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日本語教育の参照枠
目次
内容については、最終報告が出たばかりなので準備中です。近々、中身はここで、その詳しいプロセスは別ページで紹介する予定です。
概要
「日本語教育の推進に関する法律(2019)」成立後に組織された日本語教育に関する正式な決定機関で決定、承認された始めての国の日本語教育の大方針となった。
「日本語教育の推進に関する法律」(日本語教育推進基本法)では、何かを決める際は以下のような組織で決められる。
- 日本語教育推進会議:ここで最終的に承認されて決定。政治方面など、いろいろな人が参加。
- 日本語教育推進関係者会議:上にあげる最終的な整理。専門家の一番偉い人が参加。
- 文化庁小委員会:上にあげる具体的なことを話し合う会議。ちゃんと議論して決めるのはここ。いろんな名称で会議が行われる。専門家の現役の有力者や省庁の代表者などが参加。今回は「日本語教育の今後の方針に関する会議」として、以下の2つに分かれて招集された。
1)日本語教育の標準に関するワーキンググループ(2019~2021)
2)日本語教育能力の判定に関するワーキンググループ(2019~2021)
この「日本語教育の標準に関するワーキンググループ」は、日本語教育の大きな方針(含む日本語教師の資質など)を話し合う会議で日本語教育学会の会長が参加。「日本語教育能力の判定に関するワーキンググループ」は日本語教師の資格の制度的な問題で日本語教育学会の副会長が参加。
この「日本語教育の参照枠」は、前者の「日本語教育の標準に関するワーキンググループ」で、大学の専門家と、各省庁+国際交流基金、日本語教育関係者が集まり決められた。今後、これが上の会議に上がっていき、承認され、国内日本語教育の大方針となる予定。
👉 同列となっているが「判定」は単なる教師の資格の仕組みの議論なので、その資質と日本語教育そのものの中身の方針の議論である「標準」のほうが上位と考えてよさそう。今後は統合される可能性もあるのかもしれません。
👉 下の会議で決めたことが上の会議で否定されたり大きく変更されたりする可能性はほとんどないと思われます。
資料
「日本語教育の参照枠」の活用のための手引(19.6MB) 「日本語教育の参照枠」の指標に基づく日本語能力自己評価ツール「にほんごチェック!」について(640KB) 「日本語教育の参照枠」の広報リーフレット(案)(938KB)
以下にあります。
文化審議会国語分科会日本語教育小委員会(第110回) | 文化庁
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/nihongo/nihongo_110/93669101.html
経緯
以下は、大まかな流れのみです。詳しい検証などは日本語教育の参照枠(2021)が決まるまでを。
「日本語教育の参照枠(2021)」までの3つの会議
当初はこれまでと同じ日本語教育全般に関する会議だったが、2012年の「文化庁の課題整理に関するワーキンググループ」から、日本語教育の標準を決めてくれという国の意向を受けて、標準化へと突き進むことになった。
- 「標準的なカリキュラム案」の審議(2009~2013年)
- 課題整理に関するワーキンググループ(2012年)
- 日本語教育の標準に関するワーキンググループ(2019~2020年)
この3つの会議を経て「日本語教育の参照枠」となった。1)の「標準的なカリキュラム」は、児童の日本語教育に残されたのみで、実質的にJF日本語教育スタンダードを軸に決められた。
標準的なカリキュラム(案)の審議(2009\\ 2013)
審議スタート(2009)
文化審議会国語分科会(第41回(2009年3月)で、次の体制が決まり、第44回:(2010年5月)から「生活者としての外国人」に対する日本語教育の標準的なカリキュラム案について(案)」の議論がスタートする。
日本語教育小委員会ワーキンググループの委員
- 伊東 祐郎 東京外国語大学教授
- 岩見 宮子 社団法人国際日本語普及協会専務理事
- 加藤 早苗 株式会社インターカルト日本語学校代表兼校長
- 杉戸 清樹 独立行政法人国立国語研究所名誉所員
- 西原 鈴子 元東京女子大学教授、前独立行政法人国際交流基金日本語国際センター所長
- 山田 泉 法政大学教授
骨格がまとまる(2010)
生活をカテゴライズした分類に基づく生活ガイド的な導入、構成で、学習者を単純にレベル分けせず、個々に応じてポートフォリオ的なものでやっていくという(「標準」ではない)参照枠的なものだった。
「生活者としての外国人」に対する日本語教育の標準的なカリキュラム案について | 文化庁
https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kyoiku/nihongo_curriculum/index_1.html
課題整理に関するワーキンググループ (2012)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/kadai_wg/
上の会議との関連はあいまいなまま、日本語教育の課題の会議として始まり、ここで日本語教育の「標準」を作ってほしいという国の意向が示される。おそらく、特に就労系で来日する外国人の日本語能力を測定し、在留資格の取得や延長と紐つけられるわかりやすい指標がほしいということだったと思われる。会議はその「標準」をどうするかということが焦点になり、上の(標準志向ではない)参照枠的な「標準的なカリキュラム」は参考程度になっていく。以降、国の日本語教育の会議はわかりやすいレベル認定なども含む「標準」の策定が目標になっていく。
会議の参加者
- ◎ 西原 鈴子 座長。特定非営利活動法人日本語教育研究所理事長で、前独立行政法人国際交流基金日本語国際センター所長
- 井上 洋 一般社団法人日本経済団体連合会社会広報本部長
- 岩見 宮子 公益社団法人国際日本語普及協会理事
- 尾﨑 明人 名古屋外国語大学教授
- 小山 豊三郎 愛知県地域振興部国際監
- 迫田 久美子 大学共同利用機関法人人間文化研究機構国立国語研究所日本語教育研究・情報センター長
- 杉戸 清樹 独立行政法人国立国語研究所名誉所員
この他、文化庁から早川国語課長,鵜飼日本語教育専門官,山下日本語教育専門職,増田日本語教育専門職という人達が参加している。
👉 日本語教育に関わる研究者は上でリンクがある人達のみ。岩見氏は研究者としての登録や論文はありませんでした。
最終報告(平成25年2月28日)
「日本語教育の推進に向けた基本的な考え方と論点の整理について(報告)
この最終報告に唐突に、議論の痕跡もないまま、「なお,こうした議論の際には欧州評議会の「言語のためのヨーロッパ共通参照枠(CEFR)」の実践の成果や課題を踏まえて検討するのが適当である。」という文言が入り、この2013年の一文が2010年代の日本語教育政策の議論の方向を決定づけることになります。
👉 なぜ、唐突に日本版CEFRを作るという文言が前触れ無くここに入り、その後に大きな影響を与えることになったのかは、議事録ではわかりませんし、関係者も何も残していません。そのへんを「日本語教育の論点」で整理しています。
この時点では標準志向の「JF日本語教育スタンダード(外務省)」と参照枠的な「標準的なカリキュラム案(文化庁) 」の2つの方向性がありましたが、国は明らかに国にとって使い勝手のいい、JF日本語教育スタンダードを軸に進めるという意向だったようで、その方向で進みます。
この2012年の会議を受ける形で、日本語教育振興基本法の下、次の2019年の会議に引き継がれることになりました。
日本語教育の標準に関するワーキンググループ(2019~2021)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/nihongokyoiku_hyojun_wg/
ここからは日本語教育振興基本法後なので、日本語教育の方針に関する正式な会議としてスタート。
委員
- ○石井 恵理子 東京女子大学教授
- ○金田 智子 学習院大学教授
- ○松岡 洋子 国立大学法人岩手大学教授
- 協力者: 宇佐美 洋 国立大学法人東京大学教授
- 協力者: 島田 めぐみ 日本大学大学院総合社会情報研究科教授
- 協力者: 簗島 史恵 独立行政法人国際交流基金日本語国際センター主任講師
- 協力者: 菊岡 由夏 独立行政法人国際交流基金日本語国際センター副主任
👉 リンクはReserchi Mapへのもの。Researchi Mapにページが無い場合はCi Niiへのリンク。国際交流基金から2名参加というのは異例。
→日本語教育の標準に関するワーキンググループ | 文化庁
→委員名簿など
議事録へのリンク
この5回の会議を経て二次報告となっている。
-「日本語教育の参照枠」一次報告(2020年11月) | 文化庁
-「日本語教育の参照枠」二次報告 (2021年3月)文化庁
10月12日 最終報告
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/93476801_01.pdf
内容
日本語教育の参照枠(2021)はJF日本語教育スタンダードにある同じCEFR2001年版の日本語訳が元で、CEFRの改訂に従って一部修正がされているだけ。
修正点は以下のとおり
参照枠(2021) | JF日本語教育スタンダード |
使いこなせていることがうかがえる | マスターしていることがうかがえる |
具体的な話題でも抽象的な話題でも | 抽象的具体的な話題の |
日本語話者 | 母語話者 |
共通語による話し方 | 標準的な話し方 |
大抵 | たいてい |
生活Can-do
生活Can-doが作られるとのこと。ただし「2時間のオンライン研修、ウェブアンケートの形式で、100のCan doについてそのレベルを判断、その根拠等を書いていくというもの。謝金2千円程度。」とのこと。こんな風に生活Can-doが作られているというのは衝撃です。
文化庁の「生活Can do」質的検証をある株式会社が委託され、それに日本語教師が「協力」します。2時間のオンライン研修、ウェブアンケートの形式で、100のCan doについてそのレベルを判断、その根拠等を書いていくというもの。謝金2千円程度。
— 作文小論文教室 (@pypykkysakubun) August 6, 2022
影響
本来、参照枠ですし、影響はそれほど大きくないはずということになっていますが、日本語教育の世界は、特に日本国内は、偉い人が決めたことには従う、という風潮があるので、今後、試験がすべて参照枠に準拠し、教科書が変わり、シラバスが変わる、ということになっていくと思います。2020年代の半ばには、昔はどうやってたんだっけ?となりそうです。
さっそく、日本語教育能力検定試験が、参照枠に準拠して改訂すると11月5日にアナウンスを出してました。まだ1ヶ月も経ってないのに…ちゃんと読んだり検討したんでしょうか…。しかし、こういうところは国の方針に抗えないので右に倣えでしょう。国内の日本語教育関係は、こういう組織だらけなので、ガラリと変わることが予想されるわけです。
日本語教育能力検定試験の出題範囲の移行について
http://www.jees.or.jp/jltct/pdf/R4syutsudai.pdf
(保存したもの)
避けられない「標準化」
うーん、オーディオリンガルメソッドの文型積み上げの教え方って、文化庁の『日本語教育の参照枠』の指針から大きく外れた旧態依然とした教授法ではないですか?それをオーソドックスとかスタンダードだっていうのは語弊があるような気がします。 https://t.co/zXQrt1QCPF
— 佐藤剛裕@日本語教師 (@officesatojapan) April 25, 2022
ちょうどこのツイートの2日前に西口光一氏が、note に参照枠の標準化について投稿したばかりで、それについての投稿がFacebookであったりというタイミングでした。ツイッターとはかなり違う景色といえます。
しかし、上のツイートには基金関係者をはじめ、ツイッター上の多数の有名人がイイネをしていました。「参照枠であって標準ではない」ということをどううたっても、結局は、試験が対応し、在留資格が紐つけば標準として機能しはじめてしまうということがありますが、それよりも、こういうある方法が「参照枠にそぐわない」というような物言いが現れることも防げないという問題があります。
教授法だけでなく教科書に対する国の検定もあっていいのではという考え方に発展するのは自然な流れかもしれません。多くのイイネがついていました。
文化庁は「日本語教育の参照枠」に掲げられた行動中心アプローチの考え方にそぐわないので初級教材として『みんなの日本語』は認めないくらいの大鉈を振るわないと日本語教育はよくならないと思いますよ。
— 佐藤剛裕@日本語教師 (@officesatojapan) August 7, 2022
国の検定に通らなければ流通しないとなれば、教材を作る会社は国を向いて教材を作ることになり、当然、そこには国が考える「あるべき日本語、日本の姿」みたいなことも反映されていくことになりそうです。
CEFRでも、2020年の改訂版においては、初版(2001)後のFocus on Form的な研究などをふまえたのか1)「does not prescribe any particular pedagogic approach(特定のアプローチ(教授法)にこだわらない」という表現や「no suggestion that one should stop teaching grammar or literature (文法や文学を教えるのをやめるべきだという提案はありません)」という文言が加わり、方法論についてはより慎重な姿勢に転じているわけですが、日本語教育の参照枠は、より概念的な2001年版をベースにし、その後の改訂を消化しきれていないということが、結果として受けとめ側の硬直的な理解にも繋がってしまっている、ということかもしれません。
消極的なwin-win
元々、これまでも、業界と教科書、教授法の関係は、多数が使う方法に従っておいたほうが、マニュアル化も進み、雇う側も雇われる側も楽だ、というような、消極的なwin-win関係みたいな意識が根底にあったと思いますが、それと同じことが、今後は国のお墨付きを経て行われる、みたいなことになっていきそうです。
今の流れでは、参照枠は学習指導要領のような「国の方針」と理解され、正しい日本語の教え方があり、それを国など、大きなところが示し、指導するという図式が出来る可能性があります。そして、これを受け入れそうな(=標準を欲している)日本語教育関係者は多いです。そのほうが楽ですから。「あくまで参照枠」という建前は、アリバイ的に守られつつも、実態としては強い標準として機能することになる。策定の関係者だけでなく、その周辺にも「由らしむべし」という発想が見え隠れします。
まだ、詳細が決まってない段階でも、上のツイートのようなことになっているのですから、今後「日本語教育の参照枠」は、いろんなところで、より「振りかざされる」ものになりそうです。
どうするんでしょうね?
👉 かつてはツイッターのほうに、本質的な議論があり、リアルがあると言われてましたが、noteのような長い文章をベースにした場所に良質な議論の場は移りつつあるのかもしれません。
今後
2022年、告示改定で、日本語教育機関の抹消基準がCEFRのA2から、この日本語教育の参照枠に変更され、生活Can-do的なものが作られるとのこと。
ただし、国の方向性は以下のような「日本社会への定着度の向上」とか「親日派・知日派としての活用」というものであり、参照枠がどこまでCEFRを範にした学習者個人を出発点にしたものになれるのかは怪しくなってきました。
「留学生30万人計画」骨子検証結果報告
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/jikkoukaigi_wg/koutou_wg/dai8/siryou1-3.pdf
(文部科学省、外務省、法務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、観光庁によるとりまとめ)
「さらに、外国人留学生の受入れを適切に推進していくためには、我が国の技術的優位性を確保・維持する観点等を踏まえ、大学等における技術流出防止対策の強化とのバランスを図っていくことが重要となっている。」
「留学生交流の入り口部分である受入数を重視するこれまでの視点から、我が国において質の高い教育を受けた優秀な外国人留学生の日本社会への定着度の向上や帰国した外国人留学生の親日派・知日派としての活用及びそのネットワーク強化による諸外国との友好関係の強化等、より出口(アウトカム)に着目して受入れの質の向上を図る視点に転換し、引き続き関係省庁が連携・協力しながら施策の深化を図るべきである。」
国際交流基金関係者は、日本語教育能力試験も、参照枠も行動中心アプローチなのだから、役に立つ内容にしろとツイート
真面目な話、チェンバレンとか知らなくて困ることって日本語教師にとってあるんですかね。文化庁ですら #行動中心アプローチ になったんだから、出題者はこれがどう役に立つのか明示すべき。明示できなければ出題すべきではない。
— Yoshifumi Murakami (@Midogonpapa) September 23, 2022
日本語教育「能力」検定試験なんだから。 https://t.co/5iE2nMmP8p
記事
〈社会システム〉として言語教育を観察していく | 未草 https://www.hituzi.co.jp/hituzigusa/category/rensai/luhmann/
第26回 「日本語教育の参照枠」で日本語能力を考える|田尻英三 | 未草
https://www.hituzi.co.jp/hituzigusa/2021/10/30/ukeire-26/
生活者のための日本語教育と日本語支援のあり方について|西口光一|note
① 日本語教育の制度化の光と影
https://note.com/koichinishi/n/n21bc3afa87ed
② 教員養成という課題と「カリキュラムの標準化」という課題
https://note.com/koichinishi/n/na80be961fffa
③ 人間というこの何ともことばに依拠した存在 ─ そして、日本語教育のカリキュラムの標準化の問題
https://note.com/koichinishi/n/n19dab729efa1
④ 生活者のための日本語教育と日本語支援のあり方について 実用的な日本語と自己表現の日本語という2本柱によるカリキュラムの標準化
https://note.com/koichinishi/n/n52a8c0ddd206
資料
Council of Europe Language Policy Portal
https://www.coe.int/en/web/language-policy/home