って、使う機会がないものね。サラリーマンだと」
「休みがないしね」
「週末だけ田舎に行くために古い民家を買うのも流行っているみたい」
「ああ、あれは、手入れがたいへんでしょ?」
「地元の人に頼むんだって。あと、地元の役所で管理を請け負う所もあるみたい」
「へえ、過疎化(かそか)対策なのかな」
「うん、でも人口が増えることにはならないから、あまり積極的じゃないみたい」
「そうなの?」
「うん、人口が増えれば、国の補助金(ほじょきん)も増えるけど、別荘 が
  増えても 地元はほとんど潤わないらしいよ」

 



2002年05月


 
05/01

日本ではワールドカップを控えてフーリガン特集が盛んだ。

ニュース番組のスポーツコーナーでは連日のようにヨーロッパでの 悪態が放映されている。

下町の街頭インタビューでのある老人の意見

「ああいうのは、近所の若いやつらと同じで、お尻出したり 酒のんで騒いだりという連中だろ? まあ、しょうがねえじゃねえか。オレらだって、若い時にはバカやったもんよ。それに、この間まで 戦争してた国同士が試合すんだろ? 
そりゃ、ケンカにならーな。性質(たち)が悪いやつらは、2.3日、刑務所に放り込めば、治るさ。ガイジンは、日本酒は二日酔いがきついって知らねえから後悔するだろうよ」

インタビュアーは、「いや、もっと深刻なんです」と言いたそうだった。

 


 
05/02

エレベーターに乗る際のマナーというのは、いくつかあるようだ。

会社などでは、エレベーターの中でボタンの近くに立った人が 操作をすることになる。
降りたい階があるかどうか他の人に尋ねたり、開閉(かいへい)ボタンを 操作したりする。
自分が降りたい階のボタンは自ら押す人も多いが、荷物を持っている人 などがいれば、尋ねて、代わりに押してあげることもある。
開閉ボタンというのは、ヨーロッパなどでは、ないことが多いが 日本のエレベーターには必ずついている。空いたままじっと待っている のは日本人には耐えられないということだろうか。 中には、ドアが閉まらないと、何度も押し続ける人もいる。

エレベーターの中では、大きな声では話さない。ドアの上に今 何階か表示されるランプがあり、ここをぼんやりと眺めている人が 多いようだ。たいていは無言の密室(みっしつ)となる。

さて、次ぎは降りる際のマナーだ。

これはまだ定着していないかも しれないが、最後に降りる人が「閉」ボタンを押すことが多い。 これは、自分が降りた後にすぐに閉じるようにという配慮から。

やっぱり日本人は、気が短いんでしょうか。

これらは、会社のエレベーターのことだが、最近はデパートなどでも こういうマナーの人を見かける機会が増えた。 しかし、デパートには、エレベーターガールという職業があり制服を着た女性が操作などは、すべてやってくれる。

各階の案内やおじぎなど、やらねばならない仕事は多く、なかなか ストレスの溜まる仕事のようだ。
(彼女達は、休憩室では、恐い顔をして、タバコをふかしている。 私は以前、デパートでアルバイトをしていたことがあるので よく知っているのだ)

最近は不景気で少なくなったが、エレベーターガールというのは 日本のデパートにしかない職業かもしれない。

エレベーターが日本に登場したのは、1890年の11月10日。
本格的に普及(ふきゅう)したのは、1950年代のこと。
マナーの歴史も新しい。
これからも変わっていくに違いない。

 


 
05/07

「東北道、渋滞、40キロ」というようにニュースなどでも 紹介される。

これは、渋滞でほとんど動かない車が40キロ続いているということだ。 今年のゴールデンウイークは、高速道路で75キロの渋滞が最長であった。

子供連れの車が多いので、渋滞中はトイレが一番困る。
車がほとんど動かない時は、少しの間、外に出て、道ばたで済ませても 許される雰囲気はあるようだ。
携帯用のトイレも多くの種類が発売されている。尿はすぐに乾燥し 匂いも消える。 ただ、大人の女性などは、困るようで、高速道路上のサービスエリアでは 男性用のトイレに飛び込む女性は多い。

電車や飛行機も1カ月ほど前に予約すれば大丈夫なのだが、車で移動する 人は多い。渋滞が好きだという人は少ないが、子供が泣いても他人に 気を使わずに済むし、おしめも変えられる。

最近は、ファミリーカーも 大きく、贅沢になってきて、テレビも見ることができるし、小さな 冷蔵庫もある。 「個室」が移動するという快適さは、捨てがたいもののようだ。

 


 
05/08

今回のワールドカップは、日本と韓国で行われる。

日本のテレビ局にとって最も視聴率が期待できるのは夜の7時から 9時あたり。
「ゴールデンタイム」と呼ばれる。 この時間帯を中心に放送されるようだ。

この時間帯はヨーロッパでは、朝。イギリスでは午前中は仕事に ならないのではないかと言われている。 南米ではもう少し早い。見終ってから出勤しても大丈夫だ。もちろん 試合の結果によっては、これまた仕事にならないかもしれないが。

これまでワールドカップを日本で見るのは、「覚悟(かくご)」が 必要だった。
必ず、不便な時間帯だったからだ。 いつも朝の3時や4時。寝ずに待つか、早く寝て3時に起きるかという 選択を迫られる。試合が終ると、朝食を済まして、通勤電車に乗り込むこと になる。当然、寝不足だ。

しかも、サッカーが日本でさかんになったのは ここ5年のことで、「ワールドカップで寝不足だ」といういいわけは 通用しなかった。

日本では、今回、やっとワールドカップを普通に見られるようになったのだ。

 


 
05/09

スターバックスは、日本にも増えている。

アメリカのシアトルから始まった喫茶店で、店内はすべて禁煙で あるにもかかわらず、人気は上々。 喫煙者(きえんしゃ)が多い日本で、全面禁煙の喫茶店が成功する とは思えなかったが、若い人や女性を中心にいつも盛況(せいきょう) で、地方都市にもどんどん新しい店鋪ができつつある。

「一服(いっぷく)する」というのが、休憩を意味し、喫茶店に 入るのは、コーヒーを飲むことと同じくらいタバコを吸うことが 目的であった昔と比べると、隔世(かくせい)の感(かん)がある。

たしかにスターバックスのコーヒーはおいしい。 他のほとんどの喫茶店は、実は、コーヒーにお金をかけていない。 アイスコーヒーは、業務用(ぎょうむよう)の安い大量生産品だし コーヒーの豆だって、大手の業者の安いものを使っている。

今や、その種の店はどんどん潰れている。

 


 
05/10

30代(?)のカップル。旅館の夕食時。

「あ、この刺身、食べないほうがいいよ」
「どうして」
「まだ、ちょっと凍(こお)ってる」
「え、あ、ホントだ。冷蔵庫から出したばかりなんだな」
「このてんぷらも冷たい」
「ああ、旅館に着くの遅れたからな。もう9時だし」
「私、文句言ってくる」
「いや、ちょっと待ってよ。夕食の時間に遅れたのが僕たちなんだから」
「そんなこと言っても、これひどいわよ」
「仕方ないよ。食事もってきた人も機嫌悪そうだったし」
「あなたは、いつもそうなんだから、気弱ねえ」
「そうじゃなくて、働いている人の身になって考えろってことだよ」
「でも、旅館ってサービス業でしょ。こんな食事出したら、もうお客さん来ないわよ」
「向こうだって、遅れるような客は来なくていいと思ってるんだよ」
「いや、ひとこと言わないと我慢できない」
「勝手にしろよ」
「食事下げに来た時、言うわ」
「このてんぷら、冷えててもおいしいよ」
「いや、食べない。後で、外で食べてくる」

 


 
05/14

かけ算の勉強は日本では、義務教育(ぎむきょういく)のかなり早い 段階で学ぶことになっている。 小学校の低学年で学ぶ。

「かけ算」の概念(がいねん)を教えた 後、2×2=4、2×3=6 を「ににんがし」「にさんがろく」と いったリズムで暗記させれられる。

日本では、このように数字を言葉に変えて憶えてしまうということが多い。

円周率(えんしゅうりつ)や平方根(へいほうこん)など数学で 記憶しにくいものは、数字を日本語に変換し、言葉のリズムで 暗記してしまう。

例えば、2の平方根は、1.41421356だが。
「ひと よ ひと よ に ひと み ご ろ」 (一夜一夜に人見ごろ) 
とおぼえる。

数学だけでなく、歴史の年号(ねんごう)なども同じだ。
この場合は、4つの数字を言葉に変換(へんかん)しておぼえる。 これを「語呂(ごろ)あわせ」という。

1192年は、日本で鎌倉という時代が始まった年だが、鎌倉時代に 何が起こったかということは、ほとんどの人が忘れているが 1992年は、「いいくに(1192)作ろう鎌倉幕府(かまくらばくふ)」 という年号のおぼえ方は、ほとんどの人がおぼえている。

 


 
05/15

ビングクロスビーが最初に映画のオーディションを受けた 時の評価は
「ダンスは下手。歌はまあまあ、ハゲ」だったそうで 当然、落とされたそうだ。

人が人を選ぶのは難しいですね。

ワールドカップの出場選手を決めるのは各国の監督だ。有名な選手でも 落とされることもあり、それぞれの国内で議論を呼んでいる。
毎回、この種の騒ぎは起こるものだ。ブラジルやイタリアなどサッカー が盛んな地域では監督の重圧も大変だろうなと思う。

人を選ぶというのは、常にリスクが伴うものなのだ。 ビングクロスビーのその後の活躍は御存じのとおり。「まあまあの歌」は 世界中を魅了したし、髪の毛フサフサのクロスビーなんて想像できない。 かといって、最初に彼を落とした面接官を責めることはできない。

 


 
05/16

日本では名前を持つことは、150年ほど前までは庶民には許されていなかった。

どうもそのころ日本の中枢(ちゅうすう)にいた人々は、欧米の進出に あわてて「国」の体裁(ていさい)を整えようとしたようである。
憲法や国歌、教育制度などが、おそるべき早さで整備された。

名前も急に登録しなければならなくなり、人々は、村で読み書きが できる人の元に相談に行った。 「おまえは、あの大きな柿(かき)の木の近くに住んでいるから柿本 (かきもと)ではどうだろう」といったやり取りがあったようだ。

また、例えば、平(たいら)という武将(ぶしょう)が訪れたなど 村に残る伝説上の人物から字をもらい「平川」としたりということもあった。

中には、村で昔から名字を持つことを許された大きな家の名前をそのまま もらった、ということも少なくなかったそうである。 そういう村は、当然、村中が同じ名前になった。
今でも村のほとんどが同じ名前ということがある。

 


 
05/17

サラリーマン風の男性3人。お昼を食べる所を探している。

「鈴木も牛丼でいい?」
「おれはいいよ。吉田は?」
「どこの牛丼? あ、あそこ? やだなあ」
「混んでるしな」
「いや、そこの裏道をちょっと入ったところにもっとうまい店があるよ」
「そうなの? 行ってみよう」

店の前に到着。

「さっきの店より混んでるよ」
「いや、絶対うまいって」

3人とも老舗(しにせ)の店の前でならぶ。

「そうか、吉田はチェーン店には入らないって言ってたな」
「うん。まあね。嫌いなんだよ」
「どうして」
「うまくもないし、まずくもないだろ、それがヤなんだ」
「なるほどねえ、吉田の実家はうどん屋だったっけ」
「うん。だから『暖簾(のれん)わけ』までなら許せるんだけどね」
「どこが違うの」
「昔からのやり方だと、まず5年は修業するんだよ」
「へえ」
「で、師匠(ししょう)と完璧に同じ味ができてから、自分のオリジナルを作る。
 で、それも師匠のOKが必要でさ、その後、卒業」
「厳しいな」
「うん。店によって違うけど、いい店は、必ず弟子がオリジナルで
  しっかりしたものが 出来るようになるまで面倒を見るんだよ」
「なるほどね」
「まあ、もちろん最近はそういうのは、ほとんどないけどね」
「チェーン店のほうが安いからなあ」
「材料を一括(いっかつ)で仕入れるからね。でも料理人が仕入れをやらなく
 なっちゃおしまいだよ」

 


 
05/21

日本で名前を持つことが許された150年程前、自分で名前を考える人も 多かった。
このころの日本の識字率(しきじりつ)は70%程度ではないかと 言われていて、おそらく当時、世界一だったと考えられている。

江戸時代の後期というのは、教科書だけでも数千種類の出版物があり 農村や漁村でも「読み書きそろばん」ができるものは多かったそうだ。
当時流行だった戦記物(せんきもの)や古典から名前を付けた人も 多かったそうだ。

歌舞伎(かぶき)や浄瑠璃(じょうるり)にちなんだ 名前も多い。 結果として、世界一名前の多い国になってしまった。同じ音でも使う漢字 が違ったり、同じ漢字でも読み方が違ったりということもあるので 10万以上の名前が存在すると言われている。

 


 
05/22

家を売ることになった知人の話し

新しくその知人の家を買った人は、そこに北欧風(ほくおうふう)の 家を建てるとのこと。
最後に自分の家を見ておこうと、訪れた際、たまたま、家を解体する 業者が下見に来ていた。そこでその知人は長年育てた庭木(にわき)を 切るのは忍びないというようなことをチラと話してみた。

「よかったら、どなたか持っていってくださいよ」

しかし、業者は「いや、もうこういうのはね、、、」と取り合わない。

残念だけど、仕方がないと、帰りかけた時に、業者の親方らしき人物 (後で知ったところによると、もう引退していたが、近所だったので 見に来たとのことだった)と目が合った。

ツツジの木をさすりながら、残念です、と目で訴えると、80才近いという 元親方は、ニコッと笑い、「おい!」と元部下達を呼んで 「いいか、こういうものは、大事にしないといけない。この木を見ろ ちゃんと手入れがしてある。どこかに残しておけよ」 と言った。

50代の元部下達が、やれやれと準備をしにトラックへ戻ると 元親方は、知人にのほうに振り返って 「解体屋といったって、バラすばかりが商売じゃない。昔は再利用 できるものは、柱一本だって、大事にもって帰ったもんです」 と言った。

「戦後、解体されるような家は、再利用できるようなものは少なく もう壊して、捨てるばかりになった。そのころから家作りに関わる 人間がだめになった」 というようなことを、知人に向かって話したそうである。

さらにその元親方に、「あんたのところの藤は見事で、毎年、私も 楽しみにしていた」と言われて、彼は胸がつまったそうだ。

 


 
05/23

日本には、17世紀にコーヒーが伝わったようだ。 しかし、独特の苦味(にがみ)が受け入れられず、普及することは なかったとのこと。

時を経て20世紀の始めに、ブラジルに移民した日本人がブラジル政府の 援助を得て普及に努めたこともあって次第に一般の人にも受け入れられる ようになった。
といっても都市に住む一部の人々に限られたが。

戦前から人気のあったカフェが戦後すぐに復活し、高度成長期に爆発的に増えた。サラリーマンは、仕事の合間に喫茶店で休憩し、やがて オフィスにもコーヒーメーカーが常備されるようになった。

今では、コーヒーは特別な飲み物ではなくなった。 お茶と同じように食後に飲む人もいれば、「のどが乾いた」から 缶のアイスコーヒーを買う人もいる。
例えば、知人が家に来た時には、「コーヒー?紅茶?それともお茶?」 と最初に尋ねるようになった。

 


 
05/24

「最近うちの会社も役職名が変わってさ」
「ああ、CEOとか」
「そうそう。シーイーオーって言いにくいよね」
「あれどういう意味?」
「最高経営責任者って訳すのかな」
「社長とどこが違うのかな」
「より権限(けんげん)が集中してるって、ことらしいよ」
「実際は?」
「たいして変わってないんじゃない」
「Chooto Erai Ojisan って言ってるよ。うちじゃ」
「ははは、じゃあSugoku Erai Ojisanは誰なの」
「元会長のじじい、じゃないの。大事な案件の際は、自宅まで お伺いをたてに行くらしいよ」

 


 
05/28

ワールドカップのため、各国の代表選手が来日している。

連日の報道の中で目立つのは、九州の田舎の小さな村にキャンプを することになったカメルーンチーム。

「ホスピタリティに溢れる地方都市」というのは、日本でも例外ではなく 到着が深夜3時になったにも関わらず、老人や子供まで旗を振って 出迎えをしていた。

若い女性の話題は、「イタリアか、イングランドか」ということのようだ。 サッカーの話ではなく、男性のタイプについての議論だ。 イングランドのベッカムのような短髪ですっきりした顔がイイという女性は どちらかというと地味で年齢層も低い。地方でも大人気。

「トッティ! モンテッラ!」とイタリア選手の名前を叫んでいる女性は 大都市に多く、すでに社会人といったところだ。
「おしりが素敵」なんてことを言ったりする。
都会でラテン系の男性が人気があるのは、世界的な傾向のようですね。

 


 
05/29

携帯電話の普及率は近いうちに90%を超えると予想されている。

現在、人気があるのは、携帯電話にデジタルカメラの機能が付いていて、撮った写真をすぐにメールで送ることができる機種。短い期間に 500万台近く売れたそうだ。

これは、どういうことか?

おそらく道を歩いている人の約20人にひとりがカメラを持っている ということだ。例えば、銀行強盗に入って人質(ひとじち)の中に カメラを持っている人がいる。 大きなホテルなら、ロビーに5人くらいはいるだろう。

携帯電話はさらに進化し続けている。次はもちろん動画(どうが)が 撮れる機能だ。すでに販売は始まっていて売行きは好調だ。

さて、日本一の繁華街(はんかがい)である新宿(しんじゅく)の 歌舞伎町(かぶきちょう)に警察の監視カメラが置かれることになった。24時間録画されるそうだ。

このニュースに対して、それほど反対の声は上がらなかった。 もちろん、すでに警察の行動も市民のカメラによって監視されている と考えることもできるから、新たな緊張関係が生まれたと言えるかも しれない。

あと5年もすれば、日本はキャメラのレンズだらけ、ということに なる。

 


 
05/30

つい最近の調査結果によると「29才以下での携帯電話の普及率は 約95%」だそうである。

こういう数字を見ると、2つのことを考える。

ひとつは、例えば、何%を越したあたりから「持たねばならない」 というプレッシャーを感じ始めるのだろうか。というようなことだ。 特に日本ではこういう「力」は強い。
必要であるかどうかより 「みんな持っているのに、私は持っていない」ということが許せない。 ということになるようだ。特にコミュニケーションに関わる 道具なので、自分だけ持っていない状況というのは、なかなか つらいものだろう。

もうひとつは、5%というのは、その社会の中でどういう意味を 持つか。
ということだ。
アメリカではアフリカ系アメリカ人の比率は約12%。 アジア系は約3%だそうだ。しかし両者の力関係は数字以上の開きが あるとのことだ。5%は、この中間の微妙な数字だ。

あなたの国の5%は何ですか?

 


 
05/31

1873年にイギリスの軍人が日本にサッカーを伝えた。

しかし、つい10年前までは、サッカーはアマチュアスポーツのひとつ であり、試合がテレビで放送されるのは、年に数回といったところだった。

プロリーグが出来たのは、1993年。バブル経済の崩壊(ほうかい) が語られはじめた頃だ。
今や、サッカーのプロリーグは、バブル唯一の価値ある遺産となった 感がある。

さて、ワールドカップが始まる。 おそらく、日本のサッカー好きにとっては、これまでワールドカップが どこで開催されるとか、どこが優勝するとかは、たいした問題では なかったはずだ。 ただ、一ヶ月が夢のように過ぎていく。 ワールドカップとはそういうものだった。
決勝戦は、最大のイベントでは なく、ワールドカップが終りを告げる悲しいセレモニーだった。

今回は日本も出場する。前回とは違って、予選を勝ち抜く力も持っている。 もちろん、だからといって、勝てる保証はない。

日本各地に芝のサッカー場が次々と作られた。地方の財政(ざいせい)は 苦しいので、10年後には、駐車場になっているかもしれない。