1999 / 05

 

05 / 06

ミシュランは、フランス料理のレストランの評価をする本で、日本でも 売られている。日本でも、同じような本は無数(むすう)にある。

江戸時代の後期、特に18世紀の後半は、グルメの本が多く出版された。 このころに屋台(やたい)も始まった。今の焼き鳥のようなものから、天ぷら まで、庶民でも、ときどきは、食べることができる安さだったそうだ。

19世紀には、豚肉や牛肉を使った店もあらわれたそうだ。 いろいろな店の味を比較した本もあり、ランキングがつけられた。 順位は、すぐに広まった。江戸(東京)の順位は、京都でも評判になる といった具合(ぐあい)だった。

もちろん、獣肉(じゅうにく)を食べるなんて、日本人は、野蛮(やばん)になって しまったと、これらを批判(ひはん)する本も出版された。

 

1999 / 05

 

05 / 07

また、銀行のトップが自殺(じさつ)した。

検察(けんさつ)の取り調べの最中(さいちゅう)だったそうだ。 神経質 (しんけいしつ)そうで、気が弱そうな顔の人であった。

ここ1.2年で、銀行のスキャンダルが次々と明(あき)らかになり、 逮捕があいついでいる。 これまで、銀行は、日本の経済発展の中心であり、政府の保護(ほご)も 手厚かった。名の知れた銀行が潰れることは、考えられなかった。銀行に就職
(しゅうしょく)するのは、難しく、超(ちょう)エリートコースであった。

これまで、会社のスキャンダルで逮捕(たいほ)されたり、報道(ほうどう) がきっかけで、降格(こうかく)となった社員は、沈黙(ちんもく)を 守ってきた。事件をきっかけに、内部告発(ないぶこくはつ)が行われる ことは、ほとんど、なかった。

沈黙のいきつくところは、自殺である。いやな事件だ。

 

1999 / 05

 

05 / 10

日本では、新聞は、家に配達されてくるものだ。 ほとんどの家庭(かてい)では、1つか2つ、新聞をとっている。

新聞には、必ず、死亡欄(しぼうらん)というものがあり、毎日、5人程度 が掲載
(けいさい)されている。ほとんどが会社の社長やそのその親族 (しんぞく)だ。

会社の秘書(ひしょ)の重要な仕事のひとつは、この死亡欄をチェックして、 関係のある人やその親族が死亡した記事をみつけ、電報(でんぽう)を うったり、香典(こうでん)を届けたりすることだと言われている。

もちろん有名な人の死亡記事ものっている。特に芸術家や政治家などの 有名人が死亡した場合は、写真が入ったり、スペースが増えたりといった ことになる。

死亡に関しての有名人のコメントが載ることもある。 この死亡欄を楽しみにしている人がいるそうだ。死亡した年令や名前、 出身地などから、いろいろと想像するのが楽しいのだそうだ。

もちろん、この楽しみは、知らない人が亡くなった時に限られるという。

 

1999 / 05

 

05 /11

最近、ある日本画(にほんが)の巨匠(きょしょう)が亡くなった。 老衰(ろうすい)ということであった。

こういう人の死亡記事は、新聞社によって違いはあるものの、小さな写真と 短い紹介記事。関係者のコメントがひとつ。といったところだ。 この巨匠のように、だれもが名前を知っているが、広く熱烈(ねつれつ)なフアンがいる わけではないという場合は、難しいようだ。

後日、新聞社の文化部の記者など 当人と接触(せっしょく)があった人が、その人柄について短い文章を書いたり することもある。

去年から今年にかけても、多くの芸術家が亡くなったが、その死亡記事には、 あまり、愛情が感じられなかった。代表作を羅列(られつ)して、海外での賞 などを、書き連ねても、その人を知らない人には、どんな人だったかは 伝わらない。

日本画の巨匠の人柄に関する記事は、いくつか目についたが、その作品に せまった文章を、ついに見ることはできなかった。 こういう「流れ作業」で書いたような記事が最近の新聞には、多くなった。

新聞社は、人件費(じんけんひ)の高騰(こうとう)が原因で、慢性的 (まんせいてき)な人手不足だということだ。

 

1999 / 05

 

05 /12

ルワンダで1960年代、働いた銀行員の本を読んだ。

当時、ルワンダで唯一の日本人であった服部正也(はっとりまさや)氏は、 大統領の信頼を得て、銀行改革を進める。 戦後、日本銀行で、経済成長を支えてきたという自信を武器に服部氏は、 ほとんど一人で、ルワンダの経済の設計図をひいた。

独立したばかりの、若い大統領と、その周辺の人物の誠実な人柄も感動的だ。

その後のルワンダは、必ずしも、順調に発展を続けたとは言えない。 しかし、一時的にせよ、独立国として、輝かしい若さを持つことができた この国は、必ず、再生するに違いない。

今、日本の金融業界(きんゆうぎょうかい)は、岐路(きろ)に立っている。 戦後の発展を築いてきた服部氏のような手法(しゅほう)は、もう古いとされている。 しかし、服部氏のような勇気と決断力を持った指導者が今の日本に、 日本銀行にいるだろうか?

本は、中央公論新社からでている新書(しんしょ)です。 タイトルは、「ルワンダ中央銀行総裁日記」 銀行業務やマクロ経済に詳しい人ならは、中級者でも十分に読めます。

 

1999 / 05

 

05 / 13

70年代に入ってルワンダは、混乱の時代に入った。

クーデター。ゲリラ組織(そしき)の暗躍(あんやく)、 内戦(ないせん)、民族対立(みんぞくたいりつ)、そして虐殺(ぎゃくさつ)だ。 最近では、エイズによる被害も報告されている。

60年代にルワンダで働いた一人の日本人のことは、忘れられているの だろうか。

中部アフリカでは、依然、混乱が続いている。 アフリカにとっての不幸は、70年代以降、本来、指導的立場であるはずの ヨーロッパ全体の地盤沈下(じばんちんか)であった。

 

1999 / 05

 

05 /14

最近は、「ガーデニング」といって、ベランダなどで、花を育てるのが 流行っている。 庭を持てない人が多いので、ベランダを飾ることになる。 普通のスーパーにも、ガーデニングコーナーがある。 そういう店での会話 客と店員

「これ、水、あげないとだめなの」
「ええ、これは、毎日じゃなくてもいいんですけど、1週間に一回くらいは」
「あ、それだけで、いいの」
「ええ、夏場は、三日に一回くらいです」
「ああ、そう」

店のアルバイトの女性と店長

「こういう花、輸入してるんですか」
「ああ、最近は、アジアから輸入したり」
「そうですか」
「大きな会社も、やってるよ。ビール会社とか」
「へえ、採算(さいさん)とれるのかな。これは、いくらでしたっけ」
「ひと鉢(はち)、1200円」
「ふうん、そうか、結構、これ、売れるものね」

客の夫婦

「トマトだって。ほんとに大きくなるのかな」
「ベランダじゃ無理だろ」
「でも、この写真では、きちんと大きくなってるよ」
「ばか、写真だからだよ」
「そっか。ハーブならいいんじゃない」
「なんに使うの」
「パスタとか」
「そっか、じゃ、これ、植えてみようか」

 

1999 / 05

 

05 /17

コンピューター業界は、景気がいい。特に、周辺機器(しゅうへんきき)が 売れているらしい。 安くなったラップトップも人気がある。

日本のコンピューター会社は、 2000年問題をクリアした来年は、もっとハードが売れるのではと ひそかに予測しているらしい。 日本ではAppleは、人気があり、iMacも売れた。初めてパソコンを使う ユーザーの多くが(特に女性が)iMacを買っていった。

一方で、コンピューターを買う人の期待もウインドウズ95のブームの時とは 違ってあいまいなものではなく「メールをやりたい」などとはっきり したものが多い。

ウインドウズ95の時は、「これからは、パソコン!」といった脅迫 (きょうはく)のようなコマーシャルが多かったせいか、購入したのは 男性が多かった。
そのパソコンの多くは、現在、子供のおもちゃとなっているらしい。 今、売れているパソコンは、どのような運命をたどるのか?

もちろん、三年後はゴミになるだけですけどね。

 

1999 / 05

 

05 /18

今から63年前の今日、男性器(だんせいき)を切り取られた死体(したい)が 発見された。 犯人は、被害者(ひがいししゃ)の家で女中(じょちゅう)として働いていた 阿部定(あべ さだ)だった。

これは、戦前、戦後を通じて、あべさだ事件として有名となった。 裁判(さいばん)が進めば進むほど阿部定の人格に問題はなかったということが はっきりしてきたからである。裁判で、彼女は、減刑(げんけい)を望む どころか被害者への愛情を切々(せつせつ)と語った。

小説家は、好んでこの事件の話題をとりあげ、ひとつの愛情の帰結(きけつ) だと、はやし立てた。 映画にもなっている。つい最近もリメイクされた。

5年程前だろうか、アメリカで同じような事件が起こった時、日本のメディアは 「アメリカ版アベサダ」と伝えた。 しかし、こちらは、なんだか殺伐(さつばつ)とした事件だったようだ。 被害者(ひがいしゃ)の男性も、その後、ポルノスターとして活躍しているらしい

 

1999 / 05

 

05 /19

盆栽(ぼんさい)は、日本での愛好家(あいこうか)は減ってしまった。

もはや完全に外国人のほうが愛好者が多いと考えられる。

しかし、日本には、発祥地(はっしょうち)としてまだまだ、見のがせない ところがある。 埼玉県の盆栽村(ぼんさいむら。現在は町)は、そのひとつだ。
東京の中心地である新宿(しんじゅく)から電車で1時間ほどのところにあり 多くの盆栽が飾られている庭園(ていえん)がいくつか密集(みっしゅう) している。

町の各所には、英語の看板があり、レストランも英語が書いてある。 それほど、外国人の観光客が多いのだ。

この盆栽村には、日本の歴代総理などが所有していた盆栽が、現在も丁寧に 保存されている。静かな住宅地で、一般の住宅もあるのだが、みな、庭は、 丁寧に管理されているようだ。 残念なのは、新しい家が多く、そのほとんどが洋風建築であることだ。 ちなみに、知人に「盆栽町が埼玉にあるって、知ってる?」と聞いたら、 知っているのは、盆栽町の近くにすむ女性、一人だけだった。

 

1999 / 05

 

05 /20

ジョンコルトレーンがデュークエリントンと共演したレコードでの In a sentimental moodは、いつ聴いても、若い音楽家の偉大な音楽家に対する 尊敬が、演奏から、ひしひしと伝わってくる名演(めいえん)だ。

自分を抑えながらも、しっかりと主張するコルトレーンの音色は、 みずみずしく、静寂(せいじゃく)にあふれている。
演奏のやり直しを申し出たコルトレーンに対し、「もういちどやっても、 けっしてよい演奏にならない」と、エリントンが制(せい)したそうだ。

日本では西洋音楽の歴史は古く、特に弦楽器(げんがっき)の演奏者は、世界的に 供給過剰(きょうきゅう かじょう)とさえ言われている。 日本の若い音楽家が、その技術の高さに比べて、表現力の貧しさが指摘される ことが多いという。

表現力というのは、考え方が難しい。 ある日本の天才少女バイオリニストは、まるで巨匠(きょしょう)のような 表現力と、天才的なテクニックで演奏する。
目をつぶって聴くと、男性的で 脂ぎったその演奏からは、少女の姿は想像しにくい。 実は、この少女は、実在したある巨匠の演奏にそっくりなのだ。 彼女はまだ、14才だ。

コルトレーンは音楽に蝕(むしば)まれるようにして死んでいった。 エリントンは惜しまれつつ70年代になくなった。 この二人は、確実に音楽を生きた。

日本の天才少女、少年達は、音楽を愛しているだろうか?

 

1999 / 05

 

05 / 20

日本語教師や日本語の研究者には、「世界の中で最も日本語は繊細(せんさい)で表現力に富む美しい言葉である」という神話(しんわ)を信じている人が多い。 そういう人に限って、外国語は話せないのだが、いったい、どの言葉と、 どうやって較べたのだろうか?

今日はほめる言葉。 これは、結婚式(けっこんしき)の帰りだったようだ。

「今日の智恵(ちえ)見た? 髪型(かみがた)変だったよね」
「あれね、ちょっと、がんばりすぎたよね」
「恵美(えみ)は、すごくきれいだったね」
「私、あんなにきれいな人、見たことないってかんじ」
「私も。これまでで、ベストスリーに入るね」

次は、ラーメンのはなし。テニスの帰り。

「あそこの みそラーメン、うまいよ。激(げき)うま」
「ああ、でも、ちょっと、あっさりしすぎだよ」
「そこが、いいんだよ。練習の後、食うと、しんじられないくらいうまいんだよ」
「あの隣の喫茶店のシュークリームのほうがうまいけど」
「運動(うんどう)の後、甘いもの、食うの?」
「疲れがとれるよ。日本一、うまいんじゃない」
「シュークリームなら、高島屋(たかしまや)の地下のやつがうまいよ」
「あの喫茶店のほうが段違(だんちが)いにうまいよ」

 

1999 / 05

 

05 /24

チャーリーパーカーは、34才に亡くなった。

クリントイーストウッドによって その生涯(しょうがい)は映画化されたが、イーストウッドにしては、あまり よい出来ではなかった。

日本では幸い、ジャズは人気があり、パーカーのレコードは、ほとんどCD化 されている。 しかし、東京の中古レコード屋には、まだまだ、おもしろいものが残っている。 例えば、私は、50年前のクリスマスの夜にラジオで放送されたWhite Christmas の演奏が入ったレコードを持っている。

実はパーカーは、あまり日本では愛されなかった。サックスではテナーサックス のほうが人気があるし、楽器ではピアノのものが一番売れるという。

しかし、油断はできない。8年前、九州のある漁村(ぎょそん)を散歩していると、 突然(とつぜん)パーカーのサマータイムが流れてきた。 それをBGMに、ゲームをしている老人のグループがいたのだ。

 

1999 / 05

 

05 /25

あまり知られていないことだが、東京は、中古レコードの宝庫(ほうこ)だ。

ジャズでは、お茶の水が有名だ。中古レコード店が多くある。 ここでは今でも、CDよりレコードのほうが主力だ。 日本人好みのジャズミュージシャンである、 ソニークラーク、アートペッパーなどのレコードがたくさんある。 ピアノでは、クラークのようなシングルトーンで、メロディアスな演奏が好まれ、 アートペッパーの演奏は「間(ま)がある」などといわれ、愛されている。

ロックでは、新宿の西口が有名だ。 ここは、ストーンズなど60-70年代のロックのレコード。特に海賊盤 (かいぞくばん)と呼ばれるものが多い。いつ、どこで録音されたか、 はっきりしないものだ。 中にはあきらかに、個人で録音したライブをレコードにしたようなものも ある。音質はひどい。

しかし、これを買いに、アイスランドから来た人に先週、会ったばかりだ。

 

1999 / 05

 

 

05 / 28

野球場での会話 関西弁(かんさいべん)の3人

A「あのレフト、変やで、全然、走らんもん」
B「さっきから、変やな。素人(しろうと)ちゃうか」
A「佐々木って、誰や」
C「さあ、知らん。おーい! おまえ、誰や!!」

確かにレフトを守っていた選手は、下手だった。 次は携帯電話で、待ち合わせの相手に、自分の居場所(いばしょ)を教えている女性

A「その通路をまっすぐ行ったら、あると思うよ。Fっていう入り口だから」
A「そうそう、そのうどんを売っている店を通り越して、もうちょっと歩くの」
A「Fから、入った? そこから、右に行って、下の方。14列目」
A「え、あ、恵美(えみ)、早いね。久しぶり!!!」

携帯電話は、こういう使い方をされているんですね。

場内アナウンスと観客の声
「バッターの交代(こうたい)をお知らせします。7番、古橋(ふるはし) に変わりまして、佐藤。7番、センター佐藤。背番号(せばんごう)34」

「さとおおおおお、たのむぞおおおおお」

佐藤選手は、セカンドフライだった。

 

1999 / 05

 

05 /31

日本の観光地は大変なことになっているようだ。

不景気(ふけいき)で人がこない。特に団体の客がこないので、大手の旅館 は、次々に潰れている。 こういう団体の客が買っていくようなおみやげも売れない。主に大量生産品 (たいりょう せいさんひん)だ。

そう、つまり、これは、よいことだと私は考えている。 大手の旅館は、サービスも悪く、個人の客に対しては冷たい。料理は、コストを 押さえるため、たいていは、まずい。地元の名産物などは、何も食べられない。 インスタントのハンバーグなんかがでてきたりする。

しかし、今や宿は個人の客を大事にしないと生き残れなくなってきた。 日本国内の観光はお金がかかる。旅館は、いろんな種類があるが、一般的に 30000円程度の高級旅館は、部屋数も少なく、サービスも 行き届いている。しかし、これは高いですね。

8000円前後の民宿は、トイレなども古く、部屋も、ふすまで仕切られている。 プライバシーが守られない、などの不便はあるが、サービスはよいし、 料理も美味しいことが多い。魚が好きな人は、漁村(ぎょそん)の民宿に泊まることをお勧めする。

今、潰れているのは、この二つの間の15000〜20000円クラスの旅館だ。 高いし、サービスも悪い。やはり、本当の競争がないと、サービス業は、 だめなんですね。

 

1999 / 05

 

Copyright @ Web Japanese
All rights reserved.

No reproduction or republication without written permission.