「本当に言いたいこと」が言えないというのは母語であっても存在します。「言語化」というワードは流行ってます。
「言語化する」とはどういうことか？
「言語化する」はプログラミング用語でもあり、ネットでは初期から使われているようですが、一般の人が「自分が言いたいことを上手に表現する」という意味で使い始めたのは、多分、2010年代後半あたりからじゃないかと思います。2020年代に入ってますます増えているという印象です。
母語でも言いたいことを整然と、ロジカルに書くということは、ある種の人には求められているということだと思います。特にネガティブな感情、「不快」「モヤモヤする」「納得いかない」「不愉快」で済ますのではなく、筋道をたてて書いたりすると賞賛されるみたいなことがあります。SNSは、この言語化を探すみたいな要素もあります。「共感」は上手く言語化されているという賛辞でもあります。
ロジックとして整然としたものでなくても、的確な語があれば嬉しいということもありそうです。そういうコンセプトの辞典はたくさんあります。
言語化 辞典 – https://www.google.com/search?q=%E8%A8%80%E8%AA%9E%E5%8C%96+%E8%BE%9E%E5%85%B8
そもそも語がないというケースもあります。多言語の世界では十分にありえることだということは、日本語教育関係者は知っていると思います。
名前のないことば辞典 (YUEISHA DICTIONARY) https://amzn.to/3uzsCIM
「言語化する」という考え方は、言語教育において学習者が言いたいことを言う、というのにかなり近いと言えます。自分の感情や言いたいことが、言葉を駆使して表現されていると、スカッとするみたいな感情が、学習者の言いたいことが言えることは良いことだ、という考え方を支えている側面もありそうです。
ただ、この言語化は、結構要注意なところがあるように思います。自分がモヤモヤとしていたものと、誰かが「言語化」したものはイコールでないこともありそうです。より立派で難しげで、多くの人に支持されそうで、どちらかというとポジティブな解釈に変換されたものが選ばれるのではないか？という疑念があります。自分の言いたいことよりも立派なものが選ばれがちということです。
言語化してくれた！と判断する判断能力も疑う必要があるということです。冷静に「元々自分はこんな立派なことを考えていたっけ？」みたいな検算が必要な気もします。
この言語化されるスッキリ感を利用して、人を微妙に誘導したりということもあれば、ある種の権威主義的な雑音が混じることもあります。
日本語教育の世界でいうと、昔から経験的に行ってきた方法に対して「それは最新の理論でも＊＊＊と呼ばれているものです」と褒めたりするケースがありますが、ある種の固定された方法や理論に沿って「言語化」することで、微妙に意訳されてしまうことがあります。理論の中に組み込まれてしまったその方法は、今後は理論にコントロールされ、形骸化してくという道を辿り始めたりします。
あるいは、そういう言語化は、言語化する人の権威を高めるという効力も持っています。経験的に優れた方法に辿り着いた人のほうが素晴らしいわけですが、本で知った知識を当てはめたに過ぎない人のほうが権威を持つという現象があります。そういうことを十分に知った上で、言語化請負人として、現場で育ち培われてきた方法を、次々と言語化するだけの人、がいます。
同じようなことが、SNSでも起こっているのをよく目にします。自分のモヤモヤを立派に言語化してくれる人をフォローし、その人を頼ることになる。頼られた言語化請け負い人はイイネがつきそうなことを考え始めるようになる。SNSの勝者はそこそこに俗っぽい言語化ができる人である、みたいなことにもなっているように思います。
つまり、なんとなく「言語化する」というコンセプトには、やや怪しいところもありますし、人に言語化させていいのか？という疑問もあります。人に言語化させた末路が誰かの信者になってしまうみたいなことに繋がりはしないか？みたいなことでしょうか。
で、「自分の中に本当に言いたいこと」が真実で純粋なものとして存在する、ということも疑ったほうがいいような気もします。本当は面倒だと思っていても、立派に言語化されてしまえば、表向きは、そっちを取っておこう、使わせていただきます、みたいなところがあるように思います。
時間もないので、今回の「本当に言いたいこと」を考えるシリーズはこれで終わりです。思いついたことを書いただけのメモ的なものでしたので、特に結論はありません。
【参考】
言語化 | CiNii Research all 検索 https://cir.nii.ac.jp/all?q=%E8%A8%80%E8%AA%9E%E5%8C%96