jf日本語教育スタンダード

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JF日本語教育スタンダード


JF日本語教育スタンダードは、2005年から検討が始まり、2010年に正式発行した。中身はCEFRの初版(2001年版)の日本語訳をそのまま使い、かつ、理念部分を抜いたようなもの。外務省が複言語主義など国内の教育行政に踏み込むようなことは書けないということかもしれませんが、結果として、理念がない使い勝手のいい指標となった。

本文中に「複言語 複文化 行動中心アプローチ」というような語は出てこない。能力記述によるレベル分けとCan-doでやるということのみ。「異文化理解」という語が頻繁に登場する。異文化とは日本の文化のことであることは明白で、日本の文化の理解と適応は日本語学習にといっても重要だというスタンス。この点でも、特定の国と紐つけられていないCEFRとは一線を画する、基金独自のものと言えるが、対外的にはこの点はあまり強調されておらず、「日本語版CEFR」と説明されているし、一般も理解している模様。

→レベル分け、能力記述などはCEFR(2001版)を踏襲。

2017年版もあまり変わっていない。

👉 これはキムの螺旋状図(1988)と言われるものからの引用?

以下から文書がダウンロードできる。
https://jfstandard.jp/publicdata/ja/render.do
独自に保存したもの

2017年の新版では、詳しい説明が追加されているが、母語話者という表現などは残ったまま。能力記述のサンプルも「プレゼン」のまま。弱いとされてきた話す、書くということに関する説明の補填や、異文化理解能力についての補足(「異文化理解能力とは、日本語による発信者と受信者がお互いに柔軟に調整しあう能力のこと」)などがあり、その説明として図(上の図参照)が追加され、課題遂行能力と異文化理解能力の関係を表した図とのことで「JF スタンダードでは、図 1-1 のように、課題遂行能力と異文化理解能力の 2 つの能力は一直線に伸びていくのではなく、行きつ戻りつしながら螺旋的に発達していくと考えます。さらに、両者は相互にゆるやかに関連しあいながら発達していくものと捉えています。」という説明になっている。

異文化(日本文化)理解と適応の重要性は初版より増していると言える。はっきりとCEFRの理念からは決別したということ?

👉 本家CEFRの対照表2018年版では改訂されレベル分けも11に変わっているが、2017年の新版には反映されていない。

👉 日本語教育の参照枠(2021)はJF日本語教育スタンダートが軸となっており、行動中心アプローチなども積極的に採用するとなっているが、基金の立場としては、最終的には「強く影響を与えているが別のもの」というスタンスらしい。策定したほうも、ハッキリしないまま。このへんは、日本語教育の論点を参照。

詳しい内容は専用サイトで。

JF日本語教育スタンダード

👉 2017年ごろに大幅にサイトリニューアルがあり、CEFRとの関連がより強調される記述となった(それまでは「あくまで別物」というスタンスだった)

国際交流基金は、1997年、橋本内閣の行革によって、半官半民の特殊法人から独立行政法人となり、採算性、合理化が厳しく問われることになり、方針転換を強いられることになりました。2000年に入って、日本のハード部門の成長が止まったこともあり、外務省はソフトパワー(「ソフト・パワー(Soft Power)」ジョセフ・ナイ)戦略という方針転換に傾き始め、次第に日本語教育もそのソフトパワーの後方部隊的な役割を担うという位置づけになっていく。

👉 外務省: 外交青書 2007

これらの方針転換を受け、2005に国際交流基金は、大きな方針転換をし、それまでの海外の日本語学習者の「サポート、下支え」から、新たな日本語学習者の「掘り起こし、開拓」に転換するということになりました。費用対効果を厳しく問われることになったことで、日本語パートナーズなどは東南アジアに集中するなど、地域的にも偏りが出てきたと言われている。

日本語普及による我が国のプレゼンスの向上―経済成長を推進する知的基盤構築のために―

【参考】

👉 関連の論文 国際交流基金の日本語教育政策転換について国際交流基金のレトリックが日本語教育から見えなくするものなどがある。

JF日本語教育スタンダードは2000年前後から研究者を招いて会議を重ね、作られた経緯があります。その後、2009年に試行版が作られ、いくつかの検証が行われ、現在に至ります。

日本語教育スタンダードの構築をめざす国際ラウンドテーブル会議録は、新たな海外の日本語教育の目安を作るために2000年代に始まった。CEFRが強く意識されていた。

ラウンドテーブルは会議のこと。新たな海外の日本語教育の方針をが策定したCEFR風の参照枠。参照枠だが標準(スタンダード)となっている。そうなった経緯は後述。当初は海外の日本語教育のものだったが、2017年に特定技能の在留資格の目安として採用され、国内でもJF日本語教育スタンダードでの参入を目指すことになった。

会議の参加者

策定のための会議(ラウンドテーブル)のタスクフォースメンバーは以下のとおり。

以下は基金の関係者?

  • 王  崇梁 (日本語事業部企画開発課専任講師)
  • 大隅 敦子 (日本語事業部試験課専門員)
  • 磯村 一弘 (日本語国際センター専任講師)
  • 柴原 智代 (日本語国際センター専任講師)
  • 島田 徳子 (日本語国際センター専任講師)
  • 篠崎 摂子 (日本語国際センター専任講師)
  • 横山 紀子 (日本語国際センター主任専任講師)
  • 来嶋 洋美 (ロンドン事務所専任講師)
  • 藤光 由子 (マニラ事務所日本語教育アドバイザー)
  • 菅野 貢輝 (日本語事業部長)
  • 嘉数 勝美 (日本語事業部企画調整課長)
  • 金田 泰明 (日本語事業部試験課長)

  • ここでは、参照枠というコンセプトだが、なぜか名称は「標準」でいいだろう、ということになった。
  • 複言語主義という理念に関する議論はほとんどみられない。
  • コミュニカティブアプローチの話しがあり、コミュニケーション重視という話題はありますが、行動中心アプローチ、あるいはそれに類する表現は出てきません。

参照枠をなぜ「スタンダード」にするのかという点で、以下のようなやり取りがあったことも記録されています。

【名称としての「スタンダード」について】

平高(平高史也氏 慶應義塾大学総合政策学部教授)

「日本語教育スタンダード」の「スタンダード」が適当なのかという議論がある。結論には達しておらず当面は仮称としているが、この点についてご意見をいただきたい。

嘉数(嘉数 勝美氏(国際交流基金、日本語事業部企画調整課長))

「スタンダード」というと押し付けがましく、それ以外に選択肢はないという印象が生まれる。一方で、共通参照枠と日本語で言ってもイメージがわかない。代替案として「ガイドライン」が挙がったが、これもまた「教師が学習者を導くべき方法」といった威圧感が生まれるので避けたいと考えている。参照枠のように懐が広く、なおかつ独善的にならない言葉を模索している。

ブレクト(リチャード・ブレクト氏(米国 メリーランド大学)

「参照枠」という言葉は欧米では広く受け入れられている。枠なので強制力は持たず包括的であるという点が高く評価されている。

李(李 徳奉氏 韓国 同徳女子大学校)

「スタンダード」も悪くはないと思う。言葉は、概念をどう定義づけるかによって意味が異なる。ここでは、スタンダードであるがプロセスであると定義づけているので、問題はないと思う。定義で柔軟性を持たせることで良いのではないか。欧州の場合は25の国の23の言葉を対象に枠組みを決めるので、「共通参照枠」が最適の概念となるが、日本だけで使う日本語に「共通参照枠」と言ってもどことどこの共通の枠組みを指しているのか混乱してしまう。

2005年の時点では、基金が特定技能で試験を始め、在留資格の認定に関わったり、その他の国内日本語教育でCEFRが採用される可能性は低かったので、スタンダードでいいということになったのかもしれません。

→ 日本語教育関係者は、言語を木に喩えるのが好きらしいです。言語は何に喩えられてきたかについては言語は何に喩えられてきたかに興味深い記事が。

2009年に試行版として発表され、2010年から正式に運用開始となりました。2010年に能試が変更され、「まるごと」の制作が正式スタート、2013年に販売開始という流れとなりました。(「日本語初歩」は2012年まで販売されていました)

JFスタンダード資料 | JF日本語教育スタンダードでは、日本語、英語、韓国語、インドネシア語版があります。

  • 事業仕分け(2010)
  • 2010年に日本語能力試験の改訂(2010)
  • 日本語パートナーズが開始(2013)
  • 海外の学習者数調査で海外の日本語学習者数減少(2015)

などがあり、JF日本語教育スタンダードは、2010年代半ばから、国内日本語教育への参入を目指すようになり、結果、2019年に特定技能の国際交流基金日本語基礎テストを通じて、日本国内の日本語教育へ参入することになった。(試験の開発の予算は2018年の6月に予算化されている)

2017年前後まで

2017年ごろまでは、JF日本語教育スタンダートはCEFRとの関連は基本的にはないものだ、参考にしたが違うものだと、サイトでも説明されており、関係者もそう説明していた。

最初から「CEFRを日本語に導入」という目的で作られたのではない。
出発点は国際交流としての「相互理解の日本語」であるとか、独自の部分も多い。

👉 キャプチャ 12

この説明は、当時のJF日本語教育スタンダードの説明としては普通のもので、当時は基金はサイトでもJF日本語教育スタンダードの説明としてCEFRを使っていなかった。「まあ、参考にはしましたよ」という程度のそっけない説明でした。基金の説明でも、一般の受け取り方としても、JF日本語教育スタンダードは、CEFRとは別のもので、評価の枠組みだけまさに「参照」しただけのもの、という微妙な存在だった。日本国内の言語政策に関与できない基金(国内は文科省、海外は外務省という省庁による暗黙の「縄張り」があった模様)としてはCEFRの理念や政治的な要素までは背負えないということだったのかもしれません。この2017年のツイートを最後にCEFRについては2021年までツイートはほぼ見られなくなります。

2017年の基金の特定技能への参入内定、翌年の「日本語教育の標準の会議」に前後して基金の説明が変わる

日本語教育の標準の会議では、CEFRの採用ありきで始まります。そしてこの時期に前後して、基金のJF日本語教育スタンダードの説明が変わります。

2018~ 突然の説明の変更

しかし2018~9年にかけて、基金は突然、JF日本語教育スタンダードのサイトをリニューアルし、JF日本語教育スタンダードを、CEFRという語を用いて説明するようになっていった。リニューアルされたサイトでは「JFスタンダードは、このCEFRの考え方にもとづいて開発しました」となっている。JF日本語教育スタンダード自体は特に大きな改訂はなく変わっていないので、説明方法が変わったということだと思われます。

文科省の方針とは別に、2018年の6月にすでに特定技能の試験として国から予算化が下りてますから、それ以前から(おそらくは2017年ごろには。官邸方面から)日本語でもおそらくは国際的にも説明責任として使えそうな「CEFR準拠」で行くという方針が基金に内々に示され(あるいは外務省のプッシュの結果?)、基金がそれに応じたというやり取りがあったのではと思われます。そこで、文科省もCEFR推しだし、これは、もうJF日本語教育スタンダードはCEFR準拠だと主張し強調することになったという可能性が高いのではと考えられます。

他の日本語専門家も、元々、まるごとのプロモーションもあり、CEFR支持でしたが、2017年あたりからは「CEFRとJF日本語教育スタンダードとは別物」というストッパーが外れたからか、ツイッター上でも熱烈なCEFR支持のツイートが増え始めました。

2019年 はじめての公の場での国内参入に関する説明

https://webjapanese.com/dokuhon/files/kikintest3.png,400x250

すでに、2017年から、特定技能の現場では使われ、在留資格と紐ついた国際交流基金日本語基礎テストもスタートしていましたが、当時の官邸と基金の間だけで進められており、日本語教育関係者に説明はありませんでした。

2019年8月にはじめて基金は日本語教育関係者に経緯を説明するとアナウンスし、100名限定の会議で説明がされた。「秘密裏に進められてきた」ということも示唆されています。就労系の人達の日本語能力の評価に関するこれほど大きなことを、説明責任を横に置いて、秘密裏に進めてきたことを公言するのは疑問ですが、ともかく、ここで案内されているのは以下のイベントです。日本語教育学会副会長は上のツイッター(画像)のリアクションを見る限り、この経緯を知らなかった模様。


&color(#8f8667,White){「JF日本語教育スタンダードのCan-doの妥当性の検証」は、ヨーロッパ言語共通参照枠(以下、CEFR)を参考にして開発されたJF日本語教育スタンダード(以下、JFS)は、日本語の特徴から見たときCEFRのレベル感が同様に適用できるのかが議論されてきました。NCでは、2018年度にCEFRの検証方法を参考にJFSのCan-doの妥当性を検証しました。今回の研究会ではその調査結果について報告します。};
ここでも、やはり「CEFRを参考にして開発されたJF日本語教育スタンダード」となっており、なぜか最初からJFスタンダードは日本版CEFRとして開発されたということになっていた。

その後「JF生活日本語Can-do」というJF日本語教育スタンダードのバリエーションとして生活日本語的な特定技能に最適化したものを作り、それにもとずいた教材も作る。ということになり、いろどりと生活Can-doの発表となりました。いろどりは基金ではなく特定技能の予算で作られたとのこと。

文脈化に関するJF発信のものは以下があります。

「JF日本語教育スタンダードのCan-do量的検証について―産出、やりとりのCan-doを中心として―」(2020年)報告書

JFスタンダードの6つのレベルを示すCan-doに関して、CEFRと対照して漢字学習を念頭に妥当であるかという量的検証についての報告書です。サンプルがどうとられたか、が今ひとつわかりにくいのですが、今のところ、文脈化に関する基金の唯一のまとまったものです。漢字学習関連のみということになります。ただし論文ではなく「報告」という体裁になっています。

今井新吾氏のブログ

2019年3月ごろに早稲田大学の今井新吾氏がブログで「チェ・ゲバラ的日本語教育革命」と題して、JF日本語教育スタンダートとCEFRのことについてブログに記事を投稿し(同年7月に記事は全削除された)。記事では

  • 基金の新テストが日本での生活能力を測ることは不可能
  • JF日本語教育スタンダードが当初はCEFRには準拠しないという建て前であった
  • 「まるごと」がCEFR準拠とうたうことは矛盾しているのではないか?
  • 当時の基金の内部の議論ではCEFRと同じく参照枠であるはずだが「スタンダード」と表明することになった、つまり日本語教育のスタンダードにしたいという野心があったのでは

というような経緯などを書かれていた。

「CEFRは基準ではなく参照だが、JFスタンダードはそれを基準にすり替えた。基準を作って、教育を標準化、画一化するのは時代錯誤も甚だしい。」「JFスタンダートはB2以降を放棄した不完全なもの」「CEFRはたまたまヨーロッパで作られたのでヨーロッパ言語を対象しているが、その精神は反言語。ただし、文字については別。アルファベットと漢字では雲泥の相違がある」「JLPTとJFスタンダードは相関しない」基金のテストは「すでにあるテストを援用し、finishing touchを加えただけ」「JLPTに代わる適切な日本語能力判定基準は永遠に来ない」

👉 今井氏の記事もすべて自ら削除されたので、もういろんな経緯などはブラックボックス化してしまう可能性は高いです。いつの日か、自己保身や組織の存続よりも日本語教育、日本語学習者のことを考えて発言する人が現れて、日本語教育史の研究者などによって、きちんと詳細が明らかになる日が来ればいいなと思います。

市瀬俊介氏の論文

国際交流基金の日本語教育政策転換について「日本語教育スタンダード」の構築をめぐって: JF日本語教育スタンダードとCEFRに潜む〈権力〉と諸問題から引用。

  1. どのような言語教育の理念に基づいて「共通参照レベル」ができあがったのが省みられておらず、その基礎となる行動中心主義的アプローチが日本語教育に適応できるのか、という議論がほとんど無い。
  2. 日本語教育の「JF スタンダード」では、CEFR の掲げる複言語・複文化主義という言語思想を考慮することなく、単一の言語主義の発想にとど、まり、「共通参照レベル」をほぼ唯一の着想源としている点に限界がある。
  3. 共通参照枠の普及は「国際基準」という目論見が当初より先行し、最新流行思想を移入する次元にとどまり、日本の社会文化への文脈化をさぐるものではない。
  4. CEFR から JF スタンダードの理念とした「相互理解」の概念の議論がほとんど行われていない。
  5. 言語によって活動するとは何か、個人が市民として社会を作るとは何か、そのとき言語教育とはどんな役割を果たすのかという問いと議論が行われていない。

例えば「③ 共通参照枠の普及は「国際基準」という目論見が当初より先行し、最新流行思想を移入する次元にとどまり、日本の社会文化への文脈化をさぐるものではない。」などは日本語教育関係者にとって重要な論点でしょう。

その他、いろんな論文内での言及


国際交流基金による CEFR の適用と言える「JF日本語教育スタンダード」が,複言語,複文化主義を離れて,日本語という単一言語の評価基準として一人歩きしている現状(第 2 部・第 3 章・山本冴里,他)は,上述の日本の単一言語のマスターナラティブに起因するところが大きいのではないか。


□「複言語,複文化主義」と「日本」は結べるのか ― 細川英雄,西山教行(編)『複言語・複文化主義とは何か ― ヨーロッパの理念・状況から日本における受容・文脈化へ:http://literacies.9640.jp/dat/litera10-5.pdf]]


個別のCan-doで示されたタスクを達成するという点で評価がされており、個別のCan-doの集合体として特定のレベルにあるということが包括的にどのような行動が達成できる者であるのかが見えにくくなってしまっている


日本国内でも大学やNHKでCEFRが採用・参照されている。しかし、これらの取り組みの多くは言語参照レベルの分け方に注目が集まっており、それぞれのレベルにおいてどのような能力が重視されているのかについて理解が深められていない。


□ CEFRの受容的活動では何が重視されているのか
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nihongokyoiku/173/0/173_69/_pdf/-char/ja


&color(#8f8667,White){書字能力は「正書法の把握」、読字能力は「文字で書かれたものを正しく発音する能力」とその存在が認められている。しかし、能力は認められているものの、評価尺度となるような具体的な能力記述文は示されていない。};
□ 拡張・精密化のための読字能力の能力記述文試案作成
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nihongokyoiku/168/0/168_55/_pdf/-char/ja


国際交流基金が紹介しているJF日本語教育スタンダードを利用した日本語学習の例(「JF日本語教育スタンダード 2010利用者ガイドブック〔第二版〕」)では、一転して、「母語話者」という言葉が多用されている。加えて、日本語の学習目標・目的としては、「日本人と日本語で円滑なコミュニケーションができるように」なること、そして、日本人の考え方や習慣・文化・社会について理解を深めることがあげられており、旧態依然とした枠組みが提示されている。また、「日本人が聞いてわかる」等、評価の基準も「日本人」に委ねられている。学習者の会話の相手として母語話者を想定すること、母語話者との円滑なコミュニケーションを目的とすること、母語話者の理解や状態など母語話者を軸とした評価をすること、これらの姿勢はCEFRCan-doにもJF Can-doにも根強く見られる共通した傾向であるといえるだろう。


また、CEFRにおいては、「社会言語的な適切さ」というカテゴリーのなかで、「母語話者が言語を使用する際の社会言語的、および社会文化的な意味を十分に理解し、適切に応じることができる。」(C2レベル)、「母語話者との対人関係を維持できるが、その際、当人の意図に反して母語話者がおかしがったり、いらつくことはなく、また母語話者が当人と話す際、母語話者同士の場合と違った話し方をしなくてすむ。」(B2.1レベル)という記述があり、目標言語の社会言語的、社会文化的な意味の理解と適応、その場に応じた表現や言葉遣いで母語話者との対人関係を維持することができる能力を求めている。この点では、日本文化や社会の理解等を求めるJF日本語教育スタンダードと共通しているといえるだろう


塩原(2012)がいうように、「異文化理解」という言葉の使用は、文化本質主義的思想、マジョリティ的価値観への適応を強制する潜在的機能等を含み、マイノリティが声をあげにくい状況を生む可能性がある。JF日本語教育スタンダードの「相互理解」や「異文化理解」も、既に述べたとおり、決して中立的立場を保証するものではないということを心に留めておきたい。


□ 日本語教育の現状と課題 : JF日本語教育スタンダードと日本語OPIを通して
https://ci.nii.ac.jp/naid/110009814788


以下は、日本語教育関係者以外の人がCEFR研究の中で日本語教育に注目して書かれた論文や記事です。

□『ヨーロッパ言語共通参照枠 』(CEFR)は日本の外国語教育に何をもたらしたか?1 (境 一三 2013)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jactfl/1/0/1_34/_pdf/-char/ja

□ CEFR の日本の外国語教育・日本語教育における応用 浜津大輔
http://www.tufs.ac.jp/common/fs/ilr/ASIA_kaken/_userdata/hamatsu.pdf

本家のCEFRでの扱い

JF日本語教育スタンダードとの関連が書かれたものは見当たらない

本家のCEFRでは、2020年の改定で、大阪大学と東大に関して外大の貢献が言及されていますが、JF日本語教育スタンダードに関しては、言及は見当たりません。

英語版のWikipediaのCEFRのページでは、文科省と大阪大学と慶應大学のCEFR採用が書かれていますが、基金のものは記述なし。能試は特に関連はないと書かれ、基金のテストがA2レベルでパスとなるとだけ書かれています。

2018年の改訂によるレベルの細分化、その他の改訂内容、日本の英語教育の「日本版CEFR」ともいえる「「CEFR-J の10段階のレベルの考え方なども、ほとんど影響を与えていない模様。




研究

〈社会システム〉として言語教育を観察していく | 未草 https://www.hituzi.co.jp/hituzigusa/category/rensai/luhmann/

Council of Europe Language Policy Portal
https://www.coe.int/en/web/language-policy/home

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  • 最終更新: 2023/01/28 02:13
  • by webjapanese