2000 / 05

 

05 / 02

CGは、ハリウッド映画でお馴染(なじ)みだ。

日本映画では、予算のこともあって、なかなかCGを使えないという 事情があるらしい。 ところが、日本のテレビコマーシャルでは、予算はたっぷりなので、多用されている。

エルビスプレスリーがラーメンを食べ、オードリーヘップバーンが 缶ジュースを持っている。 こういうことは、遺族(いぞく)の許可が必要らしいが、ファン の意見は反映されない。

コンピューターが発達すると、CGも低予算で作れるようになるらしい。 技術者も増えている。今後もこれらのコマーシャルのように過去の 人物が、商品の宣伝をすることが増えるかもしれない。 映像が残っていることが条件なので20世紀の人物になるのかもしれない。

ヘミングウエイがクルーザーの宣伝をしたり、ガンジーが 眼鏡(めがね)のコマーシャルに出るかもしれない。

私はあまり好きではない。 あなたも死んだ後、日本で納豆(なっとう)のコマーシャルに 出ているかもしれませんよ。

 

2000 / 05

 

05 / 08

ゴールデンウイーク中に、2つの大きな事件があった。

ひとつは、主婦が殺害(さつがい)された事件。動機(どうき)は 「人を殺す経験をしてみたかった」

もうひとつは、バスを乗っ取って、乗客を一人殺害、男性の乗客を 解放(かいほう)した後、女性ばかり残り10人ほどを人質 (ひとじち)にし、16時間近く移動しながら立てこもった事件。 6歳の女の子に刃物を当て、警察とやりとりをした末、逮捕された。 動機はあきらかにされていない。

共通点は、いづれも17才の男の子が犯人だったということだ。

詳しくはわからないが、学校での成績は優秀(ゆうしゅう)だった らしい。しかし、友人は少なかったそうだ。 バスジャックの犯人は、「いじめ」に会い学校に通わなくなって 精神病院に通院していたとも報道されている。

イギリスでも17才の男の子が、暴動を扇動(せんどう)したとして 逮捕されている。 少し前は、アメリカでも同世代の子供が銃(じゅう)を乱射(らんしゃ) する事件が起こった。 日本で17才というのは高校の1年か2年というところだ。

日本では高校への進学率は高く、大学への進学率は50%程度である ことから、この年代は、始めて「社会」を意識しはじめるころでも ある。

さて、これから先がわからない。 何故?

 

2000 / 05

 

05 / 10

最近、よくきかれる言葉に「危機管理(ききかんり)」がある。

首相(しゅしょう)の突然(とつぜん)の病気や原子力(げんしりょく) 機関での事故などで、咄嗟(とっさ)の事態(じたい)に対応できない 政府機関を批判するときに使われた。

先日のバスジャック事件でも、意見は二つに分かれた。

早めに犯人を射殺(しゃさつ)すべきだったという意見は多い。 すでに一人を殺害し、精神状態が安定していない少年を、たとえ 17才とはいえ、乗客の生命を考えると対応が遅すぎた。 というもの。
バスは安全対策が難しく、将来の事故に対する抑止(よくし)効果も あるのだというのが主旨(しゅし)だ。

他方、比較的軽度(けいど)の精神病患者でもあるし、17才は、 まだ更正(こうせい)の余地(よち)がある。 なるべく犯人の生命も大事にしながら事件を解決したいという日本の 警察の対応は正しかった。 という意見もある。

この17才の少年は、精神病院の診察を受けたことがあり、おそらく 5年以内には社会に復帰(ふっき)するだろう、というのが大方 (おおかた)の見方だ。
日本では18才未満の人間はすべて少年法という法律で裁(さば) かれる。
ほとんどは5年以内で、多くは2.3年で社会に復帰することになる。

この年齢を下げたらどうかという意見もある。
犯罪の弱年化 (じゃくねんか)も問題となっている。

「子供」の定義は、国によっても、時代によっても違うが 共通している考え方は、「大人でない者」ということだろうか。

それぞれの国が、それぞれの時代に応じて考えなければならない 普遍的な問題とは、大人とは何かということかもしれない。

 

2000 / 05

 

05 / 11

「連帯責任(れんたいせきにん)だ!」と少年は叫んだそうである。

少年は17才で、先週、バスジャックをして一人を殺害(さつがい)した。

「連帯責任」という言葉で連想(れんそう)されるのは、軍隊(ぐんたい)、 特に陸軍(りくぐん)では、一人がミスをすると、チーム全体の 責任となった。
チームの中で孤立(こりつ)しないためにそれぞれが 抑制(よくせい)するという効果があったのかもしれない。

戦後、軍隊式(ぐんたいしき)といわれるやり方は、残った。
例えば、学校。ことに体育の教師は、軍隊式が好みのようだ。 あとは、刑務所(けいむしょ)。「矯正(きょうせい)」が必要な 施設では、よく軍隊式の教育を目にする。

もうひとつ、精神病院や養護施設など、弱い立場の人々が集まるところだ。 軍隊式の教育をよしとする人々は、ある種の合理性(ごうりせい) があると考えているようだ。

少年は連帯責任という言葉をどこで聞いたのか。
この言葉は、事件報道の中でもひときわ暗く響いた。

 

2000 / 05

 

05 / 12

日本では部屋の広さは、畳(たたみ)の大きさで表現されることが 多い。

不動産屋(ふどうさんや)でも、部屋のサイズはほとんど6畳とか 8畳と書かれる。「畳」という漢字のかわりに「帖」が使われることも多い。

最近は、洋風のアパート(マンションという)の部屋のサイズは 平方(へいほう)メートルで表記(ひょうき)されることも 多くなった。

しかし、結局、不動産屋に「これ何畳ぐらい?」 と聞く人は多い。

パリのさる宮殿(きゅうでん)で。日本人女性の会話

「うわー広いね、100帖くらいあるんじゃない」
「そうねえ、でも、何人ぐらい寝られるかしら」
「ここ寝るとこなの」
「舞踏会(ぶとうかい)をしたところらしいよ」
「何人くらい入るのかしら」
「さあ、ガイドに書いてるよ。3000人だって」
「じゃあ、100帖じゃきかないわね。200帖くらいね」
「そうね」
「料理だって作るのたいへんよー」

宮殿に畳が敷き詰めてあるのを想像すると楽しくなってしまう。

 

2000 / 05

 

05 / 15

小渕前首相が亡くなった。

選挙の日程はすでに決まっている。6月25日。小渕さんの誕生日 だそうだ。

与党(よとう)の議員にとっては、まさに絶好の タイミングで亡くなったとも言える。 弔(とむら)い選挙という言葉があるくらいで、政治家の死は、 当然のように政治的に利用される。また、それに左右される 有権者も多いということなのだが。

ただでさえ、選挙の時は、宣伝カーの騒音になやまされるものだが 今回は、それに加えて、露骨(ろこつ)なやりとりが行われることは 確実で、今からうんざりだ。

小渕さんは、田舎の中学校の校長先生のようだった。
人柄のよさという のは、テレビからも伝わってきた。

御冥福(ごめいふく)をお祈りしたい。

 

2000 / 05

 

05 / 16

コンピューターウイルスは困った問題だ。

最近のウイルスは、メールの添付(てんぷ)で送られてくるようだ。 添付ファイルには、タイトルが付けられている。 私のところにも送られてきた。流行(はや)りのI love you ではなく Pretty Parkというタイトルのものだ。
これはexeファイルなので、私のアップルのコンピューターには 関係ないようだ。

ウイルスの添付書類のタイトルというのは、面白い。

差出人がわからなくても思わず開きたくなるようなものでないと いけない。
そのまま捨ててしまうと気になるような題名(だいめい)で 悪意を感じさせないもの。
I love you はまあ、普遍的なものですね。Pretty parkは、ちょっと 見てみたい気がしますね。

国籍(こくせき)を問わず、男女の区別なく、だれもが開きたくなる ような添付ファイルのタイトルとはなんだろうか。

「幼(おさな)なじみより」なんてどうでしょうか?
なかなか文学的なテーマだと思いませんか?

 

2000 / 05

 

05 / 17

着信音(ちゃくしんおん)というのはあなたの辞書にのっていますか?

今、日本では着信音といえば、携帯電話に電話があったときに なる電話の音のことを言う。 流行(りゅうこう)の歌や、すきな曲を、無味乾燥(むみかんそう) な着信音のかわりに使うのだ。

若い人が多い居酒屋(いざかや)など に行くと、ひっきりなしに、いろんな種類の着信音が鳴っている。 人気がでたので、この着信音を作ってダウンロードできるサービス を始めた会社が話題になったり、和音(わおん)が鳴る新しい 機種(きしゅ)が発売されたりしている。

便利なこともある。
着信音が同じだと、誰にかかってきたかわかりません からね。

電車の中で、ヤクザ風の男の着信音が、ディズニーだったりすること もあったりして、面白いこともあるのだが、やはり、迷惑ですね。

 

2000 / 05

 

05 / 18

JMMというのは、Japan Mail Media の略で、これは作家の村上龍 (むらかみ りゅう)が始めたものだ。

現在の主なテーマは、経済。といっても、インターネット決済 (けっさい)がどうしたとか、次世代のマーケットの主流は?といった たぐいの話しではない。

作家である村上龍が、国際的に金融マーケットで活躍していた 優秀なエコノミストやトレーダー達に問いを発しながら、今の世界をどう捕らえるのか尋ね、各自がそれぞれの切り取り方で、近付いていく。

実は、最近増えたと言われるカタカナ語の中で、金融関連の言葉は、 比較的あてはまる日本語が、辞書の中に存在することが多い。

しかし、にもかかわらずカタカナで表記されるのは何故か。
日本語ビジネス用語集などはたくさん出版されている。
現在、日本で起きている現象を考えると、改めて、それらの訳語の 「ずれ」が気になってきたことは確かだ。

コマーシャリズムは、「商業主義」だろうか? グローバリズムは?

今、改めて経済を考えるということは、言葉を考えることであり、 みずからが育ってきた環境を揺さぶられることでもある。
言葉が揺らぐ時に作家が興味を示すのは当然のことだ。

経済を見る時に我々は、結局、「幸せとはなにか」といった青臭い、 根源的(こんげんてきな)問いに迫られることになる。 しかし、簡単に結論を出してはいけない、考え続けなければならない のだ。

村上龍は、ヒットアンドアウエイでポイントを稼ごうなんて考えずに いつも、打ち合いを挑むボクサーのようだ。 彼の試合は、常にエキサイティングなのだ。

JMMのURLは、このサイトのリンク集にあります。

Web Japanese Link

 

2000 / 05

 

05 / 19

偶然(ぐうぜん)、道で、なつかしい人に会うことがある。 大学のスポーツクラブの先輩(せんぱい)と後輩(こうはい) なんかは、よくあることだ。
話すことがなくて困ることも多い。

「お、山崎(やまざき)じゃない?」
「あ、久本(ひさもと)さん、おひさしぶりです」
「げんき? 今、何してるの?」
「あ、はい、広告会社の営業なんですよ」
「あ、そうか、電通(でんつう)だって聞いたよ」
「はい、先輩(せんぱい)は」
「おれは、ホテルマンだよ、あいかわらず」
「あ、そうでしたね。先輩も営業でしたっけ?」
「いや、フロントでね。転勤(てんきん)が多くて大変」
「ああ、そうでしょうねえ」
「。。。」
「。。。」
「あ、移動中(いどうちゅう)なんでしょ、じゃあ、また、連絡するよ」
「あ、はい、失礼します」

この山崎さんに、「大学の先輩? 今の人。」 と聞くと。
「うん、多分。よく覚えてないけど」と言った。

 

2000 / 05

 

05 / 23

LinuxというOSは日本でも話題になっている。

マイクロソフトの分割(ぶんかつ)騒ぎで、いよいよ本格的に 次のOSになるのではないかと考えられているようだ。 日本でもインターネットの利益を受ける人々が企業から個人へ 移ってきた。

ここまでくると、接続に関わるコストや、最低限必要なブラウザーや メールソフト、OSなどは、ますます公共性を増してきたと言えるだろう。
その公共性はひとつの国に限らない。政治体制や宗教の違う国々が 同時に共有すべきものだ。 中国では今の所、Windows2000の使用が禁じられているそうだ。 OSを通じて個人情報がインターネットを介して漏れる怖れがある。 というのがその理由だ。

ユニコードにも問題があるようだ。日本では変換ソフトのシェアも マイクロソフトが多数を占めている。ユニコードを進めたいようだ。

日本語の未来でさえマイクロソフトが握っていると言ってもいいのではないか。

OSがひとつの会社によって作られるというのは長い目で見ると 理屈(りくつ)にあわない。 そういった意味でLinuxには期待しているのだが、Linuxは、素人には 難しい。 コンピューターはもはや特殊な知識を持った人だけのものではない のだから、初心者でも使いやすいGUIを誰か作ってくれないだろうか。

もちろん、日本語の変換ソフトも必要だ。

高い技術を必要とすると思われるが、なんとか なるかもしれない。
そうなったら明日からでも使うのに。

 

2000 / 05

 

05 / 24

「したたかな」という形容詞は、最近は、女性に使われることが 多いようだ。

どこの大学でも女性学の講議は、行われるようになった。
しかし、つい最近、 その女性学の講議が学生には、不評(ふひょう)であるとの記事が載っていた。
主な理由としては、講師(だいたい40代)との世代の「ずれ」を指摘 (してき)したものが多かった。

現在、40代で、仕事を持っている女性は、 そうとうな軋轢(あつれき)の中を戦ってきた人々である。 (大学と企業では、厳しさが圧倒的に違うけれども) 対して、現在20才そこそこの女性達の親達は、少なくとも、 女性の社会進出を是認(ぜにん)すべきであるという社会的な ムードの中にいた親に育てられた。

社会環境の違いから、ある部分は、古臭く感じるのも仕方がないのかも しれない。

一方で、最近、女性達の間で、極少数のエリート女性と、その他の 女性達という
「すみわけ」が、確立しつつあるようだ。

バブル経済後の不景気のしわ寄せは、まず、新卒者、なかでも女性に いった。
「女性の感性を生かした企画づくり」といった言葉は、バブル期を最後に聞かれなくなった。

私は、女性学の講議は、中学からやるべきだと思う。男女で議論しながら。
そうでないと、男性は、一生、女性学を学ぶチャンスがないのだ。

 

2000 / 05

 

05 / 26

「彼には、時間の観念(かんねん)がない」んどと言うことがある。 いつも約束の時間におくれる人に使う言葉だ。 時間にルーズ、という表現もある。

「あのさ、待ち合わせで、何分くらい待ったことある?」
「おれ、1時間ぐらいかな」
「おれは、30分くらい。どのくらい我慢(がまん)できる?」
「そうだな、相手によるけど、1時間が限度(げんど)かもね」
「そうだなあ。仕事だと5分前がマナーって言うでしょ?」
「プライベートでは、何分くらいがマナーなんだろうね?」
「知り合いのイギリス人は15分くらいだって言ってたよ」
「日本では、30分くらいかな」
「でも、いちお、10分以上遅れたら、あやまってほしいよね」
「ああ、あやまらないやつ、いるね」
「そうそう。でも、時間の観念って、ほんとに人によって違うから難しいね」
「国によっても、違うからね」

そう、本当に、国よっても違う。時間の観念の「国際標準」は いちお、5分前には来るのがマナーで、遅れても15分まで。 というところだろうか。

ちょっと厳しいかな?

まあ、デートの時は、30分くらい、待ちますけどね。

 

2000 / 05

 

05 / 27

子供のころ日本で過ごした外国人が最もなつかしいのは お菓子だという話を聞いたことがある。

日本には大きなお菓子メーカーが数社あり、しのぎを削っている。 チョコレートやクッキー、米などから作るせんべいなど、アイデアが 豊富(ほうふ)だ。

アニメーションが現在、日本を代表する文化と 言われることもあり、子供向けの商品開発では、世界をリードしている のかもしれない。

一方で批判もある。当然、お菓子やおもちゃには、それらを買える層と 買えない層がある。子供のうちにこのような格差(かくさ)を体験 させるのはよくないとする考え方だ。
最初から完成度の高い商品を おもちゃとして与えられると子供の想像力は育たないという人も いる。

ひと世代前の人々は、貧しい生活の中で、いかにして自然のものを 工夫して遊んだかを力説する。 しかし、その自然も今や都会にはない。遊び場も少ない。
それらは、 残念ながら、そのひと世代前の大人達が奪ったものとも言えるだろう。 今の子供には選択肢が増えたのか減ったのかは、判断するのは難しい。

 

2000 / 05

 

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