皆さん、こんにちは。日本語教師の大澤恵利です。現在、私は複数の大学で留学生に「外国語としての日本語」を教えています。前期授業が終わり、成績評価も終わり、やっと夏休みに入りました。「大学の先生は休みが多くていいですね」と言われることもあります。しかし、長期休み中も常に授業のことは考えていて、完全休養とはならないのが辛いところです。
さて、連載第1回目の今回は、大学で学ぶ留学生たちについてご紹介します。文部科学省の最新データ(2023年5月)によると、日本で学ぶ外国人留学生は279,274人で、うち188,555人が大学の正規留学生や高等専門学校など高等教育機関で学んでいるのだそうです。コロナパンデミックによる日本入国制限の影響により、留学生数は一時減少していました。コロナパンデミックが落ち着いた今、留学生数は再び増加に転じています。
統計の数値だけ見ていても、留学生数がどれだけ増加しているのか感覚としてはわかりにくいかもしれません。私の勤務校では、留学生用クラスがレベル別、技能別に細かく分けられ、さらに同じレベルのクラスが複数設けられています。大学側からは私のところに担当コマを増やせないかという打診が何回もありました。そして、手元の履修登録者名簿が上限まで留学生の名前でびっしり埋まっているのを見ると、やはり留学生は増えているのだなあと実感します。
私は普段、複数の大学で学部留学生、大学院留学生、交換留学生、研究留学生など、様々な留学生に日々接しているのですが、そんな彼らはいろんなルートで日本に来ています。
一つ目のルートは私費留学です。学部の正規留学生は日本あるいは母国で大学準備期間を経て日本の大学に入学をしています。学生にもよりますが、私が担当クラスの学生に聞いたところによれば、1年ないし2年を日本あるいは母国の日本語学校や予備校で学んでから日本の大学に入学したのだそうです。コロナパンデミックの時は日本に入国できなかったため、ビデオ会議システムを利用したオンライン授業を受けていたそうです。
二つ目のルートは国費留学です。文部科学省奨学金留学生制度があり、日本の在外公館での選抜試験を経て日本に来た留学生がいます。私はかつて海外の大学で教えていたことがあり、その時に自分の教え子を奨学金留学生として日本に送り出したことがあります。どの学生も大学側が自信を持って送り出した、とても優秀な学生達であったことを思い出します。留学期間を終え母国に帰国し、母国で活躍する人もいれば、留学期間が終わっても日本に留まり学業を続ける人もいます。私の教え子たちの中には日本で就職し、新しい家族を得て、今も日本で暮らしている人もいます。
三つ目のルートは交換留学です。日本の大学にはたいてい交流協定を結んでいる海外の大学があります。交換留学生はその協定校からやってくる留学生で、日本からも日本人留学生が協定校に派遣されます。留学期間は半年ないし1年が多いようです。自分の大学の籍を置いたままの留学なので、日本の大学で取得した単位と自分の所属大学の卒業単位を互換することも可能です。なお、交換留学生は受け入れ側の大学から奨学金をもらえたり、宿舎を優先的に確保してもらえたりするなど、留学生活において配慮をしてもらえることが多いようです。
学部の正規留学生で一番多いのは中国からの留学生です。リベラルで裕福な家庭で育った学生が多いという印象があります。私が駆け出しの頃は、中国人留学生というとアルバイトをしながら学校に通うというイメージがありました。今学生と話すと、アルバイトをしている学生のほうが少数派です。日本留学経験がある中国人の先生とお話する機会があったのですが、「今の中国人留学生は鍋すら持っていない。自炊をしないので、毎日の食事は外食やデリバリーで済ませている。家も親にマンションを買い与えられている学生も少なくない。私達の留学時代とは大違いだ」という話を聞いたことがあります。さて、そのような中国人留学生ですが、なぜ日本を選んだのかという問いには、中国の大学に入るのが難しかったから、日本は中国から近いから、日本は治安が良くて住みやすいから、日本のアニメや漫画、ゲームが好きだからといった理由を挙げる学生が多いです。大学卒業後の進路については、帰国して母国で働きたい、もっと勉強したいので大学院に進みたい、ほかの国へ行って勉強を続けたいという声が聞かれます。
一方、交換留学生の出身国・地域は実に多様です。協定校にもよるのでしょうが、欧米の学生の割合が多くなります。やはり日本のアニメや漫画、ゲームが好きだから、日本文化に興味があるからという理由はよく聞かれます。今は英語プログラムを開設している大学も多いです。大学の授業を英語で受けられるので、日本留学にあたって日本語能力が問われないこともあるようです。私の勤務校でも英語で受講できるクラスを増設していて、留学生の受け入れに力を入れています。
学部生、大学院生を問わず、日本語を学ぶ理由に日本のアニメや漫画、ゲームを挙げる人はとても多いです。その豊富な知識には舌を巻くほどです。自分で買ったアニメや漫画のグッズを大切にしている様子を見ると、本当に日本のアニメや漫画が好きなんだなと思います。ホラー漫画家の伊藤潤二ファンだというある学生は、伊藤潤二の代表作「うずまき」がプリントされたジャージを着てきて、嬉しそうに私に見せてくれました。また、腕に大好きなアニメキャラクターのタトゥーを入れた学生もいました。その学生は、日本のアニメから人生において大事なことをたくさん学んだと言っていました。「自分の国のアニメは勧善懲悪といった分かりやすいテーマが多いが、日本のアニメは主人公の挫折や挑戦、人間的成長を描いていて、とても深い」のだそうです。コミケなどのイベントもアニメや漫画好きな学生に人気で、自分で描いた作品をコミケで販売したという学生もいました。また、休みの日には、アニメや漫画の舞台となった街などを訪れる、いわゆる「聖地巡礼」を楽しんでいるという話も学生からよく聞きます。
日本のアニメや漫画、ゲームが日本語を学ぶ入り口になっていることは間違いありません。今はインターネットさえあれば、さまざまな学習アプリや学習コンテンツにアクセスできます。コロナパンデミックのおかげで(?)オンライン学習が急速に発展し、教育機関に所属せず日本語を学ぶ学習者も増えています。そのような自学自習者を後押ししているのが情報通信技術(ICT)なのです。国際交流基金海外日本語教育機関調査では把握しきれない日本語学習者が世界中にたくさんいることを頭に置いておくことは大事だと思います。
これはある研究留学生から聞いた話です。その学生の専攻はコンピュータサイエンスなのですが、アメリカのコンピュータサイエンス専攻の学生は日本語を学ぶ人が少なくないのだそうです。その理由はというと、コンピュータサイエンスと日本文化は親和性があるから、とのこと。「侘び寂び」に代表されるようにシンプルであることを是とする日本文化はコンピュータサイエンスを学ぶ学生にとって理想的なんだそうです。というのも、プログラミングを組む際にプログラマーの癖が出やすいのだそうで、だからこそプログラミングはシンプルであることが重要なんだそうです。ちなみに、Pythonプログラマが持つべき心構えを簡潔にまとめたものをThe Zen of Pythonというそうです。”Zen”は日本語の「禅」です。私はPythonをほんの少しだけ勉強したことがあるのですが、Pythonの文字列を見るとその学生が言ったことがわかるような気がします。
もう一つおもしろいのは、日本研究をしているわけではないけれど、自分の研究のためには日本語が必要だという学生がいることです。一体どういうことかというと、ある特定の分野においては日本が最も研究が進んでいるため、日本で資料収集したり日本の研究者に接触したりする必要がある、そのために日本語が必要だというものです。例えば、チベット研究です。日本のチベット研究は仏教研究から始まっていて、日本は世界で最も早くチベットに関する研究を始めた国の一つなんだそうです。チベット学の研究機構も一番早く成立し、資料面から見ても、日本が世界で一番充実しているのだそうです。これまでこうした研究をするために日本語が必要で、それで日本語を学んでいるという学生を何人も見てきました。
日本語教師をしていてよかったなと思うのは、学生を通じて自分が知らないことを知り、広い世界を感じられることです。また、学生のおかげで日本や日本文化のことを振り返ることもできます。実は、日本語を教える以上に学生から教えてもらうことのほうが多いのかもしれません。
この連載では、私が大学の日本語教育の現場で日々見聞きしたこと、感じたことなどをご紹介していきます。次回もお楽しみに。