SNS上の日本語教育界隈(クラスタ)の記録:| 概要と特徴 | 2010~2022年9月 | 2022年10~12月 | 2023年 | 2024年 | 2025年 | 2026年 | みん日まつり |
ここをクリックすると、この記録に関する基本的な考え方が現れます。
基本的に、日本語教育クラスタでの受け取られ方に違和感を覚えたもの(多くは特に問題視されてなかったもの)を中心に淡々と経緯を記録していくというスタンスです。日本語教育クラスタは村落共同体的な閉鎖的な空気が強く、その場その場で言いっぱなしで、無かったことにされるというケースが多いので。業界のソトの人達への説明も意識しつつ、業界のことをあまり知らない若い人達に、こういう有名人、有力者の投稿が無批判に流れてくるから、これが普通で、業界の空気なんだ、これに馴染まなければ、と思う必要はないよというメッセージでもあります。違う考え方もあるよという参考のため、記録と補足意見を。
2025年の日本語教育クラスタは、日本語教育の参照枠警察と多文化共生マナー講師、みたいな高齢の人達の場所となりつつあるように思います。両方できるぜ!という人達もいます。
それにしても、特に生活類型に関しては「日本語教育機関」っていう枠を拡大して、「外国人統合センター」みたいな機関に改組して、必要なスペシャリストを公費で雇用する仕組みにした方がいいんじゃないかなー。ほんとは教育を通じて移住過程を達成していると考えれば日本語学校もそうなんだけど…。
— Rintaro KATO☮️ (@rintarock1980) March 22, 2025
今の日本語教育の参照枠の延長線上なら「統合センター」はありえるかもしれません。国際交流基金の関係者も2010年代からドイツの例を盛んにアピールしていますし、就労もそうしたいんでしょう。公費投入のためには国策としての統合という旗印が必要という理屈があり、待遇があがるなら日本語教育関係者も歓迎しそうです。
ちなみに、欧州には、ドイツの移民の統合政策への転換に対しても、それに言語教育が組み込まれていくことについても、強い批判があります。元々CEFRに批判的な欧州外の人達も、やっぱりCEFRは移民向けのご都合主義の枠組みだったな、ダメだなと考える人は多く、そういうスタンスをリベラルな立場とするのが一般的です。
偶然、同日に投稿された記事。日本語教育の参照枠とその方向性に疑問を呈している内容でした。
» 同僚・同級生・隣人とのおしゃべりは社会的な課題か|西口光一 https://note.com/koichinishi/n/n4d03e53e0e2c
このへんの用語のズレについて以下で整理しました。
【memo】共生と同化と統合 https://webjapanese.com/blog/j/archives/15888
新制度の下で、日本語教育機関や文科省、外務省の意向に沿って日本語教育に関わり続けたいという立場の人達のポジショントークが露骨になってきたなという気がします。ほとんどの人が、外務省、文科省、日本語学校業界のいずれかの利益に沿って発言し、それぞれにとって、都合の悪いことは、無かったことにする。それぞれ無かったことにしたいことは一部重なっていて、3つのところが同時に重なってる部分は、まったく無かったことになる。みたいな。
ただ、日本語教育クラスタは、これらのポジショントークに対して「立場上仕方ないよね」みたいな諦念があってスルーしているのかもしれないし、もしかしたら、皆自由にモノを言ってると信じていて、ポジショントークとは認識できていないのかもしれない。このへんは、よくわからないままです。陰謀論を叫ぶみたいに分かりやすくはないですからね。
現員なら19(専任7)でギリギリやれたけど、ちゃんと1.5倍にできてたら、つよいな。申請してるってことは名簿上はいるんだろうけど。そんなことを考えてしまいます。ちなみに専任10じゃなくて12なのは今月から専任の規定数が定員60人に1人から50人に1人に変わってるからです。お気をつけください← https://t.co/mrkk6c0U0V
— MANO Arinoske (@mano_arinoske) April 6, 2025
ST比がコロコロ変わるのは、専任の教員を雇うべき数もコロコロ変わるということで、40から50や60に増えるということは、その分、専任を解雇できるということですが、このように日本語教育機関側の人達とっては この数字のラインは守るべきギリギリの数字であり、それさえクリアすればいい、うっかり下回らないように気をつけましょう「お気をつけください」という数字でしかない、ということなんだなと思います。
ST比の40がどういう数字か、計算方法、世界の水準、それが50や60になるのは、日本語教育機関にとってどういう意味があるのかは、こちらで補足しています。言うまでもなくST比ルールは、日本語教師の雇用の安定に最も影響する重要な指標で40でも専任の比率は半数以下で大きすぎると言えます。
認定日本語教育機関の過去の審査結果が文科省のウェブサイトから見られなくなっている件について問い合わせたら、「機関の運営や学生募集への影響を鑑みて最新版のみ掲載している。ただし、国立国会図書館では公的機関のウェブサイトがアーカイブされているので、そこから閲覧可能」とのこと(確認済)。
— Rintaro KATO☮️ (@rintarock1980) April 10, 2025
これは文科省としては「機関の運営や学生募集への影響を鑑みて」情報公開をしない。という話であり、本来、学校の情報が必要な学校を選ぶ立場の人達(留学生であったり就労系の人達、小中学生やその保護者)などは、もちろん、学校を仕事先として選ぶ立場の教職員のことは考えられていないということですが、「公的機関が運営することになったメリットの一つ」と紹介してしまうのは、ちょっと理解しがたいという気がします。
ちなみに、国会図書館が公的機関の文書をアーカイブ化しているのは国の方針ではなく、国会図書館独自の判断で、かなり前(2002)からやっているものに過ぎません。クローラーによる収集なので漏れもあります。つまり国立国会図書館にあるというのは、情報公開のためでも透明性を高める目的でもなく、当該省庁は削除したということと同じです。本来、一旦公開した重要ような情報は、関係者にわかりやすい形で自ら保存し提供するのが情報公開です。
情報公開、透明化を最も必要としているのは、良質な日本語教育機関を選ばねばならない留学生や就労系の人達地域の日本語の学習を希望する人達で、次にそこで働く教職員でしょうか。日本語教育の世界で最も弱い立場の人達と言えます。業界の都合で公開したりしなかったり、という性格のものではないのでは。
【参考】国立国会図書館(NDL)が取り組んでいるウェブのアーカイブ、その世界的潮流と可視化の可能性(矢崎裕一) - エキスパート - Yahoo!ニュース https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/3687ff5714e1bf2b22c4c642973d654b72cd8e85
一連のことを時系列でまとめると…
という10日間の出来事でした。28日の謝罪以降は、日本語教育関係者からの言及はほぼ無しになりました。
日本語もできない分際で、現地人にこんなこと言えるなんて、どんだけメンタル鉄壁なんだよ?と思ってしまった。そう言えば前に同じ状況で絡まれたのは、中国の人だった。こんな経験をすると、自分のような立場の人間ですら「外国人観光客いらね」って思ってしまう。
— 磯村一弘 ISOMURA,Kazuhiro (@Honigon3D) April 20, 2025
「みつかりません」となっているのは、削除されたからです。このWikiで引用したものはこのように原文は残ります。これは、このWikiの仕様ですが、Xの仕様でもあります。Xも、一時、投稿を削除したら外部で引用した文言も消える仕様だった時期はありましたが、削除して逃走、みたいなケースが多く、批判を浴びて(裁判などもあって)、一旦投稿したものは記録として残るような方向の仕様となりました。「忘れられる権利」よりも「パブリックな場所に書いた責任」を重く見ることになったわけです。昔から、欧米では、そういう考え方のほうが支配的です1)。
わざわざ、他の例を出し、国籍まで出して2)、外国人観光客いらね、という結論になってます。
以下は、そろそろ削除しそうだなと思ったので、念のため保存した画像です。
ちょうど先月、ChatGPTの画像解析の性能が上がったということだったので、場所を調べてみました。国際交流基金の近くの南浦和駅で10~16時前後だろうとのことでした。一応書いておくと、エレベーターの左右どっちか、歩いてよいのか、という、海外はもちろん、国内でも地域によって全然違うルールを「わざと右側に乗って立ち止まるという社会啓発活動😆」をし、わざわざ口論の元を作りながら、そのルールの理解を外国人にまで求め、対応が悪いからと上のように「日本語能力が低いからダメだ」とし、ついでにJRもダメだと言い、なぜか外国人観光客は歓迎しないみたいなところにまで広げるというのは、ほとんど迷惑系愛国ユーチューバーみたいな行動と投稿だと思います。
一般の人向けに補足すると、国際交流基金が、2018年ごろに政府に強く働きかけて特定技能の要件に自らが行う新たな試験を課し、教材を作る予算を勝ち取ったことを知っていれば、基金の日本語専門家が「日本語もできない分際」と、外国人を日本語ができるかどうかで選別するようなスタンスであることに不思議はありませんが、この投稿が、普段から多文化共生をうたう日本語教育関係者からスルーされたことは、一般の人には、ちょっとわかりにくいかもしれません。
もちろん、日本語教育関係者にも、日本に滞在する外国人の半数以上は、日本語を勉強する機会を与えらていない、自腹で残業後に勉強するしかない、という制度的な欠陥を知らないまま、日本語能力が高い外国人ほど良き市民だと単純に考える人もいます。日本語教育ビジネス的にも、日本語の上達が人物の評価に反映されれば、日本語教育に従事している我々は得をする、くらいのボンヤリした感覚もあるのかもしれません。
ただ、日本語専門家は独立行政法人である国際交流基金では業務委託の関係で職員ではないせいか、専門家間の関係性も薄く、組織的な行動規範もなさそうですし、研究機関としての倫理観を共有している印象もありません。日本語専門家もXでアカウントを持ってる人は数十人いますが、互いにリプなどはほぼしない。個々がバラバラの組織という印象です。こういう組織で修士を取得しただけで、若い頃から日本語専門家という肩書きで、一般の日本語教師に対して長く指導的立場でいることになるという特殊な環境で育つから「分際」という言葉が普通に出てくるような、独特の感覚を身につけるのか、(学歴、肩書き、家柄重視で気位が高いと言われている)外務省的な空気に染まるというのことなのかはわかりません。
少し離れますが「分際で~」という表現は使うか使わないかハッキリ分かれそうです。使わない人は一生使わないけど、使う人はわりと使う。自分に向けるか人に向けるかという違いはありますが。また、「~のくせに」とか「~風情で~」という表現と共に日本語学習の際は、要注意マークをつけたほうがいいのかな、というグループですが、国際交流基金では、こういう表現が飛びっているのかと思うと、それもゲンナリします。あと、普通に「途上国」が普通に悪口として使われるのも外務省の天下り組織ではあるんだろうなと思います。
追記 1
春先は機嫌が悪い模様
文型シラバスの教科書に固執するために「本来する必要がない準備」を強いられて疲弊して辞めていく日本語教師に対して「すぐ辞め」たらいいと言い放つベテラン日本語教師が存在していること自体がこの業界の脅威。こういう人こそすぐ辞めてくれたら業界の労働環境が少しは改善されるかもしれない。 https://t.co/BU8Ak8acSS
— 磯村一弘 ISOMURA,Kazuhiro (@Honigon3D) April 22, 2025
上の投稿の後、こういうのも続きました。元の投稿は、使っている教科書のせいで授業準備が大変という人は、そこは辞めて他に移ればいいのでは、というものですが、反論されてキレたのか、おまえは業界自体をやめろ、やめれば業界はよくなると引用して投稿。
追記 2
上のシラバスどうこうの投稿がボヤ騒ぎになったついでに、その前の「日本語ができない分際」投稿も蒸し返されはじめました。この時点まではスルーされていたと思います。
追記 3
投稿してから8日後、批判が起きてから3日、元投稿を削除して2日後に謝罪
この度の発言により、不快な思いをされた皆さまに心よりお詫びいたします。差別的な意図は一切ありませんでしたが、エスカレーターで体当たりされ身の危険を感じた上、誤ったルールをもとに怒鳴られたことから、怒りにまかせて投稿し、不適切な言葉を使ってしまいました。今後は冷静な発言に努めます。
— 磯村一弘 ISOMURA,Kazuhiro (@Honigon3D) April 28, 2025
エスカレーターでわざと右側に乗って「啓発活動」をしていたこと、何を言ったかは書かずに、身の危険を感じた、怒鳴られた、ということになってました。削除したし、大半は覚えてないだろうということなのでしょうけども、おそらく、一週間もすれば、その通りに忘れられるでしょう。一ヶ月で何か起きたかも忘れられる。
最初の投稿にイイネをした数を超えるイイネがついています。この謝罪にもイイネがついてました。現在、イイネは投稿者以外には知られない仕様なので、こっそり本人にだけ「私は気にしてませんよ」と伝えるには都合がいい機能になっています。一般的に閉鎖的なクラスタでは、有力者が炎上すると、数日後から「仲間」の投稿やリプが増えるという後夜祭的な現象があります。仲間的な人達の無関係な投稿も不自然に増えます。これも「私は気にしてませんよ」という当人やその周辺に対する目配せと共に、タイムラインの空気の入れ換えに協力するみたいなことなのかなという気がします。
最初の投稿から削除までの一週間の間、ほとんどの日本語教育関係者にフォローされているはずの人の投稿なので、少なくとも日本語教育関係者はみてるはずですが、SNS上の日本語教育関係者で多文化共生ご意見番みたいな人達は、これまでネット上で批判してきたことのショーケースのようなこの身内の出来事には、まったく触れず、何事もなかったように過ごし、謝罪後は援護射撃的な投稿もチラホラありました。
日本語教育クラスタのウチとソト
おそらく埼玉の市議かなんかの投稿だったら、批判も殺到し村の外でも炎上したと思いますが、村外には知られないまま済んだようでした。日本語教育クラスタはかなり閉鎖的な場所で3000くらいのフォロワーだと、ほとんど身内とその周辺なので、中のことが外に広がらない。ソトの人達も村の存在はほぼ知らないということになっています。これが物理学クラスタなどだと、震災などもあり、何かの際に物理クラスタの意見をみておくことは重要だとなっていますし、言葉に興味がある人達は言語学クラスタをフォローしていたりしていますので、有名アカウントはほぼ1万越えです。つまり学術系クラスタは、ソトにむけて開かれているところと、そうでないところがあります。日本語教育は典型的な後者です。投稿もほぼ身内を意識して行われます。
追記 4 応援団によるステルス援護射撃
以下は謝罪直後、同日、翌日の投稿です。後夜祭的な現象のひとつだと思います。
エスカレーターの右側に立ち止まって乗ってる人を後ろから小突いたり突き飛ばしたり怒鳴りつけたりする輩のおかげで、善良な市民がリスク回避のために右側を開けざるを得ない問題。混雑時の乗客の搬送量が半分に低下して安全性に問題が生じているし、荷重が左側に偏るので保守上も問題がある。 pic.twitter.com/WLTdPtu3D5
— 佐藤剛裕 (@officesatojapan) April 28, 2025
上の投稿は本人もリポスト
エスカレーターを降りた所でデカいスーツケース持って立ち止まってる奴にブチ切れたことはあります。めっちゃ危なかったし。
— すなみA @🇲🇽 (@SenseisitoAkira) April 28, 2025
とにかく「私は一連のことは問題視してません」という含みで「問題は外国人ウンヌンではなく、そこですよね?」ということが示唆されています。歴史の修正みたいなカンジです。直接言及するともらい事故が怖いので、ちょっと遠いところで援護射撃しますぜ、親分!みたいな投稿群です。
これが「敵」であったなら、微に入り細に入り、謝罪の方法まで批判されることになったはずですが(援護射撃の投稿者は、普段からそういうことをしそうな人ですが)、味方と認知されれば擁護される。ということになっているように思います。こうなると、もうロジックではなく、仲間であり味方の人物に対しては「悪気はなかったし」「外国人に対するヘイトであるはずがない」ということになってしまう。こういう敵味方の論理に、恐怖を感じる人はいるのではと思いますが、残念ながら、そういう人に、日本語教育の世界はちゃんとロジックが尊重される場所だから大丈夫だよ、と言う自信がないです。
しかし、この謝罪でよかった。めでたしめでたしということになりがちなクラスタでもあります。議論のすり替えだと感じる人のほうが少数派です。炎上の内容は関係なく、炎上は不愉快な出来事で、なんでもいいから謝罪で終わったことにしたいという人のほうが多い。元投稿も消えたし、経緯を辿ることはできないのでなんか炎上したけど謝罪して収まった案件となってしまうだろうなと思います。
追記 5 オレの要約
謝罪したからOKで終わったことにするという空気は、こういうことを生むなと感じました。援護射撃で修正された歴史にのっかったカンジです。
「きけん。歩かないでください」という掲示のあるエスカレーターで、外国人観光客と思われる方から後ろから体当たりされたうえ、「どけ!右側は歩け!」と英語で怒鳴られた件ですが、多言語での案内表示も必要ではないかという旨を、JRのサイトから意見を送っておきました。後日談ですが、FYI。
— 磯村一弘 ISOMURA,Kazuhiro (@Honigon3D) April 30, 2025
謝罪の3日後の深夜に元投稿が消えて2日間が経過したこともあってか、もう確認できないだろうということか、「オレの要約」を投稿。イイネもちゃんとついてます。日本語教育関係者の言及は無し。FYI(For Your Information)は、「ご参考までに」くらいの意味です。「どけ!右側は歩け!」の英語は覚えているはずですが無く、日本語だけなのは意訳だと言われたくないから?
基金の人は投稿削除しがちなので、記録のためキャプチャ取らなければならない。メンドクサイです…。
20250501061007.png
まとめ
私はこの日本語教育界隈の、深刻な問題や議論でも、炎上という曖昧な語に変換して、正面から向き合わず、被害を受けた人(今回は迷惑系ユーチューバーのような態度の餌食になった外国人と、なぜか似たような人達として扱われた外国人観光客)のことを置いてきぼりにしたまま、ボンヤリしたマナー問題、気持ちの問題、自分の快不快の問題、個々の性格の問題にして、本人の謝罪で、顔を背けながら終わったことにして忘れる、というような終わり方に、いつも違和感を覚えます。
この種のことをロジックではなく個人の快不快を軸にするということは、その時の受け取り側の気分やその時のタイムラインの空気(2010年代と今はこの種の問題について全然違います。今はかなり厳しいですが、またユルくなる可能性はいつでもあります)に左右され、有力者であるかどうか、相手との関係によって割り引かれたりもする。被害を受けた人のことは常に横に置かれます。そして、こういう忖度は組織や村の中でこっそり行われているのではなく、世界中の人達が見ている中で行われているわけです。
元々、自称「社会啓発運動」で始まったトラブルですが、結局、当事者も周囲もちょっとした個人間のトラブルということで終わらせようとする。こんなんで「学習者を社会的存在として捉える」こととができるの?という気がします。
ちなみに
また、このエスカレーターの問題は数年単位でおなじように繰り返し話題になることで、すでに単に機械の保守上の問題にすぎないが、いろんな理屈がくっついてわけがわからなくなっている問題ということのようです。
「エスカレーターは2列で立ち止まった方が輸送効率が良い」というのは方便で、よくあるシミュレーションでは立ち止まるケースが常に隙間なく乗っている想定なのに歩くケースは片側に間欠的にしか人が来ない想定になっていてフェアな比較ではない。…
— Kohta Ishikawa (@_kohta) May 16, 2025
つまり、輸送量は低下しないし、危険でもない。ましてマナーの問題でもなく、単なる機械の性能と保守上の都合ということです。
👉 ちょうど画像資料の製作中だったので、ついでに作ってみました。国際交流基金が主催する日本語能力試験の説明部分です。引用されている看板の「エスカレーターでは歩かないでください」go-g9w4bwaais6d.jpg は、N5合格でも理解は微妙なところです。
ChatGPTにアップして翻訳させて、生成させていた模様。
CEFRの文書のライセンスは、オープンではなく、翻訳しての再配布は禁止されている。
https://x.com/Midogonpapa/status/1915928200678682962
AIにCEFRでの本文(2001年)と追補版(2020)を読み込ませて、英語の本文と日本語訳を引用しながら中学生にも分かるように説明する「中学生のためのCEFR」を作りました。 英語が苦手な人や、興味のある人は、連休中に読まれるといいでしょう。 https://chatgpt.com/g/g-680c20f0b3e08191aa3b1da50b169665-zhong-xue-sheng-notamenocefr-yorotuhagong-tong-can-zhao-waku…
AIにCEFRでの本文(2001年)と追補版(2020)を読み込ませて、英語の本文と日本語訳を引用しながら中学生にも分かるように説明する「中学生のためのCEFR」を作りました。
— 村上 吉文 (@Midogonpapa) April 26, 2025
英語が苦手な人や、興味のある人は、連休中に読まれるといいでしょう。https://t.co/dpZcIz3tT2
拡散希望!
基金とEUの間に使ってもよいという取り決めがあるなら、その旨、クレジットがあるはずですが、それも無し。国際交流基金かEUに許諾があるかどうか尋ねればわかるかもしれません。
というわけで、若い(特に女性)教師がプライベートレッスンをする場合、ある程度直接法にこだわっても良いと思う。頑張って英語で対応していると、教師側は毅然とした態度を取りにくく、ハラスメントの温床となりうる。そっちが日本語覚えないと会話の相手にはならないよ!くらいの強気でいいと思う。
— 佐藤理恵子@日本語教師 (@nam_taan) April 28, 2025
一般論として、学習者の母語を知っているか、英語ができることは、学習者自身のコミュニティともコミュニケーションができるという意味で、また英語力は英語メディアや英語社会に対する影響力を行使できるという意味で、ハラスメントの予防になる可能性がある、ということは聞きます。英語力が抑止力になるケースはハラスメントに限らず世界中にあります。英語圏社会はハラスメントに厳しい。例えば日本でハラスメント行為をしたとなったら、ほとんど社会生活は続けられないくらいのダメージを負うはずです。今は特にネットに英語で投稿されたら終わりですし。
これも一般論としてですが、相手の母語でしっかりとコミュニケーションできることがハラスメントの防止に役立つこともあると考えるのも自然だと思います。コミュニケーション不足はハラスメントが起きる大きな原因のひとつでもありますし。
しかし語学力が影響するかは横に置くとしても、直接法が日本語しか使わない強固な態度と映るのでハラスメントの予防になるというのは、まったく関連がわからないです。ハラスメントの予防は、毅然とした態度、準備、場所の選定、ルールなどをきちんとすることがまず重要で、媒介語を使っても、それらはきちんと示し、伝えることができます。教え方の手法との関連がどこにあるのか…。教師は基本、学習者にとってベストの方法を選ぶべきという意味からも、教師育成に関わる研究者が、特に根拠もないまま直接法がハラスメントの予防になるから、直接法がよいと勧めてしまうこと自体にも大きな問題があると思います。
#生成AIと日本語教育
— Himawariiiiii (@Himawari111171) April 29, 2025
先日のいい思った使い方
読解用の教材をスキャンでpdfに。
pdfをGeminiに貼り付けて、テキスト読み取ってもらう。
さらに、内容理解の問題を作って、とか文法についての問題を作ってと頼むと勝手に4択で作ってくれました✨
テキストをわざわざ入力しなくてもいいところが◎
これも著作権がらみの許諾があるかどうか案件です。市販の教材だと思うので、著作権の侵害の可能性が高いと思います。基本、日本語教育業界では、自分に著作権が無いものをネット上のAIや翻訳などのサービス上にアップロードするのは原則NGというの、まったく守られてないです。市販の教材をAIサービスにアップして類似とか関連の作問させたりが普通になると、もう教材作るビジネスは終わりという気がします。
これは少し前の「CEFRの文書を勝手に日本語化して配付」の国際交流基金の日本語専門家のリポストでみた投稿です。国際交流基金の日本語教育関係者は著作権の知識がほぼ無く、これまでも「40人以下ならネット上で出版物を共有してもOK」とか「電子書籍は学校で回し読みすれば安上がり」みたいな投稿を普通にしていて、組織からオトガメもないようで、日本語教育の世界の著作権侵害にかなり貢献してきました。基金には職員や関係者向けの著作権のガイドラインも研修も無いんだろうと思います。(個人情報保護の知識も壊滅的なので、法律に関する研修が無いんだろうと思います)
基金は自身の教材のライセンスは厳しい
国際交流基金は、上のように民間の著作物の著作権を侵害するような発言をたびたびしていますが、自身で作ってる有料の「まるごと 日本のことばと文化」と無料の「いろどり 生活の日本語」は、前者は基金の予算、後者は特定技能の予算で作られているので、CCなどのオープンなライセンスで無料配付でも驚きませんし、これを使ってAI生成をすればいいと思いますが、決して使わない。どちらも税金で作ったものですが、ライセンスは厳しく、まるごとは普通の著作物のライセンスと同じで、三修社という民間の出版社で販売(ちなみに初級総合教科書では最も高価)私的利用以外はすべて禁止。いろどりは、そもそもフリーで配付しているものですが、二次著作物を作るのはOKで配付はOKですが販売は禁止。どちらも翻訳とAIに関しては言及無し。基金は自身の教材に関しては決して著作権を侵害するような行為も発言もしません。このへんのなんとも小ずるいカンジは、一般の人にはあんまり気づかれないですが、他の日本語教材を扱う出版社は悔しい思いを持つ人も多いはずです。
Michael long の Second language acquisition and task based language teaching という有名な本をAIに読み込ませて、中学生用に回答するように設定してから、第二言語習得に関する教員のよくある質問をぶつけてみました。
— 村上 吉文 (@Midogonpapa) May 30, 2025
僕自身も、質問7,8,9あたりは勉強になりました。
上のCEFR関連本だけでなく、こういうことも始めてました。あと書籍版とその他の文書の著作権をCCにしたり、パブリックドメインにするなどと宣言していて、そもそもAI生成物は生成した人に著作権が無いとされることがほとんど、ということも知らないみたいで、どうにもならないカンジです。
市販の本を勝手にアップしてその著者が答える体でAIに答えさせ、ネット上で公開するだけでも、いろんな権利を侵害していて問題ですが、自分の著作として出版するのは、手遅れとはいえ、普通は誰かが止めると思います。
すばらしい https://t.co/Vyn87MBvf1
— uichi.kamiyoshi (@uichi1113) May 31, 2025
研究倫理的にもやっていいわけがないことですが、日本語教育の世界ではOK?
12.pdf3.pdf4.pdf4hosoku.pdf5.pdf6.pdf7.pdf
本として続々と出版している模様。
弟よ、これだけは知っておけ!: 第二言語習得の基本と日本語教育 電子書籍: 村上 吉文: Kindleストア https://www.amazon.co.jp/dp/B0FD8MLFN7
カンタ!これだけは知っておいて! : サツキお姉ちゃんが教える行動中心アプローチ 電子書籍: 村上 吉文: Kindleストア https://www.amazon.co.jp/dp/B0D2L3XV5V
美咲先輩!一つだけ聞いていいですか?: 留学生のための第二言語習得の初歩 | 村上 吉文 | 日本語 | Kindleストア | Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0FFZQC2BV
ラオスの文化まるわかりガイド: 初心者でも楽しめる入門編 | 村上 吉文 | 雑学・クイズ | Kindleストア | Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0FCD1P85J
「冒険新書」という名前にした模様。
諦めていた英語が伸びる!: 第二言語習得の新常識が教える、50代からの最短ルート (冒険新書) https://www.amazon.co.jp/dp/B0FGTDHGK1
「落ちこぼれ」は存在しない: 一斉授業と積み上げ型カリキュラムの弊害 (冒険新書) eBook : 村上 吉文: Kindleストア https://www.amazon.co.jp/dp/B0FJCR6JHR
100カ国!百人町国際高校物語全集 eBook : 愛宕あい: 本 https://www.amazon.co.jp/dp/B0FMNG12LW
その後、次々と自費出版で出していて、11月には、24年の蘇州日本人学校バス襲撃事件をモチーフにして亡くなった方を主人公に、AIで感動物語にして公開してました。画像も生成してました。普通はやらないし、所属組織(国際交流基金)が止めるだろうし、クラスタ内でほぼ最大のフォロワーを持つアカウントなので、誰か批判したりがあるんでしょうけども、何も起きないまま。
「フーさんの大きな背中」(蘇州日本人学校バス襲撃事件)
— 村上 吉文 (@Midogonpapa) November 12, 2025
1.バスを待つ時間
太陽の光が、バス停の地面を強く照らす。
アスファルトの匂いが、むわっと鼻の奥をついた。
ぼくは中国の蘇州(そしゅう)の日本人学校に通う、小学四年生のケンタだ。… pic.twitter.com/Pu5m9na7xV
【参考】
AIサービスに他人の著作物をアップして、その著作者が答える体裁で作ったものをネットで公開することは法的に問題がありますか。 https://chatgpt.com/share/683b6077-8a98-8013-acd0-862d9920824f
「第二言語習得研究のマイケルロングの著作権管理は誰がやっていますか?今所属している研究機関はありますか」 マイケルロングの著作権管理 https://chatgpt.com/share/683eb44e-49e8-8013-bca5-44bf78c47a8e
授業態度がダメで大学が対処しないから個人的に学生を実名で入管に通報とか聞いたことがないです。
▪️武蔵野大学別科の留学生による授業妨害(入管に報告済)
— 全国日本語教育非常勤講師会(JJPT) (@nihongo_jjpt) June 1, 2025
2025年4月23日(水)に授業妨害が発生した。その時、教務主任に連絡したが、全く何も対応することはなかった。未だ何も対応していない。詳細(下記のPDF)を全て入管に報告した。https://t.co/SxK90WXZrR
「自分には経験が足りない」という真摯な人が多いですが、これまでの先生方の経験の集合知である第二言語習得の本を何冊か読めば、かなり効果的に経験値を稼げますよ
— 村上 吉文 (@Midogonpapa) June 4, 2025
氏は国際交流基金の日本語上級専門家として海外の日本語教師に第二言語習得について教えたりしているらしいので、国際交流基金の公式の解釈なんだろうと思います。
認定校を目指し7月から教科書が全部変わるそうだ。
— ちどり (@kukuloove) June 6, 2025
それまでの数ヶ月、2教科については教科書は買わず印刷して使う。
多い時は12ページコピー、それを学生分印刷してホチキスでとめる。非常勤講師が時間外にすること?
気が弱い私は声に出せない。xで発散。
これは労基署案件だとおもいます。
「うちは残業代は出さずに、頑張ってくれてる人を評価することにしたから、その分手当て出す」って釘刺された😇急に残業代の話をされてナンノコッチャと思ったら、他の社員から訴えがあったらしく、私が首謀者だと思われてるw前から残業代については言ってきたけどもう無理っぽいなこれ。#日本語学校
— あんてぃ🦥日本語教師向いてない (@Y95742004) June 10, 2025
タイトルが酷いミスリード。
— 佐藤理恵子@日本語教師 (@nam_taan) June 13, 2025
内容を読めば、あくまで「養成施設卒業者は不合格でも5年間は介護福祉士として登録でき、介護現場で働き続ければ期限の定めのない介護福祉士になれる特例」という話なのに、「外国人にのみ特例が認められる」と誤解している人が多い。しかも2017年から既にある特例なのに。 https://t.co/ViRhe3jWPf
タイトルには外国人のみに特例が認められると書いていないし、適用が8000人を超えたとあるだけで、最近できた特例とも書いてません。外国人を想定した特例というのもほぼそうで、問題があるという議論も当初からあります。タイトル含め、ミスリードとは言えないでしょう。
重要なのは、長年、介護看護の人手不足問題を解決できず、ビジョンが作れないまま、オプションとして外国人枠も考えましょうくらいだったけれども、介護系の学校は定員割れが続き、国内での確保が難しくなり、ずるずるとこうなっている現状が問題で、EPAのような育成だけでも無理になり、ルートを拡大したけども日本語学習サポートは追いつかず、待遇は改善されないので若い人は来ない。仕方ないので準資格的なものを作る。準資格も反対がありうまくいかないので、なんとなく働き続けられることにして、その期限も延長するしかない。ということになってます。
EPAでの外国人介護士の受け入れが決まった時点では、養成施設ルートに国家試験受験は義務づけられてなかったので、試験の義務化は矛盾するとなり、准介護福祉士という資格が、養成施設ルートにだけ設けられて、これも2016年度からの導入予定が2022年度まで延期されたりしてます。
一般的に、この種の資格の人手不足による準資格化は、現場の労働問題に直結するだけなので反対も多く、難しい。准看護も廃止の方向なので時代に逆行しているという批判もあります。介護士は看護士ほど政治力を持ってないので、準資格化を受け入れるしか無いということになっているに過ぎず、保育士、介護福祉士、准看護師の資格統合という案がありこれにも当事者達は反対している。いろんな利害関係がからみあうので、日本語教育の専門家として日本語能力がこのくらい必要ですよ、と言うだけでは何も解決しないという難しい状況になってます。これは他の職種でもある問題で今後顕在化していく可能性がある。例えば事故が多発した時に日本語能力の低さが問題視される可能性は高く、逆に仮に日本語能力が原因だったとしても制度上、外国人に頼らざるを得ないので隠蔽される可能性もある、しかし事故は人命に直結するので訴訟にでもなり、日本語能力の欠如が原因だとされたら…という問題もある。介護の現場は結構困ってます。
と、結構、大変な状況になっていると感じます。タイトルが誘導的だ、外国人に対してポジティブだ、ネガティブだみたいなことよりも、考えるべきことはたくさんあるのでは?と思います。
介護福祉士の国家試験義務化が先送りに。このままで介護人材の質は大丈夫? | 「介護求人ナビ 介護転職お役立ち情報」|介護求人ナビ https://www.kaigo-kyuujin.com/oyakudachi/topics/54421
日本語教師はさ、「日本語を勉強しないなら日本にいるな!」っていう入管の方針を内在化しちゃいかんよ。そんなもん教育者の仕事じゃない。日本語学校経営をしている人たち、そこの責任を負わされていることについて、ゼロベースで考え直したほうがいいと思うよ。
— 佐藤剛裕 (@officesatojapan) June 19, 2025
2010年代まで日本語能力と在留資格は紐ついておらず、技能実習制度には日本語要件は無く、留学も入国前要件(ビザ発給)がN5だっただけで、そのN5もまったくチェックはないので、実質無かった。帰化でさえ無かった。来日後の在留資格延長でもまったく関係なかった。技能実習生は技能試験だけで、留学はN3不合格でも専門学校に進学できた。
この法務省の日本語学習能力への関与が無かったことは批判されて、やっと2010年代後半にベトナムでN5チェックやりますということになり、2010年代の文科省と外務省の日本語教育改革の余波で2018年に告示校に日本語要件が盛り込まれた。
つまり、入管(法務省)は、「日本語を勉強しないなら日本にいるな!」というスタンスだったことは一度も無く、在留資格と日本語能力を紐つけたのは2010年代の文科省が日本語教育関係者と共に牽引した一連の日本語教育改革で行われたもの。外務省は最も積極的で、安倍政権の官邸と共に特定技能で、史上初めてビザ発給に日本語要件を課した制度を始めた。文科省もそれを追認して、在留資格と日本語能力を紐つける方向性を作った。
というのが事実だと思います。
おそらく自分の投稿がトリガーかな?と思いましたが、違っていたらすみません。認定校(またはそれを目指している学校)であれば、授業の学習目標はCan-doで立てているはずです。そこで文型シラバスの教科書を使う場合には、必ず「教科書を脱構築して教育課程を再構築すること」が必要になります。 https://t.co/GZoKUGVZst
— 磯村一弘 ISOMURA,Kazuhiro (@Honigon3D) June 20, 2025
元投稿は削除されているが、求人の投稿を引用して「なんだみん日を使ってる学校か」的なものでした。
この「日本語教育関係者」って誰のことなんだろう。就労分野での日本語教育に関わる実践や研究は介護・看護などのケアワークを筆頭に、いろんなところで声が上がっていると思うんだけど。特定技能の日本語教育についても移住連通じて権利と質の保障に関する声明が出たりしてたよね。 https://t.co/YmDtArRuQI
— Rintaro KATO☮️ (@rintarock1980) June 19, 2025
技能実習制度は90年前後から始まってますが、2010年代後半にやっと日本語教育が提供されないことに関して日本語教育関係者から、チラホラ声があがってきた程度です。日本語教育の世界で、20年近く問題視されてこなかった。2010年代半ばに技能実習生(すでに留学生より多くの人が日本に居た時点)の日本語教育について書籍を出版するために、論文を探しましたが、北海道で数件、その他数件で技能実習生の日本語教育をテーマにした論文は10件程度。児童の日本語教育に関する論文が無数にあったのと対照的です。日本語学習を必要としている人数では圧倒的に技能実習生が多いのに。これは単に児童の日本語教育が学校=文科省に近かったからくらいの理由しかないと思います。おそらく論文として評価されたみたいな事情もあるんでしょう。長く日本語教育の世界では技能実習生は透明化されていたと言えます。
介護看護はずっと別ルートで別枠。大多数の就労系の人がいる技能実習制度や特定技能に組み込まれたのはつい最近の2010年代後半です。
率直に言えば、2010年代の国の会議でどうやら就労系の日本語教育のパイの奪い合いが始まりそうだとなってから、就労系の日本語教育の論文が増え、大学が日本語教師養成のイニシアティブを取ることになりそうだとなったので、日本語教師のあり方的な論文が激増しました。就労系の日本語教育と教師育成がトレンドになったから増えたということです。そして、2020年代は参照枠とCEFRの論文が目立ちます。日本語教育の研究者は自らの問題意識で研究をするというより、トレンドを追う人達が多いんだなという印象です。SNSでも急に制度のあり方への言及が増えました。新たな制度の周辺で大学でポジションを得たいという人達が増えたんでしょう。
Clairのこの特集は2012年極少数の日本語教育関係者が話題にする程度のことでした。2015年に就労系の日本語教育が提供されていないと「日本語教育あれこれ」というブログ記事を書きましたが、一時的に話題にはなったものの、特に制度化の声はあがらないままでした。
2018年に特定技能で、事実上、史上初めて日本語能力と在留資格取得が紐ついた時も、試験での足切り先行で、日本語学習環境が無い矛盾について、声はまったくあがってませんでした。SNSでも皆無でした。これは今もそうです。
極少数の人達が書いていただけで、ほんとにここ数年、細々と声があがるようになってきただけです。でも正面切って議論はしていない。日本語教育学会は、2017年に介護看護の日本語教育に関して声明を一度出したきりで、学会として政府に何かを言ったことはないです。これは2025年になっても就労系の日本語教育は無いままである、つまり結果を出してないことも含め、日本語教育者すべてが恥じたほうがいい歴史で、「声をあげてきた」という理屈は官僚的な無謬性みたいなニュアンスさえ感じます。何もしなかったし、何もできてこなかった、という反省から始めるべきだと思います。
関連の論文は言語政策に関する資料・論文・記事をどうぞ。
上の投稿主にはブロックされているので、閲覧用アカでで引用しました。私どもはスパム以外ブロックしない方針なので引用されアレコレ言われるわけですが、こちらはブロックされたら何もできない、アンフェアでメンドクサイ仕様だなと思います。(上の投稿は、投稿後数時間でなぜか削除されてました)
あえて強い口調で主張しますが、アカデミアにいるわけでもない外野が留学生"問題"に首突っ込むなや
— よねむ (@yone_showa_sumi) June 26, 2025
そういう人たちの"日本人"の定義わかんないけど、まぁとにかく制度/入試上"日本人"として入ってきたというだけの学生を優先して優秀な留学生を逃すような研究機関はどうかしてると思います
TUFS D1(東京外国語大学の博士過程)の人らしいです。大学と公共機関の研究職じゃないと留学生問題は語ってはいけないらしい。「アカデミア」使われるようになったのは2010年代後半で、ここ10年くらいよく見かけます。若い人が使いがち。社会の階層化が進む中、いろんなところでこういうプチ特権意識が育ってるんだなと感じます。
アカデミア - 調べる - Google トレンド https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&geo=JP&q=%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%87%E3%83%9F%E3%82%A2&hl=ja
自分が何度も何度もこの話をしているのは、「授業準備が大変すぎ」て業界を去って行く人がいる現状は、絶対に変えなければならないと思っているから。文型シラバスに固執して、「授業を自分で一から作り上げる」ような授業準備が当然とされる風潮は、もう過去のものにしていくべきだと強く思う。 https://t.co/4xJhZEzRFf
— 磯村一弘 ISOMURA,Kazuhiro (@Honigon3D) June 24, 2025
「良い教科書か悪い教科書か」っていう主観的な違いじゃないんですよね
— 村上 吉文 (@Midogonpapa) July 1, 2025
準備が大変な教科書の使い方(つまり実質的な時給が下がる)か、
あるいは準備が全く必要なくて未経験の課でも準備なしで代講できるのか
その違いは主観的ではないです
基金ではこれまでもたびたび主張してきた「行動中心アプローチを採用した教科書だと時給が上がる理論」を正式に採用した模様。
文科省のこの説明会も、参照枠の理念とは外れて今まで通りの教え方で通そうとする機関があまりに多いので、文科省が「やばい、何とかしなければ!」となって開催を決めたという噂も聞きます…。自分は空気読んで参加しませんが、参加した方からのレポートが楽しみです。https://t.co/bnZrRFJe1I
— 磯村一弘 ISOMURA,Kazuhiro (@Honigon3D) July 31, 2025
もうこういう参照枠警察的なことが普通に受け入れられている模様。JF日本語教育スタンダードが2005年から参照ではなくスタンダードと称したのは、ほんとに参照というコンセプトを理解してなかったからなんだなと思います。
とある筋から脅迫を受けたので、しばらくXへの投稿、リプは控えます。サイレント・ウオッチャーになります。学会に出した公開質問状の回答が来たら、それだけはアップします。
— 今井新悟 (@ShingoImaiX) July 29, 2025
2025.7.29
私が日本語学校で行っている「異文化理解」の授業について書いてみました。 https://t.co/Uzn3bqTUDv
— ユン有子 │ Yuko Yoon (@yukoyoon) August 11, 2025
日本語教育では日本語以外のことを、こう教えるべきだ、という主張はいろいろあります。
日本語学校の半数が所属する団体(全国日本語学校連合会)は神武天皇から始まる独自の日本史まで連載している。
コラム https://jalsa.tokyo/column/#column_category9
宗教系の団体も、日本語以外のいろいろを教えてるっぽいです。
2017 HS 全世界日本語スピーチ発表会「信仰により変わった人生」 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=d4laHxRiR30&list=PL0_2Y5MxEhNz1kZblLF-lhWjVcbgbdjzF&index=43
日本語を教えるために結構な時間をかけて勉強し、資格を取得して、日本語なら教えてもよいと社会から認められた上で、長年の研究の積み重ねがある教え方や教材で、チームで相互監視の中で教えるというのが日本語教師の仕事なんですが、日本語以外は、こうやって何の資格も無いまま、日本語理解の一環、日本事情だと簡単にヒョイと教えてしまうのは疑問です。例えば、2025年現在、どの政党も「オレなりの多文化共生」を語っている現状をみても、異文化理解、多文化共生、は、すでに解釈の幅がありすぎる事項になってしまっています。
そもそも進学目的で語学学校に通っているのなら、日本語以外のことは進学先で、それぞれの専門家が教えることになっているはずです。大学ならば歴史も文化史も専門家がおり、学生は自由に選択して学ぶことになっています。日本語学校のように、出席率を人質にしたような形で在留資格の延長がかかっている場所で(出席しなければならないだけでなく、推薦の権利など、教師の評価の絶対性も強い場所で)、海外の若者に、正規の授業時間内で簡単に教えられてしまうことの危険性も考えるべきではと思います。日本語教師が日本語以外のことを、どこまで教えて良いのか、ちゃんと線引きをするか、日本語教師とは別の資格を持つ人が一定の研修を受けた上で担当するというのが筋なのでは。
基金の日本語専門家のRTで流れてきました。こういう投稿も。
失礼を承知で言いますが、普通の日本語学校の古参の非常勤講師ぐらいで、この記事を読んで自分の教え方を内省する人は皆無です。英語が出てきた時点で閉じるし、そもそもこの記事の存在すら知られないと思います。啓蒙には法律の強制が必要だと思います。 https://t.co/3xjVQKaz5G
— もん吉@日本語教師アカ (@monkichi_N2) August 15, 2025
そろそろ10月に向けた応募も始まってきていますね〜。近くの学校がどんな教科書使っているとかどんな学生が多いとか雰囲気とか知りたい先生が増える時期です。過去の経験でも構いませんのでぜひ学校情報をお寄せください☺️
— しか@日本語教師 (@ShikaJapanese) August 18, 2025
PRしたい学校があればポジティブにも働きますよ👍https://t.co/ynaGnaqJYg
この種の口コミサイトは、対象のところがPRで活用しはじめたら終わりという気がしますが、もともと投稿者は匿名で、特にフィルタリングなしでやってるっぽいので、ステマ的な投稿が増えたら荒れそうです。(ただ、かなりネガティブな投稿が先行しているようなので、ここでステマをやろうという学校は少ないかも)
25年12月終了とアナウンス。
Xユーザーのしか@日本語教師さん: 「日本語教育機関レビューサイト「StudyView」は、 来年1月末ごろにサービスを終了することにいたしました。 多くの方にたくさんの貴重なレビューを投稿していただき心より感謝申し上げます🙇♀️ これまでご利用・応援してくださった皆さま、 本当にありがとうございました!! https://t.co/U32NIIMNEo」 / X https://x.com/ShikaJapanese/status/1998723253280583995
いわゆる愛国主義者でレイシストの人たちって、揃いも揃ってみんなDVでしょう?あれって根っこは同じってことでいいのかな?
— 佐藤剛裕 (@officesatojapan) August 22, 2025
日本語教育でフォロワーが多く、アカウントを作ったらお勧めされるようなアカウントの「そうだそうだ」的なレスが続いてました。
関係ないネガティブな属性を結びつけて楽しむみたいなこと(例えば、オタクには児童性愛の傾向がある、みたいな)は典型的な差別のロジックだけども、自分達が差別してもよいと認定した人達には向けても良い、というような理屈なんだろうと思います。ハリウッド映画がゾンビや異星人だからアップで眉間を撃ってもいいという設定で楽しげにやってるのとたいした違いはないです。ただ、この場合、相手は普通の人間です。愛国主義者もレイシストも定義は常に曖昧で、ラベリングする人次第でどうにでもなってしまうので、このロジックは、いつだれに向けられるかはわからない。居酒屋談議に参加している人達の空気でどうにでもなります。
例えば明治期の政治家などは今の基準で言えば、ほぼすべて愛国主義者でレイシストでしょうし、リベラルと言われる人達が犯す犯罪やハラスメントは古今東西、無数にありますし、DVの要因は複雑であることは言うまでもないことです。気軽に何かの属性と結びつけて楽しむ類いのことではありません。しかし、この種の居酒屋談議のノリに、なんとなくそれらしい理屈をつけて楽しげに続けることで、差別的なロジックは温存されてしまう。差別とかレイシストというワードを軽々しくあまり使いたくないのは、自分は差別を判定する立場という謎の自覚が生む、こういう楽しげなノリに加担したくないからです。
ある種の人達に、参政党という都合のいい悪役が登場した高揚感みたいなものを最近感じます。でも、参政党は今後拡大していくことは確実で、与党入りも視野にあるらしいので、これから政治の現実に出会い、変容していく人達になりそうです。敵だとみなすのではなく、これから日本語教育の人達は我慢強く対話を続けていくべき人達なのでは?と思ってます。
でもライフルで眉間を撃つほうが楽しいという人のほうが多いだろうということもわかってます。こんなところにアレコレと書いても無駄だと思ってますが、一応書いてみました。違う考え方、捉え方があることをネット上に残す意義はあると思いますので。
今年に入り、春頃からずっとこんなカンジです。
第二言語習得や行動中心アプローチなどの知見が共有されていないので、
— 村上 吉文 (@Midogonpapa) August 22, 2025
そうした知見を元に作られた新しい教科書をきちんと評価することができない
(あるいは今までの教科書の問題点がわからない)
というのが一番強い理由なんじゃないかと思います https://t.co/7VVXysSdJ0
前から何度もくり返し書いていますが、自分は「みん日」自体を批判する意図は全くありません。用途によってはすばらしい教科書だと思います。ただ、3Aのサイトで公開されているシラバス表の「できるようになること」は、行動目標のCan-doとしては、すみませんが全くダメです。これは客観的にダメです。
— 磯村一弘 ISOMURA,Kazuhiro (@Honigon3D) August 24, 2025
認定のさじかげんで、文科省系の人達と意見の相違があって揉めているのか、よくわかりませんが、25年の春頃からこんなカンジでした。ちなみにCan-doは現在、無数に作られており、基金が就労系のCan-doとして最初に作ったCan-doは現時点で基金製の最新のCandoです。
これ以上の「現職者」、自分より上がいるか?😅
— 磯村一弘 ISOMURA,Kazuhiro (@Honigon3D) August 24, 2025
・検定合格、修士あり
・国内公的機関で教師研修と教材開発を担当(30年以上)
・海外での日本語教授経験もあり(通算4年)
・大学非常勤として専門科目(日本語音声学)と日本語教授法を担当(10年以上)
現職者にならない大御所先生とかと一緒に民間の実践研修に申し込んで、「さあ、今から私たちに何を教えてくれるのかな?」とかやったら楽しそう(ちょっと上から目線な投稿であることは自覚)。
— 磯村一弘 ISOMURA,Kazuhiro (@Honigon3D) August 26, 2025
よくわかりませんが、素直に受け取ると、実質教えたのは4年で修士号だけで、独立行政法人で教科書を執筆するのは、普通はありえないのでは。
いただいた投稿へのリアクション
https://t.co/zaCQcHEkUQ
— Rintaro KATO☮️ (@rintarock1980) September 3, 2025
知人が引用されてるの教えてくれたけど、こうやって自前のメディアで、文脈捨象して恣意的に気に入らない投稿を取り上げて、それが客観的な批判かのように見せるのって、石井孝明とかと何が違うんでしょうね。ブロックされても揺るがない使命感溢れる取りまとめご苦労様です。
まず、細かいところに関して手短に補足をしつつ書きます。
→ ちなみに、KATO氏は、私どものアカウントである@webjapanese をブロックしているので、こちらからは読めません。定点観測用のアカウントでみた中からここで引用しています。
例えば、私と剛裕さんがやりあったりしても、絶対取り上げないんですよね。過去には「正義のためなら録画禁止のweb会議も研究者はこっそり録画すべきだ(意訳)」みたいな主張もありましたし、そういうアンフェアさもあって、全く信頼に足らないメディアだと思います。
— Rintaro KATO☮️ (@rintarock1980) September 3, 2025
たとえばこの「読んでないけど出版するな的な炎上」など、お二人の主張が重なるケースも多いという印象は持っていますが、SNSの投稿に関して、お二人の関係性や、主張の微妙な違いなどを理解するところまでを、期待するのは難しいのではないかと思います。
上の引用の他、こういう投稿も 含め、一連の投稿は、特に私どもの投稿内容に関する具体的なご指摘はなく、ほぼトーン(口調や態度、姿勢)に対する違和感の表明で、その表明も、そもそも私どもに向けたものでもなく、ご自身のフォロワー、仲間に向けての「これ、どうですか、みなさん」というタグイのものだと思います。こういうリアクションはしばしばあります。みな「使命感溢れる取りまとめご苦労様」みたいなカンジなのも共通してます。申し訳ありませんが、そういうものに対しては、特に対応する必要があるものがなければ、原則として返答はしないことにしています。
ただ、ご自身の不正確な「意訳」を元に「全く信頼に足らないメディア」と書かれてしまうと、これまでいろんな方々に資料を教えていただいたりして作成できたという経緯もありますし、補足だけでも投稿したほうがいいと考えました。おそらくほとんどの人にとってわかりにくい、この「意訳」の補足をいたします。
「こっそり録画すべきだ(意訳)」について
ちなみに、上記の「意訳」の「禁止されても録画すべき」というのは民間や個人の配信ではなく、文化庁の説明会に関する私どものこの投稿のことです。
PCやスマホ上で再生されてる音声動画なら、キャプチャ系アプリで録画できるので、研究者なら、文化庁が録画を配信しないと言っても録画保存をしておくべき。https://t.co/qVs33tiR9i
— webjapanese.com (@webjapanese) August 22, 2023
「文化庁のパブリックコメントに関する説明会」のご案内|お知らせ|日本語教育学会 https://t.co/9ppJpUnc4k
デジタル方面に弱い日本語教育関係者に向けて(録画できるよ)(用語は入れたからあとは検索して)というメッセージでもありました。
当時、以下のような引用での批判投稿がありました。
研究者なら、同意なしの録画っていう研究倫理的に真っ黒なやり方はしないでしょ
— uichi.kamiyoshi (@uichi1113) August 22, 2023
大丈夫か?笑 https://t.co/GBGa6N3vxx
上の批判に続けて、KATO氏もそれに追随して批判投稿をしてました。
「研究者なら」っていう括りでこれを推奨されても正直困る。録画の公開もなく、(まだ言及はないけど)画面の録画が禁止されているなら、研究倫理上それをソースにはできない。発言者の同意も得られないのでは。これに限らず「日本語教師なら」「教員なら」っていう規範主義みたいな煽りはどうかと思う。 https://t.co/NWByPkTBwE
— Rintaro KATO🏴 (@rintarock1980) August 22, 2023
意図的に誤読したのかもしれませんが、研究に使えとは書いていません。参考資料として記録すべきと書いています。そして、この考えは今も変わりません。
制度に関わる研究をしているなら、論文で根拠としては使えなくても背景の理解に必要なら研究の対象なはずです。仮に国の方針と、この配信の説明が矛盾するようなことが起きる可能性もあり、記録があれば、その確認をとる根拠になります。つまり、研究につかうことには研究倫理上問題があっても、記録することには意義があります。
国が録画するなと言ったら従う。研究上は無かったことにするということをしていたら、日本語教育のように全体としてほぼ省庁主導で(特に不都合なことは)何も記録を残さない体質がある民間業界の実態の理解は無理です。例えば、日本語教育の参照枠でも、肝心のなぜCEFRベースになったのかという会議の議事録だけ読めないまま、配付資料も非公開なので何もわかりません。有識者会議は配付資料や議事録公開義務がないという法的なスキマがあり、しばしば責任の所在を曖昧にするために非公開にされることは、あまり知られてません。そもそも、歴史的な公害訴訟など、国や企業が録音を禁止したものをジャーナリストが録音したものを元に書かれた文献や論文は無数にあります。個人や私企業ならともかく、国がやることなら、ファクトのためには必要なら国が禁じても記録すればいいのです。そのくらいの気概は持つべきです。
どういう配信だったのか
2年前のことで、録画されていないので当然ですが、記録も無いので、上の投稿では何のことなのか誰もわからないでしょうから補足します。案内は以下です。
8月26日(土)開催「文化庁のパブリックコメントに関する説明会」のご案内|お知らせ|日本語教育学会
無料で先着500人視聴可能。録画公開はしないとあり、文書として公開するかも書かれておらず、その後、配布した形跡は見当たりません。
国が保存を禁止する根拠は?
国が主催するイベントでの制度の説明ならば、当然100%公的なもので責任が生じ、国は記録として残し、誰でもアクセスできる場所で公開する義務があるはずだと考えています。配信であろうと同じです。国がそれをせず、参加者に記録を禁じるなら、誰かが勝手に録画すればいいと思います。国の説明会で、録音禁止を聞かなかったことにして、ジャーナリストや当事者達が録音したなんてことは普通にあります。禁止の理由の真相はわかりませんが、まだ制度が固まってないので質疑応答などで担当者がウッカリしたことを言って言質をとられたらマズい、くらいのつまらない理由で禁止だったのではと思います。
制度についての省庁の発言には責任が伴い、多くの人達がそれで右往左往することになります。今後も、国の説明などは禁止されても、勝手に記録すればいいと考えています。文科省を始めここ数年行われている説明配信は、ほぼすべてアーカイブ化され記録は公開されています。それが本筋で、この回の文化庁の態度、説明が異例だったのです。
件の配信は私は仕事があり、みてませんし録画もできませんでしたが、評判は悪かったと記憶してます。当然、どこにも記録は残ってません。でも、ここでちょろっと言ったことも、そのうち国から「すでに説明済みだ」などと言われるかもしれません。なぜ保存して記録が禁止されたのか説明はありませんし、誰も尋ねてなかったようです。国が禁止だと言ったので、理由に関係なく従った、ということでしょう。
実態とかけ離れていても
日本語学校の歴史や80年以降の制度に関する論文も読めるかぎりは読みましたが、例えば、日本語学校のほとんどが加盟する日本語学校の組織が、長年、アルバイト時間の延長の署名活動をやったり、就学生と留学生の一本化を法務省に陳情したり、自民党の政治家に陳情してたことを、ネットの会報4)でずっとアピールしていたことは、業界では周知の事実ですが、まったく論文や書籍には出てこず、国の方針の変更で苦労する日本語学校関係者という描かれ方をしていることがほとんどです。明らかな労基法違反(教案を自宅で作らせることなど)が普通に「がんばる日本語教師の姿」として賞賛されたりしています。(この日本語教育の研究者の労基法の知識の甘さは本当に問題だと思っています)
不都合なことは語らない傾向が強い業界です。東日本大震災やコロナに業界で何が起きたか、何をしたか、しなかったか(例えば、東日本大震災の告示校の被害状況はまったくまとまった調査がないとか、あらゆる業界の中で最も感染対策に消極的だったこと)などは、ほぼ何も資料が残っていないはずです。メディアは、世間で話題になればにわか勉強で記事を書くだけですし、他に継続的にウォッチできるとするなら、研究者ぐらいしかいませんが、研究者がファクトを追うことに関心がなければ、日本語教育の世界で何が起きたかはほぼ記録は残らないと思います。
細かいファクトチェックは研究がやることではない、実態とかけはなれていても、研究として成立すればよい。結果として大小様々な隠蔽や「国の二転三転する方針に右往左往させられつつも頑張ってきた日本語学校や日本語教育関係」という物語の捏造に加担したとしても関係ない、大学で研究する人間としては省庁が言うことには従うのが処世術であり、それも知らないのかという意味での「大丈夫か?笑」ということなら、それはもうお家芸の世界なので、外野の人間として言うことは何もありません。
ちゃんと補足すると、以上のようなことになります。いろいろわかりにくいですし、伝わる可能性も低い。Xの投稿のインプレは数百ですが、おそらく、この補足はほぼ読まれないでしょう。こういうことは140字でボンヤリと印象操作的に批判するのは簡単で、違うと訂正するのは事実上無理なことはわかってますが、一応書きました。
【参考】
録音データに対する開示請求 判例地方自治・はんれい最前線(ぎょうせい)令和4年2月発行 第480号掲載 https://www.sasaki-law.jp/pdf/hanrei_no480.pdf
庁内でのビデオ撮影は禁止できるか | 法制執務支援 | 自治体法務Q&A | RILG 一般財団法人 地方自治研究機構 https://www.rilg.or.jp/htdocs/main/houmu_qa/2006/06_autumn_02.html
まとめとして
ここの記録に関しては、「なぜSNSを記録するのか」をお読みください。
今後も、SNSで逐一やり取りするような時間はありませんが、肩書き強めの声の大きい(肩書きに弱いタイプの日本語教育関係者は萎縮して反論しにくい)アカウントの投稿に関して、同意できないものに対しては、最低限、同意しないと表明しておきたいし、SNSで当然のように語られていることについて、違う考え方が、検索すれば辿りつく程度のネット上にあることは大事で、場合によっては、誰かの力になるかもしれない、という小さな「使命感」のようなものは持っています。
「正義」や「使命感」みたいな語を嘲笑的に人に投げたり、「あいつ(石井孝明氏?)と似たようなヤツだ」と犬笛的に仲間に知らせたり、「冷静ぶるな」「客観的を装うな」というような、投稿の内容ではなく態度(tone)を問題視する、というようなことは、ここ数年の敵味方のケンカで飛び交っている流行りの居酒屋談議的なSNS仕草ですが、SNSを殺伐なところにするだけで、SNSから人が去ってく大きな要因のひとつだと思います。これもやめたほうがいいと思います。
ただ、このサイトもあと10年続く可能性は低く、おそらくあと数年で終わりです。個人の運用なのでwebjapanese.comというそこそこキャッチーなドメインの相場は100ドルくらいみたいですから、すぐに誰かが買って、ショッピングサイトか風俗サイトになるんだろうと思います。すべて消えて終わりです。ここに記録されたからといってそれほど心配しなくても大丈夫です。
以上です。
下書きを終えて公開前の見直しで以下をみたので、追加の補足です。
【追記1】
今見直したら、「日本語教育の参照枠警察と多文化共生マナー講師、みたいな高齢の人達」らへんにあったリンク消してあったわ。人のツイ消しをぐだぐだいう割には「記録が残らなければ(誰かのことを妖怪化=非人間化するのも)やってもいい」という考えだったみたいですね。https://t.co/reDldfuELO
— Rintaro KATO🏴 (@rintarock1980) September 3, 2025
Wikipediaを利用していても仕組みについては知らない人が大多数で、特に、日本語教育では、ご存知ない方が多いので補足しますが、Wikiというのは、SNSやブログと違って、基本、時系列整理ではなく、テーマにしたがって、常時公開されるタイプのコンテンツです。間違えたことは修正され、新しい知見があればアップデートされ、情報は追加されるというのもので、どう修正されたか、誰によって修正されたかも、履歴が残り、修正履歴も公開されます。昔から(主に理系の)研究者にも効率的でフェアなフォーマットとして利用されています。(ただし、修正履歴を全公開するとサーバーの負担も大きく、ページが重くなるので現在は過去履歴の閲覧は一般ユーザーに対しては制限しています)。
当然、日本語教師読本 Wikiでも、間違ったことなどは訂正したり修正もしています。一旦投稿したことは記録され、修正しても、なにをどう修正したかの記録が残るという緊張感は持ちつつです。
ただし、ここのWikiは、(サイト全体もそうですが)広告も無く利益も出ませんし、自前で運用していますので、修正やアップデートに、時間はあまりとれません。中でも、ここのようなSNSの記録を目的とするページは、投稿を消したり、アカウントが消えることが多いので、とりあえず記録の確保として、引用し貼りつけておいて、文脈の記憶のために補足をざっと書いておき、後で、再構成して補足を修正することはよくあります(Xは外部で引用すれば、投稿やアカウントを削除しても、本文は残る仕様なので、ここで貼りつけておくのは、キャプチャを取るのと同じ意味があります)。今回のように多忙の際は、記録から整理まで数ヶ月かかることもあり、途中でみた方は、修正したと見えることはあると思います。しかし、後で修正したと言われても、正しく修正されたのなら問題ないと思います。間違ったり修正したりは当然あること、ということのほうが健全です。しかも、修正した履歴は残るのです。
ただ、上の件は、訂正、修正ではなく、同じようなことを過去にも書いていたので、まとめて、このWikiについて」のなぜSNSを記録するのかに整理し、移動しただけです。より長文で詳しく書き、最も多くの人が目にする場所(このWikiの考え方を書いた案内ページで最初に必ずお読み下さいと書いています)に移動しました。移動した旨も、同じところと、他の記録系のすべてのページの一番上に書いています。よかったらご覧ください。
自分のブランディングありきで、投稿後に訂正の修正、アップデートはできず、勝手に削除はでき、削除されたら無かったことになる場所よりも、間違ったら修正し、修正の履歴も残りつつ修正され、結果、より良いものにアップデートされる可能性があるフォーマットのほうが優れていると思います。
👉 日本語教育でWikiを採用した例は、見たことがありません。Togetterのまとめもほとんど作られていません。業界で、ネット上の知見をどう収集、記録し、どうやって検索可能なナレッジベースとして機能させるか、そのためにどう残すか、どういうシェアのあり方がよいか、ということを考えている人はいたのかもしれませんが、何も進みませんでした。ネット上の知見を大事にしようという考えは、理系の研究者には80年代からありますし、国語学、言語学の人達にもあります。はてな村には、言語学の研究者の膨大な記事があり、関連の印刷物やイベントもあります。 おそらく2000年前後からのブログ時代以降のネット上でシェアされた日本語教育の知見(だけでなくその時々で人々がどう考え、投稿し、影響されたたかも)は、あと数年ですべて消え、何も無かったことになるはずです。このことに危機感を持ったほうがいいと考えています。よかったら日本語教育学会などで議論してみるか、対応できないなら、ちゃんとわかっている人に席を譲り、仕事をさせてあげてください。
【追記2】
あと、関連の投稿がないか一応みてたら、以下のような投稿もありました。
「外国人に日本語を教えたい」「日本語を教えて感謝されたい」というのを立て続けに見てしまい、頭痛がいたい。
— Rintaro KATO🏴 (@rintarock1980) September 18, 2025
私も日本語教師になったのは「外国人に日本語を教えたい」と思ったのがきっかけでしたし「日本語を教えて感謝されたい」という気持ちは今もどこかにあると思います。ただ、今は、最初のころとはちょっと違います。どう変わったのか、なぜ変わったのか、それは「良く」なったのか、良くなったとしたら、それは考えたり勉強した結果なのかも判断がつきません。進歩や洗練や勉強の結果というほどのことではなく、単に何かに慣れたり、飽きたりの結果なのかもしれません。シンプルな動機のまま誠実に仕事をし続けている人もおり、そういう人を貶める資格は私には無いと思っています。
日本語教師育成に関わるかもしれない大学関係者達が、こういう、ゆっくり時間をかけて考えたり、場合によっては考え始めるには多少の時間が必要なことを、SNSに、引っ掛け問題みたいなレトリックの投稿をしておいて「やれやれ困ったもんですね」みたいなやり取りで終わらすのは疑問です。必要な文字数で丁寧に書くべきだと思います。
そして、この種の「あなたは自分で気づいていない罪をすでに負っている」というような、最初に相手にちょっと傷をつけて、その傷口から始めるみたいな、気づかせる側→気づく側、みたいな図式が生まれることが前提の、ありきたりな安易な仕掛けは、元々、宗教や自己啓発セミナーの勧誘の手法でした。でも、この種の手法は、流行りだし、簡単だし、ゲーム性5)が隠し味になっているので構成しやすい、ある種のショック療法的なものなので誘導も簡単。授業としては効果的にも見えるので評価もされるから続くんだろうと諦めてはいますが、教育の手法として正しいの?と常々思っています。大事なことは、気づきのゲームとしてではなく、淡々とやればいいことだと思います。
👉 「教育(education)」と「教化(indoctrination)」の違いについてのいろんな議論があることを知った方が良いと思います。たくさん論文があるので、ご自身で検索してください。例えば『近年のインドクトリ ネーション論の動向』
👉 SNSで「やれやれ困った人達だ」みたいなトーンで投稿したり、大げさに「教育の敗北だ」と嘆いてみせるような投稿は、学校で教えているみたいな人の投稿にありがちで、今年はそういうものが増えました。透けて見える特権意識も読み手に伝わってしまいますし、そもそも、そんなトーンで始めたメッセージはもう届けるべき人には届かない。これも常々止めればいいのにと思っています。教室で「おまえらはわかってないだろうけど」で授業を始めるようなもんです。
同じ投稿主のものが続きますが、上の補足を書くために、投稿を辿っていたこともあり、そこで気になった投稿をみたので、ついでに貼ります。
この件は、ここ数年、個人的に問題だと思っている「外国人問題」を敵味方、良い悪いで粗雑に語る人が増えたことで、肝心の当事者である外国人が置き去りにされてしまう、という典型的な例だと思っています。これまでもそうでしたが、今後も増えると危惧しています。
おおさき日本語学校、3月にALCEでお話を聞いてきたんだけど、寮と学校が敢えて離れて設計されていて、寮周辺の経済活性化はもとより、学校に行く交通手段として鉄道を使うことで廃線を防ぐという、雇用と産業を維持・継続する仕組みに位置付けられているのを見て「本気度が違う…!」と慄いたところ。
— Rintaro KATO☮️ (@rintarock1980) October 19, 2025
「本気度が違う…!」と慄(わなな)いた とあったので批判としての投稿なんだなと思っていたんですが…
意地悪なこと言いますけど、「学校は廃校を利用するので郊外にあり、寮はアルバイト等の利便性を考えて人口が多い地区にある」という説明なら満足なんでしょうか。それでも学生が暑い寒い思いをするという事実は同じですよね。
— Rintaro KATO☮️ (@rintarock1980) October 20, 2025
その後、上のような酷いですね的なリプに対して、かなり強く反論していてるのをみて、批判じゃないことに気がつきました。つまり、おそらく地域の多文化共生推進のモデルとして本気で感心して「本気度が違う…!」と慄いた、=感心した。ということなんだろうと思います。調べてみると大学の日本語教育関係者が結構関わっており、単純に地域の多文化共生の学習事例としてみているようでした。
こういう投稿もありました。
#文部科学省日本語教育大会
— 佐藤理恵子@日本語教師 (@nam_taan) December 4, 2025
お目当てだった大崎市立おおさき日本語学校(日本で2校しかない公立の日本語学校)の講演を聴けてよかったです。地元のJR線の利用を促進するために、寮から学校までの通学手段にJRを推奨し、電車の時刻に合わせて時間割を設定しているというのが印象的でした⋯! pic.twitter.com/Yvndw4cK0R
通学の件は、ここでも良いアイデア的に取り上げられています。
大学の日本語教育関係者からは、基本的に地方自治体の公立日本語学校設立は、なんとなくいいことだ、という声しか聞きません。過疎対策に留学という在留資格のルートを使うことは、そもそも変なのでは?みたいな意見もありません。しかし留学ルートで来る人達は、日本語教育機関だけでなく、進学するなら大学や専門学校の学費のためにアルバイトをする人達で、つまり、大学関係者は、直接利益を受ける側です。ポジショントークを疑われても仕方が無い状況です。もうちょっとちゃんと見ないとダメなのでは?と思います。
👉 そもそも、日本に来た外国人を多文化共生の学習の素材として活用しようみたいな発想がベースにあることに違和感を持っていますが、ここでは、そこまでは書きません。かつて欧米で語られたテーマですが、いつか日本でも問題視されることになると思います。当事者によって「廃線にわざわざ乗らざるを得ない寮に住まわされていた日本滞在記」が書かれる可能性もあるわけです。
本当に廃線を利用させるためだったのか、事実関係を知りたかったので、少し調べてみました。
この部分は、日本語学校 に転載しています。
地方自治体が日本語学校を作るという話は北海道の東川町の例が有名ですが、それ以前から、土地を無償で提供し、助成金を出すという投資で日本語学校を作るケースは佐賀県など、いくつかありました。授業料を安く設定できるので学生募集で有利みたいなことで、コンサルが間に入って、という話でした。ただ、地元の人手不足対策、過疎化対策ばかりが先行し、外国人はそこで利用される駒という語られ方で、いろいろと疑問がある話も出てました。つまり、地方活性化と日本語学校誘致は、元々筋が良くない、警戒すべき話でした。あまりうまくいかない中、東川町は、地元の利益ありきではない形で、町で告示校を作るという取り組みが注目され、かなり成功した、ということで注目されました(ここでは書きませんが初代校長が退任し、地元への利益誘導色が濃くなったという印象があります)。
この東川町立日本語学校以降、民間への投資ではなく、地方自治体が直接運営する形が検討され、おそらく総務省などのバックアップがあり、宮城のおおさき日本語学校が2例目となったという経緯です。他の自治体でも半官半民として自治体が融資するケースや、公立日本語学校でやるなど、いろいろ進行中ですが、結構危うい話も多く、注意深いウォッチが必要だと考えています(が、もう細かくウォッチしていく時間がないです。誰かやってください)。
公立日本語学校には、いろんな問題があることは認識していましたが、すべては追えていません。で、このやり取りで、寮のことを知りました。少し調べると、後述しますが、計画段階から廃線対策も盛り込もうという意図があったこともわかりました。
廃線を利用させるため学校と寮を離して鉄道を使わざるを得ないようにした、というの、昔のよく出来た奴隷政策みたいで、事実なら悪辣です。しかも、日本語学校の留学生は学割が使えないので、フルの交通費を自分で稼がねばならないわけです。仮に県が全額交通費を負担しても(調べた限り交通費の助成は無いようです)、わざわざ利用のために遠いところに通学させるという「外国人活用」は酷い話です。日本人相手に行政がそういうことは出来ないけれど「外国人との多文化共生の街作り」なら許されてしまうということも、酷い理屈です。
基本、外国人留学生は来日時、自分で部屋は探せないので学校側が準備することがほとんどで、最初の半年は寮費も前払いというケースが多いです。住まざるを得ないのではという気がします。この点も少し調べました。
以下、調べたいろいろです。
おおさき日本語学校のサイト https://www.osaki-jls.com/course/shingaku/
最初に支払うお金は、1年なら88万円。入学金などを引くと、年間の授業料は70万円くらいです。日本語学校としては相場価格の範囲内だと思います。授業料の半分は市が負担します。
矢印 地図を拡大してよく見ると、地方でよくある、距離的に近いけど電車じゃないと通いにくいカンジがわかると思います。古川駅~西古川駅 の運賃は片道210円です。定期代は一ヶ月6260円
https://www.navitime.co.jp/transfer/pass/result?orvStationCode=00002171&dnvStationCode=00004760
言及されている文書は 言語文化教育研究学会の冊子でした。
https://alce.jp/annual/2024/proc.pdf
「校舎については、日本語学校の学び舎としての適合性のほか、廃校舎の利活用や地域のローカル線の利用促進などの市政上のねらいも加味された結果、~旧西古川小学校校舎が選定され~」とありました。大学の研究者による、おおさき日本語学校の取り組みのシンポジウムの要旨を読むかぎり、基本、多文化共生を推進する、多様性を学ぶ機会として貴重なものだというポジティブに捉える主旨で、配線活用の件はもちろん、全体として批判的な意見は見当たらない。冊子そのものが多文化共生への取り組みをポジティブに書いたものと言えると思います。
続けて投稿された中で紹介されているNoteによると、寮は古川駅近辺に作ったようでした。学校の近くである西古川でもないわけで、意図的に離したということだと思います。無理矢理考えるとアルバイトが多そうな古川駅付近にしたという理由もありそうですが、留学生の寮を通学よりアルバイト優先で場所を決めるのもオカシイわけです。
陸羽東線はたびたび廃線候補なっていて、大崎市は、昔から長く取り組んできたようです。以下のページにある市の文書には、廃線対策で日本語学校を誘致しようという提案がありました。市の意向で、留学生が鉄道を利用せざるをえないように計画したことは確実だと思います。
陸羽東線の廃止は防げるか?本気度が違う大崎市の取り組み https://tetsudokyogikai.net/jr/rikutosen
👉 「本気度が違う」はこのブログからの引用なんでしょうか。
学校の校舎の場所はここになります。地図をみればわかりますが、学校から寮がある古川駅の南の古川中里までは、川と高速道路が遮っていて、まっすぐの道が無く、道路で行く場合は大きく迂回する必要があり、片道7キロ。自転車で往復基本、鉄道を使うしかないかんじです。古川駅周辺に学校を作る土地はいくらでもありそうですが、学校はあえて西古川にしたのは廃校利用もあったかもしれませんが、もし、学校がある西古川駅付近に寮があればアルバイトが不要な学生は余計な交通費は使わなくて済みます。しかし、古川にあるので、西古川まで通学で往復せざるを得ないということになっています。
👉 ちなみに、公立日本語学校のモデルとなっている、北海道のhttps://higashikawa-jls.com/東川日本語学校は、徒歩圏に東川国際交流会館、その他、かなり立派な寮があります。
👉 古川周辺には進学先になりそうな専門学校はほぼ無いと言ってよく、数校ある石巻までは電車で1時間、仙台までは1時間20分、マンション価格はほぼ変わらないので、これらのところに進学すれば古川に住み続ける理由はなく、引っ越す選択しかないと思います。
寮の場所確認で学校のサイトを調べると、家賃が月12万円と高額なことに気づきました。学費と寮費は市から半額が支給ですが、授業料は月7万円前後なので寮費のほうが大きいです。これはあまり無いことだと思います。それでも、月6万円の家賃を稼がねばならず、そのお金は地元に落ちるという仕組みです。
寮はおおさき日本語学校のサイトによると古川駅の南にあり、家賃は個室が月額12万円、夫婦用が20万と高額です。学費と寮費の半額は市が負担。生活費が月3万円支給されるとのこと。しかし、大崎市のマンションの相場は、ワンルームが4万円、狭めの2~3LDKでも7万くらい。相場の3倍の価格です。シャワー室があるらしく、おそらくワンルームは風呂トイレは無し? 動画をみたかんじでは4畳半以下というかんじです。
動画
公設公営として全国2か所目の日本語学校開校 多文化共生の拠点へ 宮城・大崎市 | 宮城のニュース│tbc NEWS│tbc東北放送 (1ページ) https://newsdig.tbs.co.jp/articles/tbc/1808474?display=1
入寮義務はあり?寮費は前払い?
あと一点、民間の日本語学校の場合、入学時に支払うお金として、寮費の半年分の前納というのがあります。この半年分の前納は、実は、寮の証券化で利益を生むベースとなっていることがあり、前払いの義務化は、訴訟などが起きればどうなるかわからないグレーな部分ではないかと疑っています。
日本語学校は半年単位で募集するので、半年全納ならば寮は学生さえ確保すれば、ほぼ100%入居者を確保できるので証券化しやすい、ということのようです。このおおさき日本語学校は、入寮義務があるのか、寮費の半年全納が条件になっているのかは、検索したところ確認できませんでした。
寮費は月12万、毎月前払いで、1年で144万円となってます。このうち半額は市が補助となってます。 https://www.osaki-jls.com/course/shingaku/
大崎市のおおさき日本語学校の寮についての文書 https://www.city.osaki.miyagi.jp/material/files/group/2/07_R6_2_teirei_siryou6.pdf
早坂竜太氏/大崎市・日本語学校の学生寮/設計・施工は積水ハウス/1期分はS2F延べ1624㎡、60室 | みやぎ建設新聞(宮城建設新聞) https://www.kensetsu-sinbun.co.jp/miyagi/article/bukken-area2/11282/
【日本語学校の寮費の相場】
全国的に2人部屋で月3万くらいが上限です。民間の寮を紹介する場合はワンルームもありですが、東京の都心で7万くらい。
公立だから、地方でアパートなどが少ないから高いということもないようで、例えば、東川日本語学校は朝夕食付きで2人部屋で9万円です。一人の負担は月4万で食事付きなので負担は3分の1程度だと思います。マンションの相場は似たようなものです。
東北大学の学生寮は学部生向けが月2万円 ユニバーシティ・ハウス | 学生生活 | 教育・学生支援 | 東北大学 -TOHOKU UNIVERSITY- https://www.tohoku.ac.jp/japanese/studentinfo/studentlife/05/studentlife0501/
安いところは、月額数千円。 学寮 | 学生生活 | 教育・学生支援 | 東北大学 -TOHOKU UNIVERSITY- https://www.tohoku.ac.jp/japanese/studentinfo/studentlife/05/studentlife0502/
👉 あと、東南アジアの学生がほとんどなのに紹介画像は欧米っぽい人のAIっぽい画像になってました。
【学校が寮で収益を上げるのは規制があるか?】
学校法人は寮の運営に関して、収益をあげてよいのか?は以下に関連文書がありました。
学校法人における付随事業・収益事業:文部科学省 https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shiritsu/fuzuishuueki.html
私立学校法 | e-Gov 法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/324AC0000000270/20260615_505AC0000000063
「「その事業が、経営が投機的であってはならない。また、規模が当該学校法人の設置する学校の状態に照らして不適当であってはならない。さらに、当該学校法人の設置する学校の教育に支障のあってはならない。」」 学校法人及び私立学校法第64条第4項の法人の行うことのできる収益事業の種類指定 https://www1.g-reiki.net/pref_akita/reiki_honbun/u600RG00001409.html
公立の日本語学校は基本的に認定日本語教育機関としての規制は受けますが、おおさき日本語学校は学校法人ではないので寮運営は規制のすきまなのかもしれませんが、じゃあいいのか?というのは別問題という気がします。
授業料、家賃は半額ですが、それでも毎月の留学生の自己負担額は、交通費(6260円)や家賃(6万円)授業料(3万5000円)で、合計約10万円が必ず地元に落ちることになります。この地域にとって、このことが重要だったのではと思います。授業料は半額の分は家賃が倍なので、トータルでは都会の日本語学校とそれほど変わらないかもしれません。ただ、都心の倍の高額の家賃が安定的に入ることになっています。
寮の土地は無償で市が提供。100室埋まれば、おそらく平均で月15万として、×100=1500万円。年額で1億8千万。どういう内訳(家賃収入は全額市に入る?建築は民間らしいですが運営は?)になっているのかはわかりません。
地方自治体の公立の日本語学校は今後増えそうです。
日本語教育、多文化共生的な視点から見れば、地方から多文化共生を進める取り組みとして賞賛されがちですが、地元の人手不足問題としてや、地方の財政や人口問題(合併で有利だとか、政令指定都市の要件があるとか)の都合で、留学という在留資格を使い、外国人を呼ぶというのは、いろいろと問題があるように思います。回転寿司やビジネスホテルの清掃会社が日本語学校を作るみたいなケースは増えていますが、ほぼ同じ構造で、地方自治体なら多少継続性がありそう、くらいの違いしかありません。(しかし首長が変わればどうなるかわからない政治情勢になってきました)。民間じゃなく税金を使う事業のほうが「きれい」みたいな感覚は大学関係者に根強くありますが、過去のものだと思います。
その中で、北海道の東川日本語学校の取り組みは、開始当初は、地域のためではなく、共生指向でというところが注目されたということがありました。進学率は高く(数年で全国有数の進学率になっています)、地元での就職は期待できないけども、そこを目的化しないというような理念が(開始当初は)ありました。
その後、東川日本語学校がスタート時の、共に町を活性化させていくという方針から、校長が変わり、地域経済の活性化のために外国人を活用するという路線に変わったころから、公立の日本語学校で地域活性化という流れに傾いたように思います。業界のコンサルタントなどが、地域の民間の日本語学校関係者と共に、税金でコストを抑えて学生募集に有利みたいな働きかけで動いている話もよく聞きます。富山などいろんなところで県などの支援を受けて作られる日本語学校は増えていますが、実態はいろいろです。
日本語教育関係者は、公立だから、単純に民間みたいに「金儲けじゃないから?」くらいの理屈で、イメージがいいくらいの解像度が低めの理解であることが多いようです。今回は、大学関係者も関与しているっぽいから大学関係者は批判しにくいのかもしれません。もしかしたら、大学の日本語教育関係者の間に、この公立日本語学校の取り組みは、地域の多文化共生の学習モデルだとして、基本、良きことという空気があるので、批判しにくい空気があるのかもしれません。
しかし、日本語教育関係者も批判はしないとなると、おそらく、この公立の日本語学校設立の流れは今後、ちゃんとウォッチする人は出てきそうにありません。地方のメディアは地元の多文化共生ニュースはポジティブに取り上げることがほとんどです。運が悪ければ排外的な人達の政争の具となるくらいで、外国人の立場にたってフェアにチェックする人は出てきそうにありません。廃線を利用させる、地元の廃校利用、寮建設、アルバイト先、進学先、就労先、留学生確保のルートなど、地方自治体と、地方自治体と地元の経済界との関係によってはやりたい放題みたいなことになる可能性がありそうです。
線引きが必要なのでは?
この、おおさき日本語学校も調べると気になる点は多数ありました。関わっている日本語教育関係者は、意図して「そこは自分は関係ないから」とスルーしているのかもしれません。宮城は2025年の知事選の前後から外国人問題で話題になり、敵味方的な視点でみられがちな土地、政策でもあります。政争の具となることで、ますます「外国人はこんなに地元の活性化に役立ってますよ」と主張したいという傾向が強まり、そこで結果として外国人を地域の活性化のためにコマのように利用してもいいのだという空気が広がるのではと危惧しています。
認定日本語教育機関制度になり、この審査が公立日本語学校のフィルタリングとしてある程度、機能する可能性はあります。しかし、寮をわざわざ遠隔地に設置して廃線を利用させることを審査対象にするのは難しそうです。後述しますが、いろんな省庁の「推し」の事業でもあるようですから、いくらでも抜け道はありそうです。ただ、日本語教育関係者がこの種の線引きに具体的に関与できそうなのは、ここしかないかもしれません。
日本語教育関係者は、最も外国人の近くにいる者として「学習者を勝手に都合よく使わんといて」「それは違うんじゃない?」と言える人達ではないかと思いますが、そうなっていません。普段、多文化共生で原則論をうるさく言う人達が、実は、自分達が関わっているところでは、こっそり妥協しているのはOKなの?と指摘を受ける可能性を考えたほうがいいと思います。
いつか、この種のことが、政治だけでなく学問的にも、きちんと精査される時が来て、「日本語教育の多文化共生って、こういうことを見て見ぬフリをしてやってきた学問ジャンルなのか?」と言われる日が来るのではないかという気がします。
【論文など】
移民の道具化/資源化(instrumentalization)という批判があり、行政の新自由主義的な振る舞いとしての批判もあります。ワードで記事や論文を検索してみてください。
山根俊彦(2017)「『多文化共生』という言葉の生成と意味の変容」 https://ynu.repo.nii.ac.jp/record/8292/files/tokiwadai_3_1_7.pdf
以下は海外でも類例はあるか?とChatGPTに聞いた結果です。AI、問い方次第で結構役に立ちます。
C. Reiher(2025)“International labor migration and regional revitalization” https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/18692729.2025.2535143
Hedlund et al.(2017)“Repopulating and revitalising rural Sweden? Re-examining immigration as a solution to rural decline” https://rgs-ibg.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/geoj.12227
Copenhagen Consensus(2004)“The Challenge of Population and Migration” https://copenhagenconsensus.com/sites/default/files/imported/pp-population1finished.pdf
【資料】その他、公立日本語学校関連の記事、行政文書、など(クリックで開閉)
2025年の10月の下旬の一週間ほどの出来事で、これまでの日本語教育クラスタの論争や炎上とは違い、クラスタ外の圧などで2日ちょっとでアカウント削除まで追い込まれるということになりました。
記録する2つの理由
起きたことの中身は、これまでSNSで起きたことと変わりはなく興味はなかったのでスルーでいいのかなと思いましたが、もしかしたら、実際にどういうことが起きていたか、理解されてないままかもしれないと考え直し、炎上で何がおきるかのサンプルとして記録することにしました。
この件で、日本語教育クラスタでは、この種のテーマでは、もうやり取りはしないほうがよいという空気が強まったと感じました。投稿するしないの判断にも微妙に影響しそうです。同時に、考え方の違いによるグループ化もじわりと進んだかもしれません。2025年によく起きたタイプの炎上で、そういう意味では、2025年を象徴するようなテーマでしたし、クラスタ内の出来事として、今後、クラスタ内でなんとなく共有されている空気がどういう経緯を経たものかのひとつとしても、正確な文言とともに記録したほうがよいと考えました。これが2つ目の理由です。
きっかけとなった引用での批判の投稿をみて、すぐ、これは炎上すると思い、別途、下書きで投稿の貼りつけだけはしました(一旦外部引用で貼れば、投稿が削除されても文言は残るので)が、時間がなく、改めて時系列で整理したのは2ヶ月後で、下書きをざっと見直しただけです。少々雑ですが、これもXを使わない人もなるべく理解できるようなX自身が持つ仕様という名の文脈みたいなものの補足を意識した整理です。SNSに慣れている人には少々説明過多かもしれません。ご了承ください。
前置き
基本、「起きたことを可能な限り正確に淡々と記録していくので、あとは考える材料にしてください」というスタンスなので、あまりこういう前置きは書きたくないんですが、簡単に書くと
というのはその場所を利用する以上は、引き受けるしかない前提だと考えています。議論や批判自体は「原則として」批判されるべきではないという、基本的な確認みたいなものです。このことは意外と共有されていません。SNSでは往々にして、批判する人は、批判されると批判することそのものを批判したりします。
ただ、「原則として」と留保をつけるのは、SNS上は、仕様上、純粋な一対一のやり取りはできない場であり、かつ、アカウントによって強弱の差が大きく、アンフェアな力の均衡があることは、考慮されなければなりませんし、常に意識されるべきことだと考えるからです。加えて、長い期間、多く投稿できる人のほうが圧倒的に有利という側面もあります。検索機能が貧弱で、過去の投稿を検索するのは使用上、ほぼ無理で、Togetterなどの記録する文化も廃れつつあるという傾向も重要です。
匿名性が高く、例えば具体的な暴力を匂わせることで発言に圧をかけるみたいなこともよく行われることもあり、その時々の社会情勢によって醸成される空気感、圧力があります。そして、その不均衡は、見えにくく、今回の件も、見えないところで、SNSの力の不均衡が原因で、いろんなことが起こっていました。Xを使っていない人達だけでなく、タイムラインを眺める程度に使っている人も、あまり理解していないことがあると思います。
簡単な経緯
炎上が始まったころ、23~24日あたりまでは、日本語教育関係者も、引用RTの投稿も気軽にしていましたが、24日にはほぼエアリプとなり、25日にアカウントごと削除となったことが知られて、この話題は避けられるようになりました。
チラチラとみてましたが、ほぼ48時間でアカウント削除となったので、ちゃんと記録として残すのは無理ということもあり、数日に一度、クラスタ内に絞って、イイネが多い、基点となったかもしれないものだけ記録しました。発端となった引用RTの投稿をみた時、最悪、アカ削除まで炎上するだろうと思ったので、元投稿の文言は記録できました。
→ SNS上でSNS上のことには、関与も言及もしない方針ですが、発端の切り取り方での投稿をみて、炎上で投稿削除くらいまではいく可能性が高いと思いましたので、少しだけ関連の(1 2 3)投稿をしました。
「お祭りが大切なら、国は帰りましょう」はヘイトスピーチではないでしょうか。外国に行ったら宗教的な年中行事をそこまで否定されなきゃならないんですかね?数日休んでもキャッチアップできるコース設計をするほうが大切では? https://t.co/70O3ttXG2N
— 佐藤剛裕 (@officesatojapan) October 23, 2025
上の投稿は10月23日。リプをした形跡は無いので、引用での投稿だけだと思います。
Xで引用RTがどう機能するか
Xを知らない人に補足すると、投稿者へ意見するなら、相手にのみ届くリプという方法があります。このリプなら、リプを目にするのは佐藤氏のフォロワーのうち読めるのは両者(佐藤氏と日本語教師というアカ名で日本語学校の愚痴を投稿してた人。フォロワーは100程度)をフォローしている人だけ、元の投稿者は、ほぼ少数の日本語教育関係者にしかフォローされていないアカウントだったので、目にするのは、ほぼこの少数の日本語教育関係者だけです。佐藤氏だけをフォローしている人にも原則見えません。しかし、今回は引用RTなので、佐藤氏のフォロワーすべて(4500強)が目にすることになりました。
この違いはXの初心者でない限り理解していると言っていいと思います。自分の投稿が方法によってどの程度他の人の目に入るかは誰しも気になるところですから。
つまり、投稿主へのリプではなく、引用での投稿だけというのは、投稿主とのやり取りが目的ではなく、自分のフォロワーに対して「これどうですか?」と見せるというニュアンスが強い投稿です。引用RTでの批判は、当然、炎上もありうることを知った上での手法と言えます。そういうこともあって、引用しての批判は、ここ数年使う人は激減しています。
👉 ちなみに、おおよそですが、日本語教育関係者周辺だけだと、おそらくはフォロワーは増えても1000までで、1500が上限くらいだと思います。これを超えると日本語教育関係者以外に向けて発信をし、それなりに支持されたり、炎上したりで増えた数というかんじです。それでも5000を超えることはかなり難しいはずです。(西口氏のフォロワー数がだいたいの基準になるのではと考えています)
背景の説明は事実上最初の投稿者しかできない
この引用の文言では、ほとんどの人達、つまり告示校の仕組みを知らず出欠管理などがあることも当然知らない人達、に、「自国のお祭りで学校を休むことを批難し、国に帰りましょうと言うなんて!」と拡散されるであろうことは明らかでした。「数日休んでもキャッチアップできるコース設計」は制度上無理なことは日本語学校関係者なら皆知っています。しかし知らない人には可能なように読めますから、それを怠っているとも映ります。日本の留学や就労系の在留資格は、世界の中でもかなり特殊な、いろいろ制限が多い資格なので、背景の説明なしに「外国に行ったら~」とざっくり書くことがミスリードになりやすいことは予想できると思います。
もうひとつ考慮すべき状況があります。特に、外国人関連の投稿は、2017年前後からそういう傾向はありましたが(2017年にも同じことがありました。後述)、去年あたりから、罵詈雑言のやり取りに発展する傾向はとても強くなっており、今年(2025年)の参院選以降は外国人問題関連の「ネタ」は誰もが探しています。SNSというのはいつもネタを探しているようなところがあります。昔からそうですが、愉快犯的に相手が怒りそうなことをわざわざ投稿するみたいなことにもなっていて、結果、見てられないような文言が飛び交うことになっています。
おそらくは今回、仮に最初の投稿で、そこそこ補足をしてたとしても(140字での補足は事実上無理ですが)ほぼ炎上したかもしれません。普通なら数千くらいのフォロワーのアカウントの投稿のインプレ(その投稿が表示された回数。=読んだとは言えないので読んだ人は1割強くらい?)は多くても数百ですが、この投稿はインプレは数時間で、数十万になりました。2025年は「万バズ」というワードが定着した年で、インプレ数が万を越えるとその界隈の外にも波及したという基準として語られています。百万単位になると、Xのトレンド(多くの人に「今バズっている話題」として常時表示されます)に載ることが多く、載れば倍々ゲームでインプレは増え続け、やがてヤフーニュースに載るということになっていきます。今回の炎上は、そのラインに載る境界ギリギリ手前まで行ったことになります。
後からの補足は無理
日本語教育クラスタの中にいると仕様上、目に入りませんが、この引用での投稿後、すぐに、当人には批判だけでなく、罵詈雑言の引用RTやリプが飛び始めていました。(そのキャプチャまでは記録できませんでした)
ちなみに、炎上中も、日本語学校には、出欠管理の義務というのがあり、というような制度に関する補足説明をする投稿は、あっても日本語教育関係者のエアリプまででした。これも、今のSNSの空気感では、多少でも「多少は考慮の余地があるよ」「こういう事情がある」と書くと差別を擁護する側だとみなされて攻撃対象になってしまう。その種の投稿はハイリスクだということは、薄々Xユーザーには共有されています。基本、前置き無しに、批判されるべき点だけを、きっぱりと批判する以外の選択肢は無くなります。それも考慮の余地なく100%ダメだと書くのが、妥当で、無難な投稿ということになります。つまり炎上してしまうと、この種の補足が行われる可能性はほぼ無い。やり取りは、どんどん単純化されていきます。
→ 仮にがんばって背景の説明を投稿しても最初の批判の投稿者のフォロワー数(4500前後)よりフォロワー数が少なければ(1000以下なら)ほぼ意味がありません。そもそもフォロワーの質が違うので、最初に拡散された人には届かない。SNSにおける、このフォロワー数による「強さの傾き」も、SNSのアンフェアな構造の重要な要素です。
出欠管理は国の都合でやってることではない
この出欠管理のことも、結構複雑なので補足したほうがいいと考えました。
「投稿者の日本語教師は国が作った出欠管理の被害者だ」という擁護もありました。ただ、出欠管理に至った背景は、結構複雑です。国や入管の都合で勝手に決まったわけではなく、国と大学を中心とする教育関係者との利害の一致点として、進学には無理がある人でも日本語学校に入れ、「上」に進学させる。進学目的でなくても留学ルートで入れるということになった結果と言えます。その中で、日本語学校は大学や専門学校の学生集めの窓口として汚れ仕事をやらされ続けているという構造があり、大学や専門学校はその利益を得る側であるという構造があります。この点は最後の「クラスタの記録の補足2025#補足_1_出欠管理と制度などの背景の補足」で、少し詳しく補足します。
「元投稿からあえて引用しての批判投稿」の意味
この炎上の特徴は、発端の批判の投稿にイイネをしたり、その投稿にリプをしたりではなく、「元投稿を引用して」つまり発端の批判引用投稿ではなく、問題のオリジナルの投稿を引用しての批判の投稿が初期から多かったことです。これが始まると、もう炎上はクラスタ外にも拡大します。元投稿をした人への通知も激増します(発端の批判投稿へのイイネやRTが増えるだけなら通知は行きません)。
ネット上で批判投稿をすることに慣れている人はこういう元投稿を引用しての批判投稿という方法をとります。これは当然、問題投稿をした人に通知が行くことを意識した上で行われていることです。
こういうことに言及しないのは差別に加担することだ、ということを言う人もいるので、同業者からも、批判の投稿が集まることになります。
今のSNSのアルゴリズムは、ある傾向の投稿が表示されはじめると、同じ傾向のものが流れてくるという仕組みになっています。結果、その話題が今のトピックなのだ!という空気が醸成され、関連の投稿が増え、批判の投稿をすることが正しい行いなのだ!というこ空気にもなります。結果、タイムラインの滞在時間が増え、表示される投稿が増えるので、広告効果は高まりますから、そういう炎上に拍車をかける設定(アルゴリズム)になっています。
👉 ただし、これはイーロンマスク買収(22年10月)後の傾向ではなく、2010年代後半あたりからのネット系サービス全体の傾向です。インスタやTikTok周辺から始まり、YouTubeに飛び火し、2020年以降、テキスト系SNSも採用するようになったという流れです。
👉 ちょうど、「外国人問題」が始めて争点の一つになった参院選が終わり、続けて、外国人問題がテーマ化されてしまった宮城県知事選の投票数日前だったというタイミングも重要です。
数時間で炎上
この発端の批判の投稿から数時間で、引用RTは50超となっていました。ほぼすべてが批判で、同情的な意見は極小というカンジでした。ここ数年、引用での投稿は(炎上を起こしやすいので)一般の人は避ける傾向にありますので、かなり多い数です。この数倍の通知(リプや引用などで)が来ていたと思います。1時間単位で通知欄の数字がどんどん増えるような状況だと思います。今も、削除されたID名(@KeFlM2gqN1EMmIB)で検索すると少し見られます。そのほとんどがストレートな批判で、罵詈雑言、「やれやれ」的なもの、差別的な投稿だとXに通報した(そういう仕組みがあり、通報が、おそらく100を超えるくらいでアカウントが停止されることがあります)というものも多数ありました。
引用されていた(削除された)投稿は以下のとおり
お祭りで休むのは言語道断。
— 日本語教師@ (@KeFlM2gqN1EMmIB) October 22, 2025
お祭りが大切なら、国へ帰りましょう。
⚠ダサインもティハールも否定しているわけではありません。多様性なんたらも関係ありません。
最近思うんだけど、水際対策じゃないけど入口の教育が大切。こればっかは文化とか多様性とかまずはおいておくべきだと思う。
迷いましたが、置いておきます。「見つかりません」とあるのは、投稿かアカウントが削除された、という意味で自動的に付与されるアラートです。
削除前から、批判の中では「国へ帰りましょう」という愚痴としての投稿は、ほぼ「学生に向かって『国に帰れと言った』と誤って引用されてましたが、SNSで炎上でアカ削除となると、不正確な引用で記憶されるリスクは高いです。投稿主のためにも、ニュアンスも含め正確な文言を残すことは重要だと考え、記録としてここに残しておきます。起きたことを考えるためには、「てにをは」も含め、正確に残すことは重要です。
上の発端の批判投稿をみた時に、投稿削除まで行くだろうと予感したので、このWIki内でキープしました。投稿やアカ削除でも記録する方法は、SNSの外で引用して貼りつけるしかないので。ちなみに、このXの引用で貼りつければ全文が残る仕様は、海外のネットの議論を経て(たしか訴訟騒ぎになり)残すべきということになった結果、仕様が変更されたものです。ある時期までは投稿を削除したりアカ削除で、引用先もすべて消える仕様でした。欧米はネットで書いた人の責任については日本より厳しいです。
👉 ただ、11月末には、同じアカウントが非公開で復活していました。2016年から運用なので日本語教育クラスタでは初期に参入した方ですが、108 フォロー中 115 フォロワーとなってましたので、ひっそりと運用していたものだという印象です。アカ復活に関しては、本人の意志によるものだと思いますが、たまたまログインして復活することはあるので、実際に今も運用されているかはわかりません。
最初の引用投稿後、数時間で、佐藤氏のフォロワーの反差別系など有名アカウントも佐藤氏の投稿にイイネをするだけでなく、元投稿を引用して批判の投稿をしはじめます。
ネットでもリアルでもいわゆる反差別運動で最も有名なアカウントが元投稿を引用して投稿しました。13000フォロワー。佐藤氏をフォローしており、24に下の投稿がありました。
岸和田で言うてこい。 https://t.co/j9sUGIVuT0
— C.R.A.C. (@cractyo) October 24, 2025
おそらくこの投稿以降、日本語教育界隈の「外」からの批判が激増したと思います。この引用の投稿は、削除前日で、3000表示、28RT、65イイネでした。日本語教育クラスタの数倍の人達に届いたことになります。元投稿の表示は数十万単位になりました。この日本語教育クラスタ外の人達は、出欠管理のことなどはほぼ知りませんから、「大事なお祭りでの欠席も認めず国に帰れというなど酷い」という受けとめだと思います。外国人差別問題に対して最もSNSで投稿が多い人達のほとんどが目にしたことになったと思います。
元投稿を引用しての批判投稿が増える
前述しましたが、イイネやリポストではなく、批判の投稿を引用するのではなく、改めて、元投稿を引用して批判の投稿をするということは、元の投稿の表示を増やし、元投稿について批判する投稿も増やします。元投稿の投稿主にリプとして通知が行きます。つまり、SNS上では、より強い、効果的な抗議、批判の方法とされており、主義主張関係なく、これを推奨する人達は結構います。炎上を誘発しやすく、投稿やアカウント削除への強い圧力になり、実際に削除になりがちです。この元投稿の引用の効果みたいなものは、普通に情報収集くらいで使うユーザーは気がつかないSNSの特性のひとつだと思います。
この有名アカウントのフォロワーにとって、批判されるべき投稿だという「お墨付き」とみなす人達が一定数おり、そういう人達が、同じように元投稿を引用して批判投稿をする、リプを送る、この中には罵詈雑言も混じる、ということになっていきます。これも、炎上のお決まりのパターンです。
上のリアクションの後、数時間くらい、発端の投稿から同日中くらいまでは、元の投稿主も「予想通りの反応があった」という旨の投稿をしていたと記憶しています。ただ、投稿はそれが最後になり、沈黙の後、1日程度でアカウント削除となっていきました。
アメリカの学校で教師が移民の生徒に「嫌なら国に帰れ」と言ったとしたら解雇。少なくともこれまでは。 https://t.co/e7awAtOOAW
— 堂本かおる (@nybct) October 24, 2025
堂本氏は、NY在住のライターの方で、老舗のアカウントです。社会問題に対する発言も多く、日常の普通の投稿でも、万単位の閲覧があります。上のC.R.A.C. とは違うタイプの人達に広くフォローされています。3.7万フォロワー。上は、最初の引用での批判の投稿をさらに引用した投稿です。最初の投稿は5万ビュー、270超のRT、700超のイイネ、74のブックマークなので、ドンと拡散されました。元の投稿の表示は百万に届く可能性が出てきました。
これも、佐藤氏の投稿への反応としては、内容としてはなんら間違ったものではないと思います。ただ、この引用の投稿だと、日本語教師が、学校で学生に国に帰れと言ったのだと誤って理解する人は、多いだろうと思います。もちろん出欠管理みたいな事情は、理解されないままだと思います。そして、これも、堂本氏のフォロワーにとっては、批判されるべきというお墨付きになります。この投稿を境に「日本語教師がそんなことを言うなんて」というような引用での批判が増えてきた印象があります。これはこれで罵詈雑言よりもキツイ批判です。すでに学生に向かって言ったことになってました。批判投稿が増えるペースが速くなってました。
こういう形で、外で炎上しはじめると、もうこの炎上を見る人達に、出欠管理という背景があることを知るチャンスは無いです。そもそもネット上に日本語学校が出欠管理をしなければならないというような説明があるページが、ほぼありません。日本語教師にも差別的な人物がいるのだ、ぐらいの理解のまま終わるだろうと思います。
👉 一応、この読本Wikiでは日本語学校の制度の説明として出欠管理などは扱っています。
見えない罵詈雑言
発端の批判投稿の翌日の25日朝には元投稿の表示は数万となり、引用での投稿は60を超えていました。日本語教育関係者の反応は、告示校の日本語学校は制度上、出席管理をすることになっているので、それをふまえて、トーンは抑えめのものもある。しかし、関係者以外はそんな事情は知らないので「文化を尊重しろ」「教師やめろ」「レイシスト」「通報した」「バカ」「これも参政党の躍進の影響」という批判。「やれやれまた愚かな~」みたいな揶揄の投稿、エアリプも多かったです(ちなみにエアリプも、関連の投稿だと解析されてました)。
アカウント名に「日本語教師」としてあったので「日本語教師という多文化共生の中心にいなければならない人が」という批判も多く見ました。これは罵詈雑言よりもキツイ批判です。現場にいるからこそ、リアルで、140字では説明できないことがあり、まさに「日本語教師なのに」という追加された抑圧が、ストレスの要因の急所を突かれるようなことと言えます。介護施設や養護施設など、福祉関係で働いたり、働いている知人がいる人は理解できると思いますが、仲間内で愚痴を言うことでガス抜きをしないと精神的に持たないみたいな仕事は結構あります。SNSによって公で発言するまでの距離は極端に薄くなっています。
謝罪で改善するか?鍵アカにすれば回避できるか?
テーマが差別問題になると、どう謝罪しても、謝罪の文言、方法への批判が出ます。今回の場合だと、日本語教育クラスタ外に拡散されると、多分、どう謝罪しても無理だと思います。
鍵アカへの移行も、鍵アカになる前でフォローされたり、リストに入れられたりした場合、鍵アカにしても投稿はウォッチされつづけます。このへんはXの仕様がコロコロ変わるので何とも言えませんが、一旦炎上で拡散されたら鍵をかけて、ほとぼりが冷めるまで待っても、復帰は難しいと思います。
「内」の人には見えない
重要なので、繰り返しになりますが、おそらく、今回の炎上は、日本語教育関係者を中心に数百フォローしています、というような人の目にはほとんど入りません。この種の「ウチ」の人達が目にした批判投稿は、投稿主が目にした10分の1以下だと思います。上の有名アカウントをそもそも知らないという人も多いでしょう。
つまり、日本語教育クラスタの中にいれば、Xの仕様上、そういうリプや反応はほとんど目に入らず、同業者の比較的穏当な批判しか流れてきませんから、何が起きているかはほぼわかりません。また、ここ数年、もっと酷い暴言の類いは表示もカウントもされない仕様になっているので、本人が目にするもの、周囲がみられるものの何倍かの罵詈雑言の投稿があるはずです。目にすることはないので、被害はありませんが、そういうものが実際に存在し、そういうものを生むきっかけにはなっているということは、知っておいたほうがいいと思います。
万単位のフォロワーが持つ人に引用されると、表示(インプレッション)が万を超えます。すると、擁護する人も現れる。当然、オカシナ擁護の人も増えていく。議論はますます混乱し、あいつらに擁護されるんだから敵だとなって、炎上の炎は拡大していきます。しかも、アカ名が日本語教師なので、投稿主にも大きく「日本語教師」と書かれますから、最初から「多文化共生の牽引役であるべき日本語教師が!」ということになっています。プロフに日本語教師であることを書くリスクは高いということです。
→ ちなみに、投稿が削除されなければですが、元投稿を、モバイルOS上のXアプリで表示すれば、引用RTの数がわかり、引用RTだけを読めます。パソコンからは引用RTは読めません。変な仕様ですが、スマホ主体の世代とパソコン主体の世代とは違うタイムラインをみているということでもあります。
25日午後には投稿全消しを確認しました。翌26日朝にはアカウントも消えてました。最初の批判の投稿が23日なので48時間以内にアカ削除まで行ったことになります。
ここまでバズると、おかしなことを投稿するアカとして今後もウォッチの対象にされ、同じようなことが起こるでしょうし、アカウントは死んだも同然なので、こうするしかないだろうなと思います。
投稿が削除されると困るのは
の2点です。特に、日本語教育クラスタの人は日本語教育関係者中心にフォローしている人は、外野の酷い反応はみてない可能性が高いでしょう。(@KeFlM2gqN1EMmIB で検索すれば、多少は残ってると思います)。
今回はもしかしたら個人の裏垢かもしれないし、遊びで作ったアカウントかもしれませんが、そうじゃないかもしれない。同じことは企業や個人のメインのアカウントでも起きます。簡単にこんなことになる、そして、炎上の当事者になってしまえば、何が起きているか、外の人には、ほとんど理解してもらえない、ということを知っておいたほうがいいと思います。
参考までに、アカウントを持つ場合と無い場合で、何ができて、何ができないのかはだいたい以下のようなかんじです(ウェブでビジネスをする人はだいたい把握してますが、一般の人は意外と理解してないです)
X、インスタグラム、フェイスブック、Tiktokで、アカウントを持つ人と持たない人で、閲覧、検索、引用など、何かができて、何ができないか、一覧で整理してください。 https://chatgpt.com/share/6941dd05-60e0-8013-95c9-7a20f924ae58
炎上が起きたら止める方法はない
今回の場合、最初の引用RTの切り取りをみた時に、炎上はもちろん、アカ削除を予感した人はいると思います。後述する「火をつける「資格=力」をもつ人」による引火性が高い投稿だったからです。
この種のテーマで炎上すると、日本語教育クラスタ内ではまだしも、「外」では、おそらくどう謝罪しても謝罪へのダメだしが続きます。擁護の投稿が出てきて、双方がやり合うと、手が付けられなくなります。批判も擁護も投稿の文言は激しくなっていきます。結果、どうにもならなくなります。投稿を削除しても、「消しやがった」となり、キャプチャを取る人がいる可能性もありで、過去の投稿を探し(高度な検索で簡単にキーワード検索できます)他の投稿に批判が飛びます。リプの通知から逃れるには投稿削除では済まず、アカウント削除しかなくなります。
アカウント削除のダメージ
この種の炎上でアカウント削除になった場合、アカウントが削除されたこと自体は、炎上の途中ですぐに忘れられほぼ問題にされません。アカウントは簡単に作れるのでたいしたことはないと考えられがちですが、場合によっては、かなりダメージを受けます。
もちろん、まず、発言するツールを失うことになります。仕事のアカウントを兼ねていれば、仕事に影響が出ます。
そして、今はSNS認証が一般的なので、個人であれ法人であれ、XとFacebookのアカウントはSNS認証で重要です。他のサービスのアカウントを取得した場合などは、そのサービスに、一時的にログインできなくなったり、サービスによってはアカウント自体が死ぬことになるので、仕事にも大きなダメージを与えることがあります。そこそこの法人の代表アカなら、SNS認証は使わないでしょうけども、個人事業主など小さなところほどダメージは大きいです。SNSの決済サービスなどを使っていたら、決済の方法共々終わることになります。
しかし、多くの人達は、自分もその直接的、間接的な原因になった罪悪感もあるのか、誰もが、死んだアカウントのことは語らなくなります。当然、「あんな失言をしたのだから自業自得だ」ということも言われない。炎上を続けるために論点はずらされ、消えたアカウントは、ただ、無かったことになります。
ポジティブであれネガティブであれ、匿名アカウントならなおさら、興奮できるオカズを提供しただけで終わります。このこともSNSの残酷さだと感じます。
→ 2017年、同じようなことがありました。2017年に、私どものアカウントは、ある日本語学校の有名校の校長氏のXとブログの投稿の「中韓人には恨みのDNAがある~」という表現を批判し投稿しました。しかし当時は、日本語教育クラスタは、教科書の議論とネットのセミナーの宣伝ばかりで、多文化共生や差別問題に関心を示す人はほとんどおらず、X上ではほぼ反応は無しでした。
しかし、数ヶ月後に、今回の発端となった同じ佐藤氏によって(現在のものとは別のアカウント)蒸し返されることになり、問題だと再投稿され、関連の投稿は増え、Togetterにまとめが作られたことで、拡散されました。それに伴って、今回とまったく同じように反差別系の人達からのリプや引用RTが校長氏に向き、数が増大し、罵詈雑言で埋まるようになりました。これが佐藤氏によってTogetterで再度まとめられました。発端は、私どもの投稿だとされていました。そのまとめには校長氏に対しての反差別というプロフのアカウントの校長氏に対する「夜道に気をつけろ」という脅しの投稿まで入れられてました。
私はX上で「あの「夜道に気をつけろ」みたいな投稿も入れたまとめは受け入れられない」と投稿しました。その後、修正されたという話は聞いてますが、確認していません。検索しても出てこないので、おそらくまとめ自体が削除されているようです。このことで当然、結果、校長氏は、ブログも全消し、Xは鍵アカとなりました。(時々、日振協のイベントなどで名前をみます)。
→ ちなみに、同じころ(2017年)、日本語学校の組織の理事の日本語学校の理事長が、韓国は嫌いだ、韓国と関係を切って気分がいい、みたいなことをネットで書き込んだりしてました。これもXに、投稿しましたが、反応は特になかったです。
以下、削除後の投稿です。(すべて一ヶ月後のアカウント復活前の投稿です)
ちゃんとお祝いの気持ちを受け止めてもらえる場であるならば、休まないんですよね。日本語学校に行くというのも祭の祝い方の一つになるから。 https://t.co/ciudl79HMz
— 佐藤剛裕 (@officesatojapan) October 25, 2025
例の件、僕の観測範囲外で海外在住のインフルエンサーからも批判され、その人のフォロワーからのバッシングがあった様子でもあり、業界内での同業者からの指摘・問題提起という意図から離れたことが起きている。それがAIのアルゴリズムの恣意的運用で作られていることを意識したほうがよいという感想。
— 佐藤剛裕 (@officesatojapan) October 27, 2025
今回の場合は、アルゴリズムは関係なく、引用で投稿すれば、自分のフォロワーに拡散することになります。当然、だれが目にするかも予測できます。佐藤氏の5000弱のフォロワー数と、フォロワーの人達の空気感を考えれば、あの引用では、炎上は最初から決まっていたようなものだと思います。アルゴリズムは、炎上後に、油を注ぐことに多少貢献したぐらいでしょう。
その他の削除後の投稿
23日開始。月末あたりまで、日本語教育界隈のメインのトピックでした。さらに翌11月の第一週で完全に消えました。「ローカル炎上は1週間でほぼ、2週間で完全に消える」というのはいつものことです。
ざっとみて月末まででイイネが多かったものを貼りつけておきます。中心的なアカウント(10くらい?)以外はエアリプが主だったので、この間のタイムラインを再現するのは無理です。感情的な投稿は後で自ら削除したケースも多いと思います。
数週間で、何があったかを知るなら高度な検索で、2025年の10月23日から月末くらいまでを対象にして検索するしかないですが、キーワードで、絞り込むのは難しいです。この件で出てきた、インフルエンサー的な人のアカウントで期間で絞り込んで検索すれば、その人達が、この期間どういう投稿をしたかはわかります。また、削除されたアカウント、@KeFlM2gqN1EMmIB で期間を指定して検索すれば、どういうリプなどが飛んできたか、多少は残ってると思います。
拡散されていた投稿など
以下は削除前ですが、補足的な投稿も多少ありました。以下、内容関係なく、イイネなどがついたリアクションを貼ります。
これ否定的な引用ついているものも多いですが、日本語学校は出席率が全てであり、学生やクラスの出席率低下は理由がどうあれ、担任や授業担当者が指導責任を問われます。
— Pao@日本語教師 (@Paonihongo) October 23, 2025
出席率低下理由の報告義務もあります。
お祭りだから休みたいと言われて、立場上、笑顔でいいよと言えない現場があるんです。 https://t.co/T6R2I3icCD
まず匿名が実名かで圧倒的に違う部分がありますね。あと、議論の土台となる共通認識がないと話になりません。片方の人が学術的に信憑性の高い議論に目を通しているのに、片方が個人の体験的な実感だけに基づいて話しているような場合の多くは時間の無駄。
— 佐藤剛裕 (@officesatojapan) October 28, 2025
ご本人からの引用RPの通知が来たとき、それだけでドキッと動揺してしまった自分を感じました。まさに「対話や相互理解ではなく、恐怖」というのを身をもって感じました。この件はこの辺にしたいと思います(以前も宣言したはずなのに。。。私が悪いですね。失礼しました)。 https://t.co/iLXq2vl4GC
— もん吉@日本語教師アカ (@monkichi_N2) October 29, 2025
「シニカルな人ほど賢い」という世間一般のイメージは単なる幻影(The Cynical Genius Illusion)であり、実際にはシニカルな人ほど認知能力や学業成績が低い傾向にある https://t.co/gu99EEbOGU
— 佐藤剛裕 (@officesatojapan) October 31, 2025
しばらくは発言を控えるか、したとしても当たり障りのない発言のみにします。他の人の発言のRPも控えます。
— 磯村一弘 ISOMURA,Kazuhiro (@Honigon3D) November 7, 2025
いえいえ、時々炎上できる発信力があるのが先生なので、スタイルは変えないで良いと思いますよ!今回は多分先生の「つぶやき」が相当思わぬ形で燃えあがったんだと思います。国粋主義みたいなものにトピックが勝手にでも引火すると、良識ある多くの日本語教師にとっては恐怖を感じるんだと思います。
— からゆき (@karayuki_bj) November 10, 2025
その他
磯村一弘 ISOMURA,Kazuhiro on X: “「国へ帰りなさい」って、30年ぐらい前の日本語学校では、問題のある学生を叱るときに普通に使われてた定番フレーズじゃないかなあと思います。今ここに書いただけで、当時バイトしてた日本語学校の校長先生の声で脳内再生されました。もちろん、だからといってそれを認めるわけではないけど。” / X https://x.com/Honigon3D/status/1982331173142769965
Rintaro KATO☮️ on X: “まあ俺一人「言い方が怖い」とか言われて、それで「帰れ」みたいな言葉言わないでおこう、ってなって、そういう言葉に晒される人がいなくなれば、それでいいんですよ。そんないいことないんじゃないですか。” / X https://x.com/rintarock1980/status/1982395065789272411
「悪い外国人は出ていけ」の何が問題なのか考えてみた|はやしえみ https://note.com/maturibayasi78/n/n69ca31ded54e
日本語教師が制度的・文化的差別に加担しないために|はやしえみ https://note.com/maturibayasi78/n/n605ac30d94c5
この数日のやり取りを通して|Rintaro KATO https://note.com/rintarock1980/n/n09655c677bf2
その他、Xのアンケート機能を使って基金の日本語専門家が作ったもので、いろいろあったらしいですが、追ってません。そもそも、SNSのアンケート機能は、祭りの最中に沿道の人が掛ける水くらいの意味しかなく、日本語教育クラスタ以外では見かけなくなっています。他のクラスタで研究者が遊び以外で使ってるのを見たことがありません。
月末で記録はひとまず終わりとしました。
この整理は12月下旬に公開しましたが、すでに、検索しても何があったかはわからなくなっています。来年になれば、ほぼすべて忘れられると思います。高度な検索でここで出てきたアカウント名で投稿を追うくらいしか方法はないです。このトピックの一つ前、この炎上騒ぎの2週間前も同じような議論がありましたが、誰も覚えていないと思います。何か上書きされるような強めの出来事があれば、消えるのはやいです。
約一ヶ月後
「国へ帰る」という表現に類するもの6)が出てきました。おそらくは、この一連の騒動が念頭にあっての投稿という気もします。現場で苦労している者として書いておきたいというニュアンスを感じます。いずれもかなり多めの数千のインプレとなってました。炎上だけではない空気感の記録として貼ります。これらに対する批判的な投稿はありませんでした。
私個人の意見として言わせてもらうと、そういう人は国に帰ればいいんじゃないか、と思うのです。
— なし@日本語教師始めました (@nashi_arbeit) November 15, 2025
勉強が苦手、嫌いな人はいくらでもいるし、「できない学生」というレッテルを貼られたこの学生は、「日本語」ができないだけでもっと他に得意なこと、できることがあるはずです。
正直言うと、「今のままなら、国帰って働いた方が体にも心にもいいよ」と言ったことがあります。
— 寿限無 (@nisesaku39) November 16, 2025
いつまで経っても日本語ができなくて肉体労働系のバイトばかりしてて、授業に来たら寝てて、たまにアドバイスをしたら舌打ちをする。
それで専門学校に行きたいとか、舐めんなですよ。 https://t.co/KNxc3nqI1p
ここまで、すべてアカウント復活前の投稿です。
10月23日の投稿があり、24日に発端の引用しての批判投稿があり25日中にアカウント削除。その後も続きましたが、記録は、月末で一旦区切りにしました。こういうことが起こった。しかし、多分、日本語教育クラスタの中にいる人には、起きていることのほとんどは見えてないと思ったので、そこを補足した、というのがこのまとめの趣旨です。SNSを使わない人への補足も可能なかぎり入れました。
もっと時間が経過した後にこの炎上を振り返るなら、2025年の参院選から、同年の宮城県知事選までのSNSの空気はどうだったかも、調べる価値があると思います。
以下は最近のSNS事情の補足と蛇足的な感想と提案なので、伸縮で折り畳みにします。
一部補足はありましたが、もうちょっと経緯を説明できたほうがいいと思います。出欠管理的なものは国が一方的に押しつけたものではなく、大学や専門学校、日本語教育関係者と国との妥協の産物でした。一番読んでほしい部分ですが、おそらく一番読まれないでしょうから、折り畳みにしておきます。以下の「出欠管理と日本語学校周辺の制度などの背景の補足」が開閉ボタンです。クリックすると下に現れます。
この件、初期に日本語教育関係者の引用での投稿がかなり多く、それが炎上の呼び水となったと思います。今は引用での投稿はかなり減っています。なぜ引用での投稿が避けられるようになったかなど、基本的な理解が無い可能性もあると感じました。特にセンシティブで炎上しやすいテーマでは、ある投稿が誰の目に入るのかを踏まえておかないと、つまらない炎上に加担してしまうことがよくあります。
以下はX (Twitter)入門と研究に書いていることからの抜粋を軸に再構成したものです。
いわゆる「通報」=「ポストを報告」する方法とコミュニティノート 開閉
あのね、技能実習生って帰国後に「92%以上」が「技能実習は役に立った」って答えてるんですよ。 彼らも賢いからSNSで情報を集めたり、帰国した人に直接聞いたりして、「日本で働きたい」と思って応募してくるわけです。
— てんだい (@Tendai_777) November 11, 2025
奴隷になるのに自分から応募しますか? そんなこと、あり得ないでしょう。… https://t.co/Q9UCLfQ0E5
技能実習制度や特定技能、育成就労に関しても、制度自体に問題がある、奴隷制度だという批判は90年代からあります。これまでは主に労働組合系などいわゆる左っぽい人達からの批判でしたが、今年に入り、いわゆる排外的な人達の主張のひとつとして使われることが増えています。
それに対して、日本語教育関係者からも留学制度や就労系の制度を擁護するようなムードが出てきています。2010年代後半から、国際交流基金など特定技能の予算(年間数億円で基金の試験や「いろどり」が作られています)で仕事をする人達(OB含む)は、技能実習生制度は批判しても、特定技能に移行すれば問題は解決するかのような主張をするようにもなっています。しかし、それも過剰な擁護、ポジショントークに過ぎません。
しかし、どういう人達の主張であろうと、問題があることは事実で、問題は問題です。「痛いところをつかれた」わけですが、制度を擁護するにしても、きちんと仕分けをした上でやらないと、マズいと思っています。留学にしても就労にしても実際に制度を利用する外国人の若者の立場で、ゼロベースで考えることが重要だと思います。
👉 この種のことは、制度の全体像を理解するのは大変です(政府系組織の数百ページの冊子はダウンロードできます。就労系の在留資格でご案内しています)、日本語教育関係者などは、その周辺で利益を得ている人達が多く、不都合なことは言わないこともありますから、「ウチ」にいる人間には、とても全体像が見えにくい問題です。SNSよりもChatGPTのほうがまだフェアで中立的な立場で質問に答えてくると思います。特に似たような制度を持つ国々との比較は能力を発揮してくれます。基本事項の理解と調査は、AI活用をお勧めします。
「満足率」の根拠となっているアンケートはこれ?
簡単に補足しておくと、就労系の当事者の帰国後のアンケートは、最近ではOTITなどが行っているものが根拠になっていますが、OTITが捕捉している団体や個人などを対象にしているにも関わらず回収率は約25%。つまり、回答を送ってくるような人は、ポジティブな回答をしているという可能性が高い、という点が考慮されておらず、典型的な生存バイアスなので数字は参考にはならないと思います。25%の92%がポジティブなら、約8割はネガティブだとも言えます。帰国後に、実習で学んだ技能を生かした仕事をしている人は5割前後で低いという課題もあります。この種のアンケートの回収率の低さ、対象の狭さは、常にポジティブな評価に有利に働くものであると言えると思います。このまま満足率として引用はできません。
令和5年度「帰国後技能実習生フォローアップ調査」 https://www.otit.go.jp/upload/docs/02-240902-102.pdf
米国の年次報告書での批判
米国の年次報告書で問題だと指摘しています。年次報告書は海外の国への、かなりおせっかいなアドバイスで、主に人権問題が扱われます。この報告書以外でも、米国の政府機関からは、ちょくちょく日本の技能実習生制度については警告されていて、日本国内でも話題になってました。オバマ政権より前から、よく技能実習生制度の批判で引用されていましたし、ちなみに奴隷という表現はないはずです。トランプ政権でも引き継がれていました。ただし、この報告書の内容もほぼ事実に即して行われたもので、妥当としか言いようが無いものです。これも受けとめるしかないです。
欧州、北米などが、日本のような期限付きの労働力調達の制度の導入に消極的なのは、まさに日本で問題になっているような、労働環境の不安定などが懸念されているからで、そこは国際的な人権問題となりうるリスクがあるからです。ゆえに、日本の現状をみて、政治的なスタンス関係なく批判的になるのは当然と言えます。(独は似たような制度に移行しつつありますが、かなり慎重です)
日本の移民政策は基本的に海外の評判はよくない
80~90年代の中東系、南米系の労働力を頼った移民政策と、その後の帰国政策は、世界中で「金を払って帰国させるという史上最悪の移民政策」と報道されたりしてます。
その他
年金
育成就労になっても、基本、帰国前提の制度なので、年金が返ってくるのは当然と言えます。日本滞在中は他の用途で使われたり、帰国時に申請しないと戻らないなど仕組み自体がややこしく、開始当初から要改善だと言われてます。
健康保険料
就労制度は基本来日する際に健康チェックを経た若い世代ばかりです。つまり、歯科以外の医療費の負担は大きくはない。職場でのことなら労災で出ますし。健康ならば、30半ばまでに病院に行った回数は数えるほどのはずです。
就労系の在留資格は、若いまま帰国することがほとんどなので、国民健康保険料は明らかに払いすぎです。仮に(何%がそうしているかわかりませんが、恐らくはかなり少ない)受け入れ側が補填して無料になっても、就労系の人達の保険料含む医療費負担は大きいと言わざるを得ないと思います。減額を主張し、せめて半額になれば妥当だと言えるのではと思います。また、日本の健康保険料は高く、年金も費用対効果に乏しいと言われます。韓国、台湾は健康保険料は日本より安いです。
日本以外の国で期限付きの就労の在留資格があるところと制度、負担額と負担感などを比較してみました。以下クリックで開閉します。
外国人労働者の保険負担 https://chatgpt.com/share/692e156f-f648-8013-aff9-297ee9a42f06
その他、「給与は完全保証」など制度としてそうだとしても、実態が違うから問題になっていることなので、国などが調査対象にして定期調査をした結果でも示さないと「そうですか」とは受け取れない。これらのことを皆やっている、もしくは、やるべきだと主張するなら、国に働きかけて受け入れ側のマストのガイドラインに入れるよう陳情をしてるとか業界で自主点検して国に提出しているなら、説得力がありますが、そういう動きも聞いたことが無いです。
その他、職種によってパワハラのたぐいは多いとされています。特に建設方面。住居は技能実習は一人4畳半、特定技能は一人6畳ですが、守られてないケースが多く、訴訟も起きています。ほとんどの場合、個室ではないことはコロナ時に明らかになっています(国から個室化せよと指導がありましたが、指導だったのでほぼ実現しませんでした)。ここも同業の日本人従業員とは格差があります。日本人しかいない職場では、職種限らず社員寮は、今はほぼ個室です。
「3年後にはFA制度みたいに移籍(転籍)もできる。 今はさらに2年後に再FA制度みたいな「特定技能」で別職種へのチャレンジも可能になっている。」
原則、来日時に取得した在留資格と同じ技能、業種でないと転籍できず、転籍の条件は厳しいです。基本的にはブラック職場対策がベースなので、FA制度とは明らかに違います。むしろ職場がブラックであるほど転籍の要件を満たすのは(必要な文書作りに協力してもらえないので)難しいケースもある聞いてます。また、現在は都心への移動を制限しようということになりつつあります。この点なども「職業選択の自由の制限」に加えて「移動の自由の制限」が追加されるかという状況なわけです。基本的人権は制限される方向と言える。特定技能で別職種へのチャレンジは、事実上、在留資格を最初から取り直すようなことになるのは就労系の在留資格周辺で仕事をする方ならご存知だと思います。
日本語教育に関しては「奴隷的」と言われても仕方が無い
移民に結び付く『特定技能2号』を廃止せよ!と言ったところで、法令で定められた資格なのでそう易々と廃止とは難しいです・・・
— てんだい (@Tendai_777) November 13, 2025
そこで皆さんに声をあげて頂きたいのはまずは『要件の厳格化』です。…
日本語学習機会を提供しないのに、ハードルとしてだけ日本語能力を課すのは(すでに特定技能で行われていますが)、他国では例がなく国際的にも理解を得られない措置だと思います。
少なくとも日本語教育関連の環境は、昔から就労系の在留資格は世界最悪の部類であることは間違いないです。普通は移民用として時間くらいの学習時間が無償で提供されるのが各国のスタンダードで、自腹で勉強しないといけない国はほぼ無い。育成就労制度への移行で、日本語の学習機会の提供は大きく後退しています。この点だけでも、欧米諸国は人権問題だと言うでしょう。やはり問題がない制度だとは言うことはできない。満足度は相対評価であり、仮に調査上満足度が高くても、人権上あるべき姿からはかけ離れているなら問題があるとするのが、制度に対する評価だと思います。就労系の在留資格について、仕組みといろいろな調査、データ、国のリソースなど、主に日本語教育の立場から整理したページは就労系の在留資格 にあります。
→ 海外における在住外国人の言語学習制度より。海外の言語政策については 言語政策に関する資料・論文・記事 に資料があります。独の新制度についても文献があります。
なぜならば,言語に代表される文化の習得が移民の滞在を条件付けることにもなるからだ。日本でも移民の滞在資格と日本語能力を連動させる動きはあるようだ。
— 西山教行 (@jnnNishiyama) March 30, 2016
上は2016年の投稿ですが、「移民の滞在資格と日本語能力を連動させる動き」は特定技能で2019年に国際交流基金が試験を作りA2をハードルとしたことで、実現してしまいました。この試験も含め、ゼロベースで見直し、義務、ハードルから権利としての日本語学習への転換が必要、というのが、私どもが昔から主張していることです。
詳しくはこちらをどうぞ。個別の日本語教育の政策についての考え方
夏以降、都議選、参院選の余波もあり荒れた後半で疲れた感があったのか11月以降はSNS全体でも、目立った炎上はなかったと思います。
こういう言語教師教育として合理性を著しく欠いたやり方がまだ行われているとすればハラスメントに当たると文科省と日本語教育学会と日本語教育振興協会とで合意形成してもらいたいと思います。 https://t.co/LTxbigfg3d
— 佐藤剛裕 (@officesatojapan) December 14, 2025
学生募集の違法性みたいな問題や、労基法に直接関わることならまだしも、民間のビジネス上の方針(教材共有、授業見学、教材の選択)の善し悪しを、仮にそれがダメなものであったとしても、国や業界が(しかもハラスメントとして)なんらかの対処をするのが当然という考え方は理解できません。なぜ国や学会が、教育の内容や手法にまで介入することを簡単に許すんでしょうか。そういう投稿に、そこそこイイネが付いたりするのも、とても怖いです。日本語教育業界のハラスメント問題は深刻です。きちんと問題化するためにも、曖昧な拡大解釈はむしろハラスメント問題の輪郭をあいまいにしてしまうだけだと思います。
しかしこういう投稿にも、今は、特に批判もでません。日本語学校という業界は、働く環境、学ぶ環境を競う透明性の高い業界にすることで、選ばれないところが淘汰されることを待てばいいことを、市場原理を忌避する意識が強いあまりに、いつも国の介入に従うことを選んで来たといってもいい業界です。来年以降も、認定に登録と、この路線は揺らぐことはなさそうです。これから数年は国の方針にアジャストすることが生き残ることにも直結する期間なので、当分の間、教育に国が関与することは当然という空気が続くだろうと思います。
今日見た「日本語教育期間コンサルタント」の求人。業務タイプⅠの書類サポートは実質的に担ったら来年1月1日の行政書士法改正でアウト案件ではなかろうか。その上で個人的にはこういうコンサル無くなってほしい。要は「自力では認定取れないクズ学校を何とかしてあげる」ビジネスでしょ? pic.twitter.com/fFLtsnsVia
— KANAKO (@K_Nakamura777) December 19, 2025
認定制度が始まって2年で、もう「自力では認定取れないクズ学校」と書く人が現れるわけなので、そのうち登録日本語教員以外は「無資格のシロートいんちき教師」などと言う人も現れそうです。制度化とはそういう性格のものとはいえ、こんな空気にしてしまうのは、制度を作った人達と、運用している人達は、方向付けを完全に誤ったなと感じます。
認定日本語教育機関も登録日本語教員も、既得権としては強力なものになることは確実だと思います。認定機関は認定されていない組織の参入をさせないでしょうし、登録教員は無資格の教師に対して今後、より厳しい目を注ぐことになるでしょう。それが日本語教育にとっていいことかは、疑問です。
国内の「外国人」の問題化
今年は夏の参院選ではじめて外国人問題が争点のひとつになりました。そういう意味ではターニングポイントになった年と言えます。
【memo】25年の参院選 – webjapanese Archive https://webjapanese.com/blog/j/archives/15488
ただし、争点といっても投票の理由では4番目程度であり、まだまだ実態の無いネット上の空騒ぎ的な要素は濃いと思います。ネット上の対立が盛り上がることで実態より対立を大きく見せてしまうという現象です。差別的な行為や発言は、前述のように、粛々と、法的な整備を目指すのがいいと思っています。本来なら応援したい差別反対的な人達も、時折、容姿をからかったり、ハラスメント関係に関しては批判のトーンが明らかに落ちたり、また、抑圧的で、暴力を匂わせたり、特権意識がチラリと覗いたりと、スッキリしないところがあります。時々、都合のいい、わかりやすい敵の存在感が増して、悲しげな顔を作りつつも、ちょっとはしゃいでるように見えることもあります。(いずれも海外で、多数の中間層から見放され、ポピュリズムの台頭を許した要因の一つではないかという指摘があります。)
高市政権は、維新と移民の比率が10%を上限にするという取り決めをしたと言われており、これは「上限を設定!」というイメージとは反対に実は今後も増やす路線を続けるという意味あいが強いものですが(むしろ10%も増やせるか怪しいというものですが)、それほど批判は起きませんでした。その他、一見派手に見える(土地取得とか医療の規制の厳格化、帰化要件の厳格化など、実は石破政権の前あたりからすでにやる方向だった)規制強化をちょこっとやっただけで、一気に「今の外国人政策を支持が7割」ということになり、参政党の支持が半減みたいなことになってました。「排外主義の高まり」は確かにあるとしても、実態はそうでもないぞ、という視点を持っておくことも大事な気がします。
外国人政策、支持?不支持? 背景に浮かぶ「不安・不満」と「懸念」 | 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20251208/k00/00m/010/001000c
こういうトーンで書くと、そういう過小評価は彼らに加担するも同じだ、みたいなことを言われるので、なかなか言いにくい。でも、過小でも過剰でもバイアスであることは同じです。冷静に、可能な限り正確に現状を把握する視点を持つことは大事と考えています。
移民問題
ネットでは日本語圏以外もみたほうがいいと思います。それぞれの得意な言語でやればいいわけですが、やはり英語圏、フランス語圏のほうが多様だとは思います。情報収集の英語の比率を少し上げたほうがいいです。今起きていることは2010年代前後から始まっています。2010年はメルケルの多文化共生失敗演説があり、2016年にイギリスのEU離脱がありました。2017年に第一次トランプ政権が誕生しています。かつて希望の星だったジャスティン・トルドーは2020年代を待たずして失速しました。
ここ20年くらい世界中で起きていた移民問題は、単純な排外主義、外国人差別というよりも、移民の比率が10%を超えたあたりから始まった、失業率の悪化を背景にした格差問題的な要素が濃い複雑なものだと思います。ゆえに労働組合をバックにもつ従来のリベラル政党は一枚岩では無く、ねじれに繋がっています。日本ではニューカマーの問題として「排外的か、そうでないか」で単純化されがちですが、オールドカマーの人達との対立など、多様な状況もすでにあります。日本でも、従来の保守、リベラルは移民問題に関しては大きくねじれており、必ずしもリベラル=移民に寛容という単純な図式ではありません。
私は欧米の、どちらかというとリベラルな知人が多かった(日本語を勉強して日本に来るような人はそういう人が多いです)ので、そういう人達が、今、迷い苦しんでいる姿をよく目にします。簡単にいうと、ここ数年のポピュリズム政党の台頭は、自分達にあるエリート主義的なものへの反発という側面があると考えており、確かに調子にのったかもしれない。自分達が今後、少数派から脱出することは、ゼロベースで考え直さなければ厳しい。でも道筋がみつかからない、みたいなカンジです。一方で昔からの生粋の保守みたいなタイプ(ビジネスで日本に来る人にはいます)も、今の姿に危機感を持っています。
移民問題は世界的な問題でありつつ、一方で、国ごとに事情が違うローカルの問題でもあります。米国は年間数百万単位で違法に渡航してくる人達の問題であり、欧州は難民経由の人達の問題ですが、どちらも移民の歴史は日本よりも古く、日本はそれらの国にはほぼ無い就労系の在留資格経由というかなり例外的なルートの整備の議論なので、同じ問題として論じるのは難しいということもあります。個別に考える必要があり、日本の場合は制度のあり方と仕組みと実効性など解決方法を考えるのは結構難しい事情があります。
日本でも、かつてはリベラルな人達の持論であった就労系や留学ルートの制度の矛盾や不備への厳しい指摘(こういう傾向が強かったこともあまり知られてないかもしれません。留学や就労制度への批判は「=排外主義」ではなく、むしろ逆でした)は、外国人を入れるなという根拠として語られるようになり、人権重視の観点から、日本の移民政策を批判するみたいな、新たなネジレが生まれつつあります。たとえ排外主義的な考えをベースに作られたロジックであっても、事実として指摘が正しければ、きちんと向き合うしかありません。
日本語教育関係者は、自分の足下で、日本語学習の機会の提供の不備や留学、就労の入口での仕分けの曖昧さなど、未解決の、これまできちんとコミットしてこなかった問題に向き合うしかなく、それがきちんとできるかが来年以降、試されるんじゃないかと思っています7)。
SNSの終わり
SNSの定点観測が空しいのは、SNSがもはや議論が起きる場ではなく、一方的な演説の場となっていることです。もはや集合知はなく「馴染みのいつもの居酒屋」で、お馴染みの人達同士で、荒い持論を雑に披露してはそうだそうだ(イイネ)とはしゃぐ場になっている。反論する人は、わざわざ居酒屋に入ってくる変な人として見られます。
このページでやっているような、いろんな投稿を記録し、時に反論めいたコメントと共に引用することは、ほぼすべての人から敵認定を受けるわけで、デメリットしかない、ということになってます。
SNSユーザーの高齢化も進んでいます。X=Twitterが日本で使われ始めたのが2010年。30代で始めた人達も、15歳老いたわけです。40だった人は55才です。年齢で善し悪しは決まりませんが、往々にして、40を過ぎると、今の自分やこれまでの自分をリセットはできなくなる、結果、自分にとって都合のいい理屈を探すようになるという傾向は出てきます。しかも、この10年以上、ネットに投稿し、自分のキャラもそこそこの人に知られているとなると、いっそう、変われなくなるみたいなこともあるように思います。ましてネットで自分をブランディングするみたいな意識でやってる人は、長年、自分で作り上げた「盛った自分」に縛られるみたいな現象もあるような気がします。
SNSよりAIと対話するほうが…
いろんな炎上が収まってくると、「ちゃんと勉強するならこれ」と本を薦められたり、勉強会に誘われたりしているのをみかけます。それにのっかる前に、自分なりに調べて、自分なりに消化してみるというプロセスは重要です。
AIのほうが相談相手としてまともだと思います。例えば…
入れ替え練習の評価 https://chatgpt.com/share/693c85d6-6b70-8013-bd65-8afd0e34ddc4
SNSで何かを学ぶより、このChatGPTの回答から得られることのほうが圧倒的に質が高いです。少なくとも、クラッシェンとかマイケルロングみたいな日本語教師養成講座に出てくるような大家を、ご都合主義的に孫引きして作った持論よりはマシです。誰かのブランディングのために引用されたものを読むより、直でChatGPTと対話したほうがいいわけです。自説を押しつけたりしませんし、どこかに誘導しようともしない。いろんな立場の意見をフェアに紹介してくれます。移民問題も差別問題も同じです。海外の様々な議論、ケース、制度、文書、書籍を教えてくれます。まずは世界の最前線の研究や議論を尋ねたほうがいいです。同様に移民問題の先進国である欧米各国の知見も尋ねてみましょう。日本の図書館にありそうな本も推薦してくれます。
👉 Wander Lowie、Alison Mackey,Bill VanPatten,Stefan Th. Griesは、第二言語習得の研究者の知人に教えてもらった重要な研究者達です。これらの名前が疑わしいと思うなら「このジャンルで現在最も影響力を持つ研究者を何人か教えて」などと自分で探してみて下さい。ChatGPT,Gemini,Claudeで同じ質問をして絞ればだいたい大丈夫なのではと思います。
SNSにはいろんな人達がいます。粒あんの研究者が牛肉のことを語っていたらダウトなわけですが(日本語教育以外の研究者はあんまりそういうことをしないんですが)、うかつに共感したり感心したりする前に、まずは名前で検索して、何が専門の人か?くらいは把握するくらいの用心はしたほうがいいと思います。
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2025年は、以上です。なぜSNSを記録するのかに書いていますように、自由に引用して書いてください。ただ、それに対してお答えすることは難しいです。必要だと思った文字数を普通に使って書いたことですし、後は読んだ方がご判断すればいいことだと考えています。
来年以降は、もう長い補足を書く時間はなく貼るだけになりそうですが、一応、2026年 に続きます。