2002 / 10

 

10 /01

誤訳(ごやく)というのは、よくあることだ。

特に商品名や方言などは、わからないことが多く、文学作品や 映画の字幕でも、時々、突然、意味がわからない文が出てきて 戸惑うことになる。

日本は翻訳書が多い、外国語の研究ではアジアで一番進んでいるのでは ないだろうか。古本屋に行けば、例えば、ハンガリー語の辞書でも 1000円程度で手にはいる。

とうとう犬の翻訳も始まった。今度発売される『バウリンガル』は 犬の鳴声、鳴き方、しぐさ、などから、今、犬が何を言いたいかを 翻訳してくれる。冗談ではなく、本格的に研究したものだそうだ。

これは少なくとも誤訳かどうか、 すぐにわかります。噛まれるからね。

バウリンガル Bowlingual http://www.takaratoys.co.jp/bowlingual/index.html

 

2002 / 10

 

10/02

北海道のある大手スーパーで、1年間にわたって、外国産の肉を 国内産と偽(いつわ)って販売を続けていたことが明らかになった。

肉に関しては、国内産のほうが、味もよく安全性も高いというイメージ を利用したものだ。

スーパーでは、約1000万円分を返金すると発表した。 利用した覚えのある人は、申し出れば、返金するという。
これに人が押し寄せた。すでに返金すべき金額の何倍もの額に達した ところで、返金は中止となった。しばらく店頭は混乱し、抗議する 客がテレビで放送された。
中には怪し気な人物の姿もあった。

大手スーパーでは、「性善説を信じたやり方が甘かった」とコメントを 出した。

なぜ、スーパー側は、こんな無謀なことをやったのだろうか?
ひょっとして、こういう混乱を承知で、一度、騒ぎを起しておいて 「返金は不可能である」ということをメディアを通じて知らせる ことが目的だったのではないだろうか。

 

2002 / 10

 

10 /03

スポーツのアジア大会が韓国で行われている。

アフガニスタンやパレスチナなどの国も選手を派遣している。
先日は、サッカーのパレスチナチームと日本の対戦があった

パレスチナはいいチームだった。日本有利という前評判もあって 5バックで守備的な布陣(ふじん)だったが、ひとりひとりの能力が 高く、アラブ流の柔らかいフェイントと強靱なフィジカルで 苦しめられた。

アジア記録が世界記録ということは、少ない。 競技のレベルだけを見れば、アメリカの国内大会のほうが圧倒的に 高いが、なかなか楽しいですよ。

 

2002 / 10

 

10/04

20代女性の会話。

「トイレマップって人気があるんでしょ」
「ああ、インターネットとかアイモードのサイトね」
「詳しいの?」
「いろいろ種類があるよ。格付けもあるみたい」
「Aランクとか?」
「そうそう、主に女性向けのサイトだから、きれいなのはあたりまえ」
「あ、そうか。緊急用じゃないのね」
「そういうサイトもあるけど」
「どんな格付けなの」
「ベビーベッドがある、とか、鏡の前スペースが広い、とか」
「へえ」
「あと、音消しが付いてるとか、ドライヤー用のコンセントが豊富とか」
「ああ、細かいわねえ」
「でも、デパートのトイレは8時ごろまででしょ」
「ああ、そうね」
「だから、その後が大変なのよね」
「ホテルとかは、入りにくいところもあるしねえ」
「そう? 私、結構、行くけど」

アイモードというのは、携帯電話用のサイト。
音消しというのは、女性用トイレに付いている『使用中の音』を消す ために、水の音が出る機械。

私は見たことがないけれども、新しいショッピングモールの女性用 トイレは、2.3人なら、泊まれそうな装備があるらしい。
バーなども、女性客の評価が重要なので、男性用の2.3倍の広さは確保 するのが常識だそうだ。

 

2002 / 10

 

10/08

今、日本では、運転しながら携帯電話をかけている人は驚くほど多い。

渋滞で止まっていると、前後左右の車でいっせいに携帯電話をかけはじめて 驚いたことがある。 これに加えて、最近は、カーナビゲーションシステムにテレビの機能が あり、これを見ている人も多い。

テレビを見ながら、ハンバーガーを食べていると、電話がかかってきた。
ということは、日常生活でよくあることかもしれないが、その人物は 運転しているのである!

皆さんも、日本を訪れた際は、アンテナが多数伸びている車には 注意しましょう。

 

2002 / 10

 

10/09

東京都は、大道芸人(だいどうげいにん)に正式にライセンスを 発行し、指定した地域で自由に活動をしてもよいということになった。

しかし目にするのは、欧米の大道芸のモノマネばかり。 音楽もどこかで聞いたようなもののマネ。しかもかなり質が低いもの ばかり。私には、うるさいだけだ。 芸が見たいなら、寄席(よせ)にでも行けばいいのにと思う。

最近、自治体や政治家は、アートとか文化、という言葉に弱い。 弱いだけならいいのだが、おそろしく点が甘い。 したがって、自治体が公演するイベントには、クラッシックでもジャズでも 素人に毛が生えたような人が演奏することになる。

やはり、何か淘汰(とうた)されるシステムがないと、見るべきものは 育たないのではないだろうかという気がする。 もちろん、こういうのは小数意見で、皆、大歓迎のようである。

 

2002 / 10

 

10/10

ノーベル物理学賞、化学賞と立て続けに受賞者が出たことで、沸き 立っている。

ノーベル賞は1949年に湯川博士が初めて受賞する。氏は、国民的な 英雄となった。

今では、ノーベル賞の権威も薄れてきている。経済学賞や平和賞には 疑問符がつくし、文学賞の基準も理解しにくい。 本来の賞である自然科学の分野でも「政治力」「影響力」といった言葉が 囁(ささや)かれる。賞取りレースの内幕を書いた本も有名になった。

しかし、結果として賞を取るような人は楽しい人が多い。 ちょっとした変人でないと、研究の最先端を突破することはできない ということだろうか。

今回、化学賞を受賞した田中さんは、43才。サラリーマンで、博士号も もたないそうだ。大学の専攻は化学ではなかった。 自ら「変人(へんじん)」と語る。

一方、物理学賞の小柴(こしば)氏は、大学の成績表のコピーまで 公開して、「大学の成績は最低だった」と胸をはった。

 

2002 / 10

 

10/11

有名な観光地の旅館の主人とコンサルタントの会話

「御存じのように、不景気ですっかり客足が遠のいてしまって」
「ええ」
「そこで、他の旅館とも相談しましてね。街ぐるみで出直そうと」
「ああ、そうですか」
「これまで会社の慰安旅行が多かったんです。団体さんね」
「はい」
「もうすっかり数が減ってしまったので、個人客、それも家族にターゲットを
  絞って、考え直そうということになりました」
「家族連れね」
「ええ、やっぱり子供が喜ぶような動物園とか、博物館を作ってね」
「ええ」
「街のキャラクターを作って、人形を作ったり」
「ああ」
「どうなんでしょうね」
「う〜ん。少しはよくなるかもしれませんけど、宿泊料はどうなんですか」
「それも1万5千円まで下げました」
「子供は」
「12才以下は半額です」
「あの、よろしいですか」
「はい、御意見をお聞かせ下さい」
「多分、今、全国で観光地は同じような悩みがあると思うんです」
「ええ」
「でも、みんな同じようなことしかしないんです」
「どういうことですか」
「今、あなたが言ったようなことですよ! つまり全然ダメだと思います」
「はあ。やっぱりね。私も薄々、そう感じてたんですよ」

 

2002 / 10

 

10/15

韓国や台湾で日本の歌手やマンガが人気だ。

あるテレビ番組で現地の女の子にインタビューしていた。 彼女達は、何故、好きなのかを説明した後、日本語で 「かわいい」んです。 と言っていた。
その表情には、「かわいい」という言葉を使うことで 何か新しい表現、感情を共有しているという満足感が感じられた。

「かわいい」という言葉は、どちらかというと、自分より弱いものに 対して感じる愛情を表わしたものだ。
それに加えて、若い女性の間で使われる「かわいい」には 「自分はこれが好きな人間である」ということに同意を促すという ニュアンスがある。

10代の女の子が3.4人で街を歩く。 一人が、「ねえ、あれ、かわいいよね」 という言うと、他の友人達は、いっせいに「かわいい」「かわいい」 と賛意(さんい)を表わす。

対象は何でもいい。時には、グロテスクなものであっても、たとえ 老人であろうと「かわいい」という言葉で仲間であることを確認する 作業が繰り返される。

「かわいい」のかわりに「むかつく」という言葉でもいい。 要するに、感覚の共有こそが大事なのだ。 もちろん、若い女性に限らず、同じような行為は、行われる。

この儀式にはコツがいる。 よい、わるい、よりも、好き、嫌い、を軸にしたもののほうが 好ましいこと。 同意を求める時には、多少の勇気が必要だ。その不安を打ち消すように 力強く、「うん、かわいい!」と言ってあげることが必要なこと。

そして、この儀式に慣れることこそが、日本で生活していくコツでもある。

 

2002 / 10

 

10/16

24年前に北朝鮮に拉致(らち)されていた人たちのうち生存者の 5人が昨日帰国した。

テレビ局はすべて、特別番組を編成して生中継で記者会見の様子などを 伝えた。
拉致されたとされる11人のうち、8人が死亡しており、そのほとんどは 若くして亡くなっている。死因は北朝鮮政府から知らされているが これを信用することは難しいだろう。

ひょっとすると、運良く生存している5人は、北朝鮮政府の方針に「素直な」 人々だけだったのかもしれない。しかし、これを記者会見で語られた 短いコメントからは、推測することは難しい。

テレビの視聴率は、よかったそうだ。視聴者は、そのコメントから 行間(ぎょうかん)から、表情から、何かを読み取ろうとしている。

 

2002 / 10

 

10/17

バリ島は、日本でも人気がある観光地だ。

ダイビングを趣味にする人には絶好の場所であるらしいし、現地の 文化も興味深い。土産物も人気があるし、滞在費が安い。 インドネシア料理は、日本でも人気がある。

日本からは、航空運賃はオフシーズンで往復5万円ほど。 宿泊費もついたパックの旅費でも10-15万円で3日から1週間の 滞在が可能だ。

バリの事件はテロかどうかは、確定していないが、日本人にも 被害者がでた。 事件の翌日、日本の空港でバリに向かう女性にインタビューしていた。

「事件、御存じだと思いますけど、中止されないんですか」
「ええ、10万円なんですけど、キャンセルすると3万円しか
  返ってこないらしいんで」
「はあ、そうですか」

事件の翌朝、日本から、バリに出かける観光客は結構いた。 それにしても、お金がもったいないから行く、というのは驚いた。 2日後、日本政府は、正式に危険であると警告を出して、旅行会社は すべてバリへの出発をキャンセルした。

 

2002 / 10

 

10/18

日本には、県、市、区、町、村、という単位があり、それぞれに 行政組織がある。

私のイメージは

村長…人格者
町長…実力者
区長…堅物(かたぶつ)
市長…逮捕(たいほ)
知事…老人
であった。

区長までは、まだ、地域の実力者、というところだが 市長からは、いろいろと政治的な力関係が働くようだ。 しかし、市長は、まだ中央政界につながりも薄く、一度の 汚職ですぐに逮捕されるので「逮捕」

知事ともなると、政治的な駆け引きに長(た)けているので なかなか逮捕されるようなヘマはやらない。

最近は、知事の選ばれ方は変わりはじめた。これまで知事というのは 保守系の候補は、自治省(じちしょう)の官僚OBで、革新系の候補は 引退した大学教授。
選挙で、その時、中央政界の人気に応じてどちらかが 選ばれる。 というのがお決まりであった。

今では、地方は政党の力はおよばなくなった。保守系も革新系も候補を 立てることができなくなってきた。テレビのキャスターや作家など 顔の売れた人々が第3の候補として現れ、圧勝するという現象が起きている。
これらの候補者は、環境問題を語り、情報公開を進めている。

 

2002 / 10

 

10/22

「県民性(けんみんせい)」という言葉がある。

日本には、47の地域があり、都道府県(と どう ふ けん)の名称で 呼ばれる。このそれぞれに住む人々には性格の違いがある、という ことらしい。

都道府県は、江戸時代の藩(はん)という単位が元になっている。 江戸時代は、藩独自の文化があり、それぞれを統治(とうち)する 大名の性格や、中央政府である幕府(ばくふ)に近いかどうかでも 違いがあったとのことだ。

ちなみに「近い」というのは、必ずしも距離のことだけではなく 政治的な距離をも表わしている。 九州や東北などの遠いところに、幕府と密接な関係を持つ大名を 配置したからだ。

明治政府を作ったのは、現在の山口県である長州(ちょうしゅう)藩と 現在の鹿児島県である薩摩(さつま)藩。 この両県からは、現在も政治家やジャーナリストが多く出ている。

 

2002 / 10

 

10/23

地域の人間性に対する評価というのは、昔からあまり評価が変わらない。

九州の県は、おおむね、明るく、細かいことにはこだわらない。 などと言われるし、東北は、粘り強く、のんびりしていて、だまされやすい。 などと言う。

県民性となると、もう少し、細かくなる。
有名なところでは、

長野県の人は、読書好きで議論を好む。
北海道の人々は、おおらかで、人懐っこい。
福岡の人は、目立ちたがりで、熱しやすく冷めやすい。
大阪人は、社交的で派手好きで、商売上手。
京都の人の閉鎖的であいまいな物言い。
名古屋の人は、堅実だが、少々、けちで、ブランドが好き。
沖縄の人は、のんびりしていて、人がいい。

外国で日本人に会うと、「日本人」の性格が強くでて、県民性などは 意識しないが、注意していると、わかります。

ちなみに、会社で言うと、トヨタは、名古屋に本社があり、ホンダは 静岡、三菱(みつびし)は東京的、住友(すみとも)は大阪的などと 言われる。

 

2002 / 10

 

10/24

県というのは、たいていは、隣同士が仲が悪いものだ。 このへんは、国と同じ。

また、本州に限っては、文化的には、日本海側は、古くから京都発の船が 行き来したこともあって京都の影響が強いのに対して、関東地方や東北の 内陸部や太平洋側は江戸の影響が強いということもあるようだ。

「東男(あずまおとこ)に京女(きょうおんな)」 などと言って、東京の男性に京都の女性は相性がいい、という言葉も ある、不思議と、他の地域の男女が引かれ合う、ということも多い。

「似ている」ということは、気安く、リラックスできる間柄である ということもあるが、時として「違う」ということが、深い興味や 愛情の対象となることがある。

「県民性」といった、細かな違いを、あれこれ言ったりするのは こういう違いを設定しておいて楽しもうという、多分にお遊びの要素があるようだ。

 

2002 / 10

 

10/25

「高橋(たかはし)さんね、田中クンと結婚するでしょ」
「ああ、そうみたいだね」
「親のあいさつに行った時、たいへんだったんだって」
「反対されたの」
「そう、高橋さんのおじいさんが、大反対」
「へえ、問題ないように思うけどなあ。どうして」
「高橋さん、福島(ふくしま)でしょ」
「うん」
「で、田中くんが鹿児島(かごしま)でしょ」
「それが問題なの?」
「そう、高橋さんって、武士(ぶし)の家系(かけい)でね」
「うん」
「それで、おじいさんが、薩摩(さつま)の男と結婚は許さん!」
「ああ、鹿児島は薩摩藩か。どうして?」
「いや、『明治維新(めいじいしん)の時に幕府を裏切った』って」
「へえ! すごいね」
「今でも、福島には、そういう人が多いみたいよ」
「う〜ん」
「まあ、最終的には、『仕方ない』ということになったそうだけど」
「はあ、面白いね」
「田中クンのお母さんが熊本の人でね」
「うん」
「それなら、許そうということになったんだって」

80才以上だろうか、まだ薩摩藩や長州藩(ちょうしゅうはん)を 恨んでいる人は多いらしい。
私の家系は薩摩藩と関係が濃いらしいので 福島に行く時は、ビクビクしている。

 

2002 / 10

 

10/29

1999年に世界が滅亡(めつぼう)する。 という本は日本で人気があった。

今でも、古本屋に行くとその種の本が 100円で売られている。 同じような本、例えば、UFOを見た、とか、宇宙人に会った、とか アインシュタインの理論(りろん)は間違っている。 といった本も相変わらず人気だ。

もちろん、根拠は、いいかげんだ。中には、宇宙語をしゃべる人なども いて、まじめに受け取る読者もいるかもしれないが、まあ、冗談半分で、こういう 本や人を楽しんでいる人々に支えられているというのが本当のところだろう。

ユダヤ人の陰謀(いんぼう)、という「ジャンル」も存在する。 たくさんあるが、どれも、世界の大事件の裏には、ユダヤ人組織が 関わっている。という荒唐無稽(こうとうむけい)な内容だ。

ユダヤ人の団体が正式に抗議したこともあるそうだが、これも本気で 相手にするほどのものでもないようで、最近はそういう話は聞かなく なった。

こういう本をオカルト本などと読んだりするが、最近は「トンデモ本」 という呼び方もある。「とんでもない」「本」という意味で、名付け親は 「と学会」というグループ。

この種の本をまとめて批判しながらも 笑い飛ばす、という姿勢が受けて、95年にベストセラーを出した。 科学者やSF作家が集まったグループで、きちんと検証して批判するのは ほどほどにしておいて、こういう本や著者を楽しむといった風情 (ふぜい)が成功の原因だろう。

 

2002 / 10

 

10/30

2000年を過ぎて、あからさまな「とんでも本」は減った。
「予言」の多くは世紀末を指していて、ことごとく外れたことと テロなどのより深刻な事態で、予言を楽しむ余裕が無くなったことも あるようだ。

しかし、まだ、予言は外れていない、という人々もいて、元気に出版 活動を続けている。彼らの多くは、2001年のニューヨークのテロ事件 を指して、「予言がちょっとずれた」という人と、「実は1999年に 地球は崩壊するところだったが、自分が止めた」という人などに 分れた。

これは本当の話らしいが、日本のかなり大手の出版社の社長は、ある日 会議中に、「今、日本にかなり大きな地震が来ていたが、私が止めた」 と言ったそうである。

こういう会社で働いていた人達は、気の毒ではあるが、はたで見ている 分には、楽しめる。 しかし「私が止めた」と言ってしまうと、今後、本を書きにくくなる のではないだろうか。

どんな不吉(ふきつ)な予言をしても、「じゃあ、また、あなたが 止めてよ」と言われかねないのだ。

 

2002 / 10

 

10/31

とあるアジアの国に「耳そうじ屋」というのがあるそうだ。

街を歩いていると、ささやくような声で、「私は耳そうじのプロです」 と話し掛けてくる。
興味を示すと、小さな小屋に連れていかれ、耳そうじが始まる。

そのプロは、そうじの途中に、「オウ」と声をあげる、振り向くと 信じられないくらい大きな「耳アカ」が取れている。

両耳の掃除が終ると 「どうですか !  声が大きく聞こえるでしょ!」 と叫ぶらしい。

もちろん、大きな耳アカは、ニセモノで、その上、掃除が終った とたんに、大声で、話しはじめるのだ。 日本人のお年寄りなどは、「アラ、ホント」と感心し、その国の 一ヶ月分の生活費にあたる料金を支払うそうだ。 日本円で3000円ほど。

いろんな商売があるものだなあ、という話。

 

2002 / 10

 

 

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