アマゾンとアップルの電子書籍戦争が話題になっている。
今月はグーグルも参戦するとのこと。

日本では、小説など一人で本を作る場合、著作者の収入となるのは、一般的に
「印税」と呼ばれることが多い。で、それが、10%前後であることも
知られている。

調べてみると、他国と比較して、それほど低いわけではないようだ。

しかし、30%とか70%という印税は、大きなインパクトがある。
著作者に入るお金が増えるというハナシではなく、独立系の編集プロダクションが
十分にやっていける%だからだ。

本は驚くほど売れなくなってきている。

特に、去年の落ち込みは酷かった。
書籍は、3ヵ月に、記録的に売れるものがひとつかふたつ。
残りはほとんど利益が出るかどうか、という程度にしか売れない。
売れた本のタイトルは、次々のマネをされる。
「力」という字が入った本は売れる。なんてことになり、翌月には
そういうタイトルの本がずらりと書店に並ぶ。

出版社の大きな収入源は、雑誌の広告とマンガだが、雑誌の広告はネットに
抜かれ、マンガは、少子化で、部数が落ちている。
去年の出版社は軒並み赤字。
紙媒体を扱う限り、上向く可能性はほぼゼロだと思う。


30年ほど前は、人口1000人くらいの町には、小さくとも書店があった。
1万人が住んでいるエリアにひとつは大型書店があり、マンガも
ジョイスの「ユリシーズ」も買えた。

今、東京から50キロ離れると、書店はほとんどない。
地方では、10万人規模の都市に大型書店、1つあればいいほうだ。
しかし、この大型書店には、ベストセラーが積み上げてあるだけで
もちろん「ユリシーズ」は置いていない。
書店員に聞いても、「ゲームですか?」と言われるだけ。

私の地元で自転車で行けるところにある書店は、テニスコートくらいの広さだが
先日、「時刻表ありますか?」と若い店員に尋ねたら、「少々お待ちください」
と言って、レジの隣のコンピューターで検索し、置いてある場所を探していた。。。

もう、アマゾンで買うしか選択肢はない。

20年前は、通勤、通学の電車やバスでは、半分くらいの人が本を読んでいたが
激減した。今は、半分以上の人々が携帯を覗いている。2割が読書。

日本人は、本を読まなくなったかもしれないが、活字を読まなくなったわけじゃない。
そういう意味では、未来が暗いわけではない。
この点、テレビや映画と比べるとまだマシかもしれない。



夢?

大学生のころ、突然、「今日の夕方、講堂でハンクジョーンズが演奏する」
と聞いたときには耳を疑った。
まったく宣伝なんかしていない。ポスターもない。
なぜか突然決まったらしい。

夕方、人が講堂に集まっている。

気乗りしなさそうな女子学生は
「なんかジャズの人が演奏するらしいよ」
なんて、座って話している。

(バカ! ジャズピアノの神様が、来たんだぞ!)
と心の中でつぶやきながら、座って待っていると、舞台の左から
スーツを着た静かな紳士が現れ、頭を下げて、スッとピアノに座り
数曲、レコードで聞いたままの完璧な演奏をしたのであった。

あとは、あまり覚えていない。

その日は、「もしかしたらハンクジョーンズが聞いているかもしれない」
と楽器の練習にも力が入ったこと。

私は、大学から歩いて3分のところに住んでいたので、なんだか
家に帰っても、「今、近所にハンクジョーンズがいるんだなー」
とうれしいような不思議な気持ちだったこと。

翌日、「昨日見たハンクジョーンズは
本物だったんだろうか、夢だったのか?」
とヘンな気分だったことを覚えている。


今日、亡くなったと新聞に出ていて、20年ぶりに思い出しました。
ホントウに、私はハンクジョーンズの演奏を見たのだろうか?



大学




日本の大学は、一部を除き、入るのは簡単。
どこの大学でもよければ、お金さえ払えば入ることができるところはいくらでもある。

しかも、かなりの大学では、ほとんど授業に出なくても卒業できる。

つまり、日本では、「大学を卒業している」といことにほとんど意味はない。

少子化で、学生は、どんどん減り、経営は苦しい。
半分以上は、いずれは消える運命にあると言われている。
新興の小さな私立大学は、どこのサイトを見ても、「国際化」と書かれている。
要するに、日本人の学生に人気がなく、定員割れとなり、ロシアや中国からの留学生を
受け入れることで延命しようとしているらしい。

とってつけたようなカリキュラム。
元々、大学の経営陣が潰したゴルフ場だったキャンパス。
「アジア方面に強い」経営コンサルタントの暗躍。
にわかじたての教授達。。。

しかし、そもそも「日本の大学を卒業した」というブランドは、世界に存在しない。
キャンパスは、そのうち、またゴルフ場になるのかもしれない。

写真は、大学ではなくて居酒屋。
ホルモンというのは、お酒のツマミにあう臓物料理のこと。
ここは、行ってみたいですね。



微妙

「微妙(びみょう)」という言い方は、ここ数年、とても流行っている。
ブームというほどではないが、じわりと浸透しつつある。

意味は、「はい」とも「いいえ」とも、「すき」とも「きらい」とも言えない。
判断できないが、どちらかというと、ネガティブな評価、という時に
使うことが多いようだ。

いかにも、日本人が好みそうな、あいまいな表現で、しかも、もっとも日本人が
苦手な「否定的な評価を相手に伝えるとき」に使う便利な言葉だ。

A あのね、斉藤さん、どう思う?
B え、さいとうさん! う~ん、びみょうかな~。
A そう、わたし、結構、いいかなと思うけど。
B やさしそうだしね。

この会話では、最初の問いでは、Aさんが、どう思っているのかわからない。
もし、Bさんが、「私は好きだ」とか、「好きじゃない」と答えて、意見が違うと
気まずい雰囲気になるかもしれない。
ただ、Bさんは、あまり、さいとうさんのことをいいとは思っていない。
で、否定的なニュアンスを込めながら、観測気球として「微妙かな」と言ってみる。

しかし、Aさんは、さいとうさんは、いい人だと思っていた。
とっさにBさんは、やさしそうだ、と同調した。
「微妙」という評価は、完全に否定的な評価ではないので、一転して同調しても
それほど矛盾しないからだ。

まあ、もちろん、いつも、「微妙」という言葉に観測気球の含みがあるとはいえない。
特に若い人は、単に「まだ最終的な判断はつかないけれど、あまりいいとは思わない」
という意味で使っているようだ。

でも、自分が言われたら、と思うと、なんともイヤなもんですね。
いっそ、嫌いだとか、バカと言われたほうがマシだと思います。



Now’s the Time



日本では、4月から学校も会社もスタートする。
3月から4月にかけて咲く桜は、終りの象徴でも始まりの象徴でもある。
つまりは、永遠の象徴なのだ。

今年は、大きな変化が訪れている。
私たちも、仕事をしている以上は、その渦中にいる。
正直言うと、来年の今日も、こうやって、コラムを書いていられるかどうかは、わからない。
今、アレコレと、戦略を練っているところです。

Now’s the Time!

4月から新しい連載がスタートしました。
写真の連載をしてくれる人を探して、3ヵ月かけて、写真関係のブログを
何百も見ましたが、ピカイチでした。写真だけじゃなくて文章もすばらしい。
「等身大」とか「自然体」という言葉は、いま蔓延っていますが、どれも
皆厚塗りのナチュラルメイクみたいなものです。
この人は、違います。スッピンに力があるホンモノです。

http://webjapanese.com/blog/photo/