2002 / 05

 

05/01

日本ではワールドカップを控えてフーリガン特集が盛んだ。

ニュース番組のスポーツコーナーでは連日のようにヨーロッパでの 悪態が放映されている。

下町の街頭インタビューでのある老人の意見

「ああいうのは、近所の若いやつらと同じで、お尻出したり 酒のんで騒いだりという連中だろ? まあ、しょうがねえじゃねえか。オレらだって、若い時にはバカやったもんよ。それに、この間まで 戦争してた国同士が試合すんだろ? 
そりゃ、ケンカにならーな。性質(たち)が悪いやつらは、2.3日、刑務所に放り込めば、治るさ。ガイジンは、日本酒は二日酔いがきついって知らねえから後悔するだろうよ」

インタビュアーは、「いや、もっと深刻なんです」と言いたそうだった。

 

2002 / 05

 

05/02

エレベーターに乗る際のマナーというのは、いくつかあるようだ。

会社などでは、エレベーターの中でボタンの近くに立った人が 操作をすることになる。
降りたい階があるかどうか他の人に尋ねたり、開閉(かいへい)ボタンを 操作したりする。
自分が降りたい階のボタンは自ら押す人も多いが、荷物を持っている人 などがいれば、尋ねて、代わりに押してあげることもある。
開閉ボタンというのは、ヨーロッパなどでは、ないことが多いが 日本のエレベーターには必ずついている。空いたままじっと待っている のは日本人には耐えられないということだろうか。 中には、ドアが閉まらないと、何度も押し続ける人もいる。

エレベーターの中では、大きな声では話さない。ドアの上に今 何階か表示されるランプがあり、ここをぼんやりと眺めている人が 多いようだ。たいていは無言の密室(みっしつ)となる。

さて、次ぎは降りる際のマナーだ。

これはまだ定着していないかも しれないが、最後に降りる人が「閉」ボタンを押すことが多い。 これは、自分が降りた後にすぐに閉じるようにという配慮から。

やっぱり日本人は、気が短いんでしょうか。

これらは、会社のエレベーターのことだが、最近はデパートなどでも こういうマナーの人を見かける機会が増えた。 しかし、デパートには、エレベーターガールという職業があり制服を着た女性が操作などは、すべてやってくれる。

各階の案内やおじぎなど、やらねばならない仕事は多く、なかなか ストレスの溜まる仕事のようだ。
(彼女達は、休憩室では、恐い顔をして、タバコをふかしている。 私は以前、デパートでアルバイトをしていたことがあるので よく知っているのだ)

最近は不景気で少なくなったが、エレベーターガールというのは 日本のデパートにしかない職業かもしれない。

エレベーターが日本に登場したのは、1890年の11月10日。
本格的に普及(ふきゅう)したのは、1950年代のこと。
マナーの歴史も新しい。
これからも変わっていくに違いない。

 

2002 / 05

 

05/07

「東北道、渋滞、40キロ」というようにニュースなどでも 紹介される。

これは、渋滞でほとんど動かない車が40キロ続いているということだ。 今年のゴールデンウイークは、高速道路で75キロの渋滞が最長であった。

子供連れの車が多いので、渋滞中はトイレが一番困る。
車がほとんど動かない時は、少しの間、外に出て、道ばたで済ませても 許される雰囲気はあるようだ。
携帯用のトイレも多くの種類が発売されている。尿はすぐに乾燥し 匂いも消える。 ただ、大人の女性などは、困るようで、高速道路上のサービスエリアでは 男性用のトイレに飛び込む女性は多い。

電車や飛行機も1カ月ほど前に予約すれば大丈夫なのだが、車で移動する 人は多い。渋滞が好きだという人は少ないが、子供が泣いても他人に 気を使わずに済むし、おしめも変えられる。

最近は、ファミリーカーも 大きく、贅沢になってきて、テレビも見ることができるし、小さな 冷蔵庫もある。 「個室」が移動するという快適さは、捨てがたいもののようだ。

 

2002 / 05

 

05/08

今回のワールドカップは、日本と韓国で行われる。

日本のテレビ局にとって最も視聴率が期待できるのは夜の7時から 9時あたり。
「ゴールデンタイム」と呼ばれる。 この時間帯を中心に放送されるようだ。

この時間帯はヨーロッパでは、朝。イギリスでは午前中は仕事に ならないのではないかと言われている。 南米ではもう少し早い。見終ってから出勤しても大丈夫だ。もちろん 試合の結果によっては、これまた仕事にならないかもしれないが。

これまでワールドカップを日本で見るのは、「覚悟(かくご)」が 必要だった。
必ず、不便な時間帯だったからだ。 いつも朝の3時や4時。寝ずに待つか、早く寝て3時に起きるかという 選択を迫られる。試合が終ると、朝食を済まして、通勤電車に乗り込むこと になる。当然、寝不足だ。

しかも、サッカーが日本でさかんになったのは ここ5年のことで、「ワールドカップで寝不足だ」といういいわけは 通用しなかった。

日本では、今回、やっとワールドカップを普通に見られるようになったのだ。

 

2002 / 05

 

05/09

スターバックスは、日本にも増えている。

アメリカのシアトルから始まった喫茶店で、店内はすべて禁煙で あるにもかかわらず、人気は上々。 喫煙者(きえんしゃ)が多い日本で、全面禁煙の喫茶店が成功する とは思えなかったが、若い人や女性を中心にいつも盛況(せいきょう) で、地方都市にもどんどん新しい店鋪ができつつある。

「一服(いっぷく)する」というのが、休憩を意味し、喫茶店に 入るのは、コーヒーを飲むことと同じくらいタバコを吸うことが 目的であった昔と比べると、隔世(かくせい)の感(かん)がある。

たしかにスターバックスのコーヒーはおいしい。 他のほとんどの喫茶店は、実は、コーヒーにお金をかけていない。 アイスコーヒーは、業務用(ぎょうむよう)の安い大量生産品だし コーヒーの豆だって、大手の業者の安いものを使っている。

今や、その種の店はどんどん潰れている。

 

2002 / 05

 

05/10

30代(?)のカップル。旅館の夕食時。

「あ、この刺身、食べないほうがいいよ」
「どうして」
「まだ、ちょっと凍(こお)ってる」
「え、あ、ホントだ。冷蔵庫から出したばかりなんだな」
「このてんぷらも冷たい」
「ああ、旅館に着くの遅れたからな。もう9時だし」
「私、文句言ってくる」
「いや、ちょっと待ってよ。夕食の時間に遅れたのが僕たちなんだから」
「そんなこと言っても、これひどいわよ」
「仕方ないよ。食事もってきた人も機嫌悪そうだったし」
「あなたは、いつもそうなんだから、気弱ねえ」
「そうじゃなくて、働いている人の身になって考えろってことだよ」
「でも、旅館ってサービス業でしょ。こんな食事出したら、もうお客さん来ないわよ」
「向こうだって、遅れるような客は来なくていいと思ってるんだよ」
「いや、ひとこと言わないと我慢できない」
「勝手にしろよ」
「食事下げに来た時、言うわ」
「このてんぷら、冷えててもおいしいよ」
「いや、食べない。後で、外で食べてくる」

 

2002 / 05

 

05/14

かけ算の勉強は日本では、義務教育(ぎむきょういく)のかなり早い 段階で学ぶことになっている。 小学校の低学年で学ぶ。

「かけ算」の概念(がいねん)を教えた 後、2x2=4、2x3=6 を「ににんがし」「にさんがろく」と いったリズムで暗記させれられる。

日本では、このように数字を言葉に変えて憶えてしまうということが多い。

円周率(えんしゅうりつ)や平方根(へいほうこん)など数学で 記憶しにくいものは、数字を日本語に変換し、言葉のリズムで 暗記してしまう。

例えば、2の平方根は、1.41421356だが。
「ひと よ ひと よ に ひと み ご ろ」 (一夜一夜に人見ごろ) 
とおぼえる。

数学だけでなく、歴史の年号(ねんごう)なども同じだ。
この場合は、4つの数字を言葉に変換(へんかん)しておぼえる。 これを「語呂(ごろ)あわせ」という。

1192年は、日本で鎌倉という時代が始まった年だが、鎌倉時代に 何が起こったかということは、ほとんどの人が忘れているが 1992年は、「いいくに(1192)作ろう鎌倉幕府(かまくらばくふ)」 という年号のおぼえ方は、ほとんどの人がおぼえている。

 

2002 / 05

 

05/15

ビングクロスビーが最初に映画のオーディションを受けた 時の評価は
「ダンスは下手。歌はまあまあ、ハゲ」だったそうで 当然、落とされたそうだ。

人が人を選ぶのは難しいですね。

ワールドカップの出場選手を決めるのは各国の監督だ。有名な選手でも 落とされることもあり、それぞれの国内で議論を呼んでいる。
毎回、この種の騒ぎは起こるものだ。ブラジルやイタリアなどサッカー が盛んな地域では監督の重圧も大変だろうなと思う。

人を選ぶというのは、常にリスクが伴うものなのだ。 ビングクロスビーのその後の活躍は御存じのとおり。「まあまあの歌」は 世界中を魅了したし、髪の毛フサフサのクロスビーなんて想像できない。 かといって、最初に彼を落とした面接官を責めることはできない。

 

2002 / 05

 

05/16

日本では名前を持つことは、150年ほど前までは庶民には許されていなかった。

どうもそのころ日本の中枢(ちゅうすう)にいた人々は、欧米の進出に あわてて「国」の体裁(ていさい)を整えようとしたようである。
憲法や国歌、教育制度などが、おそるべき早さで整備された。

名前も急に登録しなければならなくなり、人々は、村で読み書きが できる人の元に相談に行った。 「おまえは、あの大きな柿(かき)の木の近くに住んでいるから柿本 (かきもと)ではどうだろう」といったやり取りがあったようだ。

また、例えば、平(たいら)という武将(ぶしょう)が訪れたなど 村に残る伝説上の人物から字をもらい「平川」としたりということもあった。

中には、村で昔から名字を持つことを許された大きな家の名前をそのまま もらった、ということも少なくなかったそうである。 そういう村は、当然、村中が同じ名前になった。
今でも村のほとんどが同じ名前ということがある。

 

2002 / 05

 

05/17

サラリーマン風の男性3人。お昼を食べる所を探している。

「鈴木も牛丼でいい?」
「おれはいいよ。吉田は?」
「どこの牛丼? あ、あそこ? やだなあ」
「混んでるしな」
「いや、そこの裏道をちょっと入ったところにもっとうまい店があるよ」
「そうなの? 行ってみよう」

店の前に到着。

「さっきの店より混んでるよ」
「いや、絶対うまいって」

3人とも老舗(しにせ)の店の前でならぶ。

「そうか、吉田はチェーン店には入らないって言ってたな」
「うん。まあね。嫌いなんだよ」
「どうして」
「うまくもないし、まずくもないだろ、それがヤなんだ」
「なるほどねえ、吉田の実家はうどん屋だったっけ」
「うん。だから『暖簾(のれん)わけ』までなら許せるんだけどね」
「どこが違うの」
「昔からのやり方だと、まず5年は修業するんだよ」
「へえ」
「で、師匠(ししょう)と完璧に同じ味ができてから、自分のオリジナルを作る。
 で、それも師匠のOKが必要でさ、その後、卒業」
「厳しいな」
「うん。店によって違うけど、いい店は、必ず弟子がオリジナルで
  しっかりしたものが 出来るようになるまで面倒を見るんだよ」
「なるほどね」
「まあ、もちろん最近はそういうのは、ほとんどないけどね」
「チェーン店のほうが安いからなあ」
「材料を一括(いっかつ)で仕入れるからね。でも料理人が仕入れをやらなく
 なっちゃおしまいだよ」

 

2002 / 05

 

05/21

日本で名前を持つことが許された150年程前、自分で名前を考える人も 多かった。
このころの日本の識字率(しきじりつ)は70%程度ではないかと 言われていて、おそらく当時、世界一だったと考えられている。

江戸時代の後期というのは、教科書だけでも数千種類の出版物があり 農村や漁村でも「読み書きそろばん」ができるものは多かったそうだ。
当時流行だった戦記物(せんきもの)や古典から名前を付けた人も 多かったそうだ。

歌舞伎(かぶき)や浄瑠璃(じょうるり)にちなんだ 名前も多い。 結果として、世界一名前の多い国になってしまった。同じ音でも使う漢字 が違ったり、同じ漢字でも読み方が違ったりということもあるので 10万以上の名前が存在すると言われている。

 

2002 / 05

 

05/22

家を売ることになった知人の話し

新しくその知人の家を買った人は、そこに北欧風(ほくおうふう)の 家を建てるとのこと。
最後に自分の家を見ておこうと、訪れた際、たまたま、家を解体する 業者が下見に来ていた。そこでその知人は長年育てた庭木(にわき)を 切るのは忍びないというようなことをチラと話してみた。

「よかったら、どなたか持っていってくださいよ」

しかし、業者は「いや、もうこういうのはね、、、」と取り合わない。

残念だけど、仕方がないと、帰りかけた時に、業者の親方らしき人物 (後で知ったところによると、もう引退していたが、近所だったので 見に来たとのことだった)と目が合った。

ツツジの木をさすりながら、残念です、と目で訴えると、80才近いという 元親方は、ニコッと笑い、「おい!」と元部下達を呼んで 「いいか、こういうものは、大事にしないといけない。この木を見ろ ちゃんと手入れがしてある。どこかに残しておけよ」 と言った。

50代の元部下達が、やれやれと準備をしにトラックへ戻ると 元親方は、知人にのほうに振り返って 「解体屋といったって、バラすばかりが商売じゃない。昔は再利用 できるものは、柱一本だって、大事にもって帰ったもんです」 と言った。

「戦後、解体されるような家は、再利用できるようなものは少なく もう壊して、捨てるばかりになった。そのころから家作りに関わる 人間がだめになった」 というようなことを、知人に向かって話したそうである。

さらにその元親方に、「あんたのところの藤は見事で、毎年、私も 楽しみにしていた」と言われて、彼は胸がつまったそうだ。

 

2002 / 05

 

05/23

日本には、17世紀にコーヒーが伝わったようだ。 しかし、独特の苦味(にがみ)が受け入れられず、普及することは なかったとのこと。

時を経て20世紀の始めに、ブラジルに移民した日本人がブラジル政府の 援助を得て普及に努めたこともあって次第に一般の人にも受け入れられる ようになった。
といっても都市に住む一部の人々に限られたが。

戦前から人気のあったカフェが戦後すぐに復活し、高度成長期に爆発的に増えた。サラリーマンは、仕事の合間に喫茶店で休憩し、やがて オフィスにもコーヒーメーカーが常備されるようになった。

今では、コーヒーは特別な飲み物ではなくなった。 お茶と同じように食後に飲む人もいれば、「のどが乾いた」から 缶のアイスコーヒーを買う人もいる。
例えば、知人が家に来た時には、「コーヒー?紅茶?それともお茶?」 と最初に尋ねるようになった。

 

2002 / 05

 

05/24

「最近うちの会社も役職名が変わってさ」
「ああ、CEOとか」
「そうそう。シーイーオーって言いにくいよね」
「あれどういう意味?」
「最高経営責任者って訳すのかな」
「社長とどこが違うのかな」
「より権限(けんげん)が集中してるって、ことらしいよ」
「実際は?」
「たいして変わってないんじゃない」
「Chooto Erai Ojisan って言ってるよ。うちじゃ」
「ははは、じゃあSugoku Erai Ojisanは誰なの」
「元会長のじじい、じゃないの。大事な案件の際は、自宅まで お伺いをたてに行くらしいよ」

 

2002 / 05

 

05/28

ワールドカップのため、各国の代表選手が来日している。

連日の報道の中で目立つのは、九州の田舎の小さな村にキャンプを することになったカメルーンチーム。

「ホスピタリティに溢れる地方都市」というのは、日本でも例外ではなく 到着が深夜3時になったにも関わらず、老人や子供まで旗を振って 出迎えをしていた。

若い女性の話題は、「イタリアか、イングランドか」ということのようだ。 サッカーの話ではなく、男性のタイプについての議論だ。 イングランドのベッカムのような短髪ですっきりした顔がイイという女性は どちらかというと地味で年齢層も低い。地方でも大人気。

「トッティ! モンテッラ!」とイタリア選手の名前を叫んでいる女性は 大都市に多く、すでに社会人といったところだ。
「おしりが素敵」なんてことを言ったりする。
都会でラテン系の男性が人気があるのは、世界的な傾向のようですね。

 

2002 / 05

 

05/29

携帯電話の普及率は近いうちに90%を超えると予想されている。

現在、人気があるのは、携帯電話にデジタルカメラの機能が付いていて、撮った写真をすぐにメールで送ることができる機種。短い期間に 500万台近く売れたそうだ。

これは、どういうことか?

おそらく道を歩いている人の約20人にひとりがカメラを持っている ということだ。例えば、銀行強盗に入って人質(ひとじち)の中に カメラを持っている人がいる。 大きなホテルなら、ロビーに5人くらいはいるだろう。

携帯電話はさらに進化し続けている。次はもちろん動画(どうが)が 撮れる機能だ。すでに販売は始まっていて売行きは好調だ。

さて、日本一の繁華街(はんかがい)である新宿(しんじゅく)の 歌舞伎町(かぶきちょう)に警察の監視カメラが置かれることになった。24時間録画されるそうだ。

このニュースに対して、それほど反対の声は上がらなかった。 もちろん、すでに警察の行動も市民のカメラによって監視されている と考えることもできるから、新たな緊張関係が生まれたと言えるかも しれない。

あと5年もすれば、日本はキャメラのレンズだらけ、ということに なる。

 

2002 / 05

 

05/30

つい最近の調査結果によると「29才以下での携帯電話の普及率は 約95%」だそうである。

こういう数字を見ると、2つのことを考える。

ひとつは、例えば、何%を越したあたりから「持たねばならない」 というプレッシャーを感じ始めるのだろうか。というようなことだ。 特に日本ではこういう「力」は強い。
必要であるかどうかより 「みんな持っているのに、私は持っていない」ということが許せない。 ということになるようだ。特にコミュニケーションに関わる 道具なので、自分だけ持っていない状況というのは、なかなか つらいものだろう。

もうひとつは、5%というのは、その社会の中でどういう意味を 持つか。
ということだ。
アメリカではアフリカ系アメリカ人の比率は約12%。 アジア系は約3%だそうだ。しかし両者の力関係は数字以上の開きが あるとのことだ。5%は、この中間の微妙な数字だ。

あなたの国の5%は何ですか?

 

2002 / 05

 

05/31

1873年にイギリスの軍人が日本にサッカーを伝えた。

しかし、つい10年前までは、サッカーはアマチュアスポーツのひとつ であり、試合がテレビで放送されるのは、年に数回といったところだった。

プロリーグが出来たのは、1993年。バブル経済の崩壊(ほうかい) が語られはじめた頃だ。
今や、サッカーのプロリーグは、バブル唯一の価値ある遺産となった 感がある。

さて、ワールドカップが始まる。 おそらく、日本のサッカー好きにとっては、これまでワールドカップが どこで開催されるとか、どこが優勝するとかは、たいした問題では なかったはずだ。 ただ、一ヶ月が夢のように過ぎていく。 ワールドカップとはそういうものだった。
決勝戦は、最大のイベントでは なく、ワールドカップが終りを告げる悲しいセレモニーだった。

今回は日本も出場する。前回とは違って、予選を勝ち抜く力も持っている。 もちろん、だからといって、勝てる保証はない。

日本各地に芝のサッカー場が次々と作られた。地方の財政(ざいせい)は 苦しいので、10年後には、駐車場になっているかもしれない。

 

2002 / 05

 

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