ゾンビのプーさん

アニメ、「クレヨン しんちゃん」の作者が山の事故で亡くなった。

元気でイタズラ好きな、しんちゃん は、日本だけでなく海外でも人気らしい。
スペインでは、子供に大人気だとか。

マンガがテレビアニメになり、人気が出ることは多いが、ロングセラーになることは少ない。
日本では何十年も続く子供向けのテレビアニメというのが存在するが、その席は
だいたい、5つぐらいで、増えも減りもしない。
なかなか席は空かない。

10年に一度くらい入れ替えがあり、しんちゃんは、ここ10年でその席の確保を確実にしつつある
大物ルーキーという扱いだった。

突然の訃報で、出版社は慌てたようだ。
漫画家の著作権は、出版社が管理していることが多く、映画やテレビ、雑誌の連載などが
一度に終ってしまうと、大打撃になる。

結局、訃報から、一ヶ月もたたないうちに、しんちゃんのテレビの連載は、続くことが決まった。

日本のマンガは、作家にもよるが、だいたい10人くらいのチームで分業で作られている
ことが多いそうだ。作家は、おおまかなストーリーと、重要なところの絵だけを描き
背景や途中の絵は、スタッフが描く。

人気漫画家は、小さな会社を作り、漫画家の卵を社員として雇い、いくつもの雑誌の
連載をこなす。

ただ、人気が出て、テレビのアニメーションが始まると、もう手が足りなくなってくる。
スタッフの数は膨れ上がり、ストーリーを考える人、女性専門に描く人、主人公専門の人。
背景の機械類だけを担当する人、などと、どんどん細分化され、ちょっとしたアニメーションの
工場となる。

作者は、次第に、直接、製作に関わることはなくなり、ストーリーや絵に、OKを出すだけの
「管理職」に、なっていくことは、珍しくないそうだ。

先日、くまのプーさんが、復活する、というニュースがイギリスから届いた。

私は、作者が亡くなった後、キャラクターで商品を作るところまでは許すとしても
新しいストーリーを作るのは、ルール違反で、創造性というものに対する敬意を欠いた行為だと思う。

しかし、しんちゃんの時も、プーさんの時も、そういうことを言う人は誰もいなかった。
私が、ルール違反などと言っても、そんなルールは世界には、ないからだ。

マンガやアニメの世界は、そのうち、ゾンビ達に乗っ取られてしまうだろう。



800円の意味

昨日行った時計屋は、寂れた駅前の商店街の一角にあった。
古く、薄暗い店の奥に、善良そうな夫婦がぼんやりと座っていた。
「電池の交換お願いします」と言うと、驚いたように、「ハイハイ」と居住まいを正して
時計を渡すと、ダイアモンドでも預かるように、手にとって、15分ほどで作業完了。
「ついでに中を掃除しておきましたよ」で、2000円。

おととい、ホームセンターで、訊いた時は
「できるかどうかわからないけど、あずかっておきます、1週間かかります。1200円です」
ということだった。カウンターを覗くと、「時計修理」と書いたプラスティックの箱に数十個の
腕時計がゴムで束ねて詰め込んであった。修理センターに送るのだろう。

ホームセンターは、郊外にどんどん増えているし、いつ行っても、駐車場は満杯だが
東京や大阪などの大都市の中心以外は、駅前の商店街は、ゴーストタウンになりつつある。
勝負は明らかだ。

腕時計は、今、ひとつ100円でも売っている。うちに、2つや3つはあるのがフツウだ。
一週間ぐらいは、無くても問題は起きない。
じゃあ、1200円のほうに持って行こうと考える人が多いのは、自然なことかもしれない。

私にとっても、800円は、小さな金額ではないけれど、2年に一度のことだ。
私は、時計の電池が切れたらまたあの店に持って行こうと思っている。

多分、あのおじさんは、時計が好きで、時計のことなら、なんでも知っているような気がするからだ。

そういう人が、自分が住んでいる町に一人いる、というのは、ちょっと気分がいいと思いませんか?



女性誌

日本語の調査をする必要があって、女性誌をいくつか読むことになった。

つまらない。。。

まったく面白くない。

古本屋で100円で買ったり、図書館で借りたり、だったので、よかった。
定価で買っていたら、と思うとゾッとする。

何がつまらないのか、考えてみた。

1) どの女性誌を読んでも、出てくるのが 「ポジティブ」という言葉。流行っているらしい。
  何でも、前向きに考えて、元気に過ごす、ということらしいが
  私には、単に、無理をしている人にしか思えない。
  
2) 読者の年収の定義がはっきりしているようだ。
  あの雑誌は、年収*百万円以下の人は読んではいけない。
  という暗黙の了解があるらしい。
  知らずに買うと、全編に渡って疎外感を覚えることになる。

3)どれもが個性、自分らしさ、などと、やたらと強調するが、驚くほど
  嗜好が似通っている。(これは、男性誌でも同じかもしれないが)

4) 有名な人が、いかに私は、普通の人と同じ生活をしているか
   と語る記事が多い。しかも、ほぼ全員が、環境問題を憂慮しているようだ。
  
5) どうも、環境問題の関連か、北欧が偉いらしい。
   お手本は、北欧のムダのないライフスタイルで、輸入の一脚
   数十万のダイニングテーブルなどが、あこがれの的らしい。
   昔の日本の生活に、「もったいないを探す旅」をしたりするらしい。

6) 女性ならではの感覚、主婦のカン、など、女性には、男性にはない
  特別な能力がある、という前提でハナシが進むことが多い。
   「私たちには、女の子センサーが備わっているの!」 なんて
  見出しもあった。

  女の子センサー。。。

それにしても広告が多い。雑誌を買わなくなってから10年以上経つが、こんなに広告が多かった
だろうか。半分以上なんて、レベルではなく、全ページの7割ぐらいが広告という雑誌もあった。



地名

地名は難しい。

ヨーロッパでも、昔の地名のなごりで、やたらに長い地名が残っていることがある。
ひとつの単語が長々と続き、意味を尋ねると「ウイベン村の西の谷が細くなっているところ」
だったりする。

日本の地名が難しいのは、漢字の読み方だ。
まず、「町」の読み方。これは、「**まち」「**ちょう」のふたつの読み方があり
諸説あるが、どの説も例外が多すぎる。ほぼ規則性はないといっていいだろう。

「オカチ町」は、マチで、「キンシ町」は、チョウ、なぜなら、昔からそう呼ぶから。

つい最近、ニュースで有名になった地名は、おそらく日本中の人が読み方を間違ったはずだ。

八ッ場ダム

政権が変わり、このダムの建設を進めるか、辞めるかで揉めている。

「やつば ダム」としか読めないが、実は、これは、やんばダム と読むのだそうだ。
なぜそう読むのかはわからない。

昔の古い地名が「やんば」だったのかもしれないし、本当は「やつば」だけれど
地元の人がなまって「やんば」と呼ぶようになったのかもしれない。
「やんば」という響きは、少々、田舎っぽいところがある。

漢字というのは、読めるようになると、読めない人をバカにしたくなるものらしい。

何年かすると、「これ、やんば って読むんだよ、知らないの?」
なんて昔から知っていたみたいに言う人が出てくるのだ。 
2009年に知ったばかりのくせにね。



外国の地方都市を歩いていた時のこと。
後のほうで、何だか、変な音がする。
女性の声で、ピッチが高く、舌足らずで、喉を絞って不自然に無理やり薄っぺらくしたような声。
そう、アニメ声、と言われる声だ。

振り返ると、ショーウインドーの前で日本人女性らしき二人組みが
「カワイー」と叫びあっていた。

日本語だったから、気がついたのかもしれない。
しかし、よく考えてみると「kawaii-」という言葉は、それほど日本独自の音が含まれているわけではない。
やはり、あの声の質、出し方、が特殊だったのではないだろうか。あれは、世界でも稀な音だ。
外国人の女性で、あんな話し方をするのを聞いたことがない。

もちろんすべてではないが、大多数の日本の女性の声の出し方、話し方は、本当に特殊だと思う。
30代になると、不自然な発声は薄まるが、端々に、「カワイイ」話し方が残る。

知り合いの女性によると、少し前までは、男性の前だけで、出す声で、女性同士だと地声になる
ということだったらしいが、「最近の子は、女性同士でも、アニメ声の子が多い、ちょっと低くなるけど」
とのことだ。

もはや特殊な話し方ではなくなっている。
店内のアナウンスでも、落ち着いたレストランでも、老舗の店員でも、アニメ声の女性は多い。
「えっ! そんなしゃべり方が許されているの?」ということが増えた。
おそらく、駅のアナウンスや国会の議長が、アニメ声になる日は近い。

今回の選挙では、30代から40代の女性の政治家がたくさん誕生した。
選挙区で、大物の議員を破っての当選だったが、意志が強そうで、パッと見ただけで老人達よりも
優秀なのはあきらか、将来性もありそうだ。
インタビューでは、みな、少し疲れた表情で、枯れた低い野太い声で話していたのが新鮮だった。

私は、小学校のころに、二人で手をつないで、秘密の通学路で一緒に通っていたヤスコちゃんも
中学のころ、北海道から転校してきて、仲良くなったミキエちゃんも、声が低くハスキーだった。
筋金入りの低音、ハスキー声好きなのだ。
ミキエちゃんの声なんて、今でも、時々思い出すくらいだ。

今、考えると、ヤスコちゃんも、ミキエちゃんも、そのことを気にしていたようだったので
ひょっとすると、30年前から女の子は高い声のほうがいい、というムードがあったのかもしれない。

クリスコナーが亡くなった、というニュースを知って、ちょっと考えたことでした。

ああいう魅力的な声の女性、少なくなりましたね。