1999 / 04

 

04 / 02

猫に関する言葉はたくさんある。

猫に小判(こばん) ー小判は、昔のお金のこと。価値がわからない。という意味。
          「彼にコンピューターをあげても、猫に小判ですよ」

猫の手もかりたい ー忙しいという例え。
         「今週は、猫の手も借りたいくらい忙しい」

猫の額(ひたい) ー狭い。という意味。庭(にわ)の話しをするときに使う。
         「うちの庭なんて、猫の額ていどですよ」

やはり、あまりいい意味では使われませんね。猫の「ずるい」「自分勝手」 というイメージは、世界共通なのでしょうか?

文学上の猫では、夏目漱石の「我輩(わがはい)は猫である」が最も有名だが、 漱石の弟子であった内田ひゃっけん の「ノラや」も面白い。

*「ひゃっけん」の漢字は、変換(へんかん)できませんでした。

 

1999 / 04

 

04 / 05

蛍(ほたる)が見られるのは、8月から9月にかけてで、水のきれいなところに 限られる。 蛍は水がきれいでないと産卵(さんらん)しないそうだ。

したがって、蛍の名所(めいしょ)というのは存在しにくい。人が集まると 環境が悪くなることは避けられないからだ。

私が知っている場所は、地元の人がぽつりぽつりと見に集まる場所で、有名 ではない。何年かに一度、空に無数の蛍があらわれることがある。 これを、蛍川(ほたるがわ)とか、源平合戦(げんぺいがっせん)などという。
源平合戦というのは、日本の歴史上最も有名な戦争のこと。源氏(げんじ)と平氏(へいし)という 勢力が戦った。

地方によって呼び方は違うけれども、この幸運(こううん)に出会った 人は少ない。見ることができるのは、神に選ばれた人たちだけだ。などと 言われる。祖母は見たらしい。 私は子供の頃、毎年、ここに蛍を見に行ったが、結局、見ることができなかった。

昨日、そこを訪れた知人からメールがあった。

螢どころではなく、すぐ近くに大きなショッピングセンターが できていたそうだ。

 

1999 / 04

 

04 / 06

その街には、一軒しか居酒屋はなかったが、夢のような店だった。

居酒屋の主人は、7年前に亡くなり、今はおかみさんが独りできりもりしている。

テーブルに座って、「お銚子(ちょうし)三本ちょうだい」 というと
「うちは、冷やしかできんのよ」と言って、一升瓶(いっしょうびん) とコップをドンとテーブルに置く。
「お支払いの時に、何杯飲んだか、言ってくれればよかけんね。(いいから)」 ということだった。まわりを見ると、どのテーブルにも、一升瓶がのっている。 すでに酔っぱらっている人も多い。その酒は、辛口で大変、美味しい。

この街は、大きな鉄鋼会社があり、街の人のほとんどはそこで勤めている。 鉄鋼不況で、街全体が沈んだ時は、飲んだお酒の申告(しんこく)は、ちょっと 少なめになる。店の経営も苦しくなる。 だが、店の主人は、だまっていた。

その後、街は、活気を取り戻した時は、皆が、飲んだ量より、多めに申告し お金を払っていったそうである。そして、その多めの申告は、主人が亡くなった 後も続いた。今は、そのことを知る常連(じょうれん)のほとんどは、店に 来なくなった。

「みんな、もう、歳やけん(歳をとったから)、医者に止められとおとよ(とめられているんだ)」 とのこと。

店の主人は、客とはその勘定の話はしなかったそうだが、妻である 今のおかみさんには、晩酌(ばんしゃく)の時に、よく話していたそうだ。

「酒飲みっていうのは、酒の恩(おん)は忘れんもんたい」 というのが主人の口癖 (くちぐせ)だったそうだ。 その店には、3時間ほどいた。

隣の客に、飲んだ分は、テーブルに置いてある マッチ棒で、数えるというやり方も教わった。
2人だったので、マッチ棒は、8本になった。つまみは、どれも美味しかった。

「じゃあ8杯とおつまみが7品(ひん)」 というと、おかみさんは、
「まあ、3500円ってとこやね」
「え、ひとり?」と言うと
「全部でに決まっとろおもん」(全部で、に決まっているでしょう) と言われた。

わかりにくいかもしれないが、これは信じられないほど安い。

 

1999 / 04

 

04 / 07

日本の雑誌やテレビのコマーシャルには、多くの外国人が出演している。 私の知人のイタリア人は、なぜか、インスタントのカレーのコマーシャルに 出ている。

バラエティ番組などにも、いろんな国の人が出演するようになった。 以前は、欧米人が主流だったが、アジアやアフリカ、ラテンアメリカの人たち が増えた。

しかし、最近、最も目立つのは、欧米の経済関係者。証券(しょうけん) ディーラーや為替(かわせ)ブローカーなど。彼等は、完璧(かんぺき)な日本語を話す。

10年前にくらべると、テレビで見かける外国人の日本語能力は飛躍的 (ひやくてき)にあがっている。 しかし、まだ、日本人は、一般的に、外国人に日本語の能力を期待しない。 外国人に話しかけられるということは、「英語で」話し掛けられることだった。

今でも、欧米人に日本語で、「すみません、郵便局へは、右ですか」などと 聞かれても「アイムソリー」と行って、逃げられるか、流暢(りゅうちょう) な英語で、答えられるかのどちらかだ。日本語で答える人は少ない。

 

1999 / 04

 

04 / 08

今週の日曜日は、都知事選挙が行われる。

有名人がたくさん立候補(りっこうほ)しているため、一見(いっけん)盛り上がっているように見えるが、 実は、私の知人(ちじん)には、「まったく興味がない」という人が多い。 私も同意見(どういけん)だ。

今回の候補者(こうほしゃ)は、公約(こうやく)をほとんどしていない。
これは、前の知事が、選挙の時の公約をほとんど守らなかったため、一気に 人気がなくなったことが影響(えいきょう)している。 各候補は、「いかに、具体的な公約をしないか」ということを気を配っている ようだ。

都議会(とぎかい)の与党(よとう)は、自民党(じみんとう)と公明党 (こうめいとう)だが、これらの政党が、応援(おうえん)する候補者は、 当選(とうせん)の確率は低い。

今回の選挙は、「得をする」というのがキーワードだ。 「どういうタイミングで、何を言ったら、やったら得なのか?」ということを、 各候補が知恵(ちえ)をしぼっているように見える。

ある候補などは、選挙ポスターに多くの資金(しきん)を使い、場所ごとに、 何種類かの違ったアングルの写真を用意している。

国際派(こくさいは)を強調したいある候補は、演説(えんぜつ)をするときに なぜか、金髪(きんぱつ)の外国人女性を、横に立たせていた。

ある候補のスローガンは、「東京ロマン革命(かくめい)」であった。 今、一番、外国人に受けるジョークとなっている。

まったく、悲惨(ひさん)な選挙だが、これからは、こういった選挙が増える のだろうか?

 

1999 / 04

 

04 / 09

田中みどりさんの息子さんは、最近、転職(てんしょく)した。 みどりさんの話し

「こんな時期にね、転職は難しいから、少し我慢(がまん)して、今の ところに
 
いなさいって、言ったのよ」
「そうですか」
「でも、何か、部長と合わなくて、遠いところに転勤(てんきん)させられた から もう、いやだ、って言ってね」
「そういうこと、ありますよね」
「半年くらいぶらぶらしてたんだけど、前の同僚(どうりょう)が紹介して くれた
  ところに面接に言ったら、うまくいったみたいでね」
「よかったですね」
「でも、パソコンと英語ができなくちゃだめらしくて、今、勉強してるの」
「今、どこでも、パソコンと英語ですねえ」
「できるの?」
「はあ、ちょっとだけできますけど、なぜか、あまり儲(もう)かり ませんねえ」

 

1999 / 04

 

04 / 12

「モノには適正価格(てきせいかかく)はあるのか」 というのは、難しい問題のようである。

例えば、コンピューターの値段は、基本的なソフトをそろえることを 考えると、今、20万円ぐらいだ。競争(きょうそう)の激しい世界でもあり 価格の違いは、機能(きのう)の違いとなってあらわれる。

たまごの値段は、世界的に物価(ぶっか)を計るのに使われていた。
今、 日本では、一個15円くらいである。しかし、戦後、たまごの価格はほとんど 変わっていない「物価の優等生(ゆうとうせい)」と呼ばれている。
しかしながら、味は落ちた。「日本の卵は味がない」というのは、外国人の 間では有名だ。

現在はマクドナルドのハンバーガーが基準となると考える経済学者も多いそうだ。 ただ、マクドナルドの戦略は、今やひとつの会社の戦略というよりは、アメリカ の経済戦略の先兵(せんぺい)といったおもむきがある。 国によって、かなり戦略的な価格設定がされているような気がする。

ちなみに今、日本では、ハンバーガーの値段は120円前後だ。

 

1999 / 04

 

04 / 13

日本の漆器(しっき)は、ひとつの器(うつわ)の原価は木の部分が1000円 から1500円。

それに塗る漆(うるし)は3000円から5000円だそうだ。
これに装飾(そうしょく)をほどこす人が別にいる。

木を切ってから、器になるまで、1年から2年かかり、3人から5人の職人
(しょくにん)が関わっている。
これが店で10000円から15000円で売られている。

やはり、これは安いですね。

大事に使えば、30年から40年は使えるし、修理にだせば、何百年も大丈夫だ。 1000年前の漆器は、多く発見されている。バブル経済というのは、だいたい85年から90年までの5年間がピークだったが この時期にもあまり値段が変わらなかったということだ。

ちなみに、陶器(とうき)や磁器(じき)の値段は、バブルの時に、10倍から 100倍にもなり、偽物(にせもの)もたくさん、出回(でまわ)った。

 

1999 / 04

 

04 / 14

昔、日本の経済人、政治家にとって、漢文の知識は重要なことだと考えられていた

先日の自民党の総裁選挙でも、いくつかのキーワードがある。
よく、組織のリーダーに例えられるのが「三国志」である。

中国の2世紀から3世紀にかけて3つの国に分裂(ぶんれつ)した中国の覇権
(はけん)を争った3人のリーダーの歴史物語。
日本では、特に中高年(ちゅうこうねん)に愛読者(あいどくしゃ) が多い。

最終的な勝者である曹操(そうそう)は、強いリーダーシップを持ち。自信家。

孫権(そんけん)は堅実で、まじめな人物。

劉備(りゅうび)は、自分で判断することはせず。自らを愚かな人間だと 公言する。しかし、不思議に部下を引き付ける魅力を持つ。

この劉備と、その部下の天才的な戦略家(せんりゃくか)、孔明(こうめい)がこの物語の中心である。

この物語の中で、劉備は、孔明にどうか一緒に戦ってほしいと3度 その家を訪れたことになっている。
小渕氏が宮沢さんに対し、「三顧(さんこ)の礼」と表現していたのは、これである。
ある、英字新聞では、「三個の例」と訳してあるところもあった。

ただし、この小説はあまりにも有名であり、長い物語でもあるので、きちんと読んだ人は少ない。
シェイクスピアもフローベールもフォークナーも、誰もが知っているが (また、読んだかのように話すが) 実は、みんなが読んだわけではないのと同じだ。

 

1999 / 04

 

04 / 15

今日は、象牙供養(ぞうげ くよう)の日だそうである。
象牙を使う業界 が決めたそうだ。

先日、象牙を取る目的での狩猟(しゅりょう)が、一部、解禁(かいきん) された。それまでは、長い間、禁止されていた。

日本には、象牙やべっ甲(こう)など、動物の骨などを利用したものは多い。

鯨(くじら) もよく使われる。 日本の伝統的な楽器の代表格である三味線(しゃみせん)は、ほとんど動物でできているといってもいいし、他の 伝統芸能に使われる楽器には、くじらの「ひげ」が欠かせないといった こともある。他にも、蛇の皮、猫の皮、亀の甲羅(こうら)などなど。

もちろん、これらのものは、プラスティックなど人工的な素材で代用できる ものだ。 ただ、芸術(げいじゅつ)に関わる人々にとっては、大事な問題だ。

例えば、サクソフォーンなどの管楽器は、口に当てる部分に木が使われている。 リードと呼ぶこの部分は、今では希少(きしょう)となった植物からとれる ものが多く、東南アジアなどでは、良質のリードを数枚作るために何本もの 木が切られるということを聞いたことがある。 現在、プラスティックなど、他の素材で作られたリードも売られているが、 人気があるとはいいがたい。

一般的に、人工的に作られた素材は、音が固く、 しなやかさに欠けるので、コントロールしにくい。 そして、素材の微妙(びみょう)な違いは、音質(おんしつ)に、あらわれる。 音楽家にとって、音質は、命(いのち)だ。

例えば、サクソフォーンが、すべて同じ音色だったら、退屈だと思いませんか?

 

1999 / 04

 

04 / 16

私は、電話番号や住所を本当に必要な時しか書かないことにしている。 それでも、どこで調べたのかは、わからないが、セールスの電話が 月に1回は、かかってくる。

「もしもし、わたくし、株式会社ジーエルともうしますが」
「はい、、、」
「ごしゅじんさまですか」
「はい、、」
「あ、わたくし、株式会社ジーエルともうします。こんかいは、おたくの
  リフォームのごあんないなんですが、、」
「うち、アパートなんで、けっこうです。しつれいします」
「あっ、、、」

こういう電話は多い。こういった電話は、若い人の声であることが多い。 ほとんどが、アルバイトだ。時給(じきゅう)が高いので人気がある。 家のリフォームは最近、流行っているが、あまりよいうわさは、聞かない。
次は、英会話のテープのセールス

「もしもし、**様のおたくですか」
「はい、そうですが、」
「##さま、いらっしゃいますか」
「はい、わたくしですが、ごようけんは」
「わたくし、イーエルエル英会話学院(がくいん)のせがわと申します」
「はい」
「今回は、私どもの会社のほうで、おためし期間(きかん)ということで、 特別に
  一ヶ月、、、」
「すみません、けっこうです」

「けっこうです」という日本語には、「いりません」という意味と、 「いいですねえ」という意味がある。まったく反対だ。
こういうセールスの場面などでは 「けっこうです」といって断ると、法律的には、「断ったことになる」そうなので、 使っても大丈夫だそうだ。

 

1999 / 04

 

04 / 19

大蔵省(おおくらしょう)の名前が変わるそうだ。

大蔵というのは、室町(むろまち)時代から ある名前だそうだ。蔵は、一般的には、大事なものを入れる倉庫(そうこ)の ことをいう。湿度や気温の変化が少なく、食料の保存にも適している。 「おおくら」は、大きい蔵ではなく、「御(おん)くら」でないかと思うが、 詳しいことは、わからなかった。

蔵は、 壁があつく、時には、1m にもなる。入り口も厳重(げんじゅう)な鍵(かぎ) で守られ、侵入するのは、ほとんど不可能だ。

江戸時代も後期になると、庶民(しょみん) でも、蔵を持つ家は増えた。特に、貿易で栄えた港町など、裕福(ゆうふく)な 商人がいた村には、蔵があった。

蔵作りというスタイルの建物が多く残っている街は、日本の各地に残っている。
現在でも蔵作りの街(まち)と呼び、人気を集めている。 大蔵省という言葉の印象(いんしょう)は、「国中の富(とみ)をいったん、 集めるところ」といったところだろうか。
これは、まさに、日本の税制を象徴している。

日本では、税金だけでなく、 郵便貯金の一部も、一旦は、大蔵省の管理下に置かれる。 いわゆる目的税(もくてきぜい)は、少なく、一旦集められたお金を、分配する 権限は大蔵省にある。日本の官僚(かんりょう)の中でも、大蔵官僚の 力は、抜(ぬ)きん出ている。

日本で最大、最高のエリートコースが、東京大学を卒業して、大蔵省に入ること である理由はここにある。そういったエリートがお金の分配に関わるというのはあまりよい伝統とは思えないのだが。

 

1999 / 04

 

04 / 20

檜(ひのき)という木は、日本を代表する木といってもいい。 香りが強く、防虫効果もあるそうだ。 現在は少なくなっている。質のよい檜は、福島など、一部の地域に限られる。

檜は、しなやかで、年を経ても変化が少なく、丈夫なこともあって、建材や、たんすなどの家具作りに使われる。 他に、楢(なら)やぶな、くり、など広葉樹(こうようじゅ)が材料として 作られることが多かった。 ただし、これらの広葉樹のほとんどは、成育が遅く、現代では、コストに 見合わなくなってしまった。

今、日本の山林に植林(しょくりん)される木は、 ほとんど、杉などの成育の早い針葉樹(しんようじゅ)だ。
田舎に行くと、マッチ棒(ぼう)のように、木が整然と、植えられた風景に 出会うことになる。 これらの針葉樹は、早くから、完全に管理され育つために、保水力(ほすい りょく)が弱く、川が簡単に増水(ぞうすい)するようになったりと、あまり よいことがないらしい。

今、日本の山林に、ログハウスを作るのが流行っているが、材料は、すべて、 カナダや、ニュージーランドから輸入するそうだ。

国内のいい木は、高すぎるそうだ。

 

1999 / 04

 

04 / 21

古来(こらい)日本の山は、地元の人々によって、厳しく、管理されてきた。

それぞれの土地には、必ず、山に詳しい、老人がいて、毎年、決まった時期に 山に入る。山道を作り、不要な木は、伐採(ばっさい)した。 もちろん、周囲の環境を維持するため、木を切り過ぎることはなかった。

1970年ごろ、そのような人々の後継者(こうけいしゃ)不足が、叫ばれていた。

もちろん、そのような問題に関しては、現在にいたるまでよいニュースは なにもない。特に、80年代後半のバブル経済は、決定的な出来事だった。 山林は、ゴルフ場になり、リゾートマンションが建った。90年代にはバブル経済の破たんに伴って開発が途中で終わりゴーストタウンとなった村が 日本各地に生まれることになった。

今、私は、マタギと呼ばれた、猟師(りょうし)に関する本を読んでいる。 ほとんどは、60年から70年に書かれたもので、すべてが、これら、山に 精通した人々が減りはじめていることに警鐘(けいしょう)を鳴らす思いで 書かれたものだ。
出てくる人物は、60年の時点で70才から80才。学校は卒業してないが 山を一目みて、翌日の天気をあてる。木の幹(みき)の色で、木の状態が わかる。かすかな匂いで、近くに動物がいるかどうかがわかる。まさに山と 共に生きてきた人々だ。

この人たちは、もう確実にこの世にはいないのである。

 

1999 / 04

 

04 / 22

地歌舞伎(じかぶき)というのを御存じですか?

これは、田舎で行われる歌舞伎のことで、地元で歌舞伎好きの人たちが 伝統的に伝えてきた歌舞伎のこと。 江戸の後期(こうき)に盛んに行われた。現在でも、行われているのは 少なく、朽(く)ち果てた舞台が保護されずに残っていることも多い。 また、能(のう)は、京都や東京だけでなく、地方にも、いろんなスタイルの能があり、 多くの能舞台がある。

例えば、新潟県の佐渡(さど)は、小さな島だが100近くの能舞台があるそうだ。
ここの舞台も半数以上は、現在使われなくなって おり、傷みが激しいそうだ。

また、「芝居小屋(しばいごや)」と呼ばれる劇場も地方に多くある。

この芝居小屋では、地元の劇団や、旅回わりの劇団の公演などがある。 小屋によっては、現在でも歌舞伎公演が年に2.3度、行われることもあるが、 ほとんどは、経営に苦しんでいる。 景気が悪くなると、これらの文化的遺産が、静かに、取り壊され、マンションが建つことになる。

 

1999 / 04

 

04 / 25

地方の芝居小屋で見ることができるのは、旅回わりの劇団の公演などだ。 最初に、手品。漫才(まんざい)などがあり、その後は、1-2時間ほどの 演劇となる。 内容は、昔からあるお決まりの脚本(きゃくほん)だ。

親子の情(じょう)などが、話の 中心になる。笑ったり、泣いたり。

公演が終わると、ほとんどの場合、役者による、歌謡(かよう)ショーだ。 今、演じた役者がこんどは、にこにこと笑いながら、歌を歌う。

客は、「おひねり」を、舞台に投げたり、時には、舞台にあがって、直接、 渡したりする。これは、お札で作った首飾(くびかざ)りなどを渡す人に だけ許される特権(とっけん)だ。

「おひねり」とは、お金のこと。チップですね。

 

1999 / 04

 

04 / 26

旅まわりの劇団は、基本的には、行く場所が決まっている。

最近は、旅費(りょひ)もたいへんなので、あまり遠くへは、いけないようだ。 昔とちがって、子供は、学校へ行かねばならない。 芝居小屋の維持費(いじひ)もたいへんだ。

伝統的な芝居小屋は、ほとんどが 木製で、補修(ほしゅう)にお金がかかる。舞台が回ったり、下から、 舞台にあらわれたりといった仕掛けは、50年以上も前のモーターで作られて いたりする。昔は、人の力だけでやったらしい。 若い客が少ないことも心配のたねだ。

旅役者といえば、小津(おず)の「浮草(うきくさ)」という映画がすばらしい。 これは、ある夏の日の旅回わりの劇団を描いたものだ。

 

1999 / 04

 

04 / 27

石川県に金沢という街があり、そこに兼六園(けんろくえん)という庭が ある。

そこで働く庭師(にわし)のドキュメンタリーを見た。驚くべき仕事であった。

兼六園で、管理されている木は、いづれも、銘木(めいぼく)と言われるもので その数は、数百本だ。特に重要な松(まつ)だけでも、100本以上あるという。 それを五人で管理している。 この管理がたいへんな作業だった。ひとつひとつの木の状態を毎日、見て歩く。
ベテランになると、葉を口にくわえることで、木の状態がわかるそうだ。

最も忙しい時期が、冬。

金沢は、毎年、50cm近く雪がふる日が、一月以上続く。 雪の重みで、年老いた木は、裂けたり、折れたりする。それを防ぐために 一本一本の木を、棒で揺らし、雪を落とす。 木を揺らすために、木にギプスのようなものをはめる。

松は、曲がる木だ。 その曲線(きょくせん)を楽しむ。 まがった場所が弱くなると、松葉杖(まつばつえ)をあてる。

 

1999 / 04

 

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