アルバイトは会話の練習になるか?
こういう投稿がありました。
この辺のSLAの本や論文を読めば読むほど「日本語学校は一斉授業と教師は最小限にして学習者がバイト先で文脈と共に語彙と文法を習得していくのをサポートするのが最適解」って結論にしかならない。https://t.co/w3XrvVPlsz
— 佐藤はやと @日本語動画教材開発者&SNS運用 (@Hayato_Sato4989) January 4, 2024
そこそこイイネされてましたから、こう考えている人は結構いるのかもしれません。そして、おそらく一般の人もこう考える人は多いようです。生きた言語は社会の中で学ぶものであって、学校では学べない、みたいなことです。就労系の人は職場で日本語が学べるだろう。留学生はみんなコンビニとか居酒屋でアルバイトをしていて、そこで交流があるだろう。そこで自然に習得し上達する。生きた日本語を学んでいるだろう、的なイメージです。アメリカの大学などの留学生は学内のアルバイトしかできないみたいな規制もあったりするので、そこでゆったりアルバイトをしながら、同世代の人達と会話もする的なイメージもあるんだろうと思います。
結構、外国人政策を語る政治家や関係者にもこう考えている人は多いです。財界の有名人なども現場で覚えればいいだろう、みたいなことを言いがち。実際に技能実習制度や特定技能で日本語学習機会が設けられないのは、こういう理屈が支えていると思われます。
2023年に行われた「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」でも「仕事をしながら日本語は学習すればいい(から日本語学習機会の提供はしなくてもいいのでは)」という意見は散見され、結果、日本語学習機会の保証は行われないことになりました。以下議事録の一部です。
この会議の経緯と議事録はここに記録しています。
「日常生活で日本語は学べるだろう」というイメージは、少なくとも日本の外国人の就労系や留学制度では、事実ではないだけでなく、就労系の制度において日本語の学習機会を奪うことに繋がり、留学制度でのアルバイト時間拡大など人手不足利用の拡大に繋がります。非常にマズいのです。いやそうではないのだ、ということはちゃんと説明したほうがいいと思います。
日本人留学生のイメージで考えると間違う。
日本人留学生が海外でそういう経験をしたという話はよく聞きます。しかし海外留学をする日本人留学生は、そこが英語圏なら日本ですでに小中で500時間、高校で+300時間くらいは最低勉強した後ですし、その他の言語圏への留学でもたいていは勉強した後に留学します。話すのが苦手でも、十分に知識はある。もちろん学費ローンを工場のバイトで返済しながら留学する日本人留学生は少ない。しかし、日本に来る留学生は、ほぼ日本語知識ゼロで来ますし、バイトは社会勉強ではなく、借金返済のための「仕事」です。新しいスマホや旅行、車を買うためにしているのではないわけです。
技能実習生、特定技能、留学において働くのは「稼がなければならないから」
技能実習生の仕事はほとんどが単純作業でハードです。仕事中に会話はない。休憩や食事も同じ国の仲間とすることがほとんどです。日本人の同僚やボス、先輩との会話も限られたものだけということがほとんど。週40時間が目安となっていますが、実習生は希望して残業をする。これは特定技能も同じです。
実は、留学生もほぼ同じです。
留学生のほとんどは、午前中授業なら午後から。午後授業なら深夜にアルバイトをする。ここ10年くらいは、もう入学時に働く場所は決まっていて、入学金のローンの契約になっていたりもします。たいていは提携先の企業などの工場、ホテル清掃、食品加工などです。つまり閉ざされた場所で、深夜労働も多い。日本語学校の留学生の生活の実態を知っていれば、バイト先で日本語を学ぶことはほぼ不可能だとわかると思います。
いろんなデータ
少し調べてみました。
令和4年の全留学生(含む大学、大学院など)のアルバイトの種別は多い順に
- 宿泊飲食が34.7%
- 卸売り小売りが21%
- その他が17.3%
- 建設、製造が7.6%
- 教育が6.6%%
です。コンビニは「卸売り」でしょうか。居酒屋や牛丼屋などは「飲食」、ホテル清掃は「宿泊」。「その他」は、クリーニング工場や食品加工、清掃全般などなどが入ると思います。
「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(令和4年10月末現在)|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_30367.html
上の別添3「外国人雇用状況」の届出状況表一覧(令和4年10月末現在)[PDF形式:367KB]に留学生のアルバイト状況があります。
これは日本語学校の学生に限ると、おそらくちょっと状況は違うと思います。日本語学校の状況を加味して考えると、おそらくは…
- 日本語学校の留学生の4割はアルバイトをしていない。
- 交流目的でやっている人は15%
- コンビニ、レジなど対人系のバイトに必要な日本語能力はN2
- 1年でN2以上の合格する日本語学校の学生はおおよそ8万人中12000人で、15%
N3くらいなら飲食はやれる可能性はあると思いますし、実際に働いている人は多いはずです。ただ、日本語学校の学生でコンビニなど日本語を使うアルバイトをする人は限られていることがわかります。その他大勢は、居酒屋、引っ越しなど、それほど日本語を使わないアルバイトをすることになり、2年経過してもN3に到達するかどうか、くらいの学生、つまりほとんどの日本語学校の学生は、授業終了後にマイクロバスで提携先(入学時に学費ローンを組んだ際にそこで働くことになっている関係企業の)の工場に「護送され」洗濯工場、食品加工、産廃などの仕事をする、あるいはホテル清掃、農家…etc。ほぼ日本人に人気がない、単調で黙々と作業をするような仕事です。
アルバイトをしなくてもいい留学生は、例えば大学院や大学に直で留学した人、大学の別科の人などが多そうです。日本語学校への留学生も最近はリッチな人がいますが。この人達はその気があれば、バイトをしたり、旅行をしたり、日本人の友人を作ったりと、生きた日本語を学ぶチャンスに恵まれていると言えそうです。後述しますが、調査によると、社会勉強でバイトをしているという層も2割くらいいるようです。
コンビニや外食で日本語の勉強になるか?
洗濯工場ではなく、実際にコンビニや居酒屋で働いても、客や店主と仕事に関わる話しを長々としたり、まして世間話をするみたいなことは無かったりします。弁当を温めながら「何処の国の人?」「スリランカです」などとという会話はほとんど起きないですし、牛丼を盛り付けながら、自国の文化を語るなんてことは無理です。
実際にはコンビニや居酒屋で日本語を話すか?という問題もあります。居酒屋で常連と「元気?」とか「どこから来たの?」などと声をかけられて、一言二言話すことはあるかどうかくらいでは?コンビニで店員や牛丼屋で店員と客が日常会話をすることはほぼ無いでしょう。複雑なオペレーションであることは確かで日本語能力や仕事能力も求められますが、日本語の練習になるかは疑問です。宅急便の受け取り、あたためますか、などなど定型的なやり取りで終わるはずです。
そして、チェーンはとにかく忙しく、そこそこ客がいてもワンオペみたいな話しはよく聞きます。人件費を削るためギリギリまで絞り込まれている。深夜などヒマな時間帯は最小限の人数になっており、ほぼ日本人はいないので、誰かいても同僚の同国人と話すくらいのはずです。留学先でアルバイトで知り合った現地の人と休日に遊びに行く、なんて話しはほとんど聞かない。生活費に加えて、別にだいたい1年で100万くらい(入学時のお金。次の年は進学先のお金)稼がないといけないので、土日もアルバイトをしている人はかなりいます。
社会の中で生きた日本語を学ぶのは、留学では極限られた人達のものだと言えると思います。そして、技能実習生や特定技能でも似たような環境だと思います。黙々と作業をし、昼食時に日本人と雑談くらいはするかもしれない。しかし、就労系の人達は日本語学習機会のサポートがないので、つっこんだ話しにはならない。帰って寮で同じ国の同僚と話す生活でしょう。
社会的な存在である学習者が社会の中で言葉を使う機会はほとんどないのが、日本の留学制度、就労制度だと思います。
当然ですが、上のような状況下では、日本語学校で自宅での勉強を期待するのは難しいです。宿題は出しても復習的なもので、予習的なモノで、それをあてこんだ授業、例えば、反転授業的なことをやるのも難しい。
技能実習生や特定技能の人が仕事以外の時間で日本語を勉強するのはもっと大変です。若いとはいえ、朝から晩まで牡蠣の殻をむいて(どこで日本語会話を体験できますか…)、2人部屋、3人部屋に戻ってから勉強しろというのは酷です。
教室の中のほうが多様でバリエーション豊かな会話の場面、状況を作り出せるということがあるかもしれません。日本語の教材では、買い物や旅行などでも、やたらと会話が出てきます。しかし、実際は今の日本では、買い物はもちろん、旅行でも、ほとんど他人とは会話をしないまま過ごしていますし、話しかけられることも想定していない人がほとんどです。
以下、資料を置きます。
資料
私費外国人留学生生活実態調査(文科省)
上の厚労省の数字は届出なので正確ですが、こちらはアンケートで、職種もちょっと細分化されています。留学生の4割はアルバイトをしていない、みたいなことも、この調査でわかります。あとアルバイトをする理由などもあります。
|留学生に関する調査|日本留学情報サイト Study in Japan
https://www.studyinjapan.go.jp/ja/statistics/seikatsu/index.html
日本語学校の留学生の6割がアルバイトをしています。意外と少ない。
次は種類。これは日本語学校だけの数字は出てません。おそらく大学や専門学校生と較べると肉体労働系が多いことは想像できますが、コンビニ、飲食業が6割。
時間は学校別になってます。専門学校生と日本語学校が突出して多い。つまり、日本語学校ルートの留学生のマジョリティである日本語学校→専門学校で滞在中に稼がなければという学生ですね。
アルバイトをする理由は、当然「必要だから」が多く、日本人との交流目的ではないわけです。
以下は2015年のアルバイトに関する論文です。コンビニやレジは日本語能力試験N2が必要とのこと。そうなると日本語学校の学生でやれるのはごく一部ということになります。
https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2015/09/pdf/098-115.pdf
多分、本来なら、アルバイトや学校以外の時間で言葉を学ぶことはもちろん可能だし、有効なはずです。現地にいるんですから、日常生活で学ぶ姿勢は重要です。海外ではできない多様な日本語表現に触れるチャンスです。でも、今の就労や留学の制度はそういう環境ではないんですね。残念ながら。まずは、そういう環境にするために、どういうことが必要かを考えるのが大事だと思います。
反転授業は可能か?
アルバイトが大変ということに関連して言うと、自宅学習も大変ということになります。学校によっては多くの宿題を出すところもありますが、バイト漬けみたいな学生が多い学校では出さないとも聞きます。ただ、宿題の多くは復習的なものとのこと。宿題は全員にやることを期待するのは難しいので予習を期待するのは厳しいということでしょうか。時々、宿題は悪か?みたいな話の中で、宿題はダメといいつつ反転授業は素晴らしいと言う人などもいて、これが、反転授業は宿題だけど、宿題には入らない授業の延長だから、という理屈なのだとすると、これも、学習者には酷な話しだと思います。
よく日本語学校では反転授業をなぜやらないのか?みたいなのを見かけます。
今の留学制度(アルバイトで学費のほぼすべてを稼ぐ前提)と状況(為替格差が大きい国からバイト前提のローン返済で留学費用と進学先の学費と生活費すべてを賄う人がほとんどの現状)では、難しいと思います。
反転授業にもいろいろありますが、特に前もって勉強していることを前提に授業をするみたいな予習的なものを課すタイプのものは無理ではないかと思います。日本語学校の授業は国の規定で年760コマで、1コマ45分なので570時間。週20コマ(15時間)、一日4コマで3時間ですが、アルバイトは週28時間やってます。もしかするとそれ以上。つまり毎日、授業時間より多く働いている。しかも風俗関係以外なら、産廃からトイレ掃除まですべて可能なのが、留学という在留資格のアルバイトです。自分の子供が仮に大学受験に失敗し浪人したとして、予備校に通いながらこういう生活をしろとは言わないでしょう。
もうひとつ、反転授業の効果は盛んに喧伝されますが、予習がマストになっており、実質的に授業時間が増えていることも加味すれば、効果があがるのは当然の結果と言えます。また、日本語学校のように週20時間日本語だけ学ぶという環境では、反転授業で自宅でやる分を授業に組み込むこと、つまり、動画でざっと概要を学んでから授業に入るみたいなことも可能なので、わざわざ自宅でやらなくてもよい、ということも言えます。講義をやって練習、協働学習、という流れは、そのまま反転授業の流れですが、似たようなことをやっている日本語学校はあるはずです。
授業時間がたっぷりあれば、反転授業は自宅であるべき、動画であるべき、みたいなことにこだわる必要もないわけです。今の日本語学校や専門学校の人に動画をみて概要を理解してこい、やらないと授業について来れない、みたいなことを課すのは過酷な気がします。反転授業好きな人は、反転授業のあるべき姿、やり方にこだわることが多いです。動画で自宅でやってこそ「真の」反転授業だとか。新しい手法ほど硬直的になりがちです。